異世界魔法、お試しです。
明けましておめでとうございます。今年こそはお話を頂きたい。
「……ん、んぁ」
寝起きのような声を出し、先に起き上がったのは瞑鬼だった。いや、正確に言えば、瞑鬼の中に入った陽一郎だ。
魔法を発動させ、瞑鬼と身体を入れ替えたのだ。
理由は至極単純。この状態ならば、陽一郎は瞑鬼よりも瞑鬼のことを知れるからだ。
いつも通り重なっている自分の体をどかし、よっこいしょなどとオヤジ臭い言葉を放つ。
「すげぇな……。これ多分一つも怪我してねえぞ?魔力も溢れてるし……、何でだ?」
起き上がるなり魔法回路を全開にし、陽一郎は心底不思議そうな声を上げる。それもそのはず、瞑鬼の体には異常など一つも見受けられなかったのだ。
つい何時間か前まで、火事の現場にいた上に、その放火犯と戦ったはずの人物。それなのに、怪我はおろか魔力の漏洩さえもない。陽一郎が今までに経験したことがない事態だった。
「…………ほんとに一つもないの?怪我とか」
「……無いな。俺が断言する」
不思議そうな顔はしつつも、陽一郎は地震げに鼻を伸ばす。
「確認できた?神前くんの魔法」
若者の身体を手に入れて、心の底から目を輝かせる自分の父親を見て、瑞晴が言葉を投げつける。その意味は、とっとと離れなさい、だ。
その言葉を聞いた数秒後に、少し陽一郎は口を閉じてしまった。それは、一度目に瞑鬼の魔法回路を開いた時と同じ反応だった。
何かに気づき、その何かの不気味さに警戒している。そんな目をしていた。
「…………お父さん?」
瑞晴が疑問符を浮かべる。父親の奇行は今更ながらと言ったところだが、それでも意味もなくぼんやりなどしない人だとわかっていたからこその質問だ。
しかし、陽一郎からの反応はない。ただ、黙って一人下を向いているだけだ。
「……ねぇ、どうしたの?」
流石に異変だと思ったのか、瑞晴が立ち上がり、陽一郎の肩を揺する。
そこまでして、ようやく陽一郎の意識は現実世界へと帰還する。
「…………おう」
しかし、帰ってきたのはその一言だけ。そんな返事とも言えない返事だけを返し、陽一郎は再び考え出す。
今度はしっかりと顎に手を当て、いかにも考えているオーラを醸し出す。今、瞑鬼の身体の脳内では、灰色の脳細胞がさぞかし一生懸命に働いているところだろう。
瑞晴が待つこと数十秒。ようやく何か結論を下したのか、陽一郎が腰を下ろす。
「何かわかったの?」
「…………まあな」
またしても簡素な返答。何も知らない瑞晴からしたら、それはさぞかしつまらない時間だったことだろう。
そうして陽一郎は、何を思ったのかその視線を瑞晴へと向ける。何かを思いついた様な、これから何かを試す様な、そんな目だ。
すぐさま警戒態勢に入る瑞晴。こんな親バカ親父が、現役男子高校生の肉体を手に入れたのだ。気を抜いては倫理的に危ないことになるかもしれない。
「…………なぁ、瑞晴。少しばかり協力してくれないか?」
「……内容によるけど?」
そんな言葉は陽一郎には関係ないようだ。
身の安全対策を第一に考える瑞晴のことなど、脳が全力で快感物質を出している陽一郎には気にしている余裕がない。その目は既に、少年時代の夏休み、山へ行ってカブトムシを見つけた子供のそれである。
「少しばかり魔法回路を開いてくれないか?」
陽一郎の言葉に、若干の疑惑は残るものの、とりあえずこの場は頼みを聞くことにした瑞晴。
魔法が誤作動しないように、猫達から少し距離を置く。ここで猫にまでじゃれつかれたら、とてもじゃないが明日学校へ行く体力が残りそうにないからだ。
警戒しつつも、ゆっくりと魔法回路を開いてゆく。瑞晴の身体から出現した漆黒の粒子が、蛍光灯の働きをほんのりと妨げる。
しかし、その瞬間。ほんの一瞬だけ瑞晴が注意を猫にそらした瞬間、陽一郎が目を光らせる。そして、次の瞬間には瑞晴の豊満な胸元へとダイブをかましていた。
正確には、胸の正面でなく、その少しばかり上。丁度、鎖骨に鼻が当たるような位置である。
はい。健全な肉体に不健全な魂が宿った結果がこれですね。




