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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
205/252

北の大地の死神


「いやぁね、この人も高校生なんだと。……うん。それだけ。それじゃ」


どうやら全く理由を考えていなかったらしく、石田と呼ばれたジジイはそれだけ告げてどこかへ行ってしまった。


残されたのは、意味もわからず呼び出された女子高生に、女子への免疫が限りなくない男子高校生。当然話は弾むはずがなく、だから訪れるのは沈黙で。


帰ろうと思っていただけに、瞑鬼の腰は浮いている。相手も同じことを考えているようで、別になにも言わなくても解散。そうなるはずだった。そう。二人だけだったなら。だが、今に限って、瞑鬼の足元には好奇心を肉で覆ったような猫がいる。そいつが人を見れば、当然興味を持ってしまう。


「……おぉ、どうしたの?猫ちゃん」


なんとびっくりな事に、関羽は見知らぬ女子高生の足に引っ付いていたのだ。初対面の人にこんな懐くのは瑞晴以来だ。だから瞑鬼も驚いた。


かなり気まずい沈黙が流れ、それなのに関羽は足に頬ずりを続けている。瞑鬼が変態扱いされなかったのが幸いと言えるだろう。朋花なら間違いなく瞑鬼に張り手が飛んでいた。


「……なんか、すいません。普段はこんなんじゃないんですけど……」


飼い主として回収する責任がある。そんな考えが頭をよぎったから、瞑鬼はふと話しかけていた。優しくも、それに答えるピリカ。


「あぁ、大丈夫ですよ。このくらい。なんか私、動物に好かれやすいんですよね」


どこかで聞いたような台詞を吐き、その女は関羽を撫でる。普段なら間違いなく爪がたてられるであろう、首への直触り。瞑鬼以外では瑞晴しかできないはずのその技を、彼女は簡単にやってのけた。


ふと、この人も瑞晴のような魔法なのでは、という考えが。確かに珍しい系統だが、億人も人がいればかぶる事もあるだろう。だから特に気に留めなかった。


少しクスリと顔を崩す。ピリカも微笑んだ。


「……僕の友達にもそんな人いるんですよ。初めて会った時も、そんなこと言われました」


彼女から漂う雰囲気。それは、かつての瑞晴に通ずるものがあった。なんだかどこか不思議なオーラがあって、それでいていい人だと分かるような。


「似たような人って居るんですね。私、構築型なんですけど、その人は?」


「……えっ?あぁ、確か生成だったような……」


すっかり忘れていたような単語を聞いて、瞑鬼の頭が鬼の速度で回転した。魔法の型の話など、入学試験以来聞いたことがなかったから。


「あぁ、まぁでも、動物に好かれるってのは似てますもんね。えぇ」


話題の切り方を間違えたのか、少しだけ気まずい空気が流れてしまう。おそらく、以前の瞑鬼ならここで立ち去っていただろう。自分に関係のない人間にどう思われようと、それは人生において無価値だと。だが、陽一郎の教えを受け、吉野からの訓練を受けた今。瞑鬼はもう以前の自分とは違っていた。


「あ、あぁ。そうだ、こいつも魔法使えるんです。ほら、関羽」


なんとか流れをぶった切ろうと、関羽に無茶振りを。だがさすが優秀な猫様だ。瞑鬼の懇願を聞き入れ、ベンチに変身してみせてくれた。それを見て、随分と面食らった顔をするピリカ。


「……えっと、関羽ちゃん、ですか?どこかで拾ったんですか?」


「…………えぇ。河原で」


「……そうですか」


なぜだか顎に手を当てて、ピリカは考え込んでしまう。そんなに珍しいことなのか。常識を向こうの世界においてきた瞑鬼にはそれがわからない。

しばし何かを考えていたかと思うと、おもむろに立ち上がってピリカが言う。


「あ……、すいません。もう時間なんで」


時計を見て、少し慌て気味に。針は六時半を指していた。そこで瞑鬼もはっとする。そろそろ帰らないと、朋花が瞑鬼を置いて飯に行くなどと言いかねない。


彼女が帰るというのは、瞑鬼としても好都合だ。少し話せただけで、今日のぶんの他人とのコミュニケーションノルマを達成できたのだから。特に話すこともないので、帰ろうと思った。その時だ。


