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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
202/252

到達!北の大地


「……瑞晴さんにも、負けません」


ぼそっと呟いたその声は、瑞晴の耳だけに届いた。宣戦布告ととったのか、余裕の笑みで返す。いつもはソラに激甘な瑞晴だが、こればっかりは譲れない。


一際大きく船が揺れ、亜寒帯の寒風が三人を通り過ぎた。夏であったかいとパンフレットにはあったが、それでも本州人からしたら肌寒い。汽笛が鳴る。海岸線に灯りが見え、いよいよ白銀の大地が目の前に迫っていた。


すっかり暗くなった空と、何百もの光に彩られた水平線。黒と白とのハーモニーは、心に響くくらい美しく。いつの間にか隣にいた夜一たちも、その他の乗客も、迫り来る未知の地に興奮を隠せない。


ものの十分もすると、船は速度を落とし付き場へ向かう。ごついロープで繋留された後は、順々に降りて行くだけ。なるべく最初に出たいからと、みんなこぞって出口を目指す。


降り口で荷物を受け取ったら、もうそこは北海道の第一歩だ。やっと来たという感覚を、踏みしめる大地から感じ取る。


「……でかい」


開口一番、瞑鬼の口から出た言葉はそれだった。目の前にある建物や、ずっと彼方に広がる無限とも思える大地。商店街や学校からも山は見えるが、ここまで早大感を感じたことはない。


加えて、お盆過ぎの気候のせいか、ここはやけに乾燥していた。だからより空気が澄んで。かなり向こうまで見渡せる。東京ほどではないにしろ、並ぶネオンは想像以上。


「……なかなか過ごしやすそうだ」


「夏でよかったって感じ」


がらがらと荷物ケースを引きずりながら、夜一もこの広さに心打たれているようだ。初めて寒い土地に来たソラなんかは、吹き抜ける空っ風に驚いているほど。まだここは海岸だからマシだというのに、そんなのでこの先大丈夫なのかと若干の不安が。


札幌行きのバスが来るのは十数分後。荷物は停留所に預けて、来たら勝手に乗せてくれるのだそう。それまでは自由時間とリーダーの指示。それぞれが勝手に歩き回って、船着き場周りの店を見る。


瞑鬼と瑞晴が選んだのは、アイヌ風の店構えをした伝統文化販売店。早い話が土産物屋だ。獣の牙やら毛皮などの胡散臭いものから、地酒、郷土料理などの食べ物まで。思ったよりも種類は多い。

そしてその中、ある一つのショーケース前で、瞑鬼は言葉を失っていた。


「……すげぇ」


一緒に見ていた瑞晴を思わず忘れてしまうほど、それに心惹かれた瞑鬼。なぜだろう。どこか懐かしいようで、でも何も思い出せなくて。


「おぉ……。これはすごいよ。うん」


背後でアットゥシだとかの、小さな服を見ていた瑞晴が振り返る。そして彼女もそれに目を奪われた。気づけば、さっき船に乗ってここに来ていた観光客のほとんどが、その前を横切っては惹きつけられるほど。


そこにあったのは、一つの大きな生き物の剥製だった。全身を覆う銀の毛並みは、一つ一つがシルクのように輝いて、そこから覗く純黒の眼は、視線があったやつをびびらせる。死んでいると分かっているのに、動かないと分かっているのに、全長2メートルはあろうかと言うそいつは堂々とした存在感を放っていた。


日本人で、男子なら憧れるであろうその動物。古来よりこっちでは神の名を冠した、尊大で信仰的な獣。社会の授業で絶滅したと習ったときは、酷くショックだったことを覚えている。


「……これは白銀はくぎん神狼じんろうといいましてね」


集まったお客のためか、レジ前でぼけっと座っていた老婆が前に出る。いかにもな民族衣装に身を包み、どれだけ売り込みたいか杖まで持って。


つかつかと剥製の狼の前に出て、得意げに語る昔話。曰く、この狼は実在した伝説の狼らしい。その大牙は熊を一噛みで絶命させ、しなる四爪は一振りで人を薙ぎ払う。


蝦夷に住む全ての狼の頂点に立ち、一部の民草からは神と称された。平成に入り、あまりにも人との隔絶が開いたため討伐される事になったが、その時には全面戦争が起こったことも。本土に来る魔女も魔王軍も、全て一匹で嚙み殺し、白銀の民と呼ばれる民族を率いた、なんて逸話もあるらしい。


