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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
208/252

角砂糖ドロップス

普通の家にしては大きな開放型のリビングの、割と高級そうなソファの上。そこに3人並んで、英雄たちは座っていた。テレビから流れてくる、昼下がりの下らない番組が、虚構の生活感を醸し出していた。


携帯をいじる義鬼と、三人して待つ英雄たち。この神前邸に来て、玄関を通されここまで来たはいいものの、完全に放り出されていた。特に何を話すわけでもなく、また誰かが話題を切り出すこともない。


暫くすると、台所から良い匂いが漂ってきた。かちゃかちゃ音を鳴らしながら、明美が六人分のコーヒーを運んできたのだ。


「お砂糖はいるかしら?まだ高校生ですものね」


「あぁ、ありがとうございます」


丁寧に来られたから、こっちも丁寧に返す。お互いが相手の出方を伺っていた。


英雄たちがわざわざここに足を運んだ理由。もちろん瞑鬼からの申請もあったが、それが決め手となったわけじゃない。あくまで瞑鬼のも位置情報として扱い、それを踏まえて乗り込んだのだ。


いざ戦闘となったら、犠牲を最小限に抑えるため。


「わざわざすまんな。うちの娘の取材だろ?」


高校生の前でも遠慮なく煙草を蒸しながら、顔も見ずに訊ねる義鬼。その声色からは警戒が滲んでいた。


「えぇ。瞑深さんの水泳全国大会出場に向けまして、我が校でもこれを厚く応援したいと思ってまして。ですからこうして休日に」


「……ほう。んじゃ呼びますか」


淡々と続けられる、嘘しかないこの会話。瞑深が全国へ行ったのは事実だが、そんなの学校で応援するほどじゃない。ましてや魔王軍の疑いがあるこの家では、その全国大会すらも怪しく感じられるのだ。


義鬼が声を張り上げ、二階にいるであろう瞑深を呼ぶ。相手も戦力の確保に出向いたというところ。全員揃えば、いやでも状況は動き出す。


はーい、と言う怠そうな声が聞こえ、とんとんと階段を下ってくる。扉から顔をのぞかせた神前瞑深の姿は、まさしく休日の女子高生のそれだった。


上下バラバラなジャージ姿に、だっさい眼鏡をかけている。英雄の記憶では、学校だとコンタクトのはず。そんな細かいところが気になるくらい、英雄の警戒度が高いと言うこと。


「……生徒会長?あぁ、水泳のやつか」


「ごめんね、休みのとこ。ちゃっちゃと終わらせるからさ」


言葉の節に棘を乗せ、気づかぬくらいに牽制を。そうでもしないと、この空間の持つ空気の重さに押しつぶされそうだった。


いくつもの戦いを生き抜いてきた勇者英雄も、そのお供のユーリも満堂も、この家が持つ独特の雰囲気に呑まれそうだった。正面には義鬼、その両サイドに瞑深と明美。体制的には英雄が不利。


それから一口コーヒーをすすり、虚ろな談話が始められた。いつもなら愛想を振りまいて敵を油断させるユーリの技術も、こいつら相手だとなかなか通じない。学年が同じだけに瞑深との関わりはあるらしいので、そっちは任せておくことに。


英雄がやるべきは、最もやばい親二人との殴り合いだ。特に義鬼に関しては、魔王軍幹部なのでは、なんて憶測も飛び交っている。


仕入れた情報は多数。海外とも協力して、確実に一つづつ潰していくのが人間流。懐から眼鏡を取り出し、こっちも完全な交渉モードに。最終的に戦闘になるのは避けられないとして、英雄の任務は情報を聞き出すことだ。


「それで、小さい時の瞑深さんはどんなお子さんでした?」


「……そうねー、昔から泳ぐのは好きだったわよ。海とかもよく行ったしね」


「それじゃ、やっぱ目指すはプロとかですか?」


「じゃねえの。俺はそうだと思ってるぜぇ。楽できそうだ」


「今時の新聞部ってこんな事するのね〜。感心だわ〜」


「……いえいえ。やはり全国となると、熱の入りようも違いますから」


「自分たちとしては、情報集めが命ですからね。そりゃなんに於いても」


来た。場にいた全員の脳に衝撃が走り、ぴりっと空気がはりつめる。最初に仕掛けたのは満堂だった。


当初の予定では相手が仕掛けてくるまで硬直戦という事だったが、現場に合わせて臨機応変が戦いの鉄則。マシュがそれを選んだのなら、英雄もユーリも共にするまで。そして、それを分かっているからこそ、向こうも態度を改めたのだ。


