異世界湯、ゴリゴリです。
皆さんは朋花と瑞晴、どっち派ですか?
僕は断然瑞晴です。
「なぁチェル。お前は魔法使えないのか?」
半身浴をしながら、瞑鬼がチェルに話題を振る。しかし、当然のごとく返事は無し。いかに魔法の世界といえど、そうそう簡単に動物とコミュニケーションはとれないらしい。
しかし、チェルも一応は言葉を理解できたのか、気だるげに喉を鳴らした。そして瞑鬼がその喉を撫でる。
「関羽はいいよな。多分Aプラスだよ、その魔法。……何が基準が知らんけど」
アヒルのおもちゃに変化し、悠々と水面を滑る関羽に一言。なんだか関羽が自慢げな顔をしたように見えたのは、きっと瞑鬼の気のせいだろう。
それから二匹の猫たちの毛を洗い、ついでに自分の頭も洗う瞑鬼。もこもこと泡立った猫たちに挟まれたら、それはさぞかし天国気分になれることだろう。なんて緩みきった事を考え、ついついシャンプーとボディーソープを間違えてしまったりする。
「……まぁ、魔法が使えるだけでも十分っちゃ十分か……」
考えたことをそのまま口から出し、瞑鬼は一人天井を仰ぎ見る。風呂場に来ると、どうしてもつい考えてしまうのだ。元の世界ならどうだっただろう、と。
この世界に来てから、思えばありえない事しか経験してないのではないか。記憶を紐解けば紐解くほど、瞑鬼の中ではその疑惑が強くなっていた。あるいは、既にそれは疑惑から確信へと変わっていたのかもしれない。
きっと、元の世界なら、今瞑鬼は親父を殺し義母を殺し、警察に厄介にでもなっていただろう。祖父と祖母を早くに亡くした瞑鬼には、引き取り手が限りなく薄いのだ。
親戚にしろ親の知り合いにしろ、元から当てになどしていなかった。何せ、あのクソ親父の血縁者だ。どれほどまでにクズなのかは、考えなくても手に取るようにわかる。
きっと、引き取られてもまた同じような事件を起こすこととなっていただろう。
けれど、瞑鬼の運命は変わった。この世界に来て、この世界の人に出会って。
だから、別に魔法がどうのの問題じゃないのだ。どんなに使い所が不明でも、どんなに使い勝手が悪くても、それでも周りが以前よりもいい環境ならば、使い道くらい考える暇ができる。だから、瞑鬼は今も桜家に留まっている。
「いつか……、この感覚も薄れるのかな」
うにゃあと唸る関羽の喉を撫で、そっと一言弱音を漏らす。もはや瞑鬼が完全に自分をさらけ出せるのは、この関羽のみだった。
瑞晴にも、陽一郎にも言えないことは山ほどある。チリも積もればというのは本当のようで、溜まりに溜まった隠し事や内緒話は、全て関羽が受け皿となっていた。
文句も言わずに、いつまでも愚痴に付き合ってくれる関羽。今は、その存在だけが、瞑鬼の心を繋ぎとめていた。
そうでなければ、知り合いの親の死体を生で見て、正気を保って晩飯を食うなど不可能なのだから。元来から人間より動物が好きな瞑鬼にとっては、最大にして最高の理解者と言えるだろう。
半分しかお湯がない浴槽に、腰までを浸けて目を閉じる。一日十分以上やると逆上せて悲しいことになる奥義だが、これが最高にリラックスできるのだ。
ぼんやりと天井に浮かぶ水滴を眺めていると、ふと扉の外に人の気配を感じた。
「……ちょっと、いいか?瞑鬼」
その気配の主は、あろうことか瞑鬼の入っている風呂に侵入して来た。それも、タオルの一枚も纏わずに。
しかし、瞑鬼は驚かなかった。来ることを知っていたから。
瑞晴や朋花の手前、言えないことは大量にある。だから、陽一郎はこうして二人きりになれる時に、瞑鬼のお一人様タイムを侵食しに来たのだ。
六尺5寸はあろうかという筋肉質な巨体に、上からシャワーを浴びせる陽一郎。飛び跳ねた水滴が何発も瞑鬼の顔を直撃するが、当然の如く野暮は言わなかった。
一通り流し終わると、どう考えてもサイズが合っていないだろう腰掛けに向け、その巨体を振り下ろす。少しばかりミシミシという音がした気がしたが、きっと寿命が近いのだろう。
「……悪いが瞑鬼、背中でも流してくれねえか?」
トラックバックって何に使うんでしょうね。




