表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
203/252

偽りと日常と


二、三秒だけ悩み、出した結論は、


「……さぁ。判断は委ねられたぞ。関羽」


愛猫への丸投げだった。人語を解する猫がどちらを選ぶのか。野生の勘に全てを任せる。


だが、瞑鬼とて馬鹿じゃない。適当に関羽に投げ出したように見えるが、実は考えあってのことだ。関羽は考える。どちらがより主人とくっつけるかを。そしてその時考えるのが、より効率のいい方だ。


仮に三人の方に偏れば、瞑鬼のところに行ける確率が二分の一に下がる上に行ったとしても二人の邪魔が入る。だが、夜一一人だけだと放っておいても無害なのは彼女もわかっていた。だから瞑鬼は確信を持つ。関羽はこちらに来ると。


「……こいこい。そうそう、こっち」


ちっちっと指で招いて、何とか関羽の気をひく朋花。こいつだけは間違っても瞑鬼と同じ部屋になることを拒んでいる。癪だが、この一瞬だけは二人共に共通の目的があった。


大好きな主人に呼ばれたからなのか、関羽の足がこちらを向く。口元に笑みを浮かべる瞑鬼。読めていた。自分の飼い猫なのだから。そう。完璧に。関羽の考えは。


「……甘いね」


だが瞑鬼は忘れていた。向こうの陣営に、最強無敵の魔法使いがいるとこを。


瞑鬼に向かって一歩を踏み出した関羽の足がぴたりととまる。顔を上げた三人の目に映ったのは、魔法回路を開いた瑞晴の姿。浅く呼吸して、人以外だけがわかるくらいの濃度のフェロモンをだしている。


いくら関羽がクラキストと言え、最強な瑞晴の魔法に逆らえるはずがなく。呆然と眺める三人に尻を振り、あっさりと瑞晴の胸に飛びついた。


「……決まったな」


「さて、チーム決めですよ」


「ぐっぱは不満でるし、話し合いでいこ」


そう。初めから瞑鬼たちに勝ち目はなかったのだ。それを知っての向こうの余裕だったということ。


一度決まってしまった以上、もうやり直す時間も気力もない。神に願う朋花を放っておき、話し合いは始まった。そして二秒で決着がついた。


初めから必要などなかったのだ。関羽があっちに行った時点で。夜一は千紗と同部屋希望だし、瑞晴とソラは互いを監視するため同じ部屋。そして瞑鬼に選ぶ権利などあるはずがない。


エレベーターを二つに分けて上る。初めに夜一、千紗、朋花の三人。余ったのは後から。ちーんと箱が降りてきて、三人を乗せ上に向かう。次に降りて来るまでが一番辛い。


「……私、ホテルって初めてです」


妙に顔を赤らめて話すソラ。


「……なんか、緊張するね。うん」


こちらも心臓ばくばくな瑞晴。折り返してきたエレベーターに全員で乗り、8階のボタンを押す。ちょっとだけGがかかり、あっという間に着いてしまった。


オートロックなそのホテルは静寂に満ちていて、廊下中を無機質な匂いが覆っていた。クーラーがかかってないが、ここの夜は十分涼しい。少し寒いくらい。


荷物を持ってさまようこと二分くらい。部屋を見つけて、恐る恐るカードキーを添える。機械式の鍵なんて初めてなので、開くかどうか不安だった。


さすがは信頼のある日本製。ちゃんと開いて、重たい扉を音立てて開放。いたって普通のワンルームと、風呂トイレ一体のシャワールーム。綺麗に二つ並んだベッドと、少し離れたところにもう一つ。学生用に準備されているみたいな。


「……言っとくけど、すぐ飯だからな?」


トランクケースをそこら辺に置いといて、財布と携帯だけポッケに突っ込む瞑鬼。もうホテルを出なければ、予約している店に間に合わない。


しかし、眼前にはやけに興奮ぎみにベッドダイブする女子が二人。外泊することが無いソラはまだ理解できるが、高校生の瑞晴ですら恥じらいもなくごろんごろん回っている。


何なのだろう。瞑鬼は保護者なのだろうか。北海道についてから、どうにも瑞晴が幼児退行しているように見えて仕方ないのだ。これが魔女相手に啖呵を切ったやつと同一人物だとはどうしても思えない。


「……いやぁ、楽しいね。なんかさ、私らだけでっての」


「…………こないだ読んだ小説に、こんな展開ありましたよ。なんだか心踊っちゃいます」


華麗に日本語を使いこなすソラに感心しつつ、そして時計の針を気にしつつ。そして瞑鬼とて、この旅に興奮しないはずがない。高校生だけで長旅して、それがあと一週間も続いて。加えて旅自体が学校からの要請。


だから当然目の前のシーツを見たらうずうずするわけで。枕が二つもあるものだから、手に取ってしまうわけで。


「俺が勝ったらいくらかな!」


顔面に当てないよう男子として極限まで注意して、二つの弾を投げつける。どうやら二人もそれを待っていたようで、あっさりガード。そして合わせて四基の枕が瞑鬼の顔に叩きつけられた。