「……ほう。最近のガキは怖ぇなぁ。なんでもネットで調べれんだろ?」


義鬼のこれは開戦の合図ととっていい。だがまだ動かない。義鬼が、机の下にあった杖に手を伸ばした。英雄も、見えないように魔法回路を開く。


「……そうですね。結構最近じゃ調べたらなんでも出てくるんですよ。魔法名とか、経歴とか」


火蓋が落ちる。海外にいた同士から聞いた情報を弾丸に、自分という射出口から。それが相手に当たった瞬間が、刀を抜くときに。


英雄が眼鏡を卓に置くや否や、両者ともに動いていた。最初に動いたのは明美。何食わぬ顔で立っていて、気づいたら手にナイフを握って英雄に向かっていた。


それをいち早く察したマシュが、一瞬で手からナイフを弾く。一秒にも満たない刹那、小さな狼煙が挙げられた。


マシュが明美の動きを止めたことを確認し、英雄が机に足をかける。相手の方に蹴り飛ばして、視界を閉ざして切り刻むため。だがそれは義鬼とて同じ考えで。両者同時に足に力を込め、均衡したせいで机は真上に上がった。


「燃えろっ!」


「刻めっ!」


義鬼の《強欲の炎》を、英雄の【永創劔】が一刀両断。間髪入れずに、英雄が逆手の剣を投げつける。


「嫉妬のディアン・ボルト!」


杖から生まれた雷が、鋼の刃を消しとばす。両者共に反射神経は拮抗。力なら英雄が上、だが、魔力なら向こうが圧倒的に上だった。


舞い上がった卓が、音もなく落ちてくる。それを好機ととったのは英雄のほう。刃渡り二メートルほどの剣を、生み出しながら貫いてゆく。


視界の外からの、間合い内への攻撃。なんとか避けるも義鬼の頰にはかすり傷が。血痕が飛ぶ。粒が床に落ちる前に、もう英雄たちは動いていた。


「《光陰矢の如し》!」


魔法回路をかっ開いた満堂による、明美への一撃。投擲の構えをとったマシュの手の中に、光と陰の矢が生み出される。


一方、光の方は、文字通り光速で敵を射抜く矢だ。そして日頃からこの言葉がお気に入りなマシュに、外すということはあり得ない。


さすがは魔女なだけあって、明美の反射神経はこの場の誰よりも早かった。だから刹那的な間に矢を弾けたし、もう片手に攻撃用のナイフをアポートもできた。だが、それこそが満堂の狙い。


燃費の悪い魔法を使ったマシュは、ほんのちょっとだけ動けなくなっていた。だから明美はそれを狙った。だけど。


「……なっ!」


どうしたことか。振り上げた手が動かない。どれだけ力を込めても、魔力を解放しても。明美の身体はピクリとも動かなかった。


その瞬間、彼女の頭をよぎったのはさっきの二本の矢。一本は弾いた。けどもう一本は?てっきり、瞑深か誰かにでも投げたものだと思っていた。けど違った。


それは、明美の陰を捉えるように床に突き刺さって。なまじ日差しがいいからって、カーテンを開けていたのが完全にあだになった。


満堂の魔法、それは諺や四字熟語を具象化するというものだ。光陰矢の如しの陰の能力、陰縫いによって繋ぎとめられた明美。撃てばあっさり壊れるそれも、動かなければ何もできまい。


これがハーモニー筆頭、神峰勢力の戦い方。綺麗汚いは捨てた、三対一を作り出す方法。


両手に【永創劔】をもった英雄が、首をめがけて弧を描く。だが、そんなのでやられてくれるほどヤワな魔王軍じゃなくて。


「傲慢の疾患ドット・シック


英雄の刃が体を切り裂く一瞬前、義鬼の杖が向けられた白刃が鈍色に変色し、瞬く間に腐り落ちる。


腐乱臭と危険を覚え、その場から猫のように離れる英雄。直後、床ごと満堂の矢が腐食した。


「……調子乗んなよ、クソガキが」


壁に突き刺さった剣により、その場に固定されていた卓。義鬼を閉じ込めていた簡易牢が、灼熱を帯びて溶け落ちる。その中から出てきたのは、怒りで血管を浮かばせた四十代のおっさんだ。


