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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
220/252

白き神と黒き鬼


「……瑞晴」


「ん?」


「…………決めたんだけどさ、いろいろと。一番に言っときたいんだが……」


了承の返事をすることなく、また特に変わった動作があるわけでもない。けど確かに耳だけは傾いていた。左手に体重がかかってくる。これは、少し痩せただろうか。前より若干軽い。


静かに飛び跳ねる瑞晴を落ち着かせつつ、瞑鬼は語った。白銀のことを。自分のことを。そして、これからの未来のことを。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


生憎その日は、朝起きた時からひどい雨だった。六時くらいに目覚ましが鳴り響いたものの、雨音のせいでかき消され。


結局起きたのは八時を過ぎてから。とても外に出れるとは思えないくらいの豪雨に一時は不安になったものの、それも一時間もしたら空気を読んだのか引き始めた。


そして今、時刻は午前十時を少し過ぎたこの時。全員が目覚めたということもあり、フレッシュは家の中で作戦を練っていた。


「……あっちが関羽を返してくれる可能性は低いな。俺らと目的が同じだけに、絶対ぇ譲らない」


「……まぁ、それは薄々俺らも感じていたんだがな。……ならばどうする?」


女子供にはあまり話を聞かれないよう、別の家に篭って。そこで瞑鬼と夜一は作戦会議を。と言っても、もうほぼほぼ結論は出てしまっている。


あの白銀たちの様子からして、まず間違いなく抗争は避けられない。カントやピリカの性格から殺すまではいかないだろうが、それでも二度と来るなとは言われるだろう。それほどに、彼らには余裕がない。


目に見える全てを救おう。そんなありもしない空論を掲げる白銀の民を笑う資格は瞑鬼たちにはなかった。ハーモニーがなければ、陽一郎がいなければ、間違いなく瞑鬼もそちら側に行っていたであろうから。


彼らは似ていた。ついこの前までの瞑鬼たちに。自分達だけで出来ると思い込んで、外部のもの全てを敵と思う。わかっている。そんな馬鹿野郎たちを正すための方法は。英雄が瞑鬼たちに示してくれた、最低で最悪な方法が。


静かに木々の間を滴る水の音を聞いて、二人は沈黙の中にいた。雲が間引かれ、やがて太陽が顔を出す。特に時間は決めてなかったが、始まるのなら午後からなのは予測できる。なにせこんな複雑怪奇で激突不可避な案件を、早々に決めれるわけがないのだから。


「…………瑞晴には言ったのか?お前の言うその策を」


いつもは変態で変人な夜一だが、意外とこう言うところは厳しいのだ。自分中で優先順位を付けろ。そういつも言いたげな顔で瞑鬼に決断を迫ってくる。


あぁ、とだけ頷いて、瞑鬼は近くにあった水に手を伸ばした。自然の冷蔵庫で冷やされた水が、上手く湧き上がっていた激情を鎮めてくれる。


「……戦いは避けられん、か。貴様も随分と血の気が多くなったな」


「……そうか?」


「……以前までなら、面倒な事を無視していただろう?その聖地とやらに乗り込んで、勝手に奪うくらいしたのではないか?」


容易に想像ができる自分の姿に、瞑鬼は思わず口元を綻んだ。そう。ここに来て当初の瞑鬼は、殴って解決という選択肢しか頭の中に入っちゃいなかった。少なくとも、懐柔なんて甘い考えが過ぎる余地などあるはずがない。


だが、白銀の民と会い、彼らと言葉を交わすことで変わってしまった。変われてしまった。彼らのやり方が気に食わなくとも、受け入れられるから。それを無為に壊すなんて事が、瞑鬼にできるはずもなく。


「……まぁ、結局やろうとしてることは野蛮なんだけどな」


「……そのくらい、魔女の時からしたら随分と角が落ちている。俺たちだけなら、それで十分だ」


「…………んじゃ、頼むぞ。夜一犬派だろ?」


いつからか出来た相棒の肩を叩き、瞑鬼はすっと立ち上がる。雨の止んだ窓から森を見て、その先にいる関羽へメッセージを。すぐ行くから、のんびり日向ぼっこでもしてやがれ。と。


外に出ると、もう太陽が働いた後が結果として現れていた。雨上がりの森の匂い。それは前の世界で嗅いだものと、なんの違いもない。


世界が違っても、考えが違っても。通じ合えるものが一つだけ。どんな言語にも存在して、かつ全世界の誰でもが行える。


瞑鬼がこの戦いを終わらせるために練り出した解決法。それは、お互いの気がすむまで殴り合うというものだった。その結果瞑鬼たちが負ければ、白銀の行いについては言及しない。彼らの思想がハーモニーのそれに反していても、絶対に異論は唱えない。


