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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
白銀の神狼編
201/252

果てを目指して数十里


喧しいくらいの蝉の声と、湧き立つような熱気。そしてほのかな緊張感と殺意が、英雄の周りを渦巻いていた。


「……準備はいい?ユーリ、マシュ」


普段なら簡単な確認にとどまるだけのその声も、今の英雄からはやたらと強張って伝わってくる。しかし、状況を考えればそれも納得だった。


三人のいる場所。それは、瞑鬼からの要望があった神前邸の前だった。どこにでもあるような家構えに、そこそこ手入れのされた庭。曰く魔王軍が籠っているとの事だが、まだ確信はない。


「……問題ない。いつでも行けるぞ、英雄さん」

「こっちもね」


だが、それはあくまで用心深い英雄だけ。他の二人は完全にここで決着をつけるつもりでいる。


例の魔女騒動の時、フレッシュ側から待機を指示されたハーモニーだが、おっさんたちもただただ家で惰眠を貪っていたのではない。一応はこの街をずっと守ってきた人材が、おいそれと若者に仕事を投げ出してはいお終いなんて、とてもじゃないがリーダーが許さなかった。


それに、前々から情報はあったのだ。考えればわかる事。人間と姿形の大差ない魔王軍が、辺境の島国に人員を送り込まないはずがないと。


そして秘密裏に色々と調べ、出した結果がこの家に。瞑鬼たちには内緒で話が進められ、討伐は当たり前だが英雄の仕事。


背中から噴き出す汗がシャツを侵食する感触を感じ、はぁとため息をつく英雄。いつもこういう荒事は神峰勢力が請け負うことになる。それが堪らなく面倒くさいのだ。一応は受験生である自分に頼るなんて、大人たちはどれだけ頼りないのか。そう思ったことも幾度か。


「……とっとと終わらせて、帰って寿司でも食おう。経費で落とすから」


年相応の気だるさを感じさせる物言いで、英雄は敷地に足を踏み入れる。結界だとか監視カメラだとかが無いのは事前に確認済み。更に家にいることも判明している。


どことなく安心感を覚える英雄の背中を追い、ユーリと満堂もその後を。まずすべきはインターホン。押し込み強盗は品がない。


「……生魚って、どうも合わないんだよねー」


「安心しろ。最近は肉巻きなるものもあるらしいぞ」


「……まぁ、お喋りもほどほどにね。もう気づいてるよ」


いつでも魔法回路を開く準備をし、三人は玄関先で構えをとる。どこから出てこられても対応できるように。


相手の情報は事前に研究してある。そして英雄と満堂、ユーリのスリーマンセルなら、ほぼ誰にも負けはない。だからハーモニーも大手を振って彼等を編成できたのだ。


家の中から漂う邪気を肌で感じ、英雄がベルを鳴らす。短い間隔で、二回。電子音が鳴り響き、奥から人が動く気配がした。


瞑鬼とおっさんたち曰く、敵は二人。四十過ぎの男と女。うち一人は魔女で、もう一人は魔女を一撃で殺すほどの魔法の持ち主。魔王軍基準が何かはわからないが、少なくとも名前持ちなのは確実。だからいつもみたいな油断はせずに、引き出せるだけ引き出して粛清する。


頭の中で自分のすべきことを繰り返し、英雄は扉を見る。もうそこには人がいた。あたかも人間のように、溶け込めていると思い込んだ愚か者二人が。


押し戸がゆっくりと開け放され、お約束通りのいかついおっさんが顔を出す。


「……あぁ。なんだぁ?」


「先ほど電話しました、天道高校新聞部です。取材の」


「あらぁ。なかなかイケメンじゃない?どうぞ入って」


もし目の前の二人が本当に魔王軍ならば、間違いなく英雄の顔写真は伝わっている。それなのに素直に招き入れるということは。


やれやれ。心の中で呟いて、英雄は敵地に足を踏み入れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



車窓を除けば、そこに見えるは無駄に壮観な立山連峰。つい最近出来たばかりの新幹線に乗って、瞑鬼たちは旅の道中を楽しんでいた。しかし、こらから迫り来る苦痛のような連続移動を考えると、この数時間だけの元気もすぐしぼんでしまう。