年甲斐もなくブチ切れて、今まで自分がやってきたことなど棚に上げ他人を叱る。瞑鬼に聞いた通りのクズだ。そして、よく見るタイプの親だ。


自分の両親の記憶はないが、きっとこんなんじゃなかっただろう。そう信じたい。だから英雄は義鬼を嫌う。人の、親の立場を考えてないやつへの怒りをあらわにする。


「……割れてんだよ、お前らごときの魔法なんて」


「…………殺す!」


もちろん、英雄が言ったのは口からのでまかせだ。義鬼の魔法で、ハーモニーに情報があったのは瞑鬼からの三つだけ。そして今の一つを入れれば四つ。二つ名的に、あと三つあるのは確実と見ていいだろう。


「……待ってお父さん」


「あぁっ!?やかましいぞ豚が!」


考える英雄をよそに、割って入ったのは瞑深だ。それまで黙って見ていただけに、一瞬手が止まってしまう。


手を出して止める瞑深に対し、汚ねぇ言葉を吐く義鬼。目は既に親のそれじゃない。陽一郎が見たらかちキレるであろうくらいに、人を人として見てない目。英雄は、どこかそれを瞑鬼と似たもののように感じた。


「…………鎮まれ【大罪信仰】」


泡沫、英雄の幻想は終わりを告げる。それは威圧だった。自分の中の細胞が死を覚悟する。そんな初めての感覚に、英雄の頭は一瞬思考を停止した。


瞬間、場の空気を完全に瞑深が支配する。一段階上とも思えるくらい、緊迫した大気。さっきまで威勢を張っていた義鬼も、牙をもがれた様子。


瞑深から出される、射殺すような殺気。かつて魔王軍と戦ったことはある。それもなんども。だが、その中にこんなのはいなかった。以上に異常で、正気のものなど一人もいなかった魔王軍とて、魔力なしの気迫だけで人を止めれるほどのカリスマは持ってなく。


一歩歩く。あたりの空気が屈服した。幾秒前まで瞑深を見張っていたユーリでさえ、怖気付くほどに。それは圧倒的だった。まるで、本物の魔王を相手にしているような。


「……生徒会長、でしたっけ?情報あるっていいましたよね?」


「……あぁ。海外とも協力して、君ら【円卓の使徒】の情報は全部揃ってる」


頭を動かした。なんとかして此処から逃げる方法を。それも三人揃って。


思い出す。生徒会の資料であった瞑深の魔法は、確かワープ系。他人に見えないように物を持つと、それを近くに転送できるのだとか。だが記録によれば、半径はせいぜい十メートルほど。そんな人畜無害そうな彼女の言うことに、なぜ義鬼が従うのか。


マシュを見る。ユーリを見る。目だけで合図を交わし、ここは交渉に乗ることに。


「……彼らは魔王の騎士。その魔法、知ってるの?」


「……さぁ。どうだろうね」


そう。何もここでむざむざ相手に情報をくれてやる必要はない。もし間違ったのを仕入れてるなんて知られれば、フリどころの騒ぎじゃない。今後掴む全ての情報が、ガセにされるかもしれないのだから。


英雄の必死な無関心に、何一つ心動かされることなく。瞑深はしれっとしてみせた。それはとても高校生ができるような表情じゃなくて。悦に浸ると言うか、恍惚と言うか。何やら妙に色めかしい仕草とともに、彼女は爆弾を放り投げた。


「……【大罪信仰】【偽りの騎士】【黄金の騎士】【竜狩伝記】【一刀万断】……」


突如として、魔法名を言っていく瞑深。その奇妙な言動に、真っ先に驚いたのは義鬼だ。


「お、おい瞑深っ!てめぇそれ言ったら……!」


そんなこと言われれば、馬鹿でも想像できる。今のが円卓の使徒たちの魔法なのだと。この世界において、魔法を知られると言うのは弱点を晒しながら生きているようなもの。それも魔王軍ともなれば、さあ殺せと言わんばかりの大サービスだ。


だからこそ、警戒もした。ただ瞑深が訳のわからないことを言っているだけなのかもと。だが、義鬼の慌てっぷりから察するに、間違いなくそれは本当だった。だからこそ、より一層彼女が掴めなくなる。