だが瞑鬼たちが勝ったならその逆。つまりは白銀の民を否定せずに、瞑鬼たちに従ってもらう。関羽を解放して、有事の際はハーモニーの援護に回れ。


そんな単純で、ある意味思考停止ともとれる。けれどお互いがお互いの正義を主張し、絶対に擦り合わせられないのだから。この方法以上に簡潔なものはあるまい。


湿った草に足をかけ、泥濘ぬかるんだ地を踏みしめる。最後になるかもしれない北海道の大地を、瞑鬼は目一杯記憶に焼き付けようと思っていた。


「……瑞晴は連れて行くのか?」


颯爽と準備を始める瞑鬼を見て、気だるそうに訊ねる夜一。これから瞑鬼は、あの大樹の下まで交渉に行く。昨日あまり綿密に予定を決めてなかったため、こっちから出向く必要があると考えた。


だがもちろん、向こうが来る可能性だってあるわけで。入れ違いになった時のことを想定し、向かうのが瞑鬼、残るのが夜一という結論に至った。白銀の素性を知るのは瞑鬼のみ。だから瞑鬼が行かなければ始まらない。


問題は、その瞑鬼と一緒に行動する人物だ。残るのが夜一一人な場合など、まず間違いなく話は進まない。最低でも瑞晴か千紗、ないしはソラを置いて行く必要があった。


「……今回はソラだけだな。瑞晴だと、俺が嫉妬するかもしれねえだろ?」


「……ふっ。まぁ、俺とて同じ意見だが。……あとで怒られても知らんからな」


「……超絶やばい時は、お裾分けってことで」


「ふざけろ」


こんな時だというのに、二人の間には随分と心の余裕が生まれていた。そうでもしないと、あの白銀の神狼の圧力には耐えられそうにない。


瞑鬼が今回ソラを同行させるのも、万が一の時にあれに対抗できるのが、カラの魔法しかないと思ってのこと。そうでなければ、みんなと一緒にピクニック感覚で行くだろう。少なくとも瞑鬼はシリアスを好まないのだから。


空を見上げれば、そこには憎いくらいの快晴が広がっていた。新たに得た魔法は二つ。これを持って帰ったら、さぞかし陽一郎も驚くことだろう。今度こそ英雄に勝てるかもしれない。


女子たちが待っている家に行き、扉を叩いてソラを呼ぶ。新婚の新妻のごとく玄関から笑顔でお出迎えのソラ。その奥で姑のような冷徹な目の瑞晴。それもこれも、あと何時間かしたらやっと戻って来る。


心が弾む。そういったら嘘になるだろう。だが今回は、今回だけは戦いに善も悪もない。初めて出会う、自分たちと同じような敵。わざわざ海を渡ってきた価値があった。


「……んじゃ、ちょっくら行ってくる」


部屋の中でトランプをする彼女たちにそう告げて、瞑鬼はソラと一緒に村を後にした。


それはちょうど、瞑鬼が扉を閉めるあたりだっただろうか。ふと背後で人の立った気配がしたかと思うと、それが瞑鬼に向かって告げてきた。


「晩御飯は六時から。それまでには、絶対帰ってくることね」


感情を込めないように心を込めて。彼女は優しくそう言った。こっちは任せといて。帰ってきて。


ソラちゃんに変なことしたらダメだよ。他にも言うべきことは山ほどあるだろうに。よりにもよって瑞晴が選んだのは、日常を連想させるような言葉だった。


あと六時間以上もある。その頃には、全部解決しているだろうか。青天の霹靂にも程がある今回の件。発覚した事実は波紋を呼んで。だからこそ、瞑鬼は欲していた。ずっと求めていた日常を。


あいあい、と気怠げに返事して、今度こそ瞑鬼たちは村を出る。信頼できるからこそ、余計な台詞は必要ない。


勝ち誇ったような顔でついてくるソラに一つ礼を言い、茂みをかき分け森を進む。雨上がりは緑の匂いがひどい。なんだか田舎のおばあちゃん家を連想するような。そんな匂いだ。


それから三十分ほどだろう。いい加減体が疲労を感じ始めた頃、瞑鬼たちは彼の地にたどり着いていた。


木々の隙間から大樹を見る。根元で蠢く銀の矮躯。傍目から見ても、放つオーラが皮膚まで届く。彼らも瞑鬼たちと同じ、行き違いを防ぐために残していったらしい。


心臓がはやる。呼吸が浅く、血管が膨張し血液が全速力で体内を駆け巡った。ソラの魔女譲りの豪胆さも、ここに来てはあまり効果を発揮しないらしく。初めて見る白銀の神狼に、すぐさま目を奪われてしまっていた。

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