異世界魔法、実戦です。
この世界の魔法のショボさはヤバイですね。
「えっ?!なにっ?!」
あまりに唐突すぎる陽一郎の行動に、思わず瑞晴が悲鳴をあげる。これが本物の陽一郎自身の身体ならまだしも、今瑞晴に抱きついているのは瞑鬼の体なのである。
特段瞑鬼を意識したかと言われれば、確かにそれもあったかもしれない。けれど、今の瑞晴にとって、瞑鬼は恋愛だとかそういう次元の話じゃなかった。
しかし、いくら瑞晴がもがこうと、相手は男子高校生の肉体。筋トレをしてない瞑鬼とはいえ、とてもじゃないが腕力で敵うはずがない。
「…………もうちっとだけ暴れてくれ」
とんでもないことを言い出した陽一郎。瑞晴の目は、完全に犯罪者を見るそれと化している。
いい加減貞操やら何やらの危機感を覚えた瑞晴。
魔法回路を全力で開き、それによって筋力を強化。その上昇した力をもって、陽一郎を突き飛ばす。
おふっ、という苦悶の声を漏らし、壁に頭を打ち付ける陽一郎。痛みを受けたのはやらかした張本人である陽一郎だが、肉体的なダメージでいくと瞑鬼の方が大きいだろう。少しばかり、心の中で瞑鬼に謝罪しておく。
「……いったいな。協力してくれって言っただろ?」
結構なダメージを受けた後頭部をさすりながら、陽一郎が起き上がる。残念ながら、どれだけの痛みを与えようとも、一度憑依したら時間制限か陽一郎の意思以外では剥がせないらしい。
なんで突き飛ばされたかをわかっていない様子の陽一郎に、瑞晴は心底ため息をつく。よもや自分の父親が、これほどまでに乙女心のなんたるかを、理解していなかったという事実に目を背けたいのだ。
とんでもない人間と結婚した母親のことを思い、少しだけ瑞晴は祈りを捧げる。
「内容によるって言ったでしょ?」
「…………まぁ、そうだな」
いまだ釈然としない顔の陽一郎。実験が終わったのなら、とっとと瞑鬼に肉体を返してやってほしいとの意思を告げるも、まだ終わってないの一言で却下をくらう。
「…………それで、変態になってまで確かめたかった魔法のほどは?」
呆れたような顔で瑞晴が尋ねる。
いくら中身は父親とは言え、同級生の男子に抱きつかれたなど初めての経験だ。興味がなかったわけでも、特別他の感情を抱いていたわけでもない瑞晴にとって、いささか刺激が強すぎたらしい。
若干顔に火照りを残しつつも、表面上は気にしていないそぶりを見せる。それが瑞晴の流儀だ。
「……そうだな。少し試してみるか」
そう言うと、おもむろに陽一郎は腰をあげる。
またしても抱きついてくるか、と反撃の態勢をとった瑞晴だったが、どうやら杞憂だったらしい。そのまま何もせずに、陽一郎は部屋の外へと去って行く。
それをぽかんと眺める瑞晴。一体何がしたかったのか、と頭の中で考えてみる。そして隣にいる親父の額にデコピンを一発。特に意味もなく当てておく。これで瞑鬼も救われることだろう。
時計の針を見つめ、ぼんやりと宿題しようかな、などと考えていると、
「あーあー。こちら陽一郎。聞こえるか、瑞晴」
耳元から陽一郎、正確には瞑鬼の声が聞こえてきた。
もちろん、部屋の扉が開いた音は無し。瞑鬼の体の陽一郎だって、目視できる範囲にはいない。
けれど、声だけが鮮明に瑞晴の耳元へと届けられているのだ。
「えっ?!なに?!」
一瞬焦る瑞晴だったが、すぐさま異変の正体に気づく。
これが、瞑鬼の魔法によるものなのだ、と。つまり、陽一郎は瞑鬼の中に新しい魔法を発見したから固まっていたのだ。
それもそのはず、本来魔法は一人一つが大前提。稀に二つ持ちもいるが、それなら初めて魔法回路を開いた時に気づくこと。
しかし、瞑鬼の場合はそうではない。一度開いた時は、確かに一つしかなかったのだ。
「どうだ?なんとも言えないショボさだろ」
一人脳を回転させる瑞晴の元に、瞑鬼の体を持った陽一郎が戻ってくる。ガラッと開け放されたままの扉が、瞑鬼の魔法が声を伝達させるものだと告げてくる。
「……どうだって言われても……。なんで今更二つ目が、としか」
知らぬ間に顎に手を当て、いかにも考えるオーラを発する瑞晴。この世界の人間は、考える時には顎に手を当てると言う本能でもあるらしい。
「二つ目が出てきたのは俺もわからん。だが、こないだ言ってた『全てを塗りつぶす』って感覚が残ってやがる」
「……だから?」
怪訝な顔をする瑞晴。陽一郎の発言が、いまいち確信をつかんでいないことが、どうにももどかしいのだ。
塗りつぶすだの、新しい魔法だの言われて、陽一郎自身も理解に困っていることはわかっている。
しかし、だからといって引き下がれるほど、瑞晴の知的好奇心は衰えていない。
と言うわけで、瞑鬼くんの二つ目の魔法が発覚しましたね。
因みに、今の所魔法に固有名をつける予定は無いです。技名はありますが。




