異世界日常、奪還です
異世界とはいえ、そうそうバトルなんてしませんよね。多分……。
「桜青果店さんの店員さんだよね?実家は?」
一瞬にして自分の素性を言い当てた隊員に、瞬間的に警戒心を抱く瞑鬼。ひょっとしたら、飯垣さんの魔法は視億かもしれないとの不安が頭を過ぎる。
ここで瞑鬼の過去でも覗かれてしまっては、自分が異世界から来たということがバレてしまう。そうでなくとも現状怪しまれている瞑鬼なのだ。もし異世界なんてことが発覚したら、危惧していた最悪の事態に陥ってしまう。
「……今は、住み込みでバイトしてます。実家は北海道です」
真実の中に、一つまみの嘘を投入。本物の記憶を読む魔法なら、一瞬でも顔に変化が現れるだろう。その一瞬を瞑鬼は逃さない。
けれど、返って来た反応は瞑鬼の予報の斜め上をかすめ飛んでゆく。
「北海道かぁ。僕もね、今年旅行に行ったんだけど、カニが美味しいよね。イクラとか鮭とかもさ。もう凄いお土産買っちゃったよ」
「……飯垣、はしゃぎ過ぎだ」
すいません、とあまり反省のない様子で謝る飯垣。どうやら瞑鬼の予想は完全に外れたようだ。
自分の尋常じゃないまでの人間不信ぶりに、心の中で瞑鬼はため息をつく。
「すまんね神前くん。怪我に響くだろう?」
直松が渋い顔を笑顔で歪めて言う。イケメンというやつは、どうやら多少顔が崩れようとイケメンとわかるらしい。
「……いえ、別に。怪我とかは……」
そう言われて、瞑鬼は改めて自分の身体を見直してみる。おかしいおかしいとは思っていたが、どうやらそれは瞑鬼の勘違いではないらしい。
そっと胸に触れてみるも、そこにはいつも通り規則正しくリズムを刻む心臓がある。立って歩けているということは、感覚器官も無事のようだ。呼吸もできている。
ここに来て、瞑鬼はこの世界に来たばかりのことを思い出していた。あの日、確実に瞑鬼は実の父親によって胸の辺りを焼かれたのだ。
それなのに、次の日にはケロッと治っていた。初めは、死んだ時に異世界に来たとばかり思っていた瞑鬼だったが、よくよく考えるとそれはない。
義鬼は魔法を使って瞑鬼を殺したのだ。
救急車が病院に到着。普通に歩ける瞑鬼は、外来の患者であると言わんばかりに、自分の足で医者の下まで歩いてゆく。
それから二、三の質問をされたが、そのどれもが瞑鬼にとってはどうでもいいことだった。やれ体調はどうだの、どうして倒れていたのかだの。
適当に答え、そのまま診察室を後にする。詳しい検査は明日になるらしい。準備に時間がかかるのだ。
その後に待っていたのは、警察からの事情聴取だった。飯垣と直松はそこで離脱のようで、残された瞑鬼は警察官と仲良く二人で会話をすることになった。
病院の待合室に通され、何やら重要そうな書類が瞑鬼の目の前に置かれる。
「今回の火災ですが、原因は放火でした。出火の推定時刻は午後6時ごろですが、あなたはその時何を?」
そう言われて初めて、瞑鬼は時間というやつを意識する。警官から目を離し、その背後にあった時計に焦点を合わせる。今は午後七時らしい。
しかし、何をしていたかなどと聞かれても、瞑鬼に返す答えはない。精々、寝てましたと答えるのが無難だろう。まさか死んでいたなんていうわけにはいかない。
なんとか辻褄の合う理由を考え、得意の嘘八百でお茶を濁そうと試みる。
「……えっと、配達に行った時間だったと思います。それで、誰も出てこないからおかしいなって思ってたら、玄関からあの人が出てきて、なんか気絶してました」
一瞬でアドリブ原稿を叩き出し、それを平然と話す。もし本当のことを言えば、その場で瞑鬼は補導されるだろう。なにせ、一度生き返ったのだから。
それから暫くは、おきまりの質問が繰り返された。やれ犯人の人相は、とか、被害者の家の人と面識はあったのか、とか。
瞑鬼はそれら全ての質問に嘘で答えた。変に事実を言えば、かえって事態がややこしくなるだろうから。
全ての聴取が終わり、病院を出た時、空はもうすっかり夜一色に染まっていた。
玄関先でぼんやりと、これからどうしようか、などと考えていると、ふと瞑鬼に向かってくる影が三つ。夜の闇に包まれた姿でも、それが誰かくらいはわかる。
「……大丈夫だったか?瞑鬼」
瞑鬼の顔を見るなり、陽一郎がほっとした顔で話しかける。そして、その気のせいか、隣にいる瑞晴も同じ顔をしたように見えた。
「……すいません。わざわざこんな……」
一応瞑鬼なりに気を使ったつもりだったのだが、どうやらそんな気遣いはかえって面倒らしい。
何も言わずに、陽一郎が瞑鬼の頭を掴む。恐らく、陽一郎が握力を全開にすれば、瞑鬼の頭はスイカの如く爆散するだろう。それほどに、その手は大きかった。
これにて瞑鬼くんの初バトルは終了です。完全に敗北です。これ以上ないくらいにボコボコです。
さぁ、果たして復讐はどうなるのか。




