異世界事変、大惨事です
そう言って、瞑鬼は部屋に足を踏み入れる。
部屋の中は思ったよりも広かった。リビングと思しき部屋の広さは、役25畳ほど。思ったよりも新しい家らしく、その壁は白と黒のコントラストで、いかにも現代的な雰囲気を醸し出していた。
パッと見では、部屋にさしたる異変はない。ソファもテレビも、その前に置いてあるガラス張りの長机も、少し片付けが行き届いてないなという感想しか生まれてこないくらい、気持ち悪いくらいに普通だった。
パリッ、という気持ちのいい音を出し、足元にあったガラス片が砕け散る。当然瞑鬼は靴を脱いでいないが、この緊急事態だ。いちいち玄関からお行儀よくなんてわけにはいかない。
部屋は暗かった。それはもうおかしいほどに。
少し日が落ちてきているとは言え、今日の天気は快晴。とても南向きの部屋を暗くしきれるとは思えないのだ。
魔法回路。その単語が頭をよぎる。
ごくりと喉を一鳴らし。生唾を飲み込む。
何かの気配はある。けれど、その正体まではつかめていなかった。恐らく、同じ部屋の中にいる。
こんなホラーな展開、異世界じゃなければ確実に逃げ出していただろう。同じ部屋に強盗、変な動物と一緒にいるだなんて、とてもじゃないが耐えられる自信が瞑鬼にはない。
しかし、どうやら警戒しているのは向こうも同じらしい。今も部屋のどこかで息を殺し、瞑鬼たちの姿を確認するのを待っている。
瞑鬼は黙って部屋の壁に背をつける。
それに準ずるように、朋花も壁に背中を預けていた。よほど疲れているのか、その身体は汗で服が若干透けてしまっている。しかし、残念なことに瞑鬼にサービスショットを堪能している時間はない。
少し背伸びをして、部屋の中を見渡す。すると、意外にも決着は早々についてしまった。
瞑鬼の心臓が一際大きな波を打つ。すぐさま血圧が上昇した。このままならストレスで死ぬほどに。
一瞬で脳が判断を下す。
気づくと、瞑鬼は朋花の口を自分の手で押さえていた。なんてことない。大きな声を出させないためである。
「…………っっ!」
いきなりの瞑鬼の行動に驚いたのか、朋花は目を丸くして声を出している。けれど、あまりにも瞑鬼が強く押さえているから、外にまでは殆ど漏れていなかった。
押さえる手に力を込める瞑鬼。未だ尋常じゃないくらいに早く動く心臓を、なんとか落ち着かせようと心を殺している。
「……朋花。お前もう家に帰れ。瑞晴が用事あるってよ」
自分でも情けないくらいの嘘だった。けれど、今は完璧な言い訳を考えている時間なんてない。一秒でも、一瞬でも早く朋花をこの場から逃がさなくては。瞑鬼の頭はそれで一杯だった。
「…………な」
恐らく、朋花は、何でと言いたかったのだろう。いきなり意味のわからないことを言われたら、誰だってそうだ。瞑鬼だってそうする。
しかし、朋花もまた瞑鬼の必死すぎる心情を察していた。
ただでさえ物事に動じない。それこそ、異世界に来たというのに、物怖じするどころか、自ら道を切り開いていくなんて無茶をする人間が、神前瞑鬼なのだ。そんな瞑鬼から発せられる警戒の念は、小学生でも十分に汲み取れるものらしい。
けれど、いくらわかっているとは言え、一度気になったことは、身体が勝手に実行に移してしまう。
「……なっ、なんで?」
朋花の声に、奥にいた何かが動いた。もう、瞑鬼に余裕なんてなかった。
「っせえ!いいから黙って出てけ!」
気づくと、瞑鬼は半ば強引に朋花を部屋の外に押し出していた。
割れた窓ガラスで手を切ると危険だとか、突き飛ばして転んでしまうなんて考慮できない。それでも、怪我を負ったとしても、今この場で死ぬよりかは遥かにマシなはずだから。




