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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
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黄昏の歴史


古びた家の、少し大きめな居間にて。瞑鬼はおばあさん特製の手料理を振舞われていた。


今日の昼飯は、炊き込みご飯に治部煮、そしてよくわからない肉とスタミナのつきそうなメニュー。お礼をしてから口に放り込み、その美味さに舌鼓をうつ。


家の中にはたくさんの人がいた。村中の人が集まってきているのではないかというくらい、家に入りきらないくらい。若いやつが旅をしてきた。それだけで娯楽のないここには十分な刺激なのだ。


「……それで、誰かこのへんで僕と同じような高校生見た人いませんか?」


「さぁな……。山の向こう側にもう一個村あんだけどよ、ひょっとしたらそっちの人かもしれねーよ」


「…………そうですか」


山の向こう。ここからなら徒歩で一時間ちょい。飯を食ってすぐ出れば、日没までに話を聞くくらいは容易にできる。


だが、それはあくまで瞑鬼の計算。このエイジというエキスを奪い取られたじじいたちが、そう簡単に瞑鬼を見逃すわけがない。根掘り葉掘り面白い話を聞いては、自分たちの自慢話の一つも聞かせるのだろう。


そうなったら最後、最悪今日中にここを出れない可能性もある。もう旅行の期間として当てられた時間は少ない。瞑鬼は帰って仕事もしなければならないし、夜一だって夏休みが明ければ大会がある。


瑞晴に連絡するか。そう思うも、やはり心配かけたくないというのが本音。聞こえてくるじいさんの嗄れた声に耳を傾かせつつ、考え込まずにはいられない。と、ふと、瞑鬼の前に頭にもう一つの案が浮かんだ。


「…………そうだ。誰か、白銀の神狼って知りません?」


「なに…………?」


本当にその一瞬。瞬き程度の刹那、場の空気が凍りつく。時間で求められたのかと見まごうほどに、老人たちは一斉に喋るのをやめていた。


そのあまりにも不気味な様子に、瞑鬼の背中から冷や汗が。心臓が跳ねる。


「…………お前さん、もしかして白銀の民か?」


いくら相手が老人とは言え、この人数で攻められたら対処しきれない。それに誰がどんな魔法を持っているか。その情報が足りないのだ。


末梢神経に伝達を。いつでも魔法回路を開ける準備をする。


「……いえ。たまたま教科書で見たの覚えてたから、ちょっと興味あって」


「……なんだ。そうかい」


その回答は、恐らく正解だったのだろう。もし瞑鬼が駆け引きを間違えて嘘を言っていたら、今頃戦争が起こっていたかもしれない。


魔法回路を閉じて、話を聞く体制に。どうやら向こうも情報をくれるのに躊躇いがないようだ。長老っぽいじいさんが前に出てきて、茶を一つすする。そうして話は始まった。


「歴史に興味があるのはいいことだ。若きものよ、わしらはもうここを離れられん。いずれ伝承も途絶えるだろう。だから、その時はお前が語ってはくれまいか?この蝦夷の地で起きた、神と人との聖戦を」


皺だらけの顔から繰り出されたヘビーパンチは、ただ飼い猫を探しにきただけの瞑鬼には重すぎた。けれどそれだけで、白銀の神狼の情報が得られるのなら。あの怪奇とも呼べるような狼の正体を知れるのなら、そのくらい容易いことだ。


それから一時間ほどだろうか。長老は時折過去を回顧するように茶をしばき、おかきを齧りながら瞑鬼に話してくれた。


それは土産物店のばあさんに聞いた話とは若干の相違があるが、それでも大筋は変わらない。アイヌの神である神狼が民を率いて、魔王軍や魔女まで巻き込んだ戦争を起こした。そして人間により討伐された。


だが、ここからはまだ聞いたことがない物語。白の奇跡と呼ばれたその事件には、まだ続きがあったらしいのだ。


白銀の神狼討伐の一月後。ちょうど、瞑鬼が母親と旅行に出かけた少し後のこと。この村の、当時青年だった一人が、夜の森で白い大きな狼を見たという。当然、最初は熊か何かと見間違えたと思った。だがその瞬間、男の頭にある言葉が流れ込んできたらしい。


曰く、『我に何を望む』と。瞑鬼が訊ねられたのと全く同じその質問に、男はこう答えたそうだ。生きることだ、と。そうしたらその狼はどこかへ去っていったらしい。


その後村総出で山狩りが行われたが、とうとう見つけることは出来なかったのだとか。殺されなかったのは違っても、それは瞑鬼と全く同じだ。事細かに覚えていた容姿も、声が頭に直接流れてきたという事も。だがこの村には外に通じる手段が無いため、結局山の神の気まぐれとして放置されていたとのこと。


