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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
229/252

白銀の聖地

ようやく幕が開けられたということで、誰よりも早く手を伸ばすソラ。負けじと瞑鬼もそれに続く。わらわらと他の手も群がってきた。


「これなら嫁に欲しいな。どうだい?瑞晴ちゃん」

「やめてよ兄さん。吊り合わないから」

「……瑞晴の家庭力なめんなよ?掃除洗濯から飯に宿題まで手伝ってくれんだぞ」

「神前くん、ダメな息子そのものだよ……」

「く、瞑鬼さんがお望みなら、私が付きっ切りでも……」

「あら?ソラちゃん、明日から晩御飯はお一人様がいいの?」

「ほう……。これが修羅場というやつか」

「火花散ってるねー」

「瞑鬼さいてー!」

「お前だって似たようなもんじゃねぇか」

「く、瞑鬼さん。……あーん」

「……こっちが恥ずいな……」

「んじゃ、私のは大丈夫だね。はーい」

「お、おぅ。なんかしっくりくるような……」


他愛もないやりとり。それはまるで、本当の家族のようで。でも確かに友達としての距離感があって。最高に心地よかった。ずっとぬるま湯に、このまま。そんな願が頭をよぎる。

だが、ふと違和感を覚えた瞑鬼。いつもならこんな状況に、割って入って来るやつがいるはず。その不自然さを思わず見逃しそうになるほど、この空気感に飲まれてしまっていた。


「カムイ……。関羽は?」


もともとの問題の発端。危うく忘れてしまうところだった。いや、既に半分近く忘れていた。

だが肝心の白銀様は、どうやら瞑鬼がそのことを聞くのを待っていたらしく。得意げに巨躯を起こし、謙って答える。


『関羽殿は未だ我らが聖地にいる。明朝日が昇る頃に、必ず連れて行ゆくと契ろう。今宵は月がないゆえ、夜の森は危険でな』


脳内直接響く声が、ドーパミンで一杯な瞑鬼の頭を通り過ぎていった。もうあんまり判断する力も残ってなくて。何よりも途方も無いような疲労感が襲ってきて。


それからは本当に、ただただはしゃいだというのが正しいだろう。残った料理を一気に瞑鬼が飲み込んで、一足ついたらみんな気を張っていた余力が抜けたのか、次々と床にキスをかましにいった。


最後までみんなを見守っていた瞑鬼も、白銀にもたれかかったが最後。すうっと眠りの世界へ誘われた。


安心できるような、ほんのり人肌よりも高い体温。どこか懐かしかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



朝露もそろそろ終わりを告げ、太陽がようやっとこさ働き始める午前五時。毛布も何もない、薄ら寒い木造建築の中で、瞑鬼は目を覚ました。朝一番にした事は、むず痒くなっていた鼻をかむ事。おまけにくしゃみも。

いくら今が八月の終わり頃とは言え、亜寒帯な北海道じゃそれなりに寒い。雪国生まれ雪国育ちでも、寒いのに弱い奴は弱いのだ。


しんと静まり返った部屋の中を見渡して、いつもと変わらぬその寝顔たちに微笑みを。まだ夢を見ているような、そんな不思議な気分。


起きつけに、余っていた水を腹に流し込む。空きっ腹に染み渡った。と、そこでふと、何かが足りないことに気づく瞑鬼。みんなの毛布がわりにされていたはずのカムイの姿が、そこには無かったのである。よくよく見ると、不知火兄弟の姿もなし。田舎育ちは早起きというが、ここでもそれは通用するらしい。


「…………寒みぃ」


立毛筋の縮小を感じ、思わず肌をさする。眼が覚めるような青空が窓の外に広がっていた。名残惜しいが、今日がこの北の大地のラストデイ。満喫とまではいかないだろうが、得られる事は多かった。これからの瞑鬼の糧になるであろうこの経験は、差し詰め神様からの労いだろうか。


側にあった夜一の携帯で時間を確認し、瞑鬼は魔法回路を開く。第二の魔法で関羽に連絡を。といっても一方的な物だが。無いよりかは幾分マシだろう。


陽一郎に電話の一つでもしたほうがいいだろうか。思えば、ここに来てから瑞晴に連絡の一つもなかった。あの溺愛親父を見ている瞑鬼からしたら、それはさぞかし気持ちの悪い事なのだろう。付き合いで飲みにいっているのか、単に気遣ってなのか。


いずれにせよ、瞑鬼の携帯は今頃河原で魚のふんにでも埋もれているところ。だが仲間とは言え勝手に開くのは忍びなくて。結局、こっちにも第二の魔法で軽く現状を伝えるだけだった。何かあれば勝手に電話が入るだろうと。


「…………何してんだくそ英雄……」


瞑鬼が第二の魔法で声を届けた相手は、最初に陽一郎、吉野に里美に、そして英雄だった。今回のことは大人たちの支援があって初めて成り立っているところがある故、リーダーとして挨拶は欠かせまい。失っていたはずの人としての矜持を、この数ヶ月で何とか瞑鬼は取り戻していた。


だが、問題はそう。英雄にだけ第二の魔法が通じないのである。いつもはある、繋がっているという感覚。それが欠落しているのだ。もちろん原因は不明。だが、あまり深く考えることはなく。遠くに行きすぎたら届かないとの判断を。そう言えば英雄は、今頃南の島だろうから。

