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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
223/252

北の大地の殺人事件


燦々と降り注ぐ太陽光線を恨めしげに睨みながら、柏木夜一は息を吐く。村の入り口が相当気になるのか、何度も何度もそっちを向いてはため息ばかりついていた。だからなのだろう。嫁兼保護者でもある千紗は、飯も食わずに瞑鬼の帰りを待つ夜一を心配そうな目で眺めていた。


白銀と交渉などと馬鹿なことを謳った大馬鹿者が村を出て行ったのはつい一時間前のこと。第二の魔法で連絡がないということは、恐らく白銀と交戦中といったところ。


「……夜一ぃ、本当にいらんの?もうあんまないよ?」


「……俺が気を抜くわけにはいかんからな。もし残ってるのがカントだったら、こっちにはカムイが来る。そうなれば呑気に茶をしばきながらというわけにもいかんだろ」


珍しくマトモなことを述べる夜一に感心しつつ、千紗は家の中に戻る。そこでは、ピンと気を張ったままの瑞晴がいた。表面上では無心でビーフジャーキーに手を伸ばしているが、その内に秘めたる想いはじゃばじゃば溢れてしまっている。


リーダー代理である瑞晴がこれで、用心棒の夜一は鬼頑固。ただの財布役を担う千紗としては、随分気が重たかった。


それというのも、全ては瞑鬼が原因だ。空気を読めない彼は、これまで瑞晴が、もう気持ち悪いくらい自分に執着していたかということを知らない。音沙汰なしで勝手に消えるは、おまけに連れてくのはライバルヒロインだ。


もう頭が痛かった。ただでさえ白銀の民やら関羽やらで頭痛に悩まされている時だというのに。


やる事がなくぼけっと本を読んでいる朋花に近づいて、千紗はなんとか心の安寧を。まず頭を胸に埋めて撫でる。さすがは育ち盛りの小学生。一日風呂に入らなかっただけじゃ、まだまだ全然いい匂いだ。


特有のフェロモンに、少し混じった汗の匂い。瞑鬼がここにいなかった事を、初めて嬉しいとまで。


「……来るとしたら、多分カントとピリカだと思う」


生意気な朋花で遊んでいたら、不意に瑞晴が口走った。


「……そう?」


「……相性的にね。洗脳が効かないならカントが残ることはないし、こっちに白銀が来ても私が完封するし」


そのあまりにも豪胆な口ぶりには、少しの頼もしさも混じっていた。確かに言われてみれば、必然的に分断は決まってくる。


だが戦というのは、時に最善の手が最高とは限らない。カントで瞑鬼を足止めする策だって十分にありだ。それに彼だって、夜一と渡り合えるほどの体術はある。むしろ瞑鬼が決め手に欠けるのではと思えるほど。


考えていても仕方なし。それに、今回瑞晴が不満なのはそれだけじゃなかった。そもそもの話、こんな事があったせいでまだ観光が全然終わっちゃいないのだ。


もともと楽しみにしていたロケ地巡りだって、まだ一箇所しか行けてない。


英雄が用意していたコースならば、あと三つは観れたはずだ。しかもその中には、今回のメインである『北の大地の殺人』の主人公が住んでいる山小屋まで。


まさか自分自身が北の大地で放浪するとは。夢にも思わないとはまさにこのこと。瞑鬼が帰って来たら、即刻ここを発つ。そして通常のプランを削ってでも、彼の地を視界に収めなければ。瑞晴の中のオタクの血が騒いでいた。


「……今のうちに連携確認しとく?」


「……一応ね。朋花はそのまま待機だからねー」


「うぇぇ〜。朋花もやりたいー。暇なの。……お願い千紗ぉ」


「…………んぐっ!貴様学習しておるな……」


これから恐らく殴り合いの戦いをするというのに、随分と女性陣はお気楽だった。いや、正確にはお気楽を装っていた。何せ彼女らは異常な瞑鬼や変人の夜一と違い、こうでもしなければ保てないのだ。自分というやつの境界線を、他人に引かれちゃうたまらない。