こんな気分はいつぶりだろうか。ちゃんと自分が友達と楽しめて、学生っぽいことをできている。思ってなかった。少なくとも怨みに呑まれて、魔女殺すしか考えてなかったあの頃は。


嬉しそうなソラの表情を見るだけで、なぜだか気分が晴れてゆく。この旅行を計画してくれた英雄を、ミリグラムだけ見直した。


笑って、小学生の町内会旅行のように枕投げを繰り返す。いつの間にか関羽も人モードに変身し、全裸のまま戦いに参戦。驚く瑞晴になぜだかボディプレスをぶちかまし、そのままベッドの上でじゃれ合いに。


「…………なんか、冷静になりました」


「…………俺も」


哀れ生贄となった瑞晴を尻目に、二人して息を切らしながらベッドに腰掛ける。関羽の決死の突撃により正気に戻ったのだ。

一人猫と闘う瑞晴。その顔は恥じらいからの熱気から真っ赤になっており、くすぐったいと連呼している。


なんだかイケナイものを見ている気分になったので、なるべく瑞晴には触れずに関羽を引き剥がす。今度は猫に戻って瞑鬼の肩に首にしがみつく。最近運動不足なせいで太ったのか、筋肉が攣りそうに。


まだ寝る前じゃないのに無駄な体力を使ったせいで、丁度いい感じに腹が減っていた。も、時計を見て戦慄する瞑鬼。長い針が八を指していた。


急いで支度をし、カードキーだけ厳重に確認して部屋を飛び出す。急いで焦ってエレベーターを待ち、下に降りたと同時に玄関へ急いだ三人と一匹。待っていたのはため息をつく夜一だった。


「…………貴様は、そうだな。コーンとタレだけくれてやろう」


「……返す言葉もねぇ」


先に待っていた三人にへこへこ頭を下げ、向かうはちょっと高級めの焼肉屋。初日の晩御飯がここらしい。観光を終えて、七時くらいを予定しているのだとか。


貰った地図通りに街沿いをゆき、やっとの思いでたどり着く。早足のせいか三分前には店の看板を前にしていた。天道高校の名前を告げ、導かれるままについてゆく。


店には9時だというのにまだまだお客はおり、その中には学生の姿もちらほらと。多分地元生だろう。


肉の焼ける音と、鼻腔をくすぐる芳ばしい香り。通されたのは団体用の座敷だった。多分百人とかそこらが入りそうな、掘りごたつ式の畳張り。七人で使うにはあまりにも大きすぎる。


馬鹿でかい部屋の真ん中にぽつんと座り、コースメューが来るのを待つ。なんとも悲しい時間だった。ここら辺は考慮して欲しかった。そして何より、瞑鬼の周りを渦巻く環境が恐ろしかった。


どうしても肉が食べたいと強請る関羽が、なんとびっくり人型かつ服まで着て瞑鬼の隣に座っているのだ。逆サイドにはソラが威嚇をむき出しに。


そして正面にはちびちびとコップを傾ける瑞晴が。嬉しくも早く帰りたい。そう思える微妙な空間が出来上がっている。


「……お肉、楽しみです」


だが、女たちのぎすぎすした争いから真っ先に降りた人物が一人。最もこの焼肉を楽しみにしていたであろうソラだけは、純粋に楽しみに。


そしてそれは関羽も同じなようで、こくこくと首を振ってはそわそわ落ち着かない様子だ。服を着てくれたのは何よりだが、行動が完全に人のそれではない。何せ猫の時と同じような感覚で、瞑鬼に抱きついてくるのだから。


クーラーがあるから暑くないし、何より獣臭いとかいう弊害もない。が、しかし、今この状況での関羽の行動は、何よりも危惧すべきものだ。彼女の人型は、瑞晴をベースに作られている。当然顔も似ているし、ボディラインなんか流用もいいところ。違うのは髪型くらい。そんな関羽に抱きつかれ、余すとこなく全身を押し当てられたら。


思い出してしまう。瑞晴に言ったセリフを。手が勝手に動いてしまう。頭を撫でてやり、されるがままに頰を差し出す。めっちゃすりすりされた。


そんな様子であれば、いくら温厚な瑞晴とてイライラが募るわけで。相手が猫だとはいえ、大人気なくなってしまうものむりはなく。


「…………こらこら関羽ぅ?そんな事してると、神前くんのご飯が生のコーンだけになるよ?」


「おう。…………おぅ?」


「瞑鬼さんそれで満足みたいですし、お茶だけでいいんですよ。コーンは関羽に」


「なぜ俺がっ!?」


瞑鬼がうろたえるたびに、周りで笑いが起こる。夜一も千紗も一応は笑顔になってくれているので、さっきの償いはできただろう。


七人なのに百人ばりに騒いでいると、予想よりも早く肉が運ばれてきた。牛と豚と山のような野菜に、メインとなる羊がどっかり盛られている。ずらずらとテーブルに並べられたそれを見るなり、ソラの目は輝いていた。


