異世界脱出、激動です。
一週間は続きましたね。毎日投稿にも慣れてきましたよ。
明美が人の気配に気づかないことを祈りながら、瞑鬼は捜索を再開する。とは言ってももうあまりドタバタ音を出すわけにはいかない。そのため、できるのは忍び足で動くことと机の引き出しを開けるくらいである。
人がものを隠すのはどこか。ましてやそれが大人の場合はどうなのか。瞑鬼の頭はかなり急速に思考を回していた。殺された直前ほどの超人的なスピードでは無いが、テストの時にこれが発揮できれば余裕で学年一位が取れそうなくらいの勢いである。
目に入ったデスクの引き出しを、無音かつ高速で引き出す瞑鬼。下から開けるのは空き巣の基本である。
一番下の少し大きめの段には、聖書らしき本が一冊とそれに付属していくつかの小物が収納されている。尋常ならざるほどの持って帰りたい感に襲われる瞑鬼だが、きっちりと理性が働いてくれた。さらに二段目、そして三段目を開ける。
すると、一片の書類が瞑鬼の目に止まる。正確には瞑鬼の気を引いたのである。
書かれていた文字は日本語で、見たところによると何かの指令書のようらしい。
「……《黄金条約》の撤廃に向けて……?なんだこれ……?」
そして、それを持ち上げるとさらにもう一枚の紙片がひらりと舞った。
反射的に手を伸ばし、書類に目を落とす瞑鬼。何か書いてあることを一つでも記憶して帰ろうかと思ったのだ。
だが。
「《円卓の使徒》第十三席、神前義鬼……?」
最小限の声を出し、そっとその分を読み上げる。はっきり言って、瞑鬼には意味がわからなかった。
円卓の使徒。字面から察するに、円卓の騎士と類似する何かだろう。しっかりと十三まであるという事は、キリスト教とも関連性が伺える。
しかし、そんな造語以上に、その書類は瞑鬼の記憶に深く刻まれることになった。
「……白紙?」
そう見まごうほどに、紙は真っ白だった。中央上部に、円卓の使徒という言葉と義鬼が十三席という事だけが綴られており、それ以外は白紙なのだ。
まず初めに考え付いたのは、炙り出しのような特殊な方法を使って文字を浮かび上がらせる方法。
こんな細工が施してあるのを鑑みるに、よほど重要な連絡が書いてあるのだろう。瞑鬼の中に、又しても持って帰りたいという感情が湧き上がる。
しかし、これを持って帰るにはあまりにもリスクが高過ぎるので断念。泣く泣く紙を元の位置へと戻しておく。
これ以上誰かに昼休みだので戻ってこられたら困るので、そろそろお暇の準備を瞑鬼は始める。靴を片手に、全身の筋肉に力を込めて音を殺す。
幸いなことに、神前家は死角が多い。少しばかり内装が近代的なため、開放的とはあまり言えない間取りなのである。
部屋を出て、そっと扉を閉める。ここからが勝負だ。空き巣は見つかってはいけないのだ。誰にも知られず、誰にも見られずが信念。それに、見られたらただでは済まないことは確定している。バレたらバレたで強盗に早変わりなど、魔法のない世界の話である。
一階からはそこそこの大音量でテレビが聞こえるので、少しくらいの足音は許されるだろう。どれだけ瞑鬼が注意しようとも、床が軋む音は押さえ込めない。
そろりそりと階段を降り、明美の行動に最新の注意をはらう瞑鬼。出ていく瞬間ならまだしも、ばったりと顔を鉢合わせなんて事だけは避けなければいけないのである。いつもフローリングを踏み抜く勢いで家の中を歩いていた瞑鬼にとって、この家で静かになんてのはいささかハードルが高すぎる。
明美にも義鬼にも恨みはある。どれほど時間が経とうとも拭いきれないほど昔から培われきたそれは、きっと世界を跨いでも同じなのだ。だが、ここで怒りに任せて殺しにかかっては逆効果である事くらいは瞑鬼にもわかる。周到に策を弄し、最高で最悪の形を持って復習を完遂する。それこそが瞑鬼が思い描く理想の復讐劇だ。
だから、力がつくまではどれだけ憎かろうと苛つこうと我慢するのである。それが一番の近道だと、瞑鬼だけが知っている。
「……五衣のガキは後回しとして……、次は天道高校の校長か。夏休みに入ってからね」
壁に耳を当てて室内の様子を確認していると、物騒なことを言う明美の声が聞こえてくる。やはり瞑鬼の予想通り、第一の標的は朋花だったらしい。もしあの場で瞑鬼が逃していなかったら、恐らくは今頃朋花は魔女特区にお持ち帰りされていたところだ。
ガサガサと冷蔵庫を漁る明美の不快な生活音を耳にしながら、梁に背中を預けしばし瞑鬼は考える。
天道高校の校長。瞑鬼がもともと通っていた学校だ。特に目立った特徴なんて無ければ、特別強い部活があるわけでもない。強いて言うならボート部が全国クラスであることくらいである。しかし、そんな田舎の凡高校を襲ってもメリットなどあるはずがないのだ。
校長先生だって、瞑鬼の知る限りではただのデブのジジイである。とてもじゃないが魔女の標的になるなんて考えられない。まだ朋花の方の理由は察しがつく。魔女がさらうのは魔法回路を開いていない子供。その回路を食べると言うのだから、なるべく大きい方がいいはずなのだ。そうすれば、一度で強力な魔法も得られる。
相変わらず意味が不明な二人の行動に頭を抱えそうになる瞑鬼。しかし、はっと自分の使命を思い出す。
首を振り、逃げる算段をもう一度復習する。運要素の強い賭けではあるが、やってみる価値はある。
ここから出口までの距離はおよそ十メートルあるか無いかだろう。走ればものの数秒で駆け抜けられる事だろう。しかし、ドアを開けたり明美に見つからないように行動するとなると、最低でも30秒は欲しいと願う瞑鬼。走らずに行くのはそれが限界の数値なのである。
関門は一つだけ。リビングから階段につながるドアのみだ。それさえ過ぎれば、やっとの事で瞑鬼のミッションはコンプリートとなる。
幸いなことに明美は手に取った書類にご執心のようで、目を落として黙々と読み進めている。
情報は得た。はっきり言ってかなり断片的なキーワードであるが、それでも無いよりかは幾分もマシだ。帰ってネットで調べたり図書館へ行って本を探すなりすれば、それなりに繋がった情報として瞑鬼のものとなる。
最大限の緊張を押し殺し、瞑鬼は一歩を踏み出そうとする。
「……人間の匂いがするわね……。近くに一人。これは男かしら?」
足を踏み出そうとする瞑鬼に、明美が最大にして最悪の言葉の弾を放つ。その言葉が瞑鬼の耳に入り脳に刻み込まれた瞬間、瞑鬼の全身は筋肉を失ったかのごとく動きを止めてしまった。
重要ワードが出てきました。なるべくわかりやすい格好良さを求めた結果、あんな名前に。




