異世界生活、始めたいです②
店の外のベンチに座り、猫と二人でこれからの事を考える。しかし、吐くのはため息ばかり。吐くから一引いたら叶うになると言われても、今の瞑鬼から一なんて引いてしまったら、ゼロどころかマイナスになる。
悩んでいても時間は過ぎるばかり。それに、頭を使っている分当然腹も減る。何度財布の中を確認しても、所持金が増えるはずもない。鞄の中だって、朝から何回調べ尽くしたか覚えていないほどである。
これがもし自分じゃなかったら、そいつは異世界に来ると共に万能最強の魔法でも手に入れて、優雅に暮らしていたに違いない。そんな考えをせずにはいられなかった。
何十分も外にいると、次第に意識が遠のいて行くような感覚に襲われる。現在の気温は三十度。おおよそ長時間日にさらされていい温度ではない。
一旦猫を水場の近くで寝かせ、自分はショッピングモールに再び入る。氷雪系の魔法が働いているのか、店内は冷んやりとしていて、それでいて肌寒くはならない。クーラーいらずとは、実にエコである。
覚えている限り、閉店時間までにはまだ時間はある。今のうちに体力を回復するのが吉だろう。
センターホールに備えられたベンチに腰掛け、いかにも勉強する学生ばりに鞄からノートを取り出す。ただ何時間も座っているだけでは、店側からの反応がどんなものになるか。流石の瞑鬼にもそれくらいはわかるらしい。
質素な昼ごはんが、ここに来て瞑鬼に小さなダメージを蓄積させていた。2分おきに鳴る自分の空っぽの腹を押さえ、何とかノートを凝視する。
周りには食料品売り場、ファストフードなどの誘惑が多い中、匂いだけを嗅いで耐えるのも限界が来たらしい。瞑鬼はそっと立ち上がると、広げていた勉強道具を回収し、家電売り場へと踵を返す。
いかに異世界といえど、情報が武器になるのに変わりはない。魔法に対して絶対的にアドバンテージがない以上、少しはそれを改善する必要があると思ったのだ。
エスカレーターで二階に上がり、なけなしの体力を振り絞る。育ち盛りの高校生。一日一食で体力がもつはずがない。
少し大型の電気製品が立ち並ぶ、家電売り場の前に立つ瞑鬼。その眼が写していたのは、薄型テレビの中で繰り広げられる、魔法を使ったスポーツだ。瞑鬼が元いた世界のものと変わらないルールもあるが、やはり基本的には魔法準拠になっているらしい。
同じ星の上に魔王がいるというのに、呑気にスポーツに明け暮れる人たちを見て、瞑鬼の顔が曇る。危機感のなさを危惧しているのだろう。しかし、たった一人の無力な人間が何を思ったところで、世界はどうにもならない。そんな事は瞑鬼も百も承知だ。
移り変わるテレビの画面。そこから得られる情報と、図書館で読んだ本に書いてあった事とをすり合わせ、瞑鬼は瞑鬼なりの魔法理論を形成する。
「……ふざけてるな」
自分の考えた事のあまりの可笑しさに、いつの間にかため息交じりの言葉が漏れる。
昨日目の前で見た魔法を思い出す。あれは何もない空気中に、灼熱の炎の球を生み出す魔法だったのだろう。原理がわかるわけはないが、それでも発動にある予備動作が必要な事くらいはわかる。
瞑鬼がこれまでに得た知識は二つ。魔法は身体を流れる魔力と言われるものを消費して使うものだということ。この時、使いすぎると貧血のような症状を引き起こすらしい。
二つ目に、魔法の発動には予備動作が必要だということ。今テレビで流れているスポーツ選手の魔法は、足首を回すことによって発動するタイプのものらしい。
たったそれだけの動作で、ボールが自由自在に動く魔法を使えるのだから、もしこの人が瞑鬼の元いた世界に来たら歴史に残る人物となっていただろう。それ程までに魔法とは絶対的な力なのだ。
現状瞑鬼は自分の身体に宿る魔法を認識していない。普通の人は、思春期を迎えた頃に何となくの感覚で覚醒するらしいが、残念なことに瞑鬼はここの世界で思春期を過ごしていない。これから必要になったら覚醒するのかもしれないが、それまでの食事のことを考えると、瞑鬼は目の前が暗くなる。