考えたくも無いやつのことを考えて、朝から気分が落ちてしまう。みんなが起きる前に払拭が必要そうなので、瞑鬼は扉の外に出た。自然に押し付けようと思ったのだ。


「……鬼寒みぃ……」


だが、あいにくと晴れた日の朝は地獄。せかせか放射冷却を急ぐ地球のせいで、気温は二十度を下回っている。半袖な瞑鬼には辛いところ。しかも着ているのが、ペラペラな夜一のアロハとなればそれも増す。

顔でも洗おうと、井戸まで身体を揺らしながら歩いていた。林の中に異変を感じたのは、丁度寒冷な水を顔につけたところ。無駄にいい耳が反応してしまう。


「……そういう事です。カムイ」


聞こえて来たのは、何か思いつめたような男の声。誰と話しているのか、やけに重々しい口調だ。

デバガメなんて悪趣味はない。心の中でそう思いつつも、好奇心に負ける瞑鬼。ひっそり足音を殺して近づいて、二人と一匹の会話に聞き耳を。木陰に隠れるのはお手の物。


「白の奇跡を、あなたという軌跡を、私たちは信仰すると誓います」

「白銀の民の、この髪と神に誓って」


それはまるで祝詞のように。どこかの神社で、奉納祭の時に宮司さんが告げるように。厳粛で森然としていて、同い年とは思えないほどにはきはきとした滑舌だった。


彼らの前に佇む神。本当の意味で信仰の対象になっていた白銀の神狼は、その真っ白な毛を朝露で湿らせていた。純黒の双眸が兄弟を射抜く。だがそれは、侵入者に向けられるような害意のあるものじゃなくて。もっと何か、親のような。厳しいじいちゃんのような。

範囲を絞っているのだろう。カムイの声は届かなかった。だが、何の話をしているかはだいたいわかる。だからこそ、瞑鬼は声をかけなかった。話が終わったと察すると、大人しく家に戻って狸寝入りにいそしむことに。


『さぁ、日が昇ったぞ皆の者。我らが聖地に、貴殿らの足跡を残してくれ』


それは、目を瞑っても耳を閉じていても関係なく、直接頭に響いてきた。まるで天啓のように降り注ぐカムイの言葉に、気持ち良い夢を中断された夜一。眉間にしわを寄せてむっくり起き上がる。順々に他のメンバーも目を覚ました。

寝ぼけ眼をこすりながら、ピリカ持参の野菜をさばく瑞晴。ご近所さんから貰ったというそれは、果物系女子高生のお眼鏡を大変輝かせた。


久しぶりの、暖かい朝食。ここずっとコンビニ飯だった夜一たちは栄養に感謝し、そもそもロクに食事を取ってなかった瞑鬼は味のあることに喜びを感じた。


いつもよりずいぶん早起きしたせいあってか、みんなが食べ終えても時計はまだ七時前だった。いつも夏休みは昼まで寝ている派のフレッシュ勢にとっては、朝の空気は新鮮だった。


「着替えはあるな?それでは向かうぞ」


片付けも早々、やっとこさ荷物をくぐり終えたところに、カントからの催促が。どこへ向かうのかは知らないが、やけに急いでいた。


もちろん、瞑鬼だって早く関羽に会いたい気持ちはある。白銀の毛並みとは一味違った、ふわふわの手に収まるサイズ。それが無性に欲しい時もあるのだ。

忘れ物がないか、などと遠足の帰りのようなことを確認し、フレッシュに白銀を合わせた、総勢八人と一匹は村を出る。朝日が昇り切ってないせいか、まだ肌寒かった。


先に歩いて道を作るカムイの背後を、てくてく何も考えずについて行く。ここで瞑鬼たちを屠ろうとするなんて、そんな非効率でリスクも高いことする可能性は低いだろう。足をあげるたびに、息を吐くたびに、森は色を変えていた。都会でも、ましてや田舎であっても滅多に目お目にかかれない、本物の自然というやつ。それが瞑鬼たちを包んでいた。


日の出でも見ようかと急ぐ登山のような、そんなペースで行くこと一時間くらい。目的地に到着する十分前には、もうその兆候は現れていた。

腐葉土が被さり更には葉っぱや木の枝にまで覆われているが、確かに地面の感触が違うのである。どこか、そう。まるで石畳の上でも歩いているような。


「……汗やべぇ」

「そう言えば、ここ二日くらいお風呂はいってないし……。やばいよ……」

「く、瞑鬼さん、あんまり近くは……」

「……そうか?べつにいい匂いだと思うけどな……」

「ひぃっ!ち、近づかないで!這個變態このへんたいっ!」

「瞑鬼くん、帰ったらドリアンでもいかが?」

「お、おぅ。瑞晴だって……なぁ?」

「俺にふるな。知らん。直接嗅げばいいだろう?」

「安心しろピリカ。お前はいつも森の匂いがする」

「ちょっ!なにその田舎のおばちゃんみたいな評価!ってか近づくな変態!」


白銀がゆるく口元を綻ばせる中、瞑鬼たちは幸せの絶頂というやつに浸っていた。

針葉樹林が姿をだんだん消していって、土地も開けていって。そろそろ披露と精神が限界になったところまで訪れた一同を出迎えたのは、まさに聖地だった。


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