異世界事変、本番です③
その言葉を聞いた瞬間、瞑鬼の脳は直感的に事態を理解する。
窓が割れている。インターホンを鳴らしても誰も出てこない。そして家の中からは僅かばかりの人の気配。そこから導き出される結論は一つ。
瞑鬼の頭には、強盗の二文字が浮かんでいた。
「……そ、そうか」
心臓がエイトビートでリズムを刻む。その音は思わず外にまで聞こえてるのではと疑うほどに大きかった。
全身の汗腺が上がりすぎた体温を下げようと、これでもかと汗を分泌する。手が震え、口の中から唾液が完全に消え失せる。
今ここにいるのは瞑鬼と朋花のみ。ここから警察を呼びに行くのもありだろう。しかし、瞑鬼の記憶が正しければ、ここから一番近い交番までの距離は徒歩十分程度。
もし中にいる犯人が、瞑鬼たちが来たことに気づいたら、余裕を持って追いつかれてしまう時間だ。
それに、今この瞬間どこからか顔を見られてないとも限らない。覚えられたらかなり厄介なことになるだろう。
完全に怯えてしまった眼の朋花。もう瞑鬼に迷っている理由はなかった。
「……取り敢えず、行ってみるか……」
意を決して瞑鬼は脚を向ける。
その心はかつてないほどの緊張感にみまわれていた。
初めて異世界に来た時よりも、陽一郎に談判した時よりも、瞑鬼の心臓は高鳴っている。
残念ながら、今回ばかりは武者震いと言い訳するのは厳しそうである。今でも脳内会議の3割は反対派だ。即刻帰宅を要求している。
そんな自分の矛盾を振り切り、なんとか瞑鬼は脚を進める。一歩、一歩をしっかりと。
なるべく足音を立てないように庭に回り、まずは外側から外観の観察。朋花の言っていた通り、庭に面するガラスが見事に破壊されていた。
慎重に観察して見るが、外に飛び散ったガラス片は無し。しかし、近所の野球少年のホームランボールにしてはやけに衝撃が大きすぎる。これは、ボールやそこらの大きさではない。
例えるなら、ゴリラの一匹でも連れて入れそうな程に、大きな大きな穴である。
庭には芝生が植えられていた。その一部、割れているガラスから道路側に続く道には、何者かの足跡が残されていた。
取り敢えずはこれで一安心だ。最悪瞑鬼が撮り逃しても、警察が追跡を引き継いでくれる。
「……デカすぎる」
窓の近くまできた所で、瞑鬼の足は一瞬の制止に陥った。視界に映っているのは犯人の足跡。しかも、そのサイズは、瞑鬼の足が二つと半分ほど入る程に異常だった。
明らかに人の大きさではない。もし仮にこれが人間ならば、その人は楽々ギネスに載れるだろう。世界一大きい足の人間として。
それほどまでに、瞑鬼の眼前にある足跡は色濃く存在を醸し出している。野生動物は足跡でその生物の強さを判断するらしいが、これを測ったら一目散に解散するだろう。そう思えるほどに不自然だった。
今更ながら大量に吹き出す汗を、何とか体に押し戻す瞑鬼。その顔は絶望そのものだった。
強盗なら最悪魔法で戦えると踏んでいたらしいが、どうも動物っぽいものがいるのだ。これでは瞑鬼のお遊戯会魔法などゴミ中のゴミである。
「……瞑鬼ぃ…………」
不安そうな瞳の朋花。こんな目で見つめられて、無下にできるほど瞑鬼は鬼じゃない。と言うより、鬼に徹しきれなかった。
心配すんなと言う。本当は自分が一番心配しているし、自分が一番恐怖に襲われているはずなのに。
瞑鬼は冷静だった。頭は暴走している。身体は全身が大爆笑だ。アドレナリンがどうこうの話ではない。けれど、不思議にも瞑鬼の脳は物事を冷静に捉えていた。
ただ入ってくる情報だけを処理する、悲しいコンピュータのように。
「……行くか」




