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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
212/252

白銀の王


体が軋む感覚を覚え、神前瞑鬼は体を起こす。ちょっと辺りを見渡して、ここがどこだか確認を。しかし残念な事に今は夜らしく、灯りのない家の中はほとんど何も見えない。


頭をぶんと振り、ようやく記憶を呼び覚ます。そう、ここは敵のアジトらしき所だった。


「…………夜か……」


外に出ると、もうすっかり日は沈んで闇の中。煌々と輝く月の光だけが辺りを照らし、なんとか前が見えるくらい。虹彩が開いたせいか、やけに周りがはっきりと見えだした。


井戸の水で顔を洗い、眠る前のことを思い出す。腹が鳴った。そこでようやく、瞑鬼は自分の空腹を自覚した。思えば、寝たんじゃなくてアレは気絶だったのかもしれない。無駄にエネルギーを喰った【改上】の原因は依然不明のままだが、いずれにせよ、まずは食べ物の確保が先決だ。


かと言って、そこらにある草を食べれるかと言われればできるはずがない。水は井戸があるから大丈夫だろうが、肝心のタンパク質が。


と、ここでまた瞑鬼の記憶が一つ蘇る。落ちる前に見た光景。なぜか不知火ピリカがいた。そしてもう一人、関羽を奪ったと思われる男も。


恐らくあれが今回の騒ぎの元凶なのだろう。とっとと捕まえて、豚箱にぶち込むことを誓う瞑鬼。また腹が鳴る。


どうにも飯をご所望な己の腹を疎ましく思うも、くれと言うのだから何も言えない。仕方なく向かった先は、ピリカたちが昼間に飯を持っていった祭殿と思しき建物だ。回収されたかもしれないが、見てみる価値はある。


瞑鬼の予想通り、そこには食事が置いてあった。バスケットの中身は、焼いた肉と何枚かのパン。そして供えものであろう酒。宗教だろうか。それとも本当に人が来るのか。いずれでもいい。ただ瞑鬼は、我を抑えられないほどに腹が減っていた。


他人の教理に付き従う義理はない。飯があって、それが誰の土地でもないのなら。それは瞑鬼が食べてもいいはずだ。そんな屁理屈を頭の中でこね回し、パンを一口。美味かった。発酵した小麦粉に、絶妙に絡んだイースト菌。きっと焼きたては、甘く満たされるような香りがしたことだろう。次に肉に手を伸ばす。食べたことのない味だった。多分、鹿か熊なんだろう。


最後に、水がないなら代わりに酒を。臭い自体は結構あったが、呑んでみるとそうでもない。アルコールはかなり薄いらしく、本当にお供え専用というもの。


「……ごち」


一応手を合わせておき、その場を後にする瞑鬼。空になった食器はそのままにしておいた。明日回収に来たら、きっと彼らは驚くだろう。


来るとき通った獣道をかきわけて、また森の中を探す。当てなんてあるはずがない。ただ、極限まで感覚を研ぎ澄ましていた。


飯を食ったおかげで、魔法回路も本調子に。開けばいつも以上に大量の魔力が溢れてきて、全身に纏えばソナーにもなる。


夜の森はなかなかに動物たちがうるさくて。それはもう、いらいらして眠れないくらい。と言うことは、今はきっと11時ごろなのだろう。月の位置と周りの状況から、瞑鬼はそう判断した。


溢れんばかりのマイナスイオンに囲まれて、目指す場所もなく彷徨い続ける。ここまでするのに、瞑鬼には理由がなかった。いつもならあるはずの、確固たる目的というやつが。


関羽を救うというのはある。だが、それ以上の何もない。最近巷を騒がせてるやつを懲らしめたいとか、犯人を一発殴りたいとか。そんなのは一切感じてなかった。


それは、あの謎の生物を見てからだった。あの善意も悪意も超越したような、怪物と形容するに相応しい異形の化け物。あんなのがいるとなれば、そりゃ必死にもなるというものだ。この瞬間も、いつでもそう。あいつが現れないとも限らない。


仮に今回の【改上】でどれほど強力な魔法を手に入れようと、瞑鬼には確信があった。すなわち、あれだけには絶対に勝てないと。そう思った生き物は、まだ瞑鬼史上四つしかない。