地元石川から出てまだ1時間。今日の予定を確認するに、ホテルに着くのは日が変わるか変わらないかのギリギリらしい。


「……サンドイッチでも食べる?瞑鬼くん」


ぼんやりと連峰を眺めていた瞑鬼の腹が鳴る。それを気にしたのか、瑞晴が手に持っていたバスケットを差し出してきた。


「…………さんきゅ」


「瑞晴の手作り?なら私も」


「んじゃ俺も」


「……私は果物のやつを」


「朋花はこれー!」


瞑鬼が手を出すよりも早く、周りの席から手が忍び寄っていた。流石は食い盛りの思春期ども。飯の匂いには敏感らしい。


現在の時刻は朝の9時ちょい過ぎ。英雄たちが神前邸に踏み入る、実に3時間前の出来事である。外を見れば広がる田圃にでかい山。かといって内を見ればそこには飯に群がる集団が。まるで修学旅行にでも来たような、不思議な気分に瞑鬼は浸っていた。


「……どう?」


いつの間にかバスケットを野獣たちに放り投げ、隣に来ていた瑞晴から一言。不意を突かれたが焦るほどじゃない。


「……さすが果物の扱いは一流だな」


素直に美味いと言えばいいものの、相変わらず瞑鬼はストレートが投げれない。あの晩、一週間ほど前の空祭りの日に、確かに想いは交錯したはずなのに。


だが、瑞晴とてそれを分かっての質問だ。ここで瞑鬼が直球的な物言いをすれば、それこそきみ悪るがられるというもの。二人が理解しているから、この奇妙な関係は成り立っていた。


生クリームと新鮮な果物の味を舌で感じ、窓辺から差し込む日を眺める。まさか戻ってくるとは思わなかった日常というやつを、みんなは徐々に取り戻しつつあった。


「…………お父さんが言ってたんだけど、青森はりんご最強の土地らしいよ。まぁ、結構有名だけどね」


「……瑞晴は視察も兼ねてるのか……」


「まぁね。旅行っても、名目上だから。情報収集だよ。うん」


瞑鬼たちがわざわざ新幹線に乗ってまで、高校生だけで旅をする理由。それは、かの神峰英雄からの一通の依頼がキッカケだった。


魔女騒動を終えて何日後か、英雄から瞑鬼の元に一本の電話が。内容は北海道へ行け。理由は魔女討伐のご褒美と、今秋行く修学旅行の下見とのこと。


あれだけ学校に馴染めてなかった瞑鬼でも、一応は試験を受けて入った身。だから一年の入学時から、それなりに楽しみにしていたのだ。天道高校の修学旅行は、沖縄か北海道かの選択制。いくら秋とは言え、まだまだ南の島は暑く、当然生徒の過半数は沖縄を選ぶ。もちろん瞑鬼たちとて例外でない。


だからなのだろう。二つとも行けたらいいじゃない。きっと英雄はその程度にしか考えてないのだ。因みに沖縄へは英雄たち本人が行くらしい。普通なら先生がやるはずのそれだが、何でもハーモニーの仕事の方が忙しいからだとか。


そこでハーモニーの存在を知り、かつ一番暇そうな瞑鬼たちに話が回って来たということらしい。


夏休みに、学校公認で友達と一週間の旅行。それに旅費はむこう持ち。誰も断るはずがなく、瞑鬼が朝起きて目を覚ますともうみんな準備完了だったというわけだ。


「……美味いな」


「……ありがと」


だが、どういうわけか、本来ならば飛行機から見下ろすはずの日本列島を、フレッシュは電車移動していた。それと言うのも、原因は、


「…………怒るなよ、関羽」


「……嫉妬かな?残念。駅着くまでは何もできまい子猫ちゃん」


瞑鬼の足元にある大きなケージ。その中で瑞晴を狩り取るべく暴れまわる子猫にあった。英雄が言うには、関羽も今回の功労者。だから仲間外れにはしたくないけど、猫は飛行機乗れないしねぇ。だとか。宿自体はペットオーケーのを事前に予約してくれていたが、まさか飛行機まではチャーターできない。


ならば瞑鬼だけが電車で行けばいい。そう英雄は提案したが、それに従うクラキストではない。瑞晴と張り合うように私も私もと言い出して、結局みんなで仲良く10時間移動をする羽目になったということだった。


この後東京まで行き、そこから上越線に乗り換え、何とか青森の地を踏んでからは、フェリーでいざ行かん白銀の大地。それが今回のプラン。だから当然、一番最初で力を出し尽くしていいはずがない。のだが。


