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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
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神の正体


間合いを半歩ぶん開け、全魔力を右足に。金剛石をも打ち砕くほどの硬度になった夜一の足が、魔力を爆散させ急加速。反応が遅れたカントに待っていたのは、音速手前のハイキック。


ぐっ、と苦悶の声を漏らしながら、カントは勢いよく後ろに吹っ飛んだ。それに追い討ちするように、一歩で距離を詰める夜一。カントの顔に焦りが浮かぶ。


立とうと思った。まだ戦えると。だけど身体は正直で。インパクトの瞬間に咄嗟に挟んだ腕は、脱臼かよくて骨折といったところ。ピリカも負け、自分は圧倒的に不利な状況。逆らう理由は見つからない。


なんの情けなのか、それとも尋問でもされるのか。夜一はカントの髪を掴む。逃げられないよう、しっかりと。


「……ピリカと言ったな。吐け、貴様らの目的を」


いくら冷酷非情な夜一と言えど、無抵抗の女子は殴れない。瞑鬼と違って、夜一は表面的には厳しいが中身は甘いのだ。


初めて名前を知った相手に同情しておく。もし相手が瞑鬼で攫ったのが瑞晴かソラだったなら、ぼこぼこに殴られて同情などされなかっただろうと。仲間だからよかったものの、敵に回した瞑鬼は最悪だ。どれだけ殺しても、文字通り蘇って復讐にくるのだから。


未だ魔法回路を開いたままのカントに睨みを利かせながら、ピリカをじっと見る夜一。彼女もまた自分の中の自分というやつと格闘しているらしく、瑞晴が好きになっているはずなのに抵抗を表していた。


「カムイは、神様で、私たちの育て親で……だから、彼は、彼が言ったから……」


ピリカは語る。彼女たち白銀の民は、十二年前に人間との戦争で滅ぼされたと。そして唯一の生き残りが自分たちなのだと。生まれたのはこの村で、初めて神にあったのもこの村らしい。


そうして物心つく前から神に育てられ、神と共に生きてきた。それが自分たちの人生なのだと。確かにそれなら、神に帰依する理由もわかる。崇めるのも奉るのも。


だが違和感があった。それは世界史を取っている瑞晴にはなくて、日本史な夜一と千紗にだけ。教科書の隅だ。確かに書いてあった。けれど瑞晴も、ここにきた最初に話を聞いていたから。


あり得ないことが起こっていると。そう思ってしまう。だからそんな不思議に、探偵脳が突っ込むのはある意味仕方ない。


「……カムイって、戦争で死んだんじゃ……」


そう。あそこにあった白銀の神狼。あれは決して剥製などではない。あの未来をも見据えるような慧眼は到底作れるものじゃない。


そのはずなのに。


「そのはずだった。けれど、戦争が終わってから二ヶ月後に、彼はまた来たの。今度は特別な力を持って……」


「……潮時か」


ピリカに細心の注意を払っていたからだろう。夜一は気付いていなかった。ピリカを見るカントの目に、焦りが滲んでいたことに。


ある一定のことに関して、眠っている間に鍵がかけられる。それもカントの魔法。


魔法回路が拡張し、魔力が辺りに散らされる。延髄を蹴って気絶させようか。そう夜一が考えた瞬間に、もうカントの攻撃は始まっていた。


「……白の軌跡を探してる」


最初に聞こえたそのフレーズ。あとはもう覚えてない。ただ、眠りに落ちるような、とろんとした心地よさが夜一を襲っていた。




それは歌だった。カントの声で綴られた、意味のわからない言葉の数々。だがそのメロディーが脳にこべりついて、そこからだんだん意識が遠のいてゆく。


瞼が勝手に閉じてしまう。身体に力が入らない。感じたことがある。この感覚は、瑞晴の魔法に近かった。すなわち洗脳系。


そう、なぜ忘れていたのだろう。これはホテルで聞いた音楽だった。寝ている時に耳に入って来て、気づけば朝だったあれ。だからもう遅いというのは分かっていても、夜一は全力で自分を殴る。


「…………な」


初めは、まだ脳が操られているのかと思った。だが違う。事実として、世界は確かに夜に満ちていた。


「やっと起きた?」


「こりゃやられたわ……」


声のする方を見てみると、闇に浮かぶ茶髪とセミロングが。どうやら瑞晴と千紗は既に目を覚ましていたらしく、周囲の状況確認と他二名の保護に当たっている。


頭を振って、目を閉じる。森の中で目を瞑って三十秒。キャンプによく行く夜一が知る、闇夜での目の慣らし方だ。


かろうじて視界を取り戻すと、夜一も周囲の確認を。荷物はある。メンバーも足りている。だが、そう思ったのもつかの間。


「……やはり関羽はいないか」


どこを見渡しても、あの気持ち良さそうな毛玉は見当たらなかった。


眠り姫二人がようやく起きると、そこからは全員で今後の方針の確認に。今回のことでカントの魔法が洗脳、ピリカのが凍結だと言うことが分かったが、正直言って収穫はそれだけだ。何とか聞き出したピリカの言葉も、今回の事件の動機についてしか語られていない。


