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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
207/252

白銀の森へ


だが、ここで出て行ってむざむざ捕まるほど瞑鬼は後先考えてないわけじゃない。いつかアジトに帰る時を見計らい、尾行し、一気に叩く。英雄を呼んでもいいかもしれない。馬鹿狩りなら、きっと快く付き合ってくれるだろう。


そんなこんなを思っていると、ふと一台の車の音が近づいてきた。ヘッドライトを眩しいくらい照らしてきたそれは、普通のタクシーだ。男は人混みをかき分け、そのタクシーの窓を開ける。


「お前が言ってたやつ、いないじゃねえか。マジでここなのか?」


どうやらタクシーに誰か乗っているらしい。仲間か、それとも運転手か。ここに来てから移動は全て歩きかバスだったから、考えられるとしたら車上から見られていたくらい。


はやる動機を抑えつつ、全神経を耳に集中。車のやつの声はエンジン音にかき消されたが、男は何とか聞き出すことに成功した。


もう一度だけ向こうを向く。あいつは何かでかいものでも抱えているのか、よくよく見ると両手が塞がれていた。今出て行けば、確実に殺れる。吉野のところで鍛えたナイフ術なら、首元一突き三秒で死ぬ。


だが、瞑鬼は飛び出せなかった。もし相方が大規模な魔法を使って、周りを巻き込んだらと思ったら。そのまま車に乗り込んで男が去っていくのを、瞑鬼は眺めることしかできなかった。


「……んなわけねぇだろ!」


震える足を思い切り叩き、何とか歩みを起こさせる。広場に残された者の所まで歩いてゆき、抜け殻のようになった人々を見る瞑鬼。瑞晴も、足取りはしっかりしているのに意識はまるでなかった。


脈拍を確認。異常なし。次に意識の確認だが、まぁ、これは流石に瑞晴じゃ試せなかった。かわりに夜一の前に立ち、思い切りほおを打つ。も、殴られた夜一は一ミリも動くことなくその場で直立だった。いつ意識が戻るかは分からないが、少なくとも死ぬ心配は無さそうだ。


そして、瞑鬼にはここでもう一つ気づいたことが。どこを見渡しても、関羽の姿が見つからないのだ。他のペットはいると言うのに、関羽だけがいない。その時頭をよぎったのは、最後に見た男の姿。大事そうに抱えていたアレは、もしかして関羽だったのでは。


「…………最悪かよ」


これまでは、敵側に目的が見受けられた。《なにか》は瞑鬼を殺すこと。魔女たちは魔女っ子を殺すこと。だが、今回ばかりは本当に敵が読めない。


関羽をさらったメリットは。考えれば出たかもしれない。みんなが起きるのを待って、ちゃんと作戦を練ってれば。けれど、瑞晴やソラに催眠なんてかけて、挙句の果てに関羽をさらったやつを、瞑鬼が許せるはずもなく。


気がつけば、瞑鬼は車庫に向かっていた。緊急用に、ホテル所有のバイクがある事は事前に確認済み。本来は魔女などの立てこもり時などに使われる予定だったそれは、駐車場の奥深く、電子ロックの扉の向こう側にある。


案内図を思い起こしながら、そこにたどり着く瞑鬼。無駄に重たい鉄製の扉を開き、バイクに跨ってエンジンをかける。全ての電源が落とされた今だからこそできる芸当だ。


ヘルメットと携帯をリンクさせ、英雄に電話をかけつつハンドルを握る。操縦は千紗が運転してるのを一度見ただけだが、少なくとも捻れば動いて締めれば止まるのは分かっている。ギアの変え方も、前に夜一が言っていた。


免許など持ってるわけがないが、この世界の法律は異世界から来た瞑鬼には関係ない。心の中で誰かに言い訳をして、何とか瞑鬼は公道まで出ることに成功した。


あとは警察に見つかる前に、奴らを見つけねば。それが瞑鬼の使命。一番車通りの少ない時間帯だけに、通りに出てもほとんど自動車はいなかった。さらに信号も半分くらい点滅していて、思ったよりもスイスイ通れる。