下らない会合をしていると、突然瑞晴が何かを感じ取った。遠隔している動物の感覚を通じて伝わって来たそれは、確かに森の中を真っ直ぐこっちに向かっていた。


魔法回路を開きっぱなしで来ているらしく、魔力はダダ漏れ。だからそのあとはいかなる生き物も通らない。森の王が、足跡をマーキングしながら。ゆっくりと。しかし確実に。


「……来た」


向かってくる気配は二つ。それにこの魔力量なら、外にいる夜一は異変に気付いていてもおかしく無い。それ程までに、彼らの放つオーラは特別だった。つい一日前とは別人かと見まごうくらい。


瑞晴の直感を信じた千紗が、急いでそれを夜一に連絡。も、彼はすでに万全の体制で待ち構えていた。確かに外に出るとわかる。歩くだけで森を支配する、真なる王の子が近づいていると。


一人部屋にいるのは危険だという事で、朋花は二人の護衛を連れて外へ。瞬間、吐き気を催すほどの魔力粒子が。それに、心なしか肌寒く。


警戒するように、一歩踏み出す夜一。つかつかと進んで行き、ついには村の入口に。そこまで来て、ようやく二つの勢力は互いの顔を見た。


「……全く、北海道というところは。いる人間まで冷たいのか」


「……恋人ですら白いからな。多少は目を瞑ってくれ」


お互いに魔法回路を開きつつ、言葉で牽制を。まだ手は出さない。あくまでこれは、交渉という名目なのだから。


神の信徒二人の登場に、森の木々がざわめいた。昨日と違って、ピリカも戦意を持っていた。冷えた空気が風に乗り、魔力をまとって瑞晴の元へ。瞑鬼が感じたのと同様に、瑞晴も同じ匂いというやつを感じていた。


表面上は穏やかに。まるでどこかの中小企業のように、夜一は二人を家に促した。どうやら白銀の民といえ、開幕一番から戦う気もないらしく。黙って後について、そうして家の中に。


少し湿った木造建築が、森の匂いを倍増させる。すっかり慣れた、異常地帯の香り。瞑鬼がいなけりゃ何もできないなんて、そう思われてたら堪らないのだから。


取り敢えずはお茶を出し、野郎二人で湯呑みを交わす。ペットボトルから注がれた、ごくごく普通のほうじ茶に、スパイスは殺気。とても優雅とは言えないような、そんな雰囲気だ。


木漏れ日の差す居間に、座布団は毛布。この山奥じゃなかなかのおもてなし。囲炉裏を挟んでフレッシュと白銀の民、両者ともに向かい合う形に。もう魔法回路は閉じていた。


「昨日は悪かったな。こっちもいろいろ気が立っていた」


先に謝ったのは、この場で一番ストレスがたまっているであろう夜一。早々にこのパートを終わらせたいのか、本来ならば瑞晴の役目であったそれを買ってでたというところ。


「……なに。こっちにも非はあった。……リーダーはいないのか?」


「入れ違いになると困るんでな。二人でそっちへ行った」


「……そうか。まぁ、俺としてはお前がいればどっちでも良かったんだが」


この時点で、感のいい瑞晴とピリカはすでに気づいていた。目の前の変人とバカ兄は、もう既に戦闘の第一幕を開いていたのだと。


カントの言葉に、夜一の耳が動く。握っていた紙コップの中、ほんのりと水面に波紋が走る。


「……ほう。なぜまた俺を?」


後から思えば、ここが鍵だったのだろう。それをわかっていたからこそ、夜一は仕掛けた。こうすれば相手が乗ってくると知っていたから。相手を挑発し、冷静な判断を欠かせる。かのルドルフが夜一相手にやってのけた事を、きちんと踏襲して。


その瞬間には、瑞晴も千紗も臨戦態勢に。いつでも朋花をつれだせるように。万が一の時は、夜一の邪魔にならないように。逃げる準備は万端。耳栓も装着済み。だからカントの魔法は効かない。