判明したことも多いが、まだ不明な点が盛りだくさんだ。白銀の神狼とはなにか。なぜ関羽をさらったのか。一番重要なそこが分かってない。そして、白銀の正体も。


果たして瑞晴が見た剥製の狼が蘇ったのか、それとも名を語る別のものなのか。それすら、瞑鬼の情報無くしては到達することのできない謎としてある。


夜の森はなかなかに物騒らしい。獣の声は鳴り響くし、そこら中から命の気配がする。いつ何時熊に出くわすかも知れないこんな辺鄙な村の中。高校生たちは気が気じゃない思いをしていた。


「……今日はここで日が出るのを待つしかないな」


「……だよね。ったく、瞑鬼くんはどこにいるんだか……」


嘆息まじりに文句を吐く瑞晴。別に瞑鬼にあったからとて何もない。ただ食料の消費が増えるだけだ。だが、それでもいないと心細いと言うのだから、自分の乙女心が嘆かわしい。


携帯で時間を確認すると、まだ八時を少し過ぎたくらいだった。どうりでだれ一人として眠気が襲ってないはずだ。今から寒くなるだろう。怪しいとは思いつつも、一旦フレッシュは廃屋の中へ。


電気なんて現代設備のないそこは、まさに寝るためだけとしか思えない場所だ。きっと、白銀の民は日中ずっと外で活動していたのだろう。


そんな地理だとか歴史だとかの勉強もしつつ、お待ちかねの夕食タイム。袋分けされた今日のぶんを取り出して、みんなでシェア。


こんな時だからだろうか。みんな一緒に、いやにサラミが美味しいと感じてしまった。


「……そろそろ時間的にもまずいよね」


「だな。ここにいれるのはあと三日か……。まだ英雄には連絡付かんのか?」


「……つかない。ずっと電源切ってる。瑞晴は?ないの?神前からの連絡」


「ないね……。まったく、どこでのんびりしてるんだか」


ホテルから拝借してきた懐中電灯を燈に、その周りを囲むように縮こまるフレッシュ一同。朋花とソラはまだ洗脳が完全にとけてないらしく、どこかぼんやりと虚ろな目をしている。


カントの魔法、ホテルの人をまるまる洗脳できるほどの魔力が彼にあるとは思えない。初めは接触が条件かと思っていたが、それではあまりにも時間的余裕がない。そこで夜一が出した結論は、


「……歌、か?」


だった。カントが終わり際に放ったアレこそが、洗脳の条件なんじゃないかと。恐らくは魔力を歌に乗せ、波状拡散すると言うもの。強化された振動が壁を貫通したとしても、考えられない話じゃない。


千紗から渡された水を飲み、背後の虚空に目を移す夜一。そこに映っていたのは、今日のカントとの殴り合いだ。実力の程は夜一がやや優勢。だが不気味さと柔軟な発想が、夜一の決め手を剥いでいた。


次に会ったらこうしよう。そんな考えをめぐさせていた。


それに、まだ誰にも言ってないが気がかりなことは一つ。それは根本にして、誰も疑問に思ってないこと。つまりは、瞑鬼にはなぜ洗脳が効かなかったのかということ。


解除に個人差があるのは間違いないが、瞑鬼が最初に起きたならそこで夜一たちを起こさなかったのはおかしい。あの用心深さからして、間違いなく二、三時間分は魔力を残しておいてもおかしくない。そして何より、起きていても洗脳は発動する。


この世界に魔力量の差という概念はない。事実的にそれがあったとしても、魔法が魔法である以上それを防ぐすべはなし。つまりは【改上】があるから、という理由はないはず。


「しかし……それならなぜピリカは……」


ぶつぶつ一人で呟く夜一。瞑鬼という絶好の捌け口がいない今、その言葉は宙にとどまり意味を持たない。


そんな夜一を尻目に、瑞晴たちは女子会議というやつを開催していた。もっともこっちは夜一のようなシリアスというよりは、むしろ楽観的だったり。もう今日の予定は全部満了したのだ。このくらいの息抜きがないと、呼吸困難で死んでしまう。


