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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
219/252

刹那の夜空

「俺の魔法で眠らせたが、夕方には起きるだろう。仲間だったのか。すまないことをした」


頭を下げるカント越しに、白銀の神狼に目をやる瞑鬼。彼もまた、その瞳だけで感情を表していた。


もうじき日も沈む。こんな敵地のど真ん中で野宿、なんて発想は瞑鬼の中になかった。それよりも、極端に腹が減っている。ピリカの手には晩飯と思しきバスケットが握られているが、彼の相伴に預かる気になどなれなくて。


特に頭を悩ませることなく、瞑鬼は帰ることにした。みんながいるであろう場所へ。慎重な夜一のことだ。大量に食料を買い込んでくらいはしているだろう。だからそれを目当てに。


それに、何より今すぐ問題が解決するはずがなく。それを心の隅で認めているからこそ、二人も止めなかった。


と、ふと、木の幹に手をかけた瞑鬼が振り返る。


「…………明日だ。明日に全て終わらせる。そっちの二人、交渉に来てくれ。関羽を渡すわけにはいかんからな」


当然とも言える瞑鬼の提案に、あっさりと乗る白銀の民。首が縦に振られたのを確認し、瞑鬼は森を歩き出す。仲間の顔を見るために。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……これがこの二日間で俺が得た情報だ。……なんかある?質問とか」


目に優しい白熱電球の光を見つめながら、フレッシュの四人は話を聞いていた。そして終わったと同時に、無駄に張り詰めていた緊張が解かれる。ーーーーなんて事はなく。


まず最初について行けてなかったのは、まだ日本語が完璧じゃないソラだ。多分、異世界あたりのところから混乱したのだろう。必死に自分なりに解釈しようと頭を捻らせるている。どうやら十三転生で結論が付いたよう。


そしてそれより問題なのが、そんな都合のいい解釈をできないネイティヴたち。まるでどこぞの二流小説のような内容の話を聞かされて、でもそれを本当だと思いたくて。だから話がこんがらがる。


一通り開けたお菓子が底を尽きると、最後に水で流し込む。久しぶりの食事のせいか、いやに身体がぽかぼかしていた。北海道の夜は寒いというが、これなら毛布なしで越せそうだ。


間抜け顔で眠る朋花。この状況でも変わらぬ彼女の胆力を、今だけは羨ましく思った。


「……その、別の世界とやら。お前はそこ出身でいいのだな?」


1番最初に、みんなが1番知りたくて聞きにくい事を訊ねる。それは夜一の仕事だ。


「……あぁ」


「……どんな所だ?龍が空を歩いてたり、機械が発展してたりするのか?」


「……最初に会った時なんだけどさ、知らなかったよね。魔法回路のこと。……ってか魔女特区出身って言うの嘘?」


「……すまん」


「それそれ。私も気になるわ。魔法がないって、ヤバくない?めっちゃ不便じゃん」


「…………あぅ。私にはまだ早すぎる話でした……」


シンプルな瑞晴の質問を最初に。勝手に凹むソラは後回し。次に答えるべきは夜一と千紗からの。


思ったよりも、彼らの反応は好意的だった。元の世界の彼らなら、瞑鬼がこんな事を言ったら冗談十割で笑い飛ばすだろう。やはりそれだけ、魔法有りと無しじゃ全てが違う。


ようやく動物の声も聞こえなくなって、自然が眠りに入る頃。瞑鬼はまるで子供に絵本でも読み聞かせるかのごとく、フレッシュ一同に過去のことを話していた。元の世界の事、こっちにきてからの自分のこと。