そして遂には人間界総出の狩りが行われ、二千の死者を出しながらようやく討たれたのが十二年前。ちょうど瞑鬼が母と旅をした一ヶ月前のことだ。


話し終え、老婆は商品を進める。ガラスのショーケースに入っている鉄製ナイフは、その時の狩りで使われた。だとかそれは神狼の毛で編まれたマフラーです。だとか。商魂たくましいその姿勢に、ついつい瑞晴もつられてしまいそうになった。


だが、すんでの所で財布を取り出さなかったのは、隣にいる瞑鬼の様子を見たから。ずっと剥製を見て、魂を抜かれたように固まっていたから。


「……瞑鬼くん?」


肩を揺すって話しかける。だが返事はなし。けれど眼は確かに光があった。いつもは腐っているはずなのに、その時の瞑鬼は確かに光を宿していた。


頭に疑問符を浮かべながら、瑞晴は肩を揺する。朝の電車と同じような様子の瞑鬼に、何か不安を覚えたのだ。


「……ごめんっ!」


しかしここは店内。さっきの婆さんの話のせいで、他のお客もたくさんいる。そんな所で大声を出せるほど度胸もなく、恥じらいはある。


だからちょっと悩んだ末、出した結論はデコピンだった。ほんのり魔法回路を開いて、結構強めに頭を弾く。


そこまでして、ようやく瞑鬼は目に濁りを取り戻した。謎の浄化から解き放たれたその顔は、いつも通り、瑞晴が好きな瞑鬼の顔だ。


「…………またか。すまんな瑞晴」


「まぁ、別にいいんだけどさ。……疲れてる?」


最初に疑ったのは、あの件以来瞑鬼がずっと疲れっぱなしだと言う線。事実瞑鬼はフレッシュのリーダーとして、大嫌いな英雄と夏休み中に何度もあっている。それは向こうが来るから悪いのは英雄な気もするが、きっと瞑鬼にとっては大きなストレスだろう。


そらに、瞑鬼は基本人に頼らない。こないだもソラが迷子だと言う時に、ずっと一人で夜中まで探し歩いていた。つまる所、この男は不器用なのである。


「……いや。あぁ、そうかも。いやぁ、おう。大丈夫だと信じたい」


「……ソラちゃんの事もだけど、アレだよ?仲間、なんだからさ」


仲間、その響きがなんだか嬉しくて、気づくと瞑鬼は笑っていた。恥ずかしいのか、瑞晴も笑ってそれをごまかす。


市内に向かうバスが来たからと言う事で、ぞろぞろと人が店から出てゆく。だが、瞑鬼は最後までそこに残っていた。後ろにそびえる神狼を何度か振り返り、そのたびに足を止めて。


何かが頭の中に引っかかっていた。誰かの顔が目の前をちらついていた。けれどもう思い出せない。忘れたとかそんなんじゃなくて、まるで初めからなかったように。


全員揃ったフレッシュメンバーから声をかけられ、ふらふらとした足取りでバスに乗る。去り際にもう一度だけ振り返り、神狼と目を合わせた。当然何も起こらない。


「……腹減ってるのか?瞑鬼」


「……まぁ、それなりに」


「私、羊食べるの初めてです!めっちゃ楽しみです!」


これからやっと晩御飯という事で、ソラはやけにご機嫌だ。魔女の里では妊娠期以外精進料理のようなものしか食べないそうなので、ソラは肉自体食べる機会が少なかったのだろう。それに皆んなで食べれるからなのか、いつも以上に張り切って腹を空かしていた。


がたんごとんと揺られながら、すっかり暗くなった窓の外を眺む。どこもかしこも似ていた。気温以外は。既視感というやつだろうか。どうにも瞑鬼はここに来たことがあるような気がしてならないのだ。


