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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
210/252

鬼の居ぬ間に

修学旅行で泊まるには少しばかり値が張るホテルの一室で、柏木夜一は携帯相手に睨み合いを続けていた。窓際のテーブルに座り、外を見下ろしながら瞑鬼がいないかを探しながら。


自販機に飲み物を買いに行っていた千紗と、瞑鬼にひっきりなしに電話をかけていた瑞晴が玄関の扉を開ける。瞬間、夜一は二人の方を向いた。


「電話出たか?」


「……まだ。ってか、電源入ってない」


「……くそっ!何をやっとるんだ瞑鬼……!」


「第二の魔法もできないって……やばくない?」


「わかっている!今、死んでいるんだろ。待つしかあるまい」


吐き捨てるようにそう言って、夜一はまた窓に目をやった。これ以上話していても何も出て来ないのが目に見えているからだ。そしてそれは瑞晴たちも同じようで、焦った顔ではあるものの、平静を装ってベッドに腰掛ける。


夜一たち、洗脳された組の意識が戻ったのは明け方だった。最初に覚めたのは、先天的に耐性があるのであろうソラ。そしてソラが魔力を込めたビンタで夜一を起こし、とそれを繰り返していった。全員意識を取り戻すと間も無くして警察が到着。当初はさっぱり状況が掴めなかったみんなも、警察の説明によってなんとか理解までこぎつけた。なんでも、今巷でこんな事件がしばしば起こっているらしい。


その内容というのは、観光客が夜中に一気に洗脳されるということだ。しかし、今まで特に何かあったことはない。せいぜいホテルの監視カメラが一時切られたほど。だから、被害が出たのは今回の瞑鬼が初めてだそう。


だが、夜一を含めたフレッシュメンバーは分かっていた。瞑鬼をさらったやつは馬鹿なのだと。大方【改上】の情報でも得て、悪用しようと考えたのだろう、と。そんなのにいつまでも捕まってる瞑鬼じゃない、とも。


だが、それを信じていれたのは午前中までだった。午後になって、不意に瑞晴が気づいたのだ。


関羽がいないと。そしてそれに続くように、ホテルのバイクがなくなっているのが発覚。その時点で、瑞晴と夜一は気づいていたことだろう。瞑鬼がバイクを盗んだのだと。


警察の事情聴取があるから、どちらにせよ今夜はホテルから出られない。今しがた出ていったソラと朋花が戻って来るのは、おそらく三十分後くらい。だからその間に、高校生組で自体の把握を、となっているのが現状だ。


「……だが、敵はなぜ関羽を……?」


頭が働いているのに、全く結論が出てこない。そこにあるはずの真実が、夜一には虚空をつかむような感覚なのだ。やった、と思っても、また消えて。その繰り返し。


自分を落ち着けるために、千紗が買ってきた激甘コーヒーを流し込む。甘ったるくて、とてもコーヒーの風味なんかあったもんじゃない。けれど、夜一はこれが好きだった。


「……魔法使えるからじゃない?」


頭を抱えて唸っていた夜一に、瑞晴からの天啓が。はっと昔を思い出し、そういえば関羽が魔法を使えたことを思い出す。最近全然見てないからか、すっかり記憶から抜け落ちていたのだ。


この世界では、全部の動物が魔法を使えるわけじゃない。ある特定の種類でもない。魔法回路が備わった、人間以外の生物が産まれるのは完全にランダムなのだ。教科書曰く、養殖での成功例はゼロらしい。だから、そこそこ稀なのだろう。


けれど、だからと言って、ひとが動物を使うのはかなり希少な案件なのだ。いうことを聞かない上に、自分も魔法が使えるのだから、調教よりは金で人を雇う方がマシ。しかし、だからこそ、人間の言葉を理解し、それに従う関羽は魅力的なのかもしれない。


「……変身、だったよな?言葉はわかろうと、喋れぬならスパイには無理だ。……兵器か?」


「飛行機とかにも持ち込めるしね。あるかも」


「……瞑鬼くんはたまたま洗脳されてなくて、だから犯人を追ってった……」


アイディアが出れば、それだけで議論は捗る。フレッシュは神峰勢力と違い、リーダーの一枚岩ではない。むしろ、リーダー一人じゃ何もできないと言ってもいいだろう。


それに、元々は瞑鬼なしで何年も付き合いがあるグループなのだ。魔王軍や魔女と戦ったことはないとはいえ、街の不良程度なら何回もある。つまるところフレッシュは、この程度では挫けない。


確かめるように瑞晴がもう一度状況をなぞって話す。あぁ、と夜一がうなづき、うんと千紗が首を振る。それだけできれば、あとは簡単だ。動き出せばいいだけのこと。


だが、正面には警察の車両がびっしり止まっており、とてもじゃないが隙間はぬえそうにない。裏口も同様。さらに面倒なのは、仮に外に出ても、瞑鬼がどこにいるか分からないということだ。