いつの間にか、話題はすっかり白銀の神狼から遠ざかっていた。だがそれも、あんな話を聞いた後じゃ仕方ないと言えるだろう。


立て続けに二つもエピソードを語ったら、流石の瞑鬼も日本語力が底をつき。バイトを探していた事を話す頃には、もうみんなすっかり映画か何かを見るような目になっていた。


「……そんなこと、あるんだね」


「……信じ難いが、まぁ、信じるしか理解できんからな」


「……な、なるほどぉ、です。さすが瞑鬼さん」


戦線離脱して眠りについた千紗を尻目に、なんだか随分と居た堪れない空気を吸う瞑鬼。まさかこんなにも、みんなが信じ切ってくれるとは思っていなかった。


そして何より、瞑鬼は信じられることに慣れてない。今までが裏切られる毎日だったせいか、素直に受け止めてくれる友人というのにどう対応していいかわからないのだ。


「……信じるのか?俺の話だぜ?」


冗談めかして、いつもの道化を装って。でも、それは一瞬で見抜かれてしまう。やはり無理が顔に出ていたらしい。


「……リーダーの言うことは絶対だからな。それに、千紗が信じるんだ。俺だって信じねばなるまい」


こう言う時に、こう言う事をさらっと言える。そんな夜一に密かに憧れたことが、何度あったことだろう。こうやって仲間というやつを無条件で信じれる。そんな仲間を持てて、これ以上ないくらい幸せを感じる事に誰が文句を言える。


そのくらい、世界に叫びたいくらい、瞑鬼は静かな感情の激流の中にいた。瑞晴を見ると、こちらはもう探偵の真価を発揮して、別の世界に興味津々になっている。


ふっと笑って、はっと笑い返される。これが瞑鬼の一番望んだもの。そして一番手に入らないと思っていたもの。だが、それは瞑鬼が手に入れていた。


けれど、まだ一人足りない。それを助けるためならば、命すら抛つ覚悟はあった。


「……明日も早い。交渉とやらが終わって、帰る頃には全て聞かせてもらうぞ。もちろん、関羽も一緒にな」


そう言って夜一はタオルケットを千紗にかぶせる。自分はその隣で寝息を立て始めた。そう、まだやる事は終わっちゃいないのだ。


体力も戻り、ストレスも一気に発散された。あとはぐっすり眠って、さくっと終わらせて帰るだけ。まだ観光はできるだろうか。お土産は欠かせない。英雄以外の全員分として、瞑鬼の給料四分の一ほどだろう。頭が痛い出費である。


慣れないフローリングに体を倒して、タオルを腹に乗せ目を瞑る。すぐにでも落ちそうだった。だが、誰かが瞑鬼の肩を叩く。


ゆっくりと目を開ける。そこには瑞晴がいた。月明かりも無いし顔がよく見えないが、確かに彼女だと判別できる。


瞑鬼が起きたのを見ると、彼女はすっと立ち上がった。そして着いて来いと言わんばかりに玄関へ向かう。瞑鬼も立ち上がり、そっと彼女の方を見た。


「…………ちょっと、いい?」


うっすらと見えた瑞晴の顔は、どこか悲しげに映った。だからなのだろう。あぁ、とだけ返し、彼女の方へ歩み寄る。


外がいいというので、二人は扉をくぐって星の下に。欠けた月を眺めながら、すすきの揺れる音を聞いていた。


いくら今が夏とはいえ、ここ蝦夷の地では夜の気温は二十度を下回る。そんな中で半袖だと流石に寒いようで。自然と二人は寄り添う形になっていた。


「…………夜の空気って、なんかいいよね」


「……澄んでる感じがするよな」


肩と肩が触れ合って、お互いの息まで聞こえるくらい。瑞晴がこれから何をいうか、瞑鬼はそれをかすかに予測できている。ここまでの自分の行動を振り返れば、ある意味当たり前ともとれるこの状況。


突然の告白を、はいそうですかと受け入れれるほど高校生の頭は柔軟じゃない。夜一たちは疲れもあってなんの気なしに頷いたんだろう。だが、ここぞという時に瑞晴の推理オタクが頭角を現していた。それはつまり、自分の知らない事を知りたくなるという、一種の探偵感情のような。


「…………もっと聞いていい?瞑鬼くんのこと」


「……つまらんぞ」


「……聞いてるだけでも、私は十分だし。ってか、うん。アドバンテージだよ。だから、ね?」


そう言われると、もう瞑鬼はこの場に貼り付けられたも同然で。それに、二日ぶりの瑞晴との二人きりタイム。無下には出来まいという感情もある。


聞こえるのは、森の声と吐息だけ。体温が高いのか、時折息が白くなった。言いたい事が頭に積雪してるのに、それを言葉に言い表せない。まず何から話していいか。瞑鬼はまだ整理できていなかった。