ホテルに着くまでそれは続き、バスを降りてチェックインの時まで瞑鬼の心はどこにもあらず。本格的に瑞晴が心配しそうなので空元気を貼っておくが、それもいつまでもつだろうか。


修学旅行生御用達といったホテルの内装は、普通に綺麗なものだった。だが、そこで問題が一つ。


「……鬼くそ生徒会長め……」


「……まずいね」


瞑鬼は憎しみを込め、瑞晴はやれやれ感を出し。遠い地にいる英雄に対し、恨みの念を送ってやった。


関羽を除く人は六人ぴったり。普通は二人部屋を三つ予約する所だろう。大部屋がある旅館じゃないのだし、学生の旅行なら当たり前のこと。だが、流石予定が修学旅行の事前研修。なんととられていた部屋は、三人部屋が二つだった。


確かに、学校でやった班決めは三人一組だった。だが、この男女比を分かっていて英雄はやりやがったのだ。多分今頃ほくそ笑んでいる所だろう。どうだい?面白かったかい?帰ったら言われそうな事が用意に予測できる。


後ろで待っているお客さんがいる以上、あまりフロントで抗議できるはずもなく。また旅行シーズンだけあって、変更も無理とのこと。仕方なく鍵を受け取って、三人は近くのソファに腰掛けた。


「……どうする?」


唐突すぎて頭が回ってない瞑鬼。代わりに千紗が案を出す。


「まぁ、普通に考えれば私ら四人でそっちに関羽じゃない?」


「……だね。椅子でも寝れるしね」


朋花もそれが良いと言わんばかりに千紗側に。普通ならそうする。きっとこれは英雄から緊急時に対する判断能力を求められているのだ。勝手にそう解釈し、瞑鬼も了承しようとした。


しかし、瞑鬼は忘れていた。今ここは決戦の場なのだと。ライバル以外の邪魔が一切入らないことを確定された、旅という限定空間。だからトラブルがあって、なんて事があったら、現時点で負けてるやつが出てこないわけなくて。


「……いや。私はいいですよ。三人でも」


最初に仕掛けたのはやはりソラ。フロントの時点で何かしてくると思ったが、案の定ここに来て先手を打ってきた。


面食らったような顔をする千紗に、事情を知ってかにやける朋花。そして宣戦布告をされたライバル様は、


「……やっぱね。旅行だしね。それに、あの人のことだし、多分この後もずっとそうだよ。だから。うん。ずるいじゃん、男子だけ」


案の定ソラの挑発に乗ってしまっていた。正直瞑鬼は戦争を避けるため二、四が好ましいのだが、ここでリーダー権限など発動できるはずもなく。


女子は女子で二つの陣営に分かれた。そして瞑鬼は千紗派。そのことはみんな気づいていて、だから視線は残った一人に注がれる。


「……ん?俺か?そんなの三、三に決まっているだろう?」


当たり前のようにこの男はソラ派についた。考えてみれば、年がら年中頭の中が飯と拳と千紗しかない男なのだ。瞑鬼と二人で過ごすのは寝る間だけにしろ、可能性があればそれすらも潰したがる。


一体普段二人がどれだけ仲いいのか。瞑鬼たちとていつも六人一緒なわけじゃない。ずっと仕事で一回も夜一と顔を合わせない日もあるし、そもそも夜一たちは毎日桜家にこない。若干二人の私生活が気になりつつも、聞くのは夜の恋話にとっておくことに。


英雄が準備した晩御飯の時間は、少し遅めの夜九時から。今はもう八時だから、あと半刻もしたらホテルを出なければならない。従って、こんなところで揉めている時間が惜しいわけで。


「……どっちにする?決めろリーダー」


「だね。ここはリーダーで」


「民主主義、民主主義です。リーダー」


都合のいい時だけリーダーリーダーと持て囃し、隊員たちは迫り来る。とは言え瞑鬼は千紗派なわけで。でもこっちにしたら、向こうからの圧力が重そうで。


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