異世界日常 、返り咲きます③
ほのぼのとした日曜の昼下がり。気のせいか、辺りを流れる時間さえも、その光線の如き速度を失ったように感じてしまう。
特に目立った会話はない。時折誰かがどうでもいいことを喋る以外は、聞こえるのはお茶を啜る音だけである。
魔王や魔女といった完全なる悪役がいる世界とは思えないほどの緊張感のなさ。けれど、それ考えてみれば割と異常なことではない。
瞑鬼の元いた世界にも、テロリストや大規模マフィアなどはいた。
けれども、人々はその存在を知るこそすれ、特に怯える様子もなく暮らしていたのだ。ましてやここは平和がウリの日本。それは異世界でもなんら変わりはない。
殺人事件や誘拐事件がいくら報道されても、人々が関係ないと切り捨てるように、当事者以外には関係ないことなのかもしれない。
「……そうだ」
ふと瞑鬼が口を開く。
それに反応するように、ゆるりと二人も耳を傾ける。緊張感などどこにもない。あるのはゆるい空気だけだ。
「あの、そう言えば聞きたかったことがあるんですけど……」
頭の中で質問を思い出し、二人に向けてやんわりと投げかける。反応は薄い。
「なんだ?ウチの給料か?残念ながらお前の思ってるほど良くないぞ。何たって部屋一つに三食付いてる住み込みだからな」
「まぁ、でも多分私よりは全然高いよ?平日もできるし。本とか遊びに行くとかなら、普通にできる分くらい?」
予想だにしていなかった方向からの打ち返しをくらう瞑鬼。
斜め上ですらないその回答に、少し顔を歪める。苦笑いという、社会人に必須の持ち技である。
「いや、えっと、こないだから言ってる魔女特区についてなんですが……」
瞑鬼はこのことが気になっていた。他に何も考えてないと言えば嘘になるが、とにかくこの言葉が何度も脳裏をよぎるのである。
しかし、返ってきた二人の反応は、決して上々と呼べるものではなかった。
少なくとも、今までのゆるい空気ではない。
「……そう……だね。私たちが言ったんだし、教えるのが当然だよね」
瑞晴の声が下がる。明らかに軽いことではなかった。重要な変化だった。
けれども、瞑鬼はそれに気づいてなお聴くことをやめなかった。ひょっとしたら、コレが今後瑞晴との繋がりに関わって来るかもしれないのだから。
だが、当の瑞晴は、どうやら本当に話したくないらしい。トイレに行くと言って、そのまま部屋を後にする。
残されたのは、夏なのに凍った部屋の空気と、沈んだ陽一郎、決意の目をした瞑鬼だけである。おまけの猫たちはノーカウント。
「……悪いな。アレは瑞晴の悪いクセなんだよ」
「……クセ……ですか」
悪いクセ。その言葉の本意はわからない。けれど、言葉の節から冗談でないことがわかった。陽一郎にしては、珍しく心の底から本気である。
じゃれついて来る関羽を膝で押さえ、執拗に喧嘩をしたがるチェルを右手で押さえる。案外、この二匹は仲がいいのかもしれない。
薄っすらと湯気が伸びるお茶を一口。あえて音を立てないように啜る陽一郎。その顔は、これからいかにも気まずいことを話す人間のそれだった。
「……魔女特区……だったな」
陽一郎は目を細める。その視線が捉えているのは、正面に居座る瞑鬼ではない。もっと奥の、どこか遠い彼方に視線を送っている。
そんな透明な視線を受け、瞑鬼は一つ大切なことを思い出した。現在瞑鬼が座っているのは、陽一郎の正面かつ台所の正面だ。右手には家の廊下。左手には店がある。
そして、一番肝心な瞑鬼の背中。ちょうど陽一郎の正面にある部屋は、仏間なのだ。そこにいる人は一人。核家族の桜家では、そこに飾られている人間は一人だけだった。
しまったという感想が浮かんだ。けれど瞑鬼は口にしなかった。言葉を吐き出してしまったら、陽一郎に勘付かれてしまう。それだけは避けたかった。
変な気を使わせたくなかったのだ。社会経験が乏しい、ごくごく普通の男子高校生なりの気遣いである。