「旅の醍醐味はトランプだ。やるぞ」


「ソラ、大富豪って知ってる?」


「……ルールくらいならいけます。村でやったことも」


「私もやるー!」


何を思ってなのか、この面子は誰一人として体力の温存など考えていなかった。瞑鬼への態度は最悪な小娘まで、夜一の前ではやけに素直に。見ているだけで妙に腹立たしい。


だが、確かに旅の醍醐味は移動中にある。それも事実。だから付き添いの先生のごとく野暮なことをするわけにもいかず、瞑鬼は黙って窓の外を眺めるだけだった。


きっと、本当の修学旅行もこんななのだろう。残る夏休みは一週間とほんの少し。頑張って積み立て分だけでも稼いで、何としても行きたかった。


無駄に重たいスーツケースががたがた揺れて、関羽のケージに激突する。焦る関羽。それを見て笑う瞑鬼。笑う瞑鬼を見て微笑む瑞晴。まるでここだけ、田舎に帰る老夫婦のような落ち着きだ。


「……やっぱさ、十勝平野は外せないよね。森の中で山菜とるツアーもあるらしいよ」


「……寒いのは勘弁」


「天気予報だと、今はそんなにだって」


「…………そっか」


世界最高の飲み物であるレモンティーを腹に流し込み、瑞晴との歓談にふける。アナウンスがなった。どうやらもう名古屋まで来たらしい。


まだ見ぬ北の大地を仰ぎながら、瞑鬼はゆっくり目をつむる。


浮かんで来たのは、なぜだか幼い日の記憶。母と二人で内緒の家出。アレが初めて、母から義鬼の悪口を聞いた瞬間だった。北海道に実家がある母親と一緒に電車に乗って、パパは酷いねー、なんて言ってた気がする。五歳くらいの時だった。


しかし、どういうわけか瞑鬼はその事を今の今まで忘れていた。それに思い出したのは断片的な情報だけ。十二年も前となれば、そりゃ記憶も薄れるだろう。だが、アレは確かに瞑鬼にとって忘れられない思い出だったはずだ。


そう確信できるのに、肝心な事が思い出せない。出てくるのは電車に乗って、北海道に向かったという記憶だけ。


目を開けたら全てが消えてしまうような気がして、瞑鬼はなかなか寝付けなかった。クーラーガンガンの車内にいるのに、じんわりと冷や汗が滲み出る。まるで何かを畏れているように、身体が記憶を拒絶していた。


誰かの手が肩に乗せられた。目の前に現れたのは母の顔。何だか哀しそうで、なのにどこか前向きな、不思議な顔。


「……瞑鬼くん?」


瑞晴の声にあてられて、瞑鬼ははっと目を覚ます。瞬間、頭の中で何かが遠ざかった気が。だがもう思い出せない。


「…………寝言言ってた?」


真面目な意見を聞くのが怖くなって、話を別方向にずらす瞑鬼。霞みがかった脳内を誰かに知られるのが怖くて、だから瑞晴にも話せない。


体温ですっかり熱くなったシートから背を離し、少し前屈みで坐り直す。近くなったせいか、いつも嗅いでいたシャンプーの匂いが鼻に入る。全然回ってくれない頭を一つ振って、瑞晴の顔を凝視。大丈夫。そこにいるのは確かにいつも通りの瑞晴だ。


気分を落ち着けるため、車内販売のコーヒーを買う。ちょっと背伸びして、無糖のやつを手に取った。普段は甘党なだけに、一口飲んだだけで舌が痺れた気がする。


そんなこんなで眠気も不安も吹っ飛ばし、さて始まるは楽しい楽しい汽車の旅。やれ瞑鬼がイカサマをしただの、千紗の運がヤバすぎるだのの学生会話を繰り広げ、あっという間に東京に着いていた。


改札を通ることはないが、ホームだけでも人がごった返している。一つ階段を間違えれば即迷子になるような土地に、右も左も分からぬ田舎者が六人と一匹。地元じゃ人より動物のが多いやつらの中には、当然人に酔うやつもでてくるわけで。


「……あぁ〜。俺ギブ」


電車から出て何歩目か。最初に脱落したのは瞑鬼だった。東京特有の汚染された空気に、どこかから流れてくる残留魔力の異常な多さ。それが肌に合わなかったのだ。


次の新幹線は約三十分後。飯も食って何もすることがないフレッシュメンバーにとって、正に地獄の半刻というわけだ。全員で一箇所に固まって、荷物を見張りつつ力を抜く。暑さと臭さとにやられ、新幹線が来る頃にはぐったりになっていた。


