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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
214/252

白銀と騎士

「……いや、俺らはただの追っかけだ。わざわざ森の中にいたのでな。勝手に入らせてもらった」


「…………残念だが、見てねぇな。悪いが祈りの途中なんだ。帰ってくれるか?」


白銀の民の目的は、北海道の独立だと言うこと。


「……まぁ、固いこと言うなよ。知っているだろ?可愛い猫と、腐った目をした男なんだが」


白銀の民の髪は、敵の血を浴びても決して汚れることのない白だったと。


「…………あぁ。知ってるぜ」


瞬間、場を支配する空気が混ぜっ返される。地震がくる直前のような、微かな兆候が夜一の肌を刺激すした。


こんな所で祈りをし、隣には関羽まで。怪しいなんてレベルじゃない。崖っぷちまで追い詰めなくても、状況がこいつらを犯人づけるに一役買っているのだから。


「……思ったより早かったな。どこのやつらだ?魔女か?魔王軍か?」


好きが見えない構えを取りながら、相手が威嚇を。だがその的外れな見解は、夜一たちが驚くには十分だった。


「……人間だ。どうでもいいことに時間をかけるな馬鹿どもが」


「……そうか、この猫のか。すまない。凡夫を覚えてられるほど暇じゃないのでな」


ピリカの兄、不知火カントのその言葉に、最初に危機感を覚えたのは千紗だった。だがそれは不知火兄妹に対してじゃない。今は味方であるはずの、隣で震える夜一にである。


「……狂犬が。拭えん躾が必要そうだな」


背負っていたリュックを無造作に下ろし、指をぽきぽきと。魔法回路が開かれた。


この言い回し。フィーラが殺された時にも発動した夜一の発作とも呼べるもの。それは、完全に彼の脳が臨界点を突破した合図。


こうなってしまっては、もう千紗たちに止める術はない。まだ怒りに任せて当たり散らしてくれた方が、どんなに楽なことだろう。


だが、煽られて沸騰するのは夜一だけじゃない。カントの方も、どうにも沸点が低いらしく。だからその狂犬呼ばわりには激情を隠せない。


「やってみろよ。猿野郎」


彼女も妹ですら止められないほどに、二人の衝突は早かった。そうでなくても、ただでさて慣れない司令役で神経をすり減らしていた夜一。この場でストレスを拳にのせ振るうのを、止める理由はどこにもない。


二人は冷静だ。表面上は。一方は氷河のような非情な眼で。もう一方は焔を帯びた灼熱の拳を。それぞれ隠さず持ちながら、一歩ずつ近づいていった。


魔力が周囲に散らされる。詳細は知らないが、取り敢えず殴るのが夜一流だ。それに相手は確信犯。自分たちの行いに疑問を持ってない。神なんだろう。誓いなんだろう。宗教を否定する気は無い。だが、カントを否定する意思はある。


まだ言葉も交わしたばかりなのに。二人の背中に、狼と鷹のシンボルが見えた気がした。


開始の一言も交わさずに、ノーガードで拳を撃ち放つ。これは戦いだ。紛れもなく、純粋な。魔力を込めたカントの強力な一撃が、夜一の右頬にクリーンヒット。だが揺らがない。体幹と根性は、飽きるほど叩き直された。


そして勝手に始めた馬鹿二人を放っておいて、女性陣の間では冷戦が。特に手を出すわけでもなく、ただじっと目で威嚇するだけ。しかしそれも、瑞晴や千紗の陳腐なお目目じゃ出来っこなくて。


結局、ピリカの凍てつく視線を一身に受け、また殺気を出して相殺していたのはソラだ。


「……その猫、嫉妬深くて凶暴で、おまけに瞑鬼さん以外には懐かないですよ?だから返してください」


「…………瞑鬼?……彼があなたたちの?そう」


まるで興味がないように、ピリカの態度は冷たいまま。兄はあんなにも燃え盛っているというのに。


「……瞑鬼くんのこと、知ってるの?」


知っていること前提で、それでもあえて瑞晴は訊ねた。今はただ、一刻も早く動向を知りたいのだ。そしてそれに対するピリカの答えは、


「……知ってるよ」


「今どこ?」


「それは知らない」


推理する。得られたわずかな情報とも呼べない断片を整理して、自分の頭の中で。この事件の全容を把握するには、まだ足りないピースがいくつもある。しかし瑞晴には確信があった。それらは、必ず彼女たちが持っているのだと。


