異世界自室、入室です。
とりあえずこれで三日坊主は避けられました。
どうしても開けられなかった。開ければ、すべての真実を知ることになってしまう。
自分が一体何者で、何のためにこの世界に呼び出されたのか。その答えすら見つけられない内に真相を知ってしまえば、恐らく瞑鬼は今後、何に対してもやる気が湧かなくなるだろう。
ひょっとしたら、代わりに飛ばされた誰かは両親と仲良くやっていたかもしれない。この世界での神前家は、本当に仲睦まじい家庭だったのかもしれない。
義鬼の凶暴性や明美の気持ち悪さに変わりはないが、それは瞑鬼と言うフィルター越しでのこと。側から見たら普通なのかもしれない。
覚悟ができなかった。しかし、時間もない。今この瞬間にも、どちらか片方が家に向かっている可能性もある。
魔女と魔法使いが住む家だ。結界的なものが張ってあっても、特段不思議はない。
「…………」
ドアノブを握る手に力を込める瞑鬼。気がつくと、あたりには漆黒の粒子が少しばかり飛び散っていた。無意識のうちに魔法回路を開いていたのである。
迷っていても始まらない。やるならやれ。
古今東西、物語の主人公たちはそんな事を仲間から言われて来た事だろう。ピンチの時や、何か大きな決断をする時、側にはいつも信頼に足る人物がいた事だろう。
だが、瞑鬼は違う。たった一人で初めて、一人で解決しなければならないのだ。
事変わった魔法も、死んだら蘇るなんて能力も、瞑鬼しか持ってない。明美が魔女だと知るのも、恐らくは瞑鬼だけだろう。
誰かに話して解決するのは簡単だ。警察にでも行けば、嫌々ながらに調査の一つもされるだろう。しかし、それでは意味がないのだ。
これは瞑鬼の戦い。人生を腐った眼で見てきた瞑鬼に対する、どっかの誰かからの試練である。
そう、瞑鬼は思った。
だから開いた。過去の自分を、未来の自分を、すべての自分を否定するように。
「…………え」
扉を開いたその向こう。元は瞑鬼の部屋であった一室は、少しばかり桃色空間だった。
学生が使うような勉強机に、恐らくはお出かけ用のバッグが置かれている。柔らかそうなシーツがかかったベッドは、瞑鬼が使っていたものとは大違いだ。
壁には二枚目な俳優のポスターが数点。その下の棚には、いくつかのぬいぐるみが置かれている。
本棚も同様、瞑鬼が持っていたハムレットはテンペストなどの影は無く、脳内お花畑な人間が読むような、カラフルな装丁がされた少女漫画が綺麗に陳列されている。
漂う香り、ハンガーにかかっている服。一瞬見ただけでわかった。ここは瞑鬼の部屋などではない。何か別の、女子の部屋なのだ、と。
女の人の部屋など入った経験はゼロに等しい瞑鬼だが、それでもわかるくらいに、わかりやすい女の子の部屋だ。
「……これは……、まじか……」
驚きを隠せない瞑鬼。当たり前だ。つい一週間ほど前まで自分の部屋だった筈の自宅の一室が、いきなり女子の部屋になっていたのだったのだから。
と言うことは、この世界での瞑鬼の立ち位置にいた人間は女ということになる。それがどんな人物で、なんて名前なのかは到底知る由も無い。
しかし、調査をする権利くらいは瞑鬼にもあるだろう。一応、こことは別のパラレルワールドではここは自分の部屋なのだから。
恐る恐る足を踏み入れ、室内の探索を開始する瞑鬼。まず最初に見るのは机の上だ。学生ともなれば、学校からもらったプリントは全部そこに置いてあるだろう。そこから学校名と年齢、うまくいけば名前もわかるかもしれない。
今この街で、間違いなく異変が起こっている。しかも、その原因がここの家の住人である事は確かなのだ。殺人犯が二人いる。
子供に罪はないが、捜査の協力をしてもらうだけならば問題あるまい。そんな判断だった。
元の位置から崩れないように部屋を見て回る瞑鬼。これを窓の外から見られたら、さぞかし怪しい人物として映るだろう。下手したら警察沙汰だ。
しかし、現行犯でなければ問題はない。ここの人間が侵入者がいた痕跡を発見したとしても、警察に行く事はまずないだろう。そんな事をしたならば、身元を洗われて殺人の嫌疑がかかる恐れがある。そんな事で捕まえられる両親ならば、とっくの昔に瞑鬼が警察に突き出している。
タンスを少しばかり開帳し、中身をチェック。女ものの下着があろうとも驚かなくなったのは、桜家での生活が功を奏したからであろう。
「…………ん?」
瞑鬼の視線が一つのショーケースに留まる。その埃一つ付いてないガラス張りの中には、小振りのグラスのようなものが一つ、ひっそりと佇んでいた。
自分×自分も、案外悪くない。