「ソーセージってさ、羊けヤギけ?」


「……確かどっちでも良かった気が」


「朋花さ、前に熊って人食べるってテレビで見たんだよね……。で、でも瞑鬼不味そうじゃない?筋肉と骨ばっかだしぃ!」


「こないだ夜一と腹筋見せ合ってたんだけどさ、俺も最近割れてきたーとか言って。男子ってバカなの?」


まるで夜一の存在など気にするそぶりもなく、女子たちの会話は耳を突き抜けていった。居た堪れない夜一。本来ならば緊張感最大のはずのこの状況でこんなにも呑気な話をできる彼女たちを、少し羨ましくも思う。


だが、いくら夜一とて男子高校生だ。だから当然、一人で考えるのは寂しくて。そこに混ざれるハーレムがあるのなら、たまには参加もしてみたくなる。


「お前だって、こないだ瑞晴とソラと体重がどうのいっていたではないか。筒抜けだったが、別にそんなに悪くない。むしろもう少し肉をつけんと、いろいろと育たんと思うんだが……」


「やかましいっ!」


すぱんと決まった、千紗の華麗なハエたたき。そのいかにもなツッコミの動作に、一同揃って笑い出す。


「成長は、アレだから。まだ残ってるし!未来に成長期ストックしてるんだし!」


「ほほう。それは新しい魔法か何かなのか?だったら二つ名つけないとなぁ」


にやにやと笑いながら、千紗にグイグイ近く夜一。正直みんな、この流れの後は読めている。


「この万年マジレス男がっ!そんなんだからモテないのよ!せっかくイケメンなのに!」


「……別に。俺は千紗意外にモテんでいい」


「……え?」


もうそのままキスでもしちまえよ。朋花ですらそう思うほどに、二人には付け入る隙がない。完璧だった。まさに普通といって差し支えない。クラスに一つは必ずある、息がぴったりのカップル。

この女子の多い空間で、そんな事をしたら冷たい視線が飛んでくるのは当たり前で。だからそれは千紗とて例外じゃなく。


だがそんな瑞晴たちの生ぬるい眼に気づく事なく、オシドリたちは我を出し合う。瞑鬼とあんまりこういうノリにならない瑞晴からしたら、それは非常に忌まわしい事だった。


「……なんの地獄です?これ」


「……朋花の入る隙がない……」


「はは……。まったくだよ、うん」


人数的には多いはずなのに、身が狭くなるような。どこか縮こまってぼんやりしていた瑞晴たち。


そんか中、突然夜一の声が止む。初めはどうしたのだろうと思った。てっきり、千紗との話が終わったのかとも。だが違う。それはどうの千紗本人が証明していた。


夜一は千紗との会話を差し置いてまで気を張る。即ち家の玄関の方を、警戒した野生の獣よろしく睨んでいた。


そこで馬鹿みたいに訊ねるほど、瑞晴たちは場慣れしてなくない。何かがあったのだと悟り、なるべく音は立てないよう。でも聞き耳だけは立てて置く。それは、常に全身の神経を逆立てている夜一だからこそ聞けた音。


近づいていた。村の周りの枯れ尾花を掻き分け、こっちに向かってくる音が。光を見つけた獣か、それともカントたちが戻ってきたのか。それか、今朝の村の人たちがたまたま来たという可能性もある。


夜一が手でライトを消すよう指示。今ここでそんな事をしたら居るのが丸わかりだが、どうやら夜一は戦うつもりらしい。だったらその判断に従うのがメンバーたる者の務め。ほぼ無音のまま証明を暗し、魔法回路を開いて迎撃準備。


暗闇の中、夜一の背がすうっと高くなったのを感じた瑞晴。立って、一人で見にいったのだろう。もしこれで夜一が不意打ちでも食らってやられれば、どちらにせよ瑞晴たちに勝ち目はない。託して、信じて、じっと待つ。


女性陣が戦場でのスナイパーのように息をひそめるのを背中で感じ、夜一は木製の床を踏み進む。音はもうしない。と言うことは、もう相手は村の中だということ。つまりは確実といっていいくらい、この家を狙ってくるだろう。


魔法回路を展開し、いつでも戦闘態勢を。玄関の縁で息を殺し、右手のペンライトを握りしめる。


手順は簡単。登って来たらこれで視界を奪い、肋骨を蹴り折るだけ。


やって来たそれは、下手くそながらに気配を消していた。つまりはもう一般人だと言うことはない。たまたま来た観光客なら、灯りを持って来てないのは不自然だ。それに足音と数的に、二足歩行なのはほぼ確実。だったらもう熊か、人しかない。


息を呑む。もうそこまで迫っている。相手も警戒しているようで、なかなか次の一歩を踏み出してこなかった。やかましく鳴く獣たち。澄んだ空気に不純物が混ざる。


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