魔法回路を開く。呼吸をすればフェロモンが散布され、やがて瑞晴は一時のモテモテ気分を味わえるだろう。


敵はかつて万の軍勢を相手に聖戦を繰り広げた白銀の末裔だ。もし訓練を受けていれば、瑞晴たちに勝ち目はない。だから早々に関羽を回収し、引き上げる作戦を瑞晴たちは考えていた。約一名、完全に脳みそが彼方までふっとんでいるバカを除いては。


「そっちがやる気なら、私も加減しないから」


瑞晴の魔法を警戒してか、ピリカも警告のつもりで魔法回路を展開。触れたら氷像になるような、冷え冷えとした空気が広がってゆく。


瑞晴はピリカの魔法を知らなくて、またピリカも瑞晴の魔法を知らない。だからお互いに、出方を伺うはずだった。少なくとも瑞晴はそう思っていた。


はじめに攻撃を仕掛けたのは、後攻気味であったピリカの方。と言うか、彼女の魔法は瑞晴と同様、魔法回路を開いた瞬間から始まっている。


足が重たいと感じた。心なしか寒い気も。それが

ピリカの魔法によって冷やされた空気だと気付いたのはもう数秒も経ってから。対策を考えれたのはもっと後。


「……くっ!」


それは、まだ乾いてない朝露だった。ピリカの魔法で氷点まで下げられ、ついでに瑞晴の靴まで巻き込んで凍っている。


判断が鈍る。まだ夏なのに、半袖が寒いほどに周囲の温度は下がっている。だが、相手の魔法が判明しただけでも十分に収穫ありだ。それに、まだ瑞晴の魔法は割れてない。


靴は凍っているが、まだ脚が完全に捕らえられたわけじゃない。脱げばいくらでも対応できる。けれど瑞晴がそれをしなかったのは、逃げられない理由があったから。


「……そっちの人たちはいいの?」


ピリカが言葉を送った先。それは朋花の護衛に回った千紗だった。なんとか薄氷の範囲から逃れ、背中に朋花を隠しながら魔法回路を開いている。


「…………あんたこそ、いいの?」


余裕な顔を見せて、なるべく相手に隙を与えない。千紗顔はピリカを舐めている。


そう彼女が言ったのは、彼女に確信があったから。この人数差なのに、上手なのは完全にピリカたち。普通なら諦めていただろう。瞑鬼を探しに、すごすご背中を見せていただろう。


だが今は違う。勝てると思ったから。このメンバーだけでも対応できると思ったから。夜一はカントとの一騎打ちに出たのである。


その千紗の言葉は、ピリカには強がりかせいぜい時間稼ぎだろうと思われていた。半分は事実。夜一がカントに勝利するまで、誰一人として死ななければいい千紗にとっては有効だろう。


だがもう半分は別の理由からだ。その時になって、ピリカはようやく気づく。相手の女に、誰か一人が足りないことに。兄が言っていた、ホテルで関羽につきまとっていたのは六人。うち瞑鬼は行方不明として、それでも後一人足りない。


はっと察知した瞬間にはもう遅い。それはピリカの真後ろにいた。魔法回路を開いて、両手をぎゅっと握りしめ。顔からは子供っぽい可愛らしさと、隠しきれない憤怒を持って。


「やばっ!」


「ってぇい!」


ソラの渾身の掌底。見事に脇腹クリーンヒットが決まるかと思われたそれは、すんでの所でピリカの腕に遮られる。内臓に当たるのとそれ以外とじゃダメージに違いがありすぎる。


だが、そんな瑞晴たちの心配を振り切って、ソラはガードを打ち破る。ここ二週間で鍛え上げられた魔女の筋力に、莫大な魔力量。対するピリカは、鍛えたとは言えあくまで普通の女子高生的体格だ。勝敗は、初めから決められていた。


全体重の乗った衝撃が体の中を暴れまわる。咄嗟に地面を凍らせ体を固定しようとするも、あっさりピリカの身体は氷上を滑っていった。そしてその先、ピリカの身体が投げ飛ばされた所には真なる恐怖が待ち構えている。


「いったぁ!」


白銀の髪が靡いて、それが瞬間力を失う。掴んだのは千紗。そして目の前には、靴を脱いで自由になった瑞晴が。


正直完全に予想外だ。話した感じ、瞑鬼だけは自分たちと対等に渡り合えるのではないかと感じていた。だが、今となってはそれが間違いだったことに気づいていた。ピリカの前にいる人物。確信を持って言える。彼女は神をも脅かす人間だと。