「……いやぁ、あん時は死ぬと思ったわ……」


「辺鄙な村の狂言として扱うのも、信じて発するもお前さん次第。わしらが知っとるのはこれのみよ」


ようやく話し終えた長老が、一息ついて瞑鬼を見る。その目には戯言も虚言も混じってない。嘘と誠が入り混じる瞑鬼のような人間だからこそ、その真偽を見分けるのは難しくなかった。


勧められたお菓子を食べ、一つ沈黙に。もうすこしで、何かが分かりそうだった。蘇った白銀の神狼、頭の中の声、そして関羽を奪った理由。それらはもしかして、誰かが意図した事じゃ無いのかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。


ありがとうとお礼を言って、瞑鬼は村を出ることに。なかなかに有益な情報が得られたかと思ったが、何度咀嚼しても奥歯に物が詰まっている。それさえ解ければ、間違いなく確信をつける気がする。そうなのに。


彼らの親類の証として、お互いの魔力を交換する。いつか言っていた瞑鬼の嘘伝統は、実際ここにあったらしい。


外に出ると、まだ太陽はシフトの真っ最中だった。荷物もない瞑鬼を案じてか、握り飯と水が渡された。慎み深く礼を。こんな施しを受けられるなど、三ヶ月前からしたらあり得ないことだ。


もう行こうと歩いていると、背後から畑のじいさんが。なんでも、瞑鬼に話して起きたいことがあるらしく。


「あの話しな、実はわしも見たことあるんじゃ。みんなにゃ内緒だけどな」


「……はい」


「そんでな、まぁ、こればっかりは嘘と思われても仕方ないんじゃが……。その時の白銀の神狼には魔法回路が開いておったような気がするんじゃよ……。それがどうも不思議でな」


他愛ない会話。先を急ぐわけでも無いので聞いていたが、ある言葉に瞑鬼の脳髄が反応した。


「普通って、動物に魔法回路ってないんですか?」


「……?あぁ。ないぞ。まぁ、たまにあるやつもいる様じゃが、そりゃなんかの突然変異とかじゃろ」


たった百字にも満たない、じいさんの下らない台詞。てっきりそうだろうと思っていた。だから適当に相槌でも打って、とっとと森に入ろうと。だが、その瞬間、その一瞬瞑鬼の頭の中の全細胞が耳に集中していた。


「…………マジですか」


老人が首を縦に。頭の中でピースのはまった音がした。


にへらと笑うじいさんに頭を下げ、気がつくと瞑鬼の足は大きく地面を蹴っていた。


ここまですっきり物事が解決しかけたのはいつぶりだろう。マーシュリーが味方だったと分かった時。瑞晴に想いをぶつけた時。テレビで見た難解なクイズを、答えを見ないで解けた時。そんな爽快ななにかが、あの一瞬で確かに体を巡ったのだ。


全身の魔法回路を展開し、五感を最大まで強化。森全体から白銀の神狼の情報を集め回る。瞑鬼が思いついた、たった一つのあぜルート。もし正しいのなら、全ての疑問が払拭される。


カントも、ピリカも。そしてこの事件の全容も。あとは、直接本人に確認するだけ。それだけで、瞑鬼の旅はあっさり終わってくれると信じている。


息が切れる。蔦や根が蔓延る森の中を全力で走るには、魔力や筋力だけでは限界があった。喉が渇いて、乳酸が休めと言わんばかりに体の動きを抑制する。だが、瞑鬼は止まらない。まだ時間は昼だ。高校生ごときに、神を見つけられるだろうか。


そんな心配はしちゃいない。何せ瞑鬼は困ったことに、世の中の不幸を請け負う体質なのだから。世界がそれを望んでいるのなら、瞑鬼からだって近づいてやる。


そうして小一時間ほど走った頃だろうか。思いの外早く、瞑鬼はそれに遭遇した。


前に見た二回は、確かに恐怖の権化としてそこにいた。偉大で尊大で、恐れ多くて謎すぎて。だが、今は違う。


彼は森の中の、樹齢千年はあろうかと言う大樹の下にいた。そよ風に揺れる白銀の毛並みと、作り物の様に精巧な手足の爪。閉じた目からはかすかに魔力が漏れている様にさえ感じ取れる。


弾む動悸を抑えつつ、大きく深呼吸を。魔法回路を開き、全身の気合いをもう一段引き締める。頭の中を整理して、訊ねる言葉は最小限に。一つだけでいい。


『…………貴様、黄泉に嫌われてでもいるのか?』


思った通り、白銀の神狼に隙はない。瞑鬼がどれだけ気配を殺そうと、すぐに察知して先手を打ってくる。だがここまでは想像通り。


すぐに手を出してこないのを見るに、向こうもそれなりに警戒はしている模様。それも無理はない。【改上】を知らないやつからしたら、一度死んだ人間が蘇るなどあり得ないこと。それにあの一撃なら、間違いなく全身を潰されていた。