「えっと……、これ、猫ちゃんにどうぞ」


そう言ってピリカが渡してきたもの。それは一本の花だった。しかし、触れただけで違和感がはしる。正体は冷たさ。


ピリカが手渡してきた花。それは氷で包まれていた。中の花弁がちゃんと見えるように、結晶の角度を調整して。触れるとひんやりした、氷の押し花。


「私の魔法、触れたものの温度を下げるんです。ほら、この時期だと、冷たいの好きじゃないですか。動物って」


最後にそう告げて、ピリカは走り去っていった。残ったのは、手から伝ってくる冷えた感触と、どこか懐かしい記憶のかけら。朝からなんだか充実した気分になって。ちょっとだけ、またこの地が好きになって。瞑鬼はホテルに足を向ける。


部屋に戻ると、もう瑞晴もソラも起きていた。瞑鬼が帰ってくる前に寝癖を直しておきたかったのだろう。洗面台には格闘の跡があった。


夜一たちと合流し、向かうは朝飯のバイキング。朝っぱらから運動した瞑鬼からしたら、軽めのメニューなんてもってのほかだ。がっつり米と肉を取り、野菜も盛って盛大に。ソラの二倍以上の量をぺろりと平らげてみせた。


「……よく食べるねぇ」


朝の機嫌は最悪派の瑞晴からしたら、瞑鬼の量は異常に映るよう。サラダとパンしか食べれない体質を恨みながら、彼女は牛乳をごくごく飲む。そしてそれは全ての女子が共通なようで、朝からがっつりなんて青春力があるのは、この場では瞑鬼と夜一だけだった。


関羽は一人部屋で飯。今頃持ってこられた猫缶にでもがっついているだろう。ペット可のホテルと言え、人とペットは食う場所が別なのだ。


飯が終わると、着替えて玄関に集合とのこと。全員揃ったら、いざ行かんショッピングへ。今日向かうのは、札幌最大のモールだ。今の時期は旅行客が多いから、スリに気をつけろという御触れが英雄からでている。


市内観光用のバスに乗り、みんなで向かった大型モール。地元にある、食料品と年寄りの暇つぶししかないような小さなものとは違かった。中にあるテナントの数は軽く五十くらいだろうか。洒落乙な服屋から、聞いたことある飯屋まで。半日時間を潰すには最適だった。


両手に土産を抱え、次に向かうのは観光地にもなっている森林だ。バスガイドさん曰く、かの白銀の神狼の森だそうな。今は完全に区画整備もされていて、野生動物は鹿とか鳥だけらしい。窓から流れる自然の景色。別に帰っても見れそうだが、旅行のテンションがそれを赦さない。


せめて先生の一人でも、それこそ里美でもいい、に付いて来てもらえば、レンタカーという選択肢もあった。だが、英雄が準備できたのはフレッシュのぶんだけ。陽一郎も仕事で、他に頼める人もなし。バスを貸し切ろうにも、七人じゃかなりもったいない。だから瞑鬼たちはこうして、大量の荷物を抱えたまま観光をしてるというわけだ。


「……神前くん、あこで常森佳美が言ったんだよ。『森は全てを見てる。犯人は君だ』って。ロケ地もここなんだって。すごくない?」


お気に入りの推理小説『北の大地の死神』のワンシーンを説明しながら、瑞晴が窓の外に輝く視線を注いでいた。テレビドラマ化もして、そこそこの人気を誇るそのシリーズは、一部信者もいるのだとか。


そして、瞑鬼たちが今いるちょっとした広場こそ、まさにそのシーンのロケ地なのだ。前にテレビでちらっと見たときは、とても瞑鬼が入り込める雰囲気じゃなかった。


「…………おう。すごいすごい」


適当に反応しておき、瑞晴の機嫌をとっておく。こと好きなものの話になると、彼女は陽一郎異常に熱が入るのだ。


石碑の説明を受け、神木だかに触れてみる。なんてことはない。ただの巨木だった。瑞晴は、ここが現場なのかー、なんて言って写真を撮りまくっている。そして似たような人が何人か。きっと同じ類なのだろう。


「……こんなとこだったんですね……。ちょっと村に似てます」


柵に寄りかかっていると、そばに寄って来たソラがそんなことを。少しだけ考えて、ようやっと思い出した。


瞑鬼と二人海岸に打ち出された時にソラが言ったこと。青森でも北海道でもいいから、二人で行きませんか。そんな彼女の切な願いも、半分だけ叶ってしまった。二人きりなのは、また別の機会だ。


