異世界事変、本番です②
「持ってないですね。そんなリスクを首からぶら下げて歩くなんて、やっぱりロリコンは考えることが違いますね」
「……首じゃなくても、プールバッグの底とかポッケの中でいいじゃん。それとも何?君は何でもかんでも首からかけないと無くしちゃうタイプなの?」
相手は小学生。それも反抗期真っ盛りの女の子。
一方は暗く湿った高校生。青春真っ盛りの時期に、バイトに明け暮れる悲しい男である。
そんな二人が合間見えれば、争いが起こるのも必然だった。
ぐぬぬぬと朋花が睨む。しかし瞑鬼はそんな視線を意に介さない。普段通り勝手に視界からログアウトさせている。
しかし、この時点で二人にはある疑問が芽生えていた。いくら何でも出てくるのが遅過ぎる、と。
玄関に鍵はしっかりとかかっているし、車があるから出かけたとは考えにくい。
「……なぁ、いくらなんでも遅過ぎないか?」
「……私も思ってた」
もう瞑鬼がインターホンを押してから軽く十分は経っている。いくら風呂に入っていると言えど、そろそろ上がって体を吹き終えてもいい頃だ。
それに、不審な点はもう一つある。
家には確実に人はいる。人がいる気配はするのだが、どうにも物音が少な過ぎるのだ。
テレビの音も、シャワーの音も聞こえない。少し確認したら、電気メーターが極端に遅いスピードで回っている。
とても電気製品を使っている消費量ではない。
あからさまな異常に、瞑鬼は少しづつ不信感を抱き始める。
何かあったのではないか、と。
「……お前ん家って、裏口とかないの?」
瞑鬼は箱を地面に置いていた。今はタブーなんて気にしている暇はない。ひょっとしたら、緊急事態が起こっている可能性があるからだ。
そのことを多少なりとも理解したのか、朋花も黙って首を縦に振る。
「裏の庭のところの窓、多分鍵開いてるよ。パパとママがいるときはいつも……」
朋花の声は、いつもの生意気でおおよそ小学生らしからぬものとは違っていた。少し震えたような、怖がっているような声だ。
それもそのはず。何せ、朋花は今現在、自分のことを狙っていると思っている相手と二人きりなのだから。不審者と一緒にされた小学生。この状況ならば、どんな人間だろうと不安にもなるだろう。
「……じゃあ、見て来てくれ、朋花」
「…………何で私?」
朋花は怯えるような目でけ瞑鬼を見る。
普段は生意気なのに、こんな時だけ素直に困られても、女子との免疫が悉く無い瞑鬼には対応のしようがない。
元より瑞晴としか話をしたことのない瞑鬼では、女子小学生の発言の真意など察せられる筈がなかったのだ。
「……いや、だって俺が裏から入ったら完全に犯罪者じゃん……」
ちらりと庭を覗き見る瞑鬼。もしここで裏口から配達ですなどと言って入っていけば、その時点でかなりグレーゾーンだ。その上そんな姿をご近所さんにでも見られたら、狭い町内、噂が広まるのはあっという間だろう。
異世界でも、おばちゃん同士のネットワークが気持ち悪いくらい迅速に繋がるのは、すでに確認済みだ。
そんな瞑鬼の言葉を聞いて、朋花も少しは考えたらしい。仕方ないなと呟くと、脚を庭の方へと向ける。
そのままプールバッグを瞑鬼に放り投げ、朋花は家の裏へと消えて行った。後に残された瞑鬼が願うのは、一刻も早い商品の救済である。
これ以上待たされたら、それこそほんとうに開けた瞬間に二酸化炭素爆弾になっているとも考えられる。
早くしてくれと願う瞑鬼。しかし朋花からの救いの手は伸ばされない。
いい加減イライラしながら待っていると、事もあろうに朋花が裏から戻ってくる。
「……開いてなかったのか?」
初めは単純にそう思った。どこもかしこも鍵が開いていなかったから、朋花は戻って来たのだと。
けれど、どうやら現実というやつはとことん瞑鬼が嫌いらしい。
戻って来た朋花の目には、明らかな不安が宿っていた。真っ直ぐに瞑鬼を見つめているわけでも、かと言って別の何かを見ているわけでもない。
ただ、ぼんやりと焦点が合わない目を開くだけして、ぐったりと歩いてくる。
「……朋花?」
「……てた」
「……ん?」
「…………窓、割れてた」