ヘルメットから聞こえてくるコール音を聞きながら、瞑鬼は思い出していた。あの時、男が言っていた言葉を。


「……早くカムイに報せを、か……」


車に乗り込む直前、男が言った言葉。カムイはアイヌ語で神であり、それに報告という事は何かしらの宗教の可能性が高い。が、少なくとも白十字教ではないようだ。


寝静まった商店街を爆走。ハイブリッドバイクは静かだった。今夜は月が照っていた。澄んだ空気の中で、まるで己の存在を知らしめすように。


「……早く出ろよくそっ!」


瞑鬼がこんなにも急いでいるというのに、英雄はなかなか電話に出ない。あの英雄の事だから、またどこかに出かけて戦闘中という事はあるだろう。


深く考えても答えが出るはずもなく。仕方なく瞑鬼は通話を切った。帰ったらぶち切れよう。怒ろう。とても。


くまなく街を流し周り、やっと見つけた一台のタクシー。この時間に、町外れに向かうなんて間違いない。アレが男の乗った車である。


バレないように電気を消す。無灯火に無免許に、盗難まで。捕まったら確実に少年院だろう。そんなスリルが、なぜだかより一層瞑鬼をたぎらせた。


車は進み、どんどん都会から離れた方へ。街灯の数も減っていき、車間距離も五十メートルほどの今なら見つかるリスクもかなり低いだろう。なれないバイクの運転に四苦八苦しながらも、瞑鬼が追えた理由。それは恐らく、純粋な恨みからだ。


やがて車は森の中へ入ってゆき、そこで車体を停止した。二人が降りて、タクシーはUターン。見つからないように瞑鬼もそこら辺にバイクを乗り捨て、足音を殺して二人を追った。


動物が鳴く。梟が、他の鳥が、そして何やら遠吠えらしきものも。狼はとっくに絶滅したはずなのに。瞑鬼の頭は恐怖と興奮でアドレナリンがどばとばだった。


かなり森も茂ってきて、とても人がつくった道じゃないところを二人は歩く。明かりは小さなペンライトのみで、男の手には関羽が抱かれていた。カムイとかいうやつに献上するのだろうか。儀式用か、それとも食べるのか。


大木に手をつき、思い切り握りしめる。堪えられなかった。この世の理不尽が。もうずっと溜まっていて、いつ爆発してもおかしくなかった。だから。


「……殺してやる」


人をこんなに呪ったのはいつぶりだろう。魔女以来平和な日常が続いていたせいで。義鬼への怒りが全て、彼らに向けられていた。


だが、そんな事をしていたからか瞑鬼は二人を見失ってしまった。たった一瞬目を離しただけなのに。真っ暗な森の中は、月明かりだけが照らしていて。でもそこに人間の居場所などあるはずもなく。


不気味な声が鳴り響く。なんの動物だろうか。がさがさ音がした。けど瞑鬼はびびらない。怖気付く様子もなく、森を進んでいった。そんなことに怯える余裕など、今は持ち合わせていなかった。


茂みをかき分け、木をよける。そうやってずんずん歩を進め、目指すはあの二人の影。魔法回路を展開。匂いを出して動物たちに勧告を。今なら、爆炎で森ごと焼き払ってもいいくらいだった。


そしてようやく、前方にあった最後の茂みをかき分ける。も。


「……っ!」


焦った。祈った。戻りたかった。瞑鬼が一歩を踏み出したそこ。てっきり、茂みか何かがあると思っていた。そして瞑鬼なりに足跡も追ったつもりだった。


最大の要因は、今が暗かった事。じゃなけりゃこんな間違いはしない。瞑鬼が踏んだその場所。正確には何もない場所。そこは崖だった。それも、下が見えないくらい直角の。


重心の移動をしたが、時はもう遅し。前屈みに進んでいた瞑鬼は、真っ逆さまに崖のそこへ。森が見える。落ちたら死ぬ。【改上】なんて甘いことは言えそうにない。何せ、目の前に広がるのは無限の大地なのだから。