「……居場所はどうやって割る?」


「警察から聞くか……。あ、いや、いける。よね?千紗」


その名前は、夜一にとって完全に予想外だった。なぜに千紗が?いつの間にか魔法が進化したのだろうか。


瑞晴に訊かれたからか、千紗はやけに得意げに答えた。


「こういう時のために、パパに頼んでみんなの携帯のGPSは補足済みなんだよね。だから、電源切れるとこの前まではいける」


夜一が小さくうなずいて、瑞晴は大きくベッドに寝転がる。誰一人として、この場を警察に任せようという人はいなかった。これだけ大々的な捜査をしているのに、未だに犯人の特定ができないとなれば、相手は間違いなく複数犯かそれ以上。洗脳系の魔法も持っている。


夜一と瑞晴が作戦を練り、千紗がそれを実現に。今までやってきた、旧フレッシュのやり方。だがこれは完璧じゃない。三人じゃ、決定打がない。


日常生活をしていくなら十分だが、こと非常事態においては、頭のおかしい作戦を立てれる奴が案外いると安心できるのだ。カリスマだとか人を惹きつける魅力とかじゃなくて、いるだけで安心な。そんな存在。また馬鹿な話をしたいのは、夜一たちだって同じだ。


きっと、普通の人ならここで諦めるだろう。手段がないからと。確かに、洗脳を筆頭に戦闘ができるやつが二、三人。そう考えれば、警察が出るのを待つのが基本だ。だが夜一たちは違う。彼らには方法がある。


呼吸を深く、心臓を抑えつける。なるべく何でもないよう装って、少しでも警察の気を逸らしたいのだ。ダメだなんて言われても、もう聞くような歳じゃない。


「……遅いな」


「もうそろそろだと思うよ。時間結構経ったし、うん」


ふと外を見ると、もう公園がぼやけるくらいに夜が迫っていた。今日一日ホテルにいたから、体力は有り余っている。だから出るなら今。それはみんな確信していた。


だから待つ。この最悪な状況でも、一手でひっくり返せる存在を。それは瑞晴が知っていた。寝る前の瞑鬼に聞いた、ちょっと衝撃的な事実。それを夜一たちにも伝えたのだ。


やがて足音が聞こえてくる。可愛らしい、弾んだような音。インターホンが鳴った。出たのは千紗。笑顔で二人をお出迎え。


この作戦において肝なのは、相手の魔法が洗脳だということである。条件は不明だが、それをされたら手も足も出ない。だから必要だった。彼女の力が。


「おかえり。ジュースでも飲む?」


「あ、謝謝ありがとうございます


まだ緊張した後にはたまに中国語になったりする、とても可愛い子。瞑鬼が好きで、瑞晴とライバルで。そして、二人で一人の子。


瑞晴が聞いた、カラのこと。それは、彼女に洗脳は聞かないとのこと。確実にこの事件の魔法よりも強力な、マーシュリーの効かなかったのだから間違いない。心を壊す魔法なら、元から元から壊れてるカラには意味がない。


「……ソラ、帰ってきてすぐで悪いんだが、少し休んだら外出る準備してくれないか?瞑鬼を探しにいく」


「…………瞑鬼さんを、ですか?」


「……あぁ。早く行かんと、またヒロインが増えるかもしれんからな」


冗談めかした台詞を言って、ソラの気を誘う。彼女なら乗ってくれると、夜一は信じていた。そして夜一の想像通り、少し考えたソラが首を縦に振る。ほっと一息ついて、とりあえずコーヒーを一口。飲まなきゃやってられない大人の気持ちというやつが、少しだけわかった気がした。


少し広いとはいえ、三人部屋に五人はなかなか人口密度が高い。それに夜一以外は全て女子となれば、例えそれが気心知れた仲であるとしても、男子的には気まずいものがある。普段は無粋で感情の機微などいちいち気にしない夜一だが、この場では女子の意見に従っておくことにした。


ソラと朋花がシャワーに行ったので、高校生組でこれからの確認を。もう外が暗いから、飯はどっか歓楽街で食うとしよう。だが、問題なのは誰を連れていくかだった。作戦の都合上、間違いなくソラは必要だ。そして戦闘の時のために夜一も。残るは三人。全部連れていくか、それとも選別か。


女子二人も、自分たちが行っても何もできないことを分かってるから何も言わない。夜一にしても、いてもいなくても変わらないのだから別にどっちでもいい。欲を言えば千紗がいいが、それだと瞑鬼が釣れなくなる可能性も。