「……とにかく、食おう」


リーダーの一声でそれまで喧しかった机は一瞬にして飯モードに。大声出さずに喋りながら、鉄板の上に広げられてゆく肉たち。


ものの何十秒かで、金網の上には幾枚もの焼肉が並べられていた。掬ってとって、タレにつけるを繰り返す。人生初めての焼肉に、ソラと関羽は大興奮だった。


食事が終わったのはそれから一時間ほど経ってから。シメとして持ってこられたアイスを胃に流し込み、合掌してから店を出る。支払いは英雄のカードから落ちるというので、折角だから店頭にあった特製ダレをお土産に購入した。


夜の歓楽街は思ったよりも明るくて、少なくとも商店街よりかははるかに都会だった。少しばかり風が冷たいが、飯食った後には丁度いい。


適当に店を見て回り、面白そうだったら入って遊ぶ。まさに旅の醍醐味というやつを、7人は楽しんでいた。


中でも一番はしゃいでいたのは、やはりこの旅行に未来をかけているソラ。そして人間になった関羽の二人だ。片方はやたらめったら瞑鬼に近づき、もう片方はその無限の食欲で何度も瞑鬼の財布を開けさせる。甘え上手な態度に、強気に出れない情けないリーダー。だからなのだろう。瑞晴の機嫌が悪くなっていったのも。


「…………瞑鬼、そろそろ控えておけ」


夜も十時を回ったところで、アイスを買った瞑鬼を夜一が止める。


「……だな。これ以上はめんどそうだ」


この時間を過ぎると、もう高校生が出歩いていい時間帯じゃない。いくら観光地とは言え、未成年だけで歩いていたら青い服着たおっさんに止められる可能性もある。


か、しかし瞑鬼が真に気にしているのはそこではない。何よりも面倒くさいのは、瑞晴の態度だった。ソラや関羽と楽しく遊んでいるが、表情の奥には瞑鬼と似たような腐った瞳が宿りつつある。


愛すべきレモンティーを飲みながら、瞑鬼は思い出していた。ずっと前、あれは確かまだ瑞晴の家に来た一日目のこと。陽一郎が言っていた、瑞晴は面倒くさいと。ずっと何のことかよくわからなかったが、やっと今明らかになった。


「……かえるぞ」


第二の魔法でみんなに旨を告げ、集まったところでホテルへ戻る。明日の朝の予定を軽く確認し、夜一たちとは部屋の前で別々に。


一日目なのに疲れた身体を引きずって、瞑鬼はベッドに顔からダイヴ。ソラと瑞晴は買ってきた白い恋人を軽くつつく。テレビも付けることなく、部屋は沈黙で満ちていた。みんな遊び疲れたこともあるが、問題はそこじゃない。


もうすっかり寝る時間で、でもまだやるべき事は残っている。健全な思春期女子たちにとって、これは欠かせない日課だった。


「……誰先に入る?」


真っ先に話題を切り出したのは、さっきまで不機嫌を隠し殺していた瑞晴。それに連なるように、ソラと瞑鬼も動き出す。


「……私は後でいいです。瑞晴さんお先にどうぞ」


「……俺も後でいい」


そう、この場で起こっていた沈黙の戦い。それは、誰が一番最初に風呂に入るかである。この時間じゃ当然大浴場は閉まっているし、となると部屋のやつしか選択肢はない。しかし、問題なのはその順番だ。


ソラと瑞晴は牽制しあっている。だからどちらかが先にはいれば、もう片方がその間に瞑鬼を連れ夜一たちの部屋に行ってしまう可能性があるのだ。瑞晴としては、現時点で勝っているからとて油断はできなくて。ソラとしても、負けているからとて諦めきれなくて。


そして何より、間に挟まれた瞑鬼が恐れていた。いつか二人が衝突することを。この状況は男として限りなく嬉しいが、だから崩れるのも怖い。瑞晴に告げた気持ちが本心だが、だからと言ってソラを反故にできるかと言われれば、それもまた不可能。ずっと求めてきた仲間ができたのに、それを棄てるのは甘っちょろい瞑鬼にはできなかった。


「……誰でもいいよ?」


「私もです」


「……俺も」

まるでいつもの桜家のような、やる気のない会話。母親代わりの瑞晴が催促し、陽一郎が順を決める。裁定者がいないこの場では、無駄なサイクルだけがぐるぐる回っているのだ。


そしてみんな考える。一番いい解決法は何かと。そしたら自然に答えは出てくるわけで。別に嫌でもないので、提案するやつが現れる。


「……それじゃ、うん。一緒に入ろうか?ソラちゃん」


「…………はい。背中流しますね」


簡単な話、瑞晴とソラが一緒にはいれば解決なのだ。幸いにも風呂は二人くらいなら十分入れる大きさだ。よく修学旅行生が使うから、そこら辺は考えられているのだろう。


二人が仲良くバスへ消えたところで、ようやく瞑鬼に安息が訪れた。まだ止まらない心臓の高鳴りを抑えるため、湯沸しポットでコーヒーを。無理してブラックにするのも、女の子の手前格好つけたいお年頃だから。


一つしかない椅子に腰掛け、頬杖をついてテーブルに体重を預ける。正面にあった鏡を覗く。後ろにあった二人の荷物が、何とも言えない生々しさを醸し出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