「うるさいな……。わかってるよ」


「……これで、てめえら生きて返せねぇな。あぁ?俺にやる気出させるためか?そうなんだろ瞑深ぃ!」


「……いや」


そう言った彼女の顔は悦びに満ちていて。まるでこれから訪れるであろう何か幸せなことを、まだかまだかと待ちわびているようで。


不気味だった。学校では地味で、大人しくて、そのくせ水泳部ではやけに張り切っていて。一年前は、そんな瞑深の未来に英雄も希望を持っていた。それなのに。


今の彼女は、英雄が見てきた魔王軍そのもの。まるで頭のボードが丸ごと違う生物のような。そんな気がして。


「失敗して、王に怒られるのも、アリよね」


怖かった。ただひたすらに、神前瞑深と言う存在が。瞑鬼の時と同じだ。名前が似ているから、てっきり兄妹的ななにかだとばかり。でも、実際会ったらそんなことは無くて。


だが、今なら英雄は確信を持って言えるだろう。瞑鬼も瞑深も、どちらもどこか似たところがあると。そして瞑鬼はそれを納得する。なにせ彼だけが知っているから。自分は異世界の瞑深だと。


ふふふふ、と笑い声を残し、次の瞬間彼女は消えていた。まるでそこに何もなかったかのように。後に残った残留魔力だけが、虚しく空間を漂うだけに。


「……掻き回しやがって……あのクソアマぁぁ……!!」


ふつふつと、義鬼の中で怒りが燃えていた。ただでさえハーモニーに攻め込まれて立腹だというのに、その上謎の奇行まで。血圧が上がるもの無理はない。


そして瞑深が消えたなら、その怒りの矛先は。そんなの簡単。目の前にいる、一番殺しやすそうな英雄たちである。


「……ユーリ、マシュ、報告行け」


上がる義鬼の魔力。侮っていた。ただの親父だろうと。だが、魔王軍幹部の名は伊達じゃない。


英雄の先にいる人物。魔力だけで家を壊せるのではないかと見まごう程の彼は、まさに鬼だった。


それに加えて、隣には元白十字教の二桁台まで。


戦闘向きじゃないユーリや、後方支援が主なマシュじゃ、いても動きが鈍くなるだけ。そう判断した。


これがフレッシュで、英雄が瞑鬼だったなら。おそらく満堂ポジである夜一は反対した。ふざけるな、なんて言ったかもしれない。けれど、ここにいる神峰勢力は、英雄を首に動いている。


だから英雄の言うことは絶対。たとえ反対しても、それは英雄に非が見られたらの場合のみ。よってこの場合では、二人は大人しく従うしかないわけで。


「……行くよ、マシュ」


「……帰ってこいよ、英雄さん。《五里霧中》!」


ソファを蹴って、そこから舞い上がったダストが満堂の魔力によって増殖。家中を包むほどにまで蔓延し、視界は最悪に。二メートル先も見えないその中で、マシュとユーリは当初の作戦通りに窓を破って脱出を。


万が一追跡があった時のため、帰走にはバイクが用意されていた。だが、家の中からそんな気配はない。ただ、やけに大きな。見ているだけで気分が悪くなるような悪意が家を包んでいた。


エンジン音が去ったのを確認し、英雄は魔法回路を全力で開く。人間界の基準を大幅に超えた、超人のごとき魔力量。幼い時からずっと鍛えてきたせいで、無駄に磨き上がった技術。それらは全て、魔王を倒すための武器。


「……魔王に伝えろ。【永創劔】が闇を断つと」


「ははっ。死ね」


全ての魔力が合わさって、それが巨大な火の玉に。その熱に、魔力壁を敷いてない壁や家具が燃え始め、ついには鉄筋までもがその強度を限りなく低くする。


そして英雄も、これまでにないくらい渾身の刀を創造していた。自身の魂を投影し、創り出すは一振りの命。相手を切ることだけを考えて、自分はそのための振り子となる。


静かだった。草も木も、この戦いの行方を見守るように。これがハーモニー、ひいては人間界と魔王軍の戦争の幕開け。


大空に沿って、地上の太陽が動き出す。白刃が鈍く光る。悪意が、正義が、混じり合った。


八月も折り返しのお盆過ぎ。瞑鬼たちがちょうど北海道に着いた日に、人の里は終わりを告げた。


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