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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
222/252

修羅の道に落ちようと


ここ数週間、みんなの前じゃ普通に振舞っていた。気にして、泣いたりもした。だがそれだけだった。殺そうとも、仇を打とうとも言ってない。そんな事口に出してしまえば、彼らは賛同するだろうから。


この因縁は、瞑鬼が前の世界からずっと引きずっている、いわば因果のようなもの。それに、相手は英雄曰く魔王軍の幹部。そんなやつをこの世から絶とうと思えば、犠牲なしでは不可能で。そのために帰る場所を失っては意味がない。


だから瞑鬼は欲しかった。自分の言う事を聞く、自分だけの軍隊が。強力な力と圧倒的な信仰を持ち、瞑鬼に付き従ってくれる臣下たちが。


隠しきれない瞑鬼の怨念に当てられて、あたりの花が生気を無くしたように萎れだす。いつの間にか森から動物の声は消え、無響の葉が周りを舞っていた。


『……その道は、修羅の道ぞ』


激昂するわけでもなく、また呆れるわけでもなく。白銀は静かに瞑鬼を見下ろしていた。


「……俺は元から鬼だぜ?」


下らない冗談を言えるほどには意識に余裕が生じたのか、瞑鬼は黒い瞳でそう言った。


こんなんで白銀があっさり折れてくれるとは思ってない。だが本心はぶちまけた。後はこれがうまく作用してくれるかどうか。これから先は、もう神様の言うとおり。


『……哀れな』


二人の頭に声が響いたかと思うと、もう白銀は動いていた。うなる巨腕をしならせて、目に見えないような一閃を。


しかしソラが魔女の反射神経で華麗に回避。ついでに瞑鬼も一緒に草むらに倒れこむ。


北海道はアイヌの王、白銀の神狼が出した答えは決別だった。


いくら瞑鬼が哀れな人であっても、彼が神であっても関係ない。白銀の使命は今を守る事。これから先何年と生きれるかわからない自分に、世界を変えるだけの力がないのは百も承知している。


そうだと言うのに、目の前にいるこの小虫。爪をかければ一裂きで、牙を立てれば一噛みで死ぬような人間は本気でほざいている。


それは神にはできない下克上。ある意味鬼である瞑鬼だからこそできる、今生をかけるほどに意味のある叛逆の物語。


元凶の息はまだ止まっちゃいなかった。瞑鬼といると、恨みに当てられておかしくなりそうだった。


だから白銀は牙を剥く。大地に転がって無様に逃げ惑う、ただの人に。


「くそがっ!」


『えぇい、汝に拘う暇など……!』


ついに白銀はその怒りを露わにし、瞑鬼の腕に食らいつく。も、そこにあったのは肉体ではない。

カムイの攻撃を邪魔したのは、純粋な魔力の塊である第七の魔法だった。ここで死んだら、次はソラが死ぬ。カラが出てきたとて、白銀には対抗できない。そう願ったからこそ、魔法は瞑鬼に呼応した。


簡単な話だった。ずっと不安定だと思っていた第七の魔法は、ある意味なによりも簡単な条件で発動できたのだ。それを気づかせてくれたのは、他でもない仲間たち。彼らの顔が浮かんだからこそ、使えたと言っても過言じゃない。


守りたいものの数だけ手がいる。足りないのなら、足せばいい。小学生でも思いつく、単純で、でも誰にも不可能なこと。魔法がそれを可能にしてくれた。殺されて、恨んで、憎んで手に入れた魔法こそが。下らないアイロニーなんて捨て去って、瞑鬼は自分の足元を睨む。


「人の子は鬼カスつってなよな?あぁ。まあそうだよ。俺一人なら、関羽にも負ける」


『……戯言を……!」


推定2トンの顎力な白銀が、魔法回路を全開に。瞑鬼の漆黒の腕を噛み砕きにかかる。魔力同士の衝突で、周囲の木の葉が波紋状に広がった。


ひびが入り、圧がかけられる。だが瞑鬼は屈しなかった。敷かれるのは、瑞晴の尻だけでいい。たとえ情けなくなろうとも、日常を取り戻せるのなら。


常人の7倍近くある魔力を全開で放出し、魔法の腕に力を込める。ここが正面場。瞑鬼の嫌いな、体育会系の根性論。白銀の牙が、徐々に腕に沈んでいった。


破れる。そんな直感が、瞑鬼の頭を通り過ぐ。だが、もう駆け引きは出来ていた。神峰英雄の好きそうな、掛け値無しのぶつかり合い。そんな主人公がしそうなことに、むざむざ挑む瞑鬼じゃない。