一つは幼稚園の頃絵に描いた、魔王クラキング。なんかいっぱい能力を持った、果てしなく強いやつだった気がする。そして本物の魔王。この世界に君臨する、正真正銘の王そのもの。一度たりとも見たことはないが、本能が無理だと悟っていた。認めたくないが、神峰英雄もその一つ。瞑鬼がどう足掻いても、世界は英雄に味方する。例え英雄の四肢を切り落としても、彼は勝つだろう。この世界はそういう風にできている。


「……返事しろ、関羽」


何度もなんども、第二の魔法で連絡を試みる。敵の魔法が切れていれば、どこかで何かしら合図があるはずだ。関羽のことなら、巨大な龍か何かに変身することがあるかもしれない。


だがそれが無いということは、まだ敵は魔法をかけているということ。だが瞑鬼には一つだけ確信があった。それは瞑鬼が絶対の自信を持っているもの。つまりは魔力量だ。


永遠に使い続けられる魔法は存在しない。それは例え魔王であろうと英雄であろうと同じことで、この世が四次元な以上覆ることのない法則だ。洗脳にどれくらい使うのかはわからないが、少なくとも昨日の夜から使いっぱなしなら限界は近い。


だからここから絶え間無く関羽に連絡を取り続ければ、遅かれ早かれ見つかるはず。そう思っていた。


分け入っても分け入っても深い山、なんてのはよく言ったもので、ここ北海道の外れではそれが実によく体現されている。どれだけ進んでも、まるで一歩も動いてないような感覚に襲われるのだ。


一応迷わないように目印はつけているが、これじゃいつピリカたちに見つかってもおかしくない。

なるべく呼吸を殺しつつ、また自然と一体に。空気になるのは慣れっこだ。


そうして森を進んでいると、ふと明るい土地に出る。そこは泉だった。澄んだ水が一面に張った、学校のプール一つぶんくらいの。そこそこ大きかった。月が反射して綺麗だった。


だが、瞑鬼が目を奪われたのはそこじゃない。

いたのだ。そこに。それは。


「……っ!!」


絶対にあり得るわけがない。そんなこと、あっていいはずがない。なぜならそれは、もうとっくに死んでいるはずなのだから。


泉のど真ん中に身を構えていたそれが、のっそりとその体躯を起き上がらせた。それがより一層、くらいの視線を独り占めして。


それは巨大だった。明美の魔獣なんかとは比べ物にならないくらいに。こんな生物がいていいのかと思うくらいに。


白銀の毛並みは、眺めるものすべての目を奪う。隙間から覗く大牙は、瞑鬼の体なんてポッキー程度にしか思わないだろう。立派なランスを連想させる尾に、世界中の音を聞くのではという耳。


それは尊大だった。見ているだけで、瞑鬼の中に従属という選択肢が湧いてくるくらいに。これまで屈服だけは拒んでいた全身が負けを認めるように、声すら出せなくて。


それは狼だった。瞑鬼の世界の教科書じゃ、絶滅したと書かれていた。そして古代よりアイヌの間では、神と崇められていたとも。


まさに神狼。そう表現するのに相応しいくらいに、偉大で尊大で甚大な。気がつくと、瞑鬼は体を隠すことを忘れていた。そして前に立って、見惚れるように呆然と。


『……人の子よ。我に何を望む』


初めは幻聴かと思った。白銀の神狼があまりにも美しかったから、勝手に自分の頭で作ったのだと。だが違う。それは脳内に直接語りかけていた。まるで魔法使いのように。瞑鬼たちのように。


『ここは兄が居てよい場所ではない。一度しか言わぬ。去れ』


水飛沫をあげ、瞑鬼に近く白銀の神狼。その爪を見て確信した。こいつが昨晩、自分を宙に舞いあげた張本人なのだと。


頭を信仰から戦闘へ。全身の恐怖を克服する方法なら、もう吉野に教えてもらってる。例え相手が圧倒的な強者であっても、心臓の震えを抑えるために。


全身を巡る血流に魔力を乗せて、無理やり身体に負荷をかける。そのくらいしなければ、このプレッシャーに押し潰されそうだった。


「……人を、見なかったか?俺と同じくらいの……女の子なんだ……」


なんで話しかけたのかわからない。ただ、頭の中に声が聞こえていたから。白銀の神狼になら、意思が通じると思ったから。


彼は何も言わなかった。黙って、瞑鬼の方を向いて。極黒の瞳が瞑鬼を見つめていた。鼻からもれる息が重たい。風が吹くと、さらさらと毛が揺れる。


多分、というか確実に、こいつは森の王だ。だから知っていると思った。不知火兄妹がどこに住んでるかは知らないが、この狼なら知っているのではないかと。あるいは、彼らが持ってきていた飯はこいつへの献上品だったのではないかと。