重力に導かれ、瞑鬼の身体は頭が下に。だが、瞑鬼は諦めちゃいない。全身の魔法回路を開き、魔力を足に。重くなった方が下になり、自由落下の体制をとる。あと地面まで数秒。それだけあれば十分だ。


思い切り息を吸い、ぴたっと止める。それだけで、瞑鬼の身体は宙を踏んでいた。応用方は無いにしろ、第四の魔法はこの時だけは絶大な信頼を置ける。


そのまま軽やかに下まで降りてゆき、傷一つなく着地する。ほっと胸をなでおろし、瞑鬼は近くの岩に腰を置く。


「…………どうすっかな……」


崖自体登るのはそんな難しい事じゃない。限界まで手でクライミングし、キツくなったら第四の魔法。それを繰り返せばいつかはつける。


だが、今登っても彼らはもういないだろう。そうなれば、今日中に見つけるのはほぼ不可能と見ていい。帰ったら手がかりは消えるだけだし、それ以前に瞑鬼の体力はかなり限界だった。


頭痛はもうないが、びびったバイクの運転と、ここに来てからのだいぶ長い移動。異常事態で一人きりな状況じゃ、いつも通りの低燃費とはいけないのだ。


「……水でも飲むか」


幸いなことに、近くには小川が流れている。近くに行って見ると、綺麗な淡水だった。一口すくって飲んでみる。至って普通の、田舎の山じゃよくある味。


だがひどく喉が渇いていた瞑鬼からしたら、それは天国の美酒のようで。屈んで、顔を突き出し直飲みを。まるで富士キャンプのような不思議な感覚を覚え、それでもうまいからがぶがぶいける。


喉が潤い顔も洗い、やっと瞑鬼も瞑鬼らしくなってきた。ふぅ、と息を一つ吐き、大きく吸ってまた吐き出す。森の空気に慣れるためだ。月の光が降り注ぎ、水がきらきら輝いていた。


すると、瞑鬼は何かを見つけたのか、川底に手を伸ばす。拾い上げたのは、一つの小さな片だった。白くて、所々黒ずんだりもしていて。よくよく見ると、それは川底に大量に敷き詰められていた。


「…………これ……」


どこかで見覚えのあるような、歪な形状。自然の石じゃないし、木でもない。動物の骨なら、もっと小さいはずだ。


まさかと思った。そして、瞑鬼は声に出していた。そのものの名を。


「……人の骨……?」


粉々に砕かれているが、それは確かに頭蓋骨だった。悪寒が走る。さすがにここまで来られると、どうしても後ずさってしまう。


そして、それが何よりの失敗だった。前を向きながら、ちょっと後ろに下がってしまったから。下手に恐怖を覚えてしまったから。


瞬間、瞑鬼の全身が警戒した。そして全細胞が屈服した。これまで従属を良しとしなかった、瞑鬼の中のプライドというやつが砕け散るような。怒りも消え、森は穏やかに。


柔らかくて、でも硬い。大きくて、でも怖くて。恐怖というのを具現化したような何かが、瞑鬼の背後にいた。でも振り向けない。それを直視して、生きてられる気がしないから。


気がつくと、もう朝日が顔をのぞかせていた。川辺に影が映る。瞑鬼と、もう一つの何かの影を。


それはとても大きくて。例えるなら、ずっと前に戦った魔獣のような。でも、それよりかなり恐怖に満ちていて。


それは瞑鬼を見下ろしていた。何をするわけでもなく、ただ悠然と、瞑鬼を待っていた。


息を呑む。心臓が早くしてくれと叫び出す。恐怖が優っていた。でも、好奇心が体を突き動かした。瞑鬼の首が後ろを向く。


同時に、体が宙を飛んでいた。


霞む視界。揺れ動く世界。手が見える。自分の手が、宙を舞っていた。森が見えた。最後の景色。

霞む視界の中、瞑鬼は必死にもがいた。せめてそいつの姿を見ようと。だが、それは遅かった。遅れて骨が砕ける音が聞こえてきた。


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