「……楽しいか?」


「……めっちゃ。ご飯も美味しいです」


なにやら同じバスの人とバイク談義で盛り上がる夜一と千紗。大学生くらいのお姉さん軍団にアイスを奢ってもらう朋花に、蝶々を追いかける関羽。瞑鬼にとっては、修学旅行なんかよりもはるかに楽しい光景が、そこに広がっていた。


「……でも、本当は二人が良かったです」


少し意地悪そうな顔をして、ソラは言った。瞑鬼が困ると知って。でも、もうそんなのでいちいち戸惑う瞑鬼じゃない。


余裕で大人ぶって、笑って応える。それが一番だと思っているから。


「……そ、空が綺麗だな」


「はい。ありがとうございます」


「…………おぅ」


柵の向こう側に見える山。今日はあそこの頂上に行くらしい。確かあそこもロケ地だったはずだから、瑞晴のテンションも相当に上がるのだろう。一緒に写真撮りてえな。そんな考えが頭をよぎる。


一時間ほどドライブインを満喫し、向かうは森の中。ほとんど整備されてない山道を三十分。そこから歩くこと十五分。運動不足の朋花なんかは夜一に掴まってひーひー言いながら、山頂に到着。展望台から覗く景色は、大自然そのものだった。


望遠鏡が三つばかり。多分野生動物を見るためのものだろう。周りには露店なんかも出ていて、観光客ががっつりカモられている。


「来たよ!ついに!ほらあの焼きそば!佳美が食べてたやつ!」


さっきからテンションは上がる一方で、今の瑞晴はいつもの冷静さなどどこかへ置いて来てしまったよう。栗色の瞳にハイライトを輝かせながら、ご満悦顔で焼きそばを頬張っている。


まさか高校生で、しかも女子が火サスを見ているのは珍しいらしく。慣れているであろう店の人も、少しばかり嬉しそうな顔を。


日も暮れ暮れ、そろそろツアーも終わりを迎えようとしていた。あとはバスで市内に戻り、そこで解散となる。もっと自然と戯れたいと思っても、時間は早く過ぎてしまい。山からほんの一時間ほどで、車は停留所に着いてしまっていた。


一日ありがとうございました。ガイドさんがそう告げ、扉が開かれる。まばらに人が降りてゆき、名残惜しくも席を立つ瞑鬼たち。バスが去った後も、同じツアーの人たちで少し話をしていた。


夜一はさっきのバイク兄さんと連絡先を交換なんかしている。なんでも、次は日本全国を回ってくるのだとか。その時にツーリングでもするのだろう。


朋花はお姉さんたちに礼を言い、瞑鬼はそれらが終わるのを待つ。瑞晴と一緒に。


「……早かったね。今日」


「……だな」


沈みゆく夕日を眺めながら、ぼそっとそんな一言を。少し肌寒い。そろそろ戻って、夕食を探さねば。


そう思うのに、まだ身体はここを離れたがらなかった。たった一日。修学旅行で言えば、五分の一を消費しただけなのに。これまで旅行とは縁遠い生活をしていた瞑鬼は、友達と何処か遠くへ出かけたというだけで既に満足だった。


「……今日晩御飯なににしよっか?」


「……しおりだと、今から9時まで自由見学だったよな。……やっぱ海の幸的な?」


「……それじゃ、イクラとかどう?コレステロール取れるのは若いうちだけだし」


まるで中年夫婦のような会話をし、二人はのほほんとベンチに腰掛けていた。


本来なら、これからの予定は札幌市内の見学だ。五人一組で班になり、自由にしないを見て回る。そこで晩飯も取れとのこと。夜まで高校生を出歩かせていいのかは甚だ疑問だが、魔法が使える世界では治安も何かといいのだろう。勝手にそう思っておく。


まだ何かとみんな話が終わらないようなので、瞑鬼は腰を上げ三人分のジュースを買ってくることに。近くの公園までぷらぷら歩いていって、すっかり平たくなった財布を開く。


三本矢の炭酸水を購入し、戻ろうとしたその時だった。瞑鬼の背後に、誰かの気配が迫っていた。


一瞬だけ頭をよぎったのは、かつての明華のような。周りの残留魔力が畏れて、散らされていくような。


「……っ!」


全身の細胞が警戒し、魔法回路を開きながら振り向いた。もう第五の魔法を使う準備はできている。


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