「……ごめん」


その一言は、果たして謝罪だったのだろうか。哀れみから。それとも何も言わずにとどめを刺すのは躊躇われるのか。いずれにせよどうでもいい。


瑞晴の手が、ピリカの口を塞ぐ。噛んでやろうかとも思ったが、身体が言うことを聞いてくれない。どこか懐かしい匂いがした。まるで、田舎のおばあちゃんの家のような。逆らう気など、とても起こる気がしないような。


「みんな塞いで!」


瞬間、瑞晴の魔法回路がより一層その色を濃く。ドラッグなんかよりも数億倍危険な、瑞晴のフェロモンが爆発した。


ピンク色の空気が辺りに散らばり、それを吸った生物が次々と立てなくなるほどに思考を削がれている。そしてそれは、直接でないにしろ大量に吸い込んだ千紗とソラにも言えること。


瑞晴の魔法は、基本的にフェロモンを吸った生物の気分を落ち着けると言うもの。それは脳があろうがなかろうが、どんなものにものにも共通して言えることだ。それだけ強力なゆえに、取り扱いが非常にピーキー。分量を間違えれば、簡単に人を廃人にできるくらい。


範囲を絞らずに全力でばらまいたことはある。その時は、敵さんの爬虫類が軒並み死んだ。だが今回は、濃度と噴出範囲を絞っての攻撃だった。だから当然、食らったやつは暫く自分の意思など無くしてしまうわけで。


「瑞晴ぁ〜、もっとうまくやってよぉ〜」


甘ったるい声で、骨なしに猫撫で声な千紗。彼女のこんな姿を見るのは限りなく心苦しいが、こうでもしなければ非戦闘タイプの瑞晴たちに勝ち目はなかった。


「す、すごいです……ね」


「……私は……負けない……」


もうここまで来たら、耐えるとか耐えないとかの問題じゃない。我が強いフレッシュの女性陣でさえこの有様だ。だからいくら白銀の民といえど、従わざるを得ない。


魔法回路を閉じて、呼吸を少し。これでフェロモンの散布は止まった。ものの二十分もすれば我に帰ってしまう。だから、聞くなら今しかない。そう思ったから実行に。


「……あなたの知ってること、全部話して」


なるべく平静を装って。なるべく心を動かされないよう。こんな戦いはもうまっぴらだ。もう完でいい。中途半端でも、例え読者に叩かれようと。


魔法で洗脳が上書きされたのであろう。関羽も正気に戻り、いつの間にか瑞晴の足元にすり寄っていた。お気に入りの踝に顔を擦り付け、今この瞬間だけは従順な飼い猫のよう。


「……不知火、ピリカ。……あっちはカント。私の、お兄ちゃんで、私たちは白銀の……」


瑞晴の魔法を至近距離で食らったと言うのに、またピリカは抵抗するだけの意思が残っている。それはさんざん振り回されて来たフレッシュのメンバーからすれば、賞賛にも値することだ。


だがそれでも、やはり限界があるらしく。やがてピリカも全てを語り始める。


正直、瑞晴はこのやり方が嫌いだ。推理小説で言えば、肉体派の探偵が容疑者を殴って自白させるような、クソ展開だ。もっと謎を探していけば、いずれは解決にもこぎつけただろうに。


けれど生憎なことに、瑞晴たちには時間がない。


これが終わればすぐ学校だし、街では今も魔王軍と英雄の戦いが行われているかもしれない。いつ終わるかもわからない平和を、なぜだかわからない理由で壊されたのだ。そりゃここまでの力業に頼ってでも、早急な鎮静を求めるのが戦士としての務め。少なくともそう思っている。


「私たちの目的は……魔法を使える動物を集めること。それしか私たちに、復興の方法はないって……カムイが……」


「カムイ?」


聞いたことがあるようなないような。でも少なくとも名前は知っている。それが今回の黒幕なのだろうか。瑞晴のシャーロキアンとしての無駄なプライドが、今になって現れていた。


「…………か、彼は本物の……」


「ピリカァっっ!!!!」


肝心なところをピリカが口にした瞬間、それを遮るように怒号が飛んでくる。ホシは言うまでもない。夜一と戦闘中に他に注意を向けるのは愚かとしか言いようがないが、他でもないカントだ。


まるでその先だけは何としても聞かれまいと焦っているような。でも、彼はやってしまった。実力は拮抗だった。


大学生のカントと、高校生の夜一。お互いずっと格闘技をやっていたのだから、そうそう簡単に決着もつかない。瑞晴の魔法も脳内麻薬が打ち消した。そんなカントの、ほんの一瞬の隙。


その隙を突かない夜一じゃない。


「堕ちろ」

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