異世界日常、返り咲きます
「……そうだね」
瑞晴もまた短的に返す。どうやらこれ以上会話を広げる気は無いらしい。
「……さっきの話だけどさ」
「……うん」
いつの間にか家にはついていた。けれどもここで話を止めるわけには行かない。折角切り出せたのだ。自分から開いた扉を閉じるわけにはいかない。
「……瑞晴は、なんで俺のこと、助けてくれたんだ?あの時は完全に知らない人だっただろ?」
それに、瞑鬼の格好は体操服だったのだ。普通なら授業を抜け出して来た不良思うか、高校から体操服を盗んで来た変態という言葉が適切に見える。
そんな状況で、瑞晴は瞑鬼に場所を提供した。仕事を提供したのだ。
こんな事、ごくごく一般的な女子高生にできることではない。見知らぬ人を家で働かせる判断など、到底下せるわけがないのだ。
それなのに。
「……それはね。私ーー」
「瑞晴ぁぁぁぁ!無事でよかったぁぁ!」
瞬間、瑞晴の言葉を遮るように飛び込んで来たのは、心配で顔を歪めた陽一郎だった。よほど瑞晴のことを考えていたのだろう。店の奥には無残にも、単純作業の犠牲になった何個ものカットフルーツが積み上げられている。
娘との熱い抱擁を終えると、今度は瞑鬼の方に顔を向ける。その顔は、怒っているというよりは、むしろ喜んでいるようである。
これがいままでの瞑鬼の家だったら、恐らく如来が表に出ていただろう。けれども陽一郎は、そんな様子を見せるそぶりもない。
ただ、瞑鬼の顔を一目見て、どこにも怪我がないことを確認すると、安堵の息を漏らしたのだ。瑞晴が電話で伝えていたはずなのに。
これではただの心配性な人である。
「……すいません。遅くなりました」
一応今日の分の仕事の報告をしておく。如何に緊急事態に遭遇したとはいえ、ほうれん草は基本である。果物屋的に言うと、オレンジあたりが適切だろうか。
主だった事を、連絡、時間通りに。
二人が家に入ると、既に台所からは味噌汁の匂いが漂っていた。ほんのりと香るのは、本日のメインディッシュのハンバーグだろうか。
陽一郎が一人で作っているところを想像すると、思わず瞑鬼は噴き出しそうになる。
一日の疲れを祓うように、大きく息を吐いて畳の上へと腰を下ろす。すぐさま猫たちがやって来て、おかえりの挨拶を瞑鬼にする。
どうやら膝に乗るのを我慢していたらしい。一瞬で関羽が膝へとダイブ。
チェルはチェルで、ご主人様とご対面中だ。関羽と違って踝はお気に入りではないらしい。こちらは滑らかな手に興味津々なようだ。
「お前ら、まだ飯食ってないだろ?今日は俺特製のハンバーグだ。まぁ、高校生にゃ大人気よ」
がはははと笑い声をあげながら、陽一郎が大量のハンバーグが入った皿をちゃぶ台に置く。いくら腹が減ったとはいえ、三人で処理するには難しい量だ。ましてや一人は女子高生。体重だって気になるだろう。
しかし、そんな事は陽一郎には御構い無しらしい。
勢いよく三つも皿に盛り、それらを豪快に食す様は、ダイエット中のものが見たらナイフで刺されるレベルである。
恐らく、陽一郎はこうやって二人の気を紛らそうとしてくれているのだ。事故の記憶なんていらない。あるのは鍋いっぱいの楽しい記憶と、一つまみの悲しみだけでいい。
そう陽一郎は言っているのだ。声を出さずに、行動で。
さすがに瞑鬼も高校生。そのくらいのことはわかるし、その後に取るべき行動もわかっているつもりだ。だから、これ以上は今日の事は言わないほうがいい。
勢いよく瞑鬼はハンバーグを盛り付ける。少し小さめのを五つ。丸一日働いた体なら余裕で完食できるだろう。
「……悔しいけど、美味いです」
「……だろ?」
陽一郎と競うように、二人して食いまくる。
おかわりの声が響く食卓は、お母さんがいたらさぞかし喜ばしいことだろう。今はその代わりを瑞晴が担っている。
どれだけ食べるの、と口では言いつつも、その顔は少し嬉しささえ感じ取れる。
しかし、元来あまり大食いでない瞑鬼。無理をして食べまくれば、その後に待っているのは満腹感という苦しみだ。
貧困国の子供達が聞いたら激怒するであろう状況に、瞑鬼は陥っていた。