それだけに神狼の警戒は一層強く、ただ眠っている様に見えるのに、殺気が実体を持って瞑鬼の肌を刺している。


「……三途の川じゃ、水泳の練習にもなんないんでな」


『……そうか。ならば、我が大義の下に裁きを』


頭の中に直接響く声。イメージでも、幻覚でもない。実際に口は開いている。けれど、当たり前だが狼が人語を介すはずがない。


もう瞑鬼の中で結論は出ていた。白銀の神狼は、関羽と同じ魔法が使える動物なのだと。そしてもう一つ。魔法が使える生き物は、この世界じゃ人間だけ。それは生物の教科書に書いてあった。だがもちろん、世界には例外と言うやつがいるらしい。稀にだが動物にも発現する。原因は不明。人工じゃ不可能。


巨躯をうらなせ、白銀の神が起き上がる。純黒の両眼が、世界から嫌われた神前瞑鬼を焼き付けていた。歪で不浄で、淀んで穢れた人間を。


うっすらと、白銀の全身を魔法回路が巡る。いつ戦いが始まってもおかしくない。瞑鬼も足に力を込める。だがまだ手は出さない。話し合いが終ってから。そう決めていた。


「…………白銀の神狼よ」


ずっと前から、不思議には思っていた。だが気に留めるほどの事じゃないと。そうして今まで無視していた、ある一つの事柄。それは歴史だった。この世界で培われた、この世界だけの。


白銀の神狼が歩みを止める。もう瞑鬼との距離は半歩ぶんほど。彼なら前足を振るうだけで、目の前の人間など肉塊にできるだろう。だが瞑鬼の腐った目を見てか、白銀は言葉の尻を待っていた。


これに気づいたのは、あるいは村の人のおかげかもしれない。瞑鬼の記憶力が無駄に良かったのかもしれない。


思い出す。あそこに書いてあった事を。そして思い返す。自分だけが特別な筈がないと。瞑鬼だけなんて現象が、この世にあるのはあり得ない。忘れていた。あまりにも慣れてしまったから。取りこぼしていた。あまりにもあり得ない事だったから。だが、だからこそ真実はそこにある。


ちんけな考えなんかじゃない。あるのは確信。歴史の教科書に書いてあった、隅っこの情報。それを頭の中で咀嚼して、考えをまとめて。そうしてやっと、瞑鬼は言葉をひねり出す。


「いや、あんたの本当の名前はそうじゃない。だろ?アイヌの祖、白銀のカムイさんよ」


言葉の節に重りをつけて、勢いを乗せ射出する。弾丸となったそれは白銀の耳にぶち当たり、外耳部を通って脳に響く。


瞬間、神狼の纏う空気に変化が生じた。それは警戒と言うよりは、むしろ驚嘆や愕きといったものに近い。


『兄……。どこでその言葉を?』


その白銀の態度から、瞑鬼は確信した。今度こそ間違いない。幽霊の影を捕まえた時のよう。快楽物質が駆け巡る。


「……家だよ。ちょっと遠いとこだけどな」


『…………同士、などと言いたいのか?』


「違うのか?俺らは同じ、異世界から来たやつ。同士だろ?」


そう。これが、これこそが瞑鬼の持っていた最大のアドバンテージ。


関羽のこと、瞑鬼のこと、そして死んだはずの白銀の神狼。それらを全て掛け合わせて考えれば、自ずと結論は出ていた。


瞑鬼がこの世界、魔法の世界に転移したと言うのなら、他にもそんなやつがいてもおかしくない。瞑鬼に対する瞑深のように、カムイに対しては白銀の神狼が。それぞれこの世界にいた。


そしてこの世界の神狼が討伐された後に、瞑鬼のいた世界から来たのがカムイ。


もちろん、完全にお門違いという線も考えていた。ただ単に彼はかの神狼の子供で、異常に成長が早いだけなのかもしれないとも。だが、さきのやりとり。あれが確たる証拠として二人の間に叩きつけられている。


『…………思えば、兄からはかすかに森の匂いがするな。残留魔力など微塵もなかった、あの安らぎの地の』


「……こっちに来た動物は、魔法回路が埋め込まれるってとこか……」


それは、ある一つの単語だった。こっちにはなくて、向こうにはある。魔法の世界では白銀の民と称される、アイヌの一族。


カムイという名は、彼らの言葉で神を意味する。滅びた後に何らかの手段でやって来て、ピリカたちと会ったというところ。そして魔法によって意思疎通が可能になり、持ち前の高い知能で事態を把握。これが虚ろな白銀の神狼の正体だった。


真実を知って驚きはしたものの、まだ白銀の眼からは敵意は消えちゃいない。同じ出身地と言うだけで仲間になれるなら世話がない。神と人。その隔たりは大きかった。


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