異世界火災、炎上です
世間の人はやれキリストがどうのと騒いでいますが、僕にとっては無縁のこと。
がしかし、番外編として、僕と瑞晴のデートシーンを書くのも悪くない……。
倒れていたのはフローリングの上。今まではそこだけに目を落としていた。
けれど、その直後。即ち目線を上にあげたことで、瞑鬼の頭はさらなる混乱に落とされる。
「……はっ!?」
まず目に飛び込んできたのは、つい先ほどまで瞑鬼がいたキッチン。そこから、黙々と黒煙が上がっているのだ。
それも、上がっているのは煙だけではない。煙を出すのに、つまり二酸化炭素を生成するのに必要な要素。燃え盛る炎が、そこにはあった。
理解の追いつかない頭で周りを見渡す。すると、なんと燃えているのはキッチンだけではない。
ドアの向こうの仏の間。さらにはそこに続く床すら燃えている。つまりは、家ごと全勝レベルの大火事だ。
「……なんなんだよっ!」
休暇の申請を出す体からの要望を却下。無理やり腰を上げ、足に力を入れる。なんとかして立てないことはない。
迷っている暇などなかった。意味がわからない瞑鬼だが、それでもここにいたら死ぬことくらいわかる。
幸いなことに、最低限度の退路は確保されているようだ。少し目を凝らすと、割られた窓ガラスの破片がきらり光る。
瞑鬼の体は、その瞬間に動いていた。身を低くし、一気に火の中を駆け抜ける。どうやら、一瞬だけならそれほど熱くないらしい。
その直後、家全体がメリメリと音を立てて崩れ始める。一瞬の気の迷いでもあろうものなら、確実に家とともに人生をフェードアウトしていた。
家から一歩出た瞬間、瞑鬼の体は正面に向かってダイブする。どうやら縁側があったことを忘れていたらしい。
ゴロゴロと転げる瞑鬼。その身が落ち着いたのは、背中をコンクリートにぶつけたからだ。
病み上がりで痛む身体。そもそもこれが病み上がりなのかどうかすら、瞑鬼にはわからない。さっき触れた時、確かに自分に触れているという感触はあった。明美に脊髄を貫かれ、本来なら触覚などあるはずもないというのに。
「き、君!大丈夫か?!」
身を起こす瞑鬼。それと目を合わせるように、一人の男が瞑鬼の前に立っている。見た目の年齢は三十後半といったところだろう。目の縁のシワが、歳以上の苦労をしていることを偲ばせる。
その男は、特徴的なオレンジの服に身を包んでいた。この状況でこの服。とすれば、出てくる答えは一つ。消防隊員である。
その奥には、消火ホースを持った別の隊員が数人、火を消そうと必死にホースの先を家屋へと向けている。しかし、轟々と燃え盛るそれは消える気配がない。炎と炎が手を結び、右へ左へ広がってゆく一方である。
気がつくと、空はぼんやりと薄い黒に染まっており、その天上を焼き尽くす勢いで家の残骸が燃えていた。時折聞こえる悲鳴っぽいのは、おそらく数いる野次馬の一人だろう。
未だ整理の追いつかない頭をなんとか回転させ、瞑鬼は自分なりに事態の収束に当たる。
状況を鑑みるに、明美が火を放ったのは明らかだ。証拠と死体の処理を目的としたものだろう。
そこまではわかる。
最大の問題は、なぜ瞑鬼が生きてピンピンしているか、と言うことである。
「怪我はないかい?」
瞑鬼の思考を遮るように、野太い声が一つ。家が奏でる崩壊の音色によりよく聞き取れないが、それでも何と無く察しがついた。
「……はい」
「まさかあの火災で生き残ったなんて……。まあいい。とりあえず、救急車に乗りなさい」
どうやら、救急隊員の方にも疑問はあるらしい。それもそうだろう。何しろ、火があの規模まで回ったと言うのに、傷一つなく生還した人物がいるのだから。
ここにテレビレポートの一つでもあれば、瞑鬼は一躍有名人になれたほどの出来事である。
やって来た別の隊員に促され、瞑鬼は二人掛かりで身体を起こされる。別に普通に歩けるのだが、救急隊員のと言う体裁上、一応は傷病人として扱うのが基本らしい。
生まれて初めての三人四脚を経験する瞑鬼。自分よりも頭一つ分ほど身長が高い人間と肩を組むのは、案外筋力がいる事らしい。
「よく無事だったね。もう大丈夫だよ」
どこかで聞いたような台詞を投げかける、一人の若い隊員。瞑鬼の右横に位置するその人の胸のプレートに書いてある名前を見るに、飯垣さんと言うらしい。恐らく瞑鬼とそう歳は変わらない。
「しかし、よく無事だったね。高校生は強いな」
さらに左側からも、渋い声が一つ。顔を向けると、そこにはいかにも歴戦の勇者といった顔の隊員がいた。こちらは直松さんというらしい。
その二人に担がれ、そのまま救急車に搭乗。自分が運ばれる側として乗るのは、瞑鬼にとっては初めての経験だった。何でも、精密検査とやらを受けなければならないらしい。
独特の甲高い音を鳴らし、白い車体がうねりをあげる。
「君、名前は」
「……神前……瞑鬼です」
そろそろタイトルの縛りに限界を感じる今日この頃。