月が反射する光だけが、二人の体を照らしていた。開けていて、木もなくて。だからはっきり相手が見える。水滴が滴った。まだ白銀は口を開かなかった。だんだんと瞑鬼に恐怖が募り、付け焼き刃な精神統一に限界がくる。


『……残念だ。人の子よ』


それを避けれたのは、まさしく奇跡と言っていい。たまたま足元が水でぬかるんでいて、たまたま瞑鬼がそこに足を乗せた。だから命が助かった。


瞑鬼の体制が崩れると同時に、後ろにあった木が薙ぎ倒される。幹の部分から抉り取られたような、とんでもない一撃。それが白銀の攻撃だとわかったのは、地面に受け身を取った後。


避けなければ、千切れていたのは瞑鬼の身体の方だった。だがそれをしたと言うことは、目の前のこいつ。神狼なんて持て囃されている畜生が、瞑鬼を殺そうと思ったから。


すぐに魔法回路を開いで立ち上がり、白銀の間合いから逃れる瞑鬼。見ると、敵さんもやる気満々なようで。初めて見る。関羽以外で魔法回路を持っている動物は。


「気に障ったか?くそ犬が」


全身からこれでもかと魔力を噴き出して警告を。相手が人間だったなら、これで去ってくれたかもしれない。魔力量は戦闘の有利に直結するもの。何回も死んだ瞑鬼は、文字通り常人何人ぶんもの魔力を手にしている。


とは言え、瞑鬼には理由がわからない。そこまでして白銀の神狼が人を殺そうとする理由が。種族的な憎しみか、はたまた蝦夷の奪還か。日本狼が滅ぼされたのだから、その気持ちもわかる気はする。


だが分からないのは、そんな神様がなんでこんな辺鄙な森の中で呑気に水浴びなんてしてるのか、だ。かつての白銀の民とやらを率いて、また戦争でも仕掛ければいいものを。人が足りない?その可能性もある。


そんなの以前に、彼は死んだはずだ。二千人の死者を出して討伐されたはずだ。その子供にしては、あまりにも大きすぎる。まるであの当時から、そのまま十二年成長したかのように。


どれだけ虚勢を張ったところで、白銀の神狼は怯まない。それどころかもう一度前足を振り上げ、今度は縦に振り下ろしてきた。


受けるなんて選択肢はない。眼前に迫る死神の鎌を、不恰好に転がって回避。続く足で攻撃を。


「うるぁっ!」


牽制ならば負けなしの、強烈な第1の魔法を最大出力で。この夜中に太陽を正面から見たなら、1分は視界を奪える。


そのはずだった。


「ーーーっっ!!」


一瞬何が起こったか分からなかった。ただ、耳がキンと鳴っている。耳鳴り以外には何もない。音がない。立っているか座っているかさえ曖昧だった。


三半規管がシグナルを出している。宇宙まで吹っ飛んだ平衡感覚はしばらく戻ってきそうにない。気を張る。だが視界がぐらぐら揺れてそれどころじゃない。鼻血が出た。まだ耳は聞こえなかった。


『……白に沈め』


前足が見える。でも視界が不安定で、だから全然頭が回らなくて。避けなければ死ぬだろう。瞑鬼の最大魔力をもってしても、あの一撃は受け止められそうにない。焦って、考えて。でも解決策なんて思いつくはずがなくて。


また何もできなかった。それに何でかも分からなかった。せっかく一度コンテニューしたのに、何も得るものがなかった。悔しさと虚しさと、一さじの苛立ち。そんなのを抱えながら、瞑鬼は自分の首が飛ぶ感触をゆっくりと味わった。



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