異世界友人、初対面です。
そろそろ慣れて来た。
本来ならば、瞑鬼もあそこの中の一人として、普通に学校へ行き帰宅をするはずだった。しかし、今の瞑鬼の姿はまるで不登校児のそれ。何だか、他のみんなは制服で帰宅しているのに自分が私服だと、やけにいたたまれない気持ちになってしまうのだ。学校なんて嫌いだったはずなのに、ひどい変わり身である。
瑞晴の姿を見るわけでもなく、瞑鬼は自然と校門の前までやって来ていた。こうして見ると、行ってないのはたった数日間なのに随分と懐かしいと感じてしまう。
見知った顔が一人、自転車で門を駆け抜けて行くのが視界に入る。瞑鬼の記憶が確かなら、あいつは高橋くん。スクールカーストは瞑鬼の同じくらいの位置のはずなのに、やけに友達が多い人間だ。
次に出て来たのは隣の席の山田さん。一度も喋った事は無いが、男子からの人気はそこそこあるらしい。残念ながら瞑鬼にそんな感情はない。
迎えの車を待つ生徒。電車がないとぼやく遠距離からの通学者。この世界に変わったところは殆どないと思っていた瞑鬼だったが、知って見ると案外違うものだ。運動部は魔法を使ってスポーツするのが当たり前で、文化部にしても自分の魔法を生かせる道を選ぶ。
こうして放課後の校舎を眺めていると、自分の一員になれるような気がしてしまう。けれど流石にこの格好のままお邪魔するのは躊躇う余地があったのか、瞑鬼はすんでのところで踏みとどまった。
自分だけを置いて、世界は当たり前に動いてゆく。一見すると羨ましく思えるかもしれない。この魔法の世界で、職を持ち住むところを持つ。それが幸運だという事に自覚はある。けれど、どうしても瞑鬼の中に未練があるのは明らかだった。
いっそ全く知らない異世界に飛ばされたのなら、諦める事もできただろう。しかし、なまじ前の世界の面影があるせいで、どうしても心残りを断ち切れないのだ。
備え付けの自販機へ行き、適当にコーヒーを購入。飲みたいとねだる関羽を尻目にごくごくとそれを飲み干す。学生にしては少し大人びた心の落ち着け方だが、瞑鬼はこれが好きだった。
「あ、神前くん。もしかして今終わったの?」
完全に気を抜いていたところで、背後からの見知った声が瞑鬼の鼓膜を刺激する。振り向かずともわかった。完全に瑞晴である。
「あぁ……うん。5分くらい前に終わって、関羽について来たらここまで」
自分がここに来た理由を完全に関羽になすりつける。どうやら瞑鬼の飼い猫はその事についてご不満らしい。嫌に細い目で瞑鬼を睨むと、そのまま壁を伝い肩まで飛び乗ってくる。
「あれあれ?ついに瑞晴にも春到来?」
「……いやはや、まさか桜にもとはな」
自転車を押す瑞晴の後ろから、これまた聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あんたら……、どんだけ早とちりなの?」
二人いる声の主たちの方を振り返り、瑞晴がすかさず修正を下す。高校生ともなれば、誰と誰が付き合っていようが自分が付き合えてなかったらどうでもいいが、それでも噂が出回りそうな火種は消しておくのが無難だろう。
二人の下までやってきた二人の姿を見て、瞑鬼はなんとか自分の頭の中にある人物辞典を紐解いた。
少し背が高めの男の方、若干変な喋り方をしているのは確か柏木夜一。いつも瑞晴とその仲間たちとして瞑鬼の視界に映っていた人物である。当然のごとく話した事は皆無。せいぜい、入学当初席が隣だった繋がりしか無い。
そして二人目。いつも桜軍団の中にいた、童顔巨乳の中島千紗。オタ系男子から絶大な支持を浴びる注目の逸材である。日本人ながらのペドフェィスと、その慎重にそぐわぬ夢の詰まり具合から、瞑鬼の中でオタクキラーと呼ばれていた人物である。しかしこちらとは本当に絡みがなく、当然好きでもなければ嫌いでもない。
いつも瞑鬼が見ていた通り、三人して下らないことを喋り出す。世界が変わっても人間関係が変わらないのは、一体誰の考えたイタズラなのか。瞑鬼はその答えが知りたかった。
「彼氏じゃないとすると……、ほう……。なるほどな桜。お前すごいな」
「……どんな関係想像してんの……。ウチで住み込みのバイトしてる人だよ。神前瞑鬼くん」
いつもと変わりない柏木の頭のいかれっぷりに、瞑鬼はどことなく懐かしさを思い出した。まるで何十年来の友人にあったジジイの気持ちである。
呆れる瑞晴をよそに、二人して軽口を叩き合う。ギリギリのラインを守った上でのこの鬩ぎ合いは、青春時代の風物詩の一つにでもカウントされるだろう。真に仲がよくなければできないことである。
そして、当たり前だが瞑鬼にこんな気軽に話しかけられる友人はいない。家庭の事情を知ってか知らでか、瑞晴以外のほとんどの人は瞑鬼に話しかけてこなかったのである。
今にして思えば、瑞晴はきっと顔が怖い人間に対して耐性が付いていたのだ。
「よろしくな神前くん。柏木夜一、やっちゃんとでも呼んでくれ」
ここのネタが尽きて来た。