「……瞑鬼くんの世界にも、ひょっとしたら私たちみたいな人いたの?」


ちょいとばかりの牽制球を。この瑞晴の随分な遠回し表現にも、いい加減慣れていた。最近じゃ二人で話すときは、大方が比喩で伝えられている。


「……いたな。ってか、あんま変わんないんだよな。こっちもあっちも。さっき言った、魔法あるかないかくらい」


「へぇ……」


そこからの展開は、瞑鬼の予想通りに運ばれた。ただずっと昔の事を話し合った。だが、それはほとんど盛り上がって瑞晴が勝手に言い出したものが大半だ。


瞑鬼には人に語れるほどの歴史がない。物心ついた時から親は関心がなく、最後に甘えたのなんて覚えてもないくらい小さい時だ。それに小学校に入ってからあんな生活を続けていたものだから、友達すらできず。また作ろうと思っても、親が知らない事をまだ一桁の子供が知るはずなく。


結果として、瑞晴たちには出会った。一人で生きてきて、それで向こうで。


だが、そんな話しはどうでもよかった。もうこっちが瞑鬼にとっての住処。だから白銀が例え異世界出身だからと言えど、特段感情が動かされるわけじゃない。


あの世界は嫌いだった。世界中の空気がまるで粘り気の低いマグマのように、身体中をゆっくりと呑み込んでゆく感覚。そんなのが常日頃からつきまとっていた。


瞑鬼が瑞晴に話したのは、自分なりに覚えていた最良の日の記憶だ。家出した母と一緒に電車に乗り、そここら北海道へ行ったという話。つまらないし平坦。それが瞑鬼のこれまで。


瞑鬼が話し終えると、今度は瑞晴の番ということに。やれ五歳の時に包丁で指切って陽一郎が泣いただの、父と母の喧嘩はいつも母が圧勝だっただの。そんな彼女のこれまでは、瞑鬼とは比べ物にならないくらい陽光のようだった。


すっかり月も真上に上がり、いよいよ交渉まで半日を切った頃。ほどよい眠気と、いい加減肌寒いを通り越した二人の背中が、朧な光に染められる。


大方話の幕も閉じかかり、ついでにまぶたも落ちかける。そんな中だった。


「…………へぇ。少しだけど、行ってみたいかも」


「……やめとけ。ろくなとこじゃねぇよ」


手先が冷えていた。心なしか、体温も若干下がっている。感じているのは同じはずなのに、瑞晴は黙って星を眺めていた。


あれはいつ頃だっただろう。陽一郎が言っていた。瑞晴は面倒くさい女だと。その時は係わりの少なさゆえにわからなかったが、ようやく瞑鬼はそれを理解した。彼女は瞑鬼と同様、自分の言葉を歪曲させる事でしか物事を言い表せないのだと。


心配したんだろう。いつも誰にも止められない瞑鬼が、知らない間に消えていた。そりゃ怒る気持ちもわかる。寂しかったんだろう。不安もつきまとっていた。


普通の女子高生のように、無駄に抱え込む事なく生きていたい。それは瑞晴本人が望んでいる事だ。だが、生まれが、育ちが彼女を素直には創り上げなかった。そして瞑鬼も。


凩が吹き、より一層の冷気を送ってきた。いい加減明日に備えて寝なければ。もう時計は、二時を少しまわった頃合い。動物たちの鳴き声はすっかり消え、残るのはほのかな虫たちのアンサンブル。


「…………冷てぇな」


彼女の手は冷えていた。それはもう、こっちが心配になるくらい。


「……手が冷たい人は、心があったかいらしいよ。瞑鬼くん随分体温高いねー」


「…………うるせ」


これくらいしか、今の自分には出来ない。その限界を知っているからこそ、瞑鬼は躊躇いなく踏み込んで行ける。


白銀の神狼との交渉さえ終われば、後は帰ってお土産を配るだけ。一日も陽一郎から電話が来なかったのは意外だが、きっと彼なりに気を使っているのだろうと納得した瞑鬼。


心臓が早かった。こうしてはっきり自分の心の内を晒したのは、あの夏祭りの日以来だ。無神経で歪んでいて、言葉の節に棘を込めずにはいられない。そんな彼が持っていた、彼なりの結論。


虚空で指揮者のごとく光を振る舞う半月を、細っそりとした目で見つめていた。話しておこうと思った。瞑鬼の計画を。この聖戦というやつの、瑞晴が言うところの「完」というやつを。


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