異世界事変、閉幕です!
やっとのことでクリスマスか……。
………………けっ!
「…………はぁ、貴方、ちょっと面白いかと思ったんだけど……」
遠くで明美が喋っている。けれど、失血のせいか瞑鬼の耳にはほとんどなにも届かなかった。
頰が血で濡れたのがわかる。
人の血はやけにドロっとしているのだな、などと無いはずの余裕を持って、状況の分析。確実に一歩づつ死に近づいているというのに、不思議と瞑鬼は焦らなかった。
「やっぱり、もういいわ」
静寂に包まれて行く世界の中。その声だけは、やけに瞑鬼の耳に色濃く響いた。
なぜだろう。考えた。でも答えが出るはずもなし。
そして、次の瞬間、瞑鬼の背中に閃光のような感触が走る。
「……っ!」
倒れていた鏡に、自分の姿が映る。
かろうじて見える目を見開き、瞑鬼は光景を目の当たりにした。
瞑鬼の背中に刺さっているそれは、先ほど瞑鬼の手を切断したのと同じククリ刀であった。本数は5本ほど。
最悪なことに、全てが急所を貫いている。しかし、もはや瞑鬼の体に痛覚なんて感覚はなかった。感触はある。しかし、背中に何かがあるという感じだけ。
脊髄、仙骨、肺二つに心臓に一本。これはどう考えても抜けなさそうだ。魔力の放出で痛み自体は抑えているものの、本来なら即死だろう。
それだけは異世界に感謝できた。死までの時間を、自分にとって有効に使えるのだから。
「ざぁんねん。正解は、アポートよぉ」
「……し……ね」
会話なんて成立してない。どちらの声も、互いに聞き取ることは不可能だった。
そして、その言葉を最後に、瞑鬼の視界は黒で染められる。辺りには何もない。ただ、静寂だけが空間を支配していた。
瞑鬼の体から、漆黒の魔力が散布される。それは、行き場を失った小蝿のように、瞑鬼の周りをゆらゆらと揺らぐと、空気へと溶けて行く。
「……さって、次はガキか……。朋花、だったわねぇ」
どこからともなくナイフを取り出し、それをペロリと舌でなめずる。
当然、その声は瞑鬼に届かなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
熱い。例えるなら、真夏の砂漠で三日三晩放浪した時のような、尋常じゃないくらいの熱さ。
それに応えるように、どこからか芳ばしい匂いが漂ってくる。例えるなら、木を焼いた時の様な。
「……水……」
灼けるような灼熱地獄で、神前瞑鬼は目を覚ます。
「……は?……あれ?俺……なんで…」
周りを確認し、その後に自分の肌を触る瞑鬼。
まだぼんやりと霞みがかっている脳を呼び起こし、ゆっくりと手をついて起き上がる。まだ目は慣れていないようだ。どうにも視界が暗い。
感触に問題はない。呼吸もできてる。脈拍も、いつもより少し早いくらいで、特に異常はない。
しかし、今の瞑鬼にとっては、異常がないこと自体が異常だった。
「……クソババアと会って……、それから……」
なんとか記憶を呼び覚まし、頭の整理を図ろうとする瞑鬼。けれど、そんな瞑鬼の疑問は、纏わり付くような熱により憚られる。
やはり一度瞑鬼くんは天に召されてしまったと。死ぬ死ぬ詐欺ではございません。ただ、死んでも生き返るだけなのです。




