異世界で鍵の音?
知名度が上がるのは最高。
瞑鬼は部屋を後にする。しっかりとドアを閉め、そこに身体を預けると、途端に力が抜けてしまう。人間案外、真実なるものを知った日には膝が笑い転げるらしい。
まだ二人を倒す算段はついていない。この事を警察に話しても、恐らく警察は動かないだろう。確固たる証拠の掲示とやらを理由に、危ない橋を渡るのは拒むはずだ。
この街に潜む脅威をきっちりと知らしめる為には、さらなる情報が必要となる。だから、瞑鬼は今、その盛大な秘密を求めて義鬼の部屋の前まで来ていた。
同じ家とは言え、入った回数なら恐らく片手で数えられる程度だ。記憶がないほど昔を除くとして、最後に入ったのは小学校の最後。珍しく義鬼が瞑鬼に対して上機嫌だった時だ。
今でも瞑鬼は部屋の内装を覚えている。いくつもの本棚がならび、そのどれしもがびっしりとお硬そうな本で埋められていたのだ。クソ親父とは言え、一応読書できるくらいの知識はあるんだな、なんて感想を抱いた事を覚えている。
初めは鍵がかかっているかと躊躇ったが、どうやら杞憂だったらしい。少しばかり新しい雰囲気のドアが、何の音もなく開かれる。立て付けが悪いらしい。
「……さって……、どうすっかな……」
改めて部屋の中を見渡すと、思ったよりも多くの情報が瞑鬼の脳内に流れ込んでくる。
まず目に入るのが大量の本棚。そのまま視線を横から正面にスライドさせて行くと、奥に机が構えられていることがわかる。木張りでできた、ほんのりと高そうな机である。見た所使用してから年数は経っているらしいが、瞑鬼はこんなものを見たことがなかった。組み立てのシーンすら記憶にないとなると、机は異世界では違うのかもしれない。
いくつかの本棚に目を上げてみるも、どれもこれもやれ戦争だの批判だの、頑として情報を与える気すら感じられない。瞑鬼が求めているのは本ではない。仕事の書類やメモリーカード、パソコンのデータなどの、直接的な証拠が得られそうなものである。
しかし、机の上は意外と小綺麗に整っており、あるのはペン数本に本、それと娘の部屋にあった小さなショーケースに入った金のグラスのみである。
同じものが二つあるとすると、考えられるのは知人からのお土産か、一緒に旅行へ行ったかだ。明美の部屋になかったことを考えると、小さい時に二人で海外へ行きそこで購入したとでも考えるのが妥当だろう。ますます瞑鬼の目にはこのグラスが濁って見えた。
荒らさないように机の中を開ける。まずは引き出し。書類が数点あったが、どれも英語で書いてあるからそんな一瞬では訳せない。持って帰ろうかとも考えた瞑鬼だが、万一バレたら洒落にならないのですんでのところで留めておく。
結局大した成果も得られないま、ただ自分の歴史の中に空き巣まがいのことをしたという汚点が残るだけかと危機を覚えた瞑鬼。最低でも義鬼の魔法のヒントだけでも持ち帰りたい。
そう思っていた矢先だった。
玄関の方から、何やらガチャガチャと鍵を開けるような音が瞑鬼の鼓膜を刺激する。そのままドアが開く音とともに、家に響き渡る声で盛大な文句を垂れる声が重ねて聞こえてきた。
「ったく!義鬼のヤツ、仕事依頼するならちゃんと情報渡しやがれってんだ!今度ぶち殺してやろうか」
いつもとはあまりにも違いすぎる口調に、一瞬同業者が入ってきたのかと思った瞑鬼だったが、残念なことに声の方からは図太さは感じられない。鋭く通った、はたから見れば美声であろうその響き。
何日連続で運命が傍迷惑な奇跡なんてものを引き起こしているかは不明だが、それでもこの声の主くらいはわかる。義鬼と喧嘩するときは、いつも耳障りな金切り声をあげる女。瞑鬼の中では最底辺の下を這いずってゆく、他ならぬ明美である。
気づくと、携帯の時計は12時を少し過ぎた時間を示していた。明美の部屋に時間を取られた結果がこれである。
誰かが戻ってくる前に退散するのが瞑鬼の予定だったが、もうそれはボツ案となってしまった。相手は瞑鬼なんかよりも遥かに強力な魔法を持つ魔女。はっきり言って正面戦闘で勝ち目なんてあるはずがない。いくら新しい魔法を得たとは言え、そんなのは焼け石に水をぶちまけるよりも役に立たない。バズーカ持った相手に小石二つで勝負を挑むレベルである。
それに、ここは敵地のど真ん中。たとえ瞑鬼に死んでも蘇る能力があったとして、その肝心の復活地点が敵地では意味がない。ここで明美とエンカウントすれば、瞑鬼が生き返ったことがバレてしまう。アレだけ確実に殺しに来ていたのだ。よもや急所を外れていて回復魔法で回復、なんて甘い考えはしてくれないだろう。となると、明美と出会った先にあるのは無限死の地獄。夫婦揃って様々な殺し方を研究する材料になる可能性だって十分にある。
だから、現状瞑鬼に課せられた使命は一つ。誰にも見つからずにこの家から脱出することだ。
幸いにも、明美は一階のリビングにいる。どうせ昼間からビールの一杯でもあおいで一人で乾杯でもしているのだろう。瞑鬼にとっては好都合だ。
恐らくここに侵入できるのはこれが最後。瞑鬼が脱出した後に誰かが不審に気づき、侵入者がいたことがバレるのは確定だ。勘の良さは一族譲りなのである。
一応最終手段としての策はあるものの、それがうまく働いてくれるかはわからない。何せ、仕掛け人が猫なのである。人の言葉が理解できる異世界ブーストがあるとは言え、自由気ままにどこかへ行かないとも限らない。あるいは、もう既にどこかへ旅立っている可能性もある。
かと言って、二階の窓から飛び降りるのは無謀だろう。そんなどこぞのスタントマンのようなことをやってのけられる身体も度胸も瞑鬼には無い。
とにかく、今は情報集めが最優先なのである。
まるでインポッシブルなミッションですね。