それを知ってか知らでか、カントは魔法回路を開かなかった。そして答えることも。だから夜一も面食らった。対応が遅れてしまった。絶対にこないと思っていたから。彼女は冷静だと思っていたから。


「……なぜ、だと?」


侮っていた。所詮は二人だろうと。最悪戦闘になっても、魔女を倒した自分たちなら勝てるのではと。だが夜一たちは忘れている。肝心な話を。瞑鬼が話していた、昨日の記憶を。


「貴様が讒謗、忘れたとは言わせんぞ!」


魔法回路が展開される。漆黒の粒子が部屋の中に舞い散り、空気中の水蒸気が露結しだす。持っていたお茶が完全に凍え、床には霜が。


正真正銘、ピリカは蝦夷でも上位に入る魔法使いだ。普段は温厚でただのいい妹な彼女が、唯一激昂する言動。それを夜一は昨日、開口一番にやってしまっていた。


カントの後ろから伸びた手が、夜一の首を鷲掴み。だが、夜一とてただ光景を見ている間抜けじゃない。一瞬の戸惑いはあったものの、すぐに事態を理解。間一髪でピリカの腕を弾く。


「…………やはり、狂犬ではないか。まぁ、普段は猫をかぶっているから、狂猫が正しいか?えぇ、白銀よ」


夜一の言葉に、一層の怒りをあらわにするピリカ。フローリングに手をついて、全面一帯に氷柱を。迫り来る氷の塊を、夜一は冷静に蹴り折った。


だが、ピリカの攻撃は連続されなかった。立ち上がったカントが妹を鎮め、そして夜一に牽制をかけていたから。細い目と白い肌から穿たれる野生の獣のような魔力に、筋肉が縮み上がる。


夜一が二人の気を引いている間に、女子三人は既に窓から飛び降り外に脱出していた。あとはカントとピリカを分断し、お互いに相手をするだけ。


勝てる保証はないが、負けることもないだろうと。少なくとも昨日まではそう思っていた。


「……いいだろう。乗ってやろうじゃないか。その上で貴様らを臥せば、遺恨は残せないだろ?」


意外にも、カントは冷静だった。一番怒ると思っていただけに、こうも余裕を持たれては敵わない。その上でこの眼前の白髪野郎は、夜一たちの策に乗ると言ったのだ。


瞑鬼なら絶対に取らないであろう方法。それができるのは、自分が勝つと信じて疑わない者。幼少からカムイとともに、魔女や魔王軍を狩っていた彼らだけが張れる、威勢ともよべない自信だった。


兄の司令通りに、大人しく出て行くかと思われたピリカ。夜一は放っておくつもりだった。だが、ピリカの方の怒りは収まらないらしく。


かと言って外の三人を放っておけば、瑞晴がいつ魔法を使うとも限らない。彼女の魔法の恐ろしさを知るピリカだからこそ、野放しにはできないはずだ。事実そう。だからピリカは、せめてもの憂さ晴らしをする事に決めていた。


「……あの三人、どうなっても知んないからね」


魔法回路を最大出力。全て魔力を右手に集め、昇華させるは待機中の二酸化炭素。ドライアイスが生まれると同時に、ピリカは家に触れていた。


瞬間、ひびが入るような音と共に、家全体が凍りついた。水蒸気が冷やされ、霜はやがて氷と化す。水道から滴る水はその状態で時を止められ、まるで家の中は、そのまま時間から切り取られたように静謐に。


白銀とは違う、圧倒的な魔法。魔力もそうだが、それ以上に根本的な魔法に違いがありすぎた。純粋な現象としての力だけなら、あのカラにも引けを取らないような。


氷河の目で夜一を射し貫き、ピリカは玄関から堂々と立ち去った。後に残ったのは、全て凍りついた部屋と、その中で熱く燃えたぎる野郎が二人。この程度の環境の変化、夜一の中じゃ夕立に見舞われるのと対して変わりない。


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