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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
瞑き黄昏編
234/252

獄炎蝶

「……【強欲のバルジ・フレイム】……」


さんざ悩んだ挙句、絞り出せたのはそれだけだった。


息がつまるような残留魔力の異臭。瞑鬼じゃないと分からない。何度も殺された、あの魔法。炎は連鎖し、手を繋ぐように宙を舞う。きっと、半世紀前の広島はこんなだったのだろう。今はどうでもいい考えが、瞑鬼の頭を横切った。


「降りるぞ」


脳内だけが先走り、白銀の背から一ミリとて動けなかった瞑鬼の背中を、野郎の手が鷲掴んだ。見た目よりも筋肉質で、岩でも砕くんじゃないかと思うほどの力で肩を握っている。


何よりも優先された痛みが、瞑鬼を現実に引き戻した。こういう時、真にわかる。一人じゃないことの大切さというやつが。


瞳を朱色に染めたまま、夜一が告げていた。瞑鬼の方なんか見ちゃいない。だが、それが何よりも嬉しかった。頼もしかった。瞑鬼と目を合わせるやつは、大抵が鏡野郎だ。明華にしても、英雄にしても、義鬼にしても。決して瞑鬼とわかり合うことはない。


だからこそ、瞑鬼は夜一を認めれる。同じ場所を見ることができるものだけを同志と呼ぶのが瞑鬼流なのだから。


『飛ぶぞ』


不意に、そんな声が脳内に響いてきた。


警告したぞと言わんばかりに、勢いよく駆け出すカムイ。瞑鬼を気にかけていた夜一は、なんとか毛にしがみつく形に。風になびくバナナのような体制のまま、しかしそんなのを気にかける様子もなく。白銀の神狼は飛んだ。


空を駆けるように、全身から魔力を放出。その勢いで落下速度を低下させ、崖を踏み、木を弾む。何十年と森で育ったカムイだからこそできる技。だが、サドルも何もない状態で、素人が掴まっていられる時間は短くて。


カムイの一歩が、瑞晴の臓器を揺らした。跳んだ衝撃が、千紗の首を痛めた。更には着地の負荷が、明日ソラの肩にコリを作るだろう。


『……夜一、貴様が指示を出せ』


さすが白銀。神様で、この場で一番年上なだけあって、彼は限りなく冷静だった。もちろん、それは虚構の上に成り立っているのだろう。砂城と同じで、つけば簡単に崩れるものなのかもしれない。けれど、今はそれが何より有り難かった。


瞑鬼の頭は回っちゃいない。寝起きの布団の中のように、ずっと勉強した夕方のように。目の前で起こる事実が現実だと、未だに信じてくれなかった。


怒ればいいのだろうか。それともそんなこと無視して、とにかく火を消すのが優先か。はたまた、陽一郎に合流するのが最善という可能性もある。もちろんカムイは顔を知らないし、このの大火災だ。居場所はそう簡単には掴めないだろうが。


呼吸が荒くなる。いきなり振られた夜一も、少しばかり焦っていた。決してアドリブに弱いわけじゃないが、戦士な夜一に導くのは困難なようで。


火炎が舞う。アスファルトが、鉄板のように灼けていた。かろうじて耐えるカムイも、全力の魔力放出を解けば、立ち所に肉球がミートボールに変わるだろう。


「…………こっ、ここから、え、と、どっちだ……?南か?そこに、商店街、あぁ、店がたくさん並んでるところがあって……おう……」


鼻に付くような魔力が憎い。強欲の炎は、まるで瞑鬼をあざ笑うかのように手を結んでいた。トラウマに呼びかける。きっと、この場じゃそれが適切なんだろう。だから、口が回らない。


こんな時に、英雄は何をやっているのだろう。あれだけ瞑鬼に、町を守るだ人を守るだ息巻いていた正義野郎のくせに。肝心な時に、何もできちゃいないじゃないか。雨が降れば消せるだろう。消防車がくればなんとかなるだろう。だが、それじゃ英雄の描いていた理想は実現しない。