いともあっさりと。相手取っていて、一番冷静で頭も回るであろうカムイが驚くほど。瞑鬼は腕への魔力供給を絶った。だから当然、全力で力をかけるカムイの噛力に、脆くなった魔法が耐えられるわけなくて。噛み砕かれる第七の魔法。


勝負はついた。そう思ったのは、唯一純粋な白銀だけだった。力比べで勝ったという感触が、自分の論を通したという驕りが、その一瞬を紡ぎ出す。


「ソラぁぁっ!!」


破られるや否や、瞑鬼は魔法回路を全力展開していた。全身から溢れ出す、漆黒の粒子。左手親指と中指に力を入れて、筋力を振り絞る。


気がつくとカムイの前に、歪な文様が浮かんだ手があった。鍛えたのであろう。高校二年生の平均少し上の筋肉が付いている。それを知覚すると同時に、目の前が紅蓮に染まった。瞑鬼第五の魔法は、全身が爆煙を噴く。だがもちろん、白銀にそんな情報が入っているはずもなく。


目を焼かれた。だが浅い。魔力でガードした分、威力は半減以上に抑えられていた。この程、魔法回路を開き続ければ三秒で回復する。


それに対して、瞑鬼が負った傷は重い。左手に中度の火傷。のたうちまわるほどじゃないが、皮膚は焼けて血がでくらい。


霞む視界の中で、白銀は一つの疑問を抱いていた。瞑鬼と一緒にいた、あの娘がいないと。瞬間、その答えが右の頬に。およそ人間とは思えない力で殴られた神狼は、苦悶の声を漏らして地面に叩きつけられた。


牙が折れた。たった一本、それも欠けたくらいだが、確かに野生の中で鍛え上げた魂がおられたのだ。そんなバカなと叱咤する。だが、自分がピリカより小さい小娘に、殴り飛ばされたという事実は変わらない。下らない現実を突きつけられて、白銀の中で何かが音を立てる。


「人の子じゃないですよ。魔女っ子ですから、私」


ほざいていた。魔女っ子だかなんだか知らないが、目の前にいるのは確かに一人の人間だ。噛み砕けば死ぬし、一声吠えれば散るはずの。


元の世界で仲間が狩られ、こっちの世界では信徒が迫害され。それこそ瞑鬼と同程度に、白銀だって背負ってる。


頭の中で、何かが弾ける音がした。こっちに来て、カントにあって、それでずっと保っていた何か。


威厳だろうか。尊大さだろうか。何でもいい。言葉もよくわからず、世界が何なのかも理解できず。ただ、魔女や魔王軍が敵ということだけがわかっていた時代。思えばそんなのもあった。


白銀の芯というやつから、突飛な魔力が湧いて出る。この巨体に収められていた、これまでは貯めるだけだった残留魔力が。


追撃してくるかとも思ったが、流石に彼らも横たわる神を打つのは心苦しいらしく。だから、やっと戻れた。あの頃の自分に。ずっと偽っていた、野生の獣の本能に。


『……久遠に打ち捨てし我が獣性、もよや醒める日が来ようとはな……」


その口調は、これまでのどの言葉よりも穏やかで。だからこそ、立ち上がった白銀の姿に瞑鬼は驚嘆を隠せない。


それは正しく、神性の到達点。野生の王こそが従える、狂気的なまでの静謐だった。腐った瞑鬼を相殺するほどに。野生を取り戻した白銀は、赤壁よりも高い壁に。


やっとここからが、この戦いの本番だ。先までのカムイは、久しく忘れていたのだから。戦うことはあっても、我を捨ててまで必死になることは無かった。白銀の民は強い。それが却って、彼の中から角を削いでいた。だが、今それは瞑鬼のおかげで解放された。百パーセント純粋な、白銀の神狼・カムイが。


『兄のおかげでな、瞑鬼よ。……我はそう』


頭に声が響く。普通なら、その神々しさに話を聞くだろう。カリスマを持つ人物は、大衆の目を一挙に集う。そう。大衆の目なら。


黙って話を聞くのはバカのすること。そう言わんばかりに、瞑鬼は白銀の話を遮った。第一の魔法を使い、このままマウントを取り続ける。そう練って、だから実行に移す。それが命取りになるとも知らず。


「ーーーーーーっっっ!!」


瞑鬼の体が動いた瞬間、それまで分子一つと動かなかったような空間が、カムィ中心に爆発した。正確には、空気の衝撃波が瞑鬼とソラを襲ったのだ。


それも、ただ轟音を打ち出したというわけではない。同時に脳にも響くよう、音には白銀の魔法も載せられていた。だから咄嗟に神経を閉じても、直接脳に声が届く。


頭が割れるような鈍痛の中、瞑鬼は確かに聞いた。恐怖を煽るその言葉を。


『我もかつては、羅刹の道の上にいた」


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