異世界事変、始まりました③
「ねーねー瑞晴ー。瞑鬼が私のこといやらしい目で見てくる」
いつの間にか名前を知った朋花が、瑞晴に向けて最大級の爆弾を投下する。
この作戦が成功したならば、神前家の一生の恥。末代まで呪い語り継がれることであろう。
残念なことに、その朋花最大の切り札は既に目標を撃ち抜いていた。振り返った瑞晴の顔は、既に友人を見る目ではない。
ただでさえ色々な疑惑が上がっている瞑鬼なのだ。これ以上濡れ衣を着せられては、どんどんと芯まで湿ってしまう。
「こらこらこら。そういう誤解を招く発言はやめようか?」
「ミズハー、ロリコンが口開いたー。こわいー。朋花のこと変な目で見てるー。目が汚いよー」
いわれもない罵詈雑言を浴びせられ、少し瞑鬼の血管が動く。小学生相手とはいえ、怒りを操れるほど瞑鬼の能力は優れていない。
瑞晴も瑞晴で、黙って事の成り行きを見守っている。自分がなにを言っても朋花が止まらないことをわかっているのだろう。次々と飛び出る爆弾について、ただただ無心で頷いている。
こんな事なら関羽を連れて来ればと瞑鬼は後悔する。そうすれば、猫を皮切りに多少なりとも今よりはまともな会話ができただろう。
朋花も一通り瞑鬼を罵って満足したのか、うきうきと瑞晴の手を握っている。こんな光景を見せられては、瞑鬼の中に眠る新たな扉が開いてしまう可能性がある。
高鳴る胸の鼓動を気合いで押さえ込め、何とか平静を保つ瞑鬼。ここで変な妄想にふけってしまっては、それこそ真なる変態である。
薄暗い街を歩くこと数十分。やっとの事で朋花の家にたどり着く。既に家に明かりは灯っているが、両親は帰って来たばかりらしい。まだ晩御飯の匂いは漂っていない。
瑞晴曰く、五衣家は近所でも名高い仲良し家族だそう。きっと今ごろ、二人して朋花を迎えに行く準備でもしているのだろう。
異世界にやって来てまだ三日目。それにしては、やけに瞑鬼が出会った家族には偏りがある気がするのだ。
方や娘を溺愛する少し変態な親父がいる家庭。もう一つはご近所でも評判の仲良し家族。
これではまるで、今まで親とまともに話したこともない自分への当て付けではないか。瞑鬼の脳はこう結論づけていた。
「また今度ね。朋花ちゃん」
「うん。今度は瑞晴と二人で遊ぶー」
そう言って朋花は家へと入っていった。ただいまの声は外まで漏れている。これだけ元気なら、事故の影響などの心配はいらないだろう。
もう朋花の中で瞑鬼は完全に居ないものとなったらしい。あの年頃の女の子ではこれが普通なのだろうか、と疑問を抱く瞑鬼。
だが、今更なにを思われようと関係ない。どうせ今度会うときは店員と客としてなのだから。
「……帰るか」
いかにもやる気無さげな態度を醸し出し、瞑鬼はくるりと踵を返す。後ろで瑞晴も歩き出したのがわかった。
すっかり暗くなった街。過ぎる道には、中途半端に灯が取り付けられている。
都会でもなければ田舎でもない。そんな微妙な所で、瞑鬼はこれまで暮らして来た。
瞑鬼は今になってそれを嫌ほど実感していた。
聞こえるのは足音と衣摺れの音、それに時折聞こえるのは、瑞晴が咳払いをする声だろうか。加えて、自転車の車輪が回る音もある。
しかし、どこにも会話のようなモノはなかった。高校生の男女が、二人して夜の街を歩いているというのにも関わらず、だ。
これが瞑鬼と男友達なら、ぎこちないまでも話題くらいは互いに振っていただろう。けれど、こと瑞晴となれば話は別だ。
思い返せば、瞑鬼は瑞晴のことなどなにも知らなかったのだ。
毎日部活もせずに帰る理由も、やけに人がいい理由も、ここに来て初めて知ったこと。それに情報といえばそれだけしかない。
もっと知れることはあるはずなのに。もっと知らなければならないことがあるはずなのに。
「……大変な1日だったな」
さり気なく話しかける瞑鬼。特に意味があったわけではない。ただこれ以上の沈黙が気まずかったのだ。