「……誰がいくか、決めろリーダー代理」


そう言って、夜一は瑞晴の顔を見た。咄嗟のことで戸惑うも、最初にリーダー代理人を立候補したのは瑞晴の方。夜一はそれを覚えていただけ。


いつもなら独断と偏見で後悔しかない判断を下す瞑鬼が居ないとなると、それはそれで面倒なのだ。遠慮しているわけじゃないが、そう。この場には仕切り屋というやつがいなかった。


人に従うのがキャラな夜一に、その夜一と一緒に付いてくるのが千紗。そして瑞晴はと言うと、瞑鬼が来るまでは若干の距離があった。別に全然喋れるが、なんだか妙な感じ。それが以前の夜一と瑞晴の関係。だが瞑鬼がうまいこと緩衝材になったおかげで、最近は解消されていた。だからもう、瑞晴は夜一に躊躇いなくなんでも言える。


「……それじゃ、全員で行こう」


それは、保守的な瑞晴にしては意外な策だった。最初に反応したのは千紗。うぇっ、と言った顔をして、瑞晴の黒髪を見つめている。


「……了解だ」


だが、そんな彼女に対し、夜一は何も聞かなかった。ここ数ヶ月で随分と成長した自分たち。フレッシュがどこまでできるかを、彼も試したくなったのだ。


息もつかずに、行うは次の準備。リュックサックに必要なものを詰め込んで、財布と携帯を持って完了に。三日分ほどの服と非常食が入れられた大きめのナップザックは、鍛えるのにはちょうどいい。


パッキングが終われば、あとはソラと朋花を待つのみ。二人が上がってき次第、瑞晴と千紗がまとめて入る。夜一は別に、汗をかいてないからいいと言った。


「すいません!遅くなりました!」


「ごめーん!まった?」


どやどやと早口でまくし立てながら、ばたばたと洗面所から出てきた二人。まだ髪は乾いてなく、いかにも女子の風呂上がりと言った雰囲気が醸し出されていた。完璧な美貌のソラと、まあまあ可愛い朋花。別に年下属性など持ってなくても、必然的に目がいくわけで。


ストイックなフリをしているだけに、夜一は自分と戦っていた。見てはいけないと騒ぐ自分に、いや眼福だぜと迫る天使。負けた。さりげなく話しかけると、がっつり頸が目に入る。千紗からの痛い視線が首に刺さる。


「……所詮神前と同類か」


「……ダメだよ夜一。瞑鬼くんと同類は……」


相変わらず酷い言われようだ。何もしてないのに。こういう女子特有のノリというか、話の流れというやつを、いつまで経っても夜一は理解できない。だが逆らうと後が怖いので、表情も変えずに適当にあしらっておく。


からかうような顔を残して、千紗と瑞晴はいざシャワー。その間にソラたちが準備を済ませて、夜一はある程度の居場所を予測する。やることを頭の中で反復し、息を吸ってからがさあ勝負。


千紗からもらった全員のGPS情報を測位。当然そこに瞑鬼のはない。電源が切れてるか、それとも電波が飛んでないか。戦闘で破壊されたならもう知らん。仮にそれが水没なら、でかい川はここら辺じゃ一つだけだ。森の中で圏外だと言うのでも、場所は近い。


「……あの、朋花ちゃんって……」


リュックにタオルなんかを詰めながら、細い声で聞いてきたソラ。耳元だったからちょっと驚いたのは、夜一だけの内緒。


「全員出る。残ってたらなおさらめんどいからな」


「……わかりました」


朋花にはなんて説明しようか。瑞晴も警察も全部は喋ってないが、この騒ぎでは勘繰るなと言う方が無理な話だ。ましてそこそこ頭がキレる朋花なら尚更。


瞑鬼ならこんな時、なんと声をかけるのだろう。嫌われてるのにいつも何かと気をかけているのを見るに、大切にはしている。その気持ちは理解できる。親を失った小学生に、冷たく当たれるほど鬼メンタルな高校生などいない。


こんなことなら、いっそ自分が行った方がどれだけ楽だったか。そう思ってしまう。そして、それは瞑鬼も夜思っていたことだ。夜一が行けば、見つけ次第敵を縛り上げれる。洗脳が効かないのはどう考えても夜一の方がいいのだが、そう世界は都合良くないらしく。高校生にもなれば、そんな世の中の理不尽さってやつには大抵なれてしまっているもので。


だからしばし考えた末、夜一は事の顛末を素直に朋花に話すことにした。瞑鬼みたいに変な言葉を使って、でも彼女にもわかるように。おかしいとか変だとか、そんなのはどうでもよかった。ただ、今は一刻も早い日常への帰化を。


夜一もまた、瞑鬼の日常至上主義に侵された人物の一人となりつつある。


「……少しいいか、朋花」


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