焦燥が響く。脳が揺れる。これまで出会ったどんな状況よりも、瞑鬼は考えを欠いていた。容量オーバーとは、きっとこういうことを言うのだろう。視界が揺れた。


しかし、世界は瞑鬼一人で回ってない。当たり前に他人がいて、それは瞑鬼に関心があったり無かったり。殺しに来たり、逆に生かしてくれたり。


瞑鬼は思い出していた。この場にいるのは、全員が紛れも無い仲間であると。


「カムイ、そこの道まっすぐ。んで、大きな通りに出たら道沿いに行って」


それは、瞑鬼の二つばかり背後から。これまで何度も激励された。叱咤された。朝はだるそうな声で、昼間は活発に客なんかを呼んだりして。


今は、そんな彼女の声が、なんだか天使のラッパにも思えたのだ。


「瞑鬼くんは、うん。いつも通りおかしくていいよ。有給ってことで」


こんな時にまで、瑞晴は笑っていた。そんな状況じゃ無いだろうに。自分だって、とてもそんな顔できないはずなのに。陽一郎の安否も、家の無事だって確認されていないのに。


関心というか、驚異的というか。それでも、誰よりも瑞晴を信じられる。瞑鬼がいないときは、彼女が。瑞晴が潰れたなら、また瞑鬼が。そうしてやっていけると。


『……承知した。落とされるなよ』


必死に掴まっていたカムイの身体を、一層太い魔法回路が支配した。流れ出る漆黒の粒子が線を描き、明るい空に軌跡を描く。


だが、それは一瞬だった。急ブレーキをかけたカムイ。迫っていたのは、全長10メートルはあろうかという、巨大な電信柱。根元からへし折れたそれは、さながら狙いでも定めたかのように瞑鬼たちに降ってきて。


『塞げ』


そんな言葉が聞こえたと同時に、カムイが吠えた。


大砲のような喉元から放出された空気は、それ自体が爆弾となって。澄んだ遠吠えとは違う、波状爆弾が辺り一面に反響した。白銀の魔法も合わさったそれは、爆ぜる炎など容易に吹き飛ばし。カムイの周囲数十メートルが、完全な無音と化した。かき消された炎も、崩れかけていた家屋も滞り。


だが、それでも電柱は止まらない。そもそも一定以上角度が下がったら、自重に耐えられないのだろう。ゆっくりと。どんどんと速度を増して。避けてくれ。そう思う間もなかった。

今夜は新月。されど、騎士は求めればやってくる。


「っるぁぁぁぁああ!」


勢いのいい夜一の掛け声とともに、電信柱は蹴折られた。それはもう、見事にど真ん中から。ぶちぶちと音を立てて、上半分はカムイの頭すれすれを。下は足ギリギリに倒れ落ちる。


「……せ、せんきゅー夜一」

「……なに、丁度体がなまっていた頃だ」


何事も無かったかのよう、夜一は汗を拭う。彼は知っていた。これは自分の仕事だと。だから誰に言うこともなく、勝手に飛び出した。さきのカムイだってそうだ。瞑鬼は火を消せなんて言ってない。だが、確かにカムイは自分の意思で吠えた。


周囲に炎が戻ってこないうちに、足早に走り去るカムイ。向かう先は我らが桜青果店。なにも無いならそれが吉。


そんな楽観視はできっこ無いが、それでも、せめて位牌だけでも。握る拳に力がこもる。誰よりも静かに、瑞晴は叫んでいた。聞こえないように、心の中だけで。


「そっち行き止まり。次の酒屋のとこ、飛び越えれる?」


気づけば、千紗も魔法回路を開いていた。このくそ暑いのに目を見開いて、周囲を見渡しているのだ。どんな風に見えるのかは知らないが、きっとドライアイなんて次元は超えている。


夜一が障害物を退けるのなら、自分はその障害物を事前に見つけておく。きっと、千紗はそれが自分の仕事だと思っている。事実、こうも視界が悪い中、千紗の魔法はかなり役に立つ。だから瞑鬼はなにも言わなかった。それに、この状況に少し希望さえ見出していた。


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