それからは、殆ど記憶がない。だだ全員無事に乗ったのを確認したが最後、青森までは完全に力尽きていた。鍛えているとは言え、やはりそこら辺はみんな普通の高校生らしい。


終点の鐘が鳴り、それに起された夜一。なまじ寝起きがいいだけに、眠りこける他のメンバーを叩き起こすはめに。女性陣は優しく、瞑鬼だけは全員でサプライズ的に。


そして流石寝起きの悪さには桜家でも定評のある瞑鬼。夜一が提案した、関羽を顔につけて窒息にもっていくという作戦は怒りを買っただけだった。


くわぁ、と大きく欠伸をする情けないリーダーを差し置いて、バスの停留所へ向かう。街中を通り、りんご畑を視界に収める。これが陽一郎へのお土産だと瑞晴は意気込んでいた。そうして何十分か揺られていると、ほのかな潮風を孕んだ空気が車内に満ちてくる。窓を見ると、そこには日本海が広がっていた。


多少地元と似ている空気に、なんとか瞑鬼も元気を取り戻す。フェリー乗り場で売っていたりんごスムージーなるものを購入し、全員で飲む。一口だけ食べた関羽もご機嫌に。


「……いよいよ北海道か」


「今晩はジンギスカンだって。これも修学旅行のプランらしいよ」


「…………いいな」


時刻通りに来た、ちょっと大きめの船に乗り、波に揺られて目指すは蝦夷。だいたい一時間ほどの予定だとか。船の中は意外と広々としていて、簡易的なお土産ショップやカフェまである。


半身浴中の太陽を拝みながら、甲板で風を感じる瞑鬼と瑞晴。その間に割って入るようにソラがアイスクリームを舐め、牽制するように関羽が足元に。


もてもて、と言えば聞こえはいい。実際そうだ。三人に好意を寄せられて、そのうち誰もが充分可愛いのだから。夢に描いたハーレムには程遠いが、これで瞑鬼は満たされていた。俗世間的な事を考えない英雄とは違い、瞑鬼だって男の子。この状況になれば、同級生相手に自慢もしたくなる。


だが、肝心の夜一は正妻千紗に朋花を連れて、船の探検中らしい。三回建てなのだから、したくなる気持ちもわかる。ちょっとだけ惜しかった。


「……そういや、ソラ結構日本語うまくなったよな」


今日の車内での会話を思い出し、何となく会話を振る瞑鬼。


「……そうかもです。瞑鬼さんにいっぱい教えてもらいましたしね。個人レッスンで」


「……へーぇ……」


やけに挑発的なのは置いといて、確かにソラの学習能力は眼を見張るものがある。実際英語しか喋れなかった八月初めとは違い、この一週間でソラはかなり日本語を覚えた。


日常生活でも、店番を任せられるほどには成長しているし、朋花ともようやく通訳なしでのコミュニケーションが可能になったほど。まだ時々中国語が出るときもあるが、それもまあ可愛いので良しとする。


「……カラが出たのは、あん時が最後?」


心の目で睨み合う二人を放っておいて、また瞑鬼から質問を飛ばす。何せ瞑鬼は彼女から信託されているのだ。ソラに何もないように。


騒動が終わってからの一週間、瞑鬼はいつも通りの朝トレをしていた。その間にソラは起きていたが、何をしていたかまでは知らない。ただ、汗をかいた日や汚れていた日もあった事を鑑みるに、何かしらの運動はしているようだ。


「そう、ですね。心配しないでください。私、無理してないですから」


その台詞は無理してるやつが言うもんだ。そう言いたかったが、直前でぐっと堪える。彼女がそう言うのだから、瞑鬼はそれ以上何も聞けなかった。


あの花火の夜から、どうもソラは瞑鬼への好意を隠してない。瑞晴もそうだが、完全にお互いをライバルとして認識しているのだ。


だが、ソラとて瞑鬼の真意を知っているはず。二人から漂う、恋愛経験なしの中学生のような雰囲気は隠そうにも隠せないものなのに。


それを知ってなお、ソラは諦めないでいた。彼女にとって、瞑鬼への想いをなくすとは即ち存在意義がなくなるという事。散っていった仲間たちのためにも、恩人が相手とて負けるわけにはいかなかった。


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