異世界日常、奪還です。
いろんな人に見てもらえたみたいで、感涙ですよ。ほんとに。
二人して考える。しかし、いくら考えたところで、答えが出るはずなどなかった。公式も開放も存在しない。ましてや、照明が可能なのかどうかすらわからない問題なのだ。魔法の専門家でもない学生と、一介の果物売りが考えたところで、答えにたどり着くはずもない。
「とにかく、神前くんに身体返したら?」
いい加減陽一郎も飽きただろう。その頃合いを見計らい、瑞晴が一言。
どうやら本人もそう感じていたようで、思ったよりもあっさり身体返却は議決された。
うつ伏せるような形をとり、陽一郎は目を閉じる。その直後、瞑鬼の身体が糸を切られた人形のごとく脱力する。その姿は、見るものが見れば泥酔して爆睡した高校生の様にも映るだろう。
魔法を解除し、陽一郎の意識は戻ったものの、瞑鬼はなかなか目覚めない。陽一郎の魔法で身体を入れ替えられた者は、解除してすぐに戻ってこれないのだ。
眠たげな目を擦りながら、陽一郎が起き上がる。
こちらはおっさんになった自分の身体に不満が爆発らしい。何度か体を動かしてみて、さっそく文句を一つ。
「あぁ、ダイエットしねぇとなぁ……」
その言葉を右から左へ受け流し、黙って瑞晴は瞑鬼を見つめる。
その体に宿る、不思議すぎて理解ができない何かを、理解したいように。
陽一郎が身体をリリースした数十秒後、瞑鬼は未だ眠たそうな目を擦りながら起き上がった。薄ぼんやりと瞳を開けて、関羽よろしくどこか虚空を眺めている。
陽一郎の魔法の代償。それは、意識の混濁だ。身体を取られていた時間が長ければ長いほど、起きた時に頭がはっきりするまで時間がかかる。
何度か頭を振ってみると、やっとのことで瞑鬼の意識が現世に戻ってくる。
「あぁ……。どうでした?何かわかりました?」
焦点の定まらない目で、瞑鬼が瑞晴をじっと見る。瞑鬼自身には何の意味もない行動だったのだろうが、それは瑞晴にとっては大ダメージとなってしまった。
目を合わせると、つい何分か前のことが、一気に瑞晴の頭を駆け巡る。犯人は瞑鬼ではない。陽一郎が勝手にやったことだし、何より瞑鬼にはその時の記憶はない。そんなことはわかっているのだが、やはり瑞晴も女子高校生。抱きつかれたことを流せるほど、まだ人生を達観してはいない。
思わず顔を赤く染め、瞑鬼から顔をそらす。等の瞑鬼本人は、自分がなぜこんな状況に陥っているか、謎に謎が重ねられているらしい。
話も進めず黙っていると、風呂場の方からガラガラと扉を開ける音がリビングに響く。
どうやら朋花の湯浴みも終了らしい。
その事に気づき、急いで会話を終わらせに入る陽一郎。こんな状況を朋花に見られたのでは、何のために内緒話にしたのかわかったものではない。
「まぁ、なんだ。そう。お前の魔法な、二つ目が発言したらしい。手をマイク持つみたいな形にして、口元に近づけてみろ」
「二つ目ですか……。はぁ」
言われた通り、瞑鬼は右手の拳を軽く握り、マイクを持った時のように口元に近づける。
異世界から来た瞑鬼には、二つ目の魔法が遅れて発現するのが、いかに特例なのかがわからないのだ。
「……これで、どうするんですか?」
「その状態で魔法回路を開くと、離れた相手の耳元に直接声が届けれる。但し、一回対象の魔力を体内に取り込む必要がありだ。離れれば離れるほど、魔力の消費も激しくなる」
「……またしても微妙ですね……」
自分にもう一つがあった事を喜ぶよりも、そのもう一つが予想の斜め下を飛んで行ったことのほうが、瞑鬼には大きな出来事だったらしい。
一つ目は手を叩くと光が出る魔法。もう一つは、拳を握ると声を届けられる魔法。こんな二つでは、魔王はおろかそこらへんの一般市民にも勝てないのではないか。瞑鬼の心配はここにあった。
自分が特別だということも、自分が常人とは少し違うという事にも自覚はある。何しろ、死んでも生き返るのだから。しかし、残念な事にそれは瞑鬼の魔法のせいではないのだ。
死んだとしても、特にチートな能力が手に入るわけでも、特殊な才能に目覚めるわけでもない。
これではまるで、自分は死に損なのではないか。そう、瞑鬼は考えざるを得なかった。
「……そ、そんな事ないよ。便利だと思うよ。うん。例えば……、えっと、携帯がなくなっても連絡取れるじゃん」
必死に長所を探し出す瑞晴。確かに、日常生活で使う分には、瞑鬼の持つ魔法はそこそこ有用性があるだろう。
しかし、ここは日常を送るための世界ではない。
魔法を駆使し、魔王や魔女といった、瞑鬼の敵と戦うのがメインの世界なのだ。
それなのに、わざわざ異世界まで呼び出されて、瞑鬼に渡されたのはしょぼったい魔法が二つだけ。
これでは、包丁とまな板でアメリカ軍に戦争を仕掛けるようなものである。初めから、勝ち目なんてあるはずがない。
いい加減自分の存在意義につい悩む瞑鬼。陽一郎も瑞晴も、かける言葉を見失っている。
そんなこんなで二人が瞑鬼を見守っていると、不意に引き戸がガラッと開いた。
「……どうしたんですか?二人して瞑鬼を睨んで」
「あぁ……。朋花ちゃん……、これはね……」
「わかった。ロリコンが何かをやらかしたんですね?大方瑞晴に抱きつこうとでもしたんでしょ。この変態瞑鬼!」
そう言うと、朋花は瑞晴に抱きついた。風呂上がりのせいか、やけに火照った肌が、濁った瞑鬼の眼に映る。
あながち間違いでもない朋花の推理に、瑞晴は苦笑いでお茶を濁している。どうやら気づかれてないらしい。
これ以上空気がおかしな方向に流れ出すとまずいと踏んだのか、瞑鬼がその重たい腰をあげる。
「……俺は風呂に入って頭を冷やして来ます」
このクソ暑い中、何を思ったのか瞑鬼は頭を冷やすといって風呂に行った。その言葉の意味は、おそらく本人も理解していなかっただろう。
陽一郎のお古を持った瞑鬼の後を、二匹の猫が追いかけてゆく。
残されたのは、瞑鬼を睨む朋花と、瞑鬼に哀悼の目を送る二人だけ。
一番最初に動いたのは、食後のデザートを作ると言って台所へと向かった陽一郎だった。それに続き、二人の各々自分のことを開始する。
ぎこちないながらも、新生桜家は、稼働の息を吐いていた。
もう学校が始まる……。いやだ……、僕の安息の時間が……。




