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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
200/252

安住の魔女


恐らく自分の視線の先にいるであろう人物。いつから見ていたか分からないが、嫉妬して首を絞められなかったことを鑑みるに、割と近い方からなのだろう。


こんなことができるやつなど、瞑鬼は一人しか知らない。一番辛いはずなのに、誰にも心配をかけまいとずっとはしゃいでいたやつ。陽一郎から渡されたバイト代と、吉野からもらったあまりをもう使い切ってしまったのだろうか。


なかなかしらを切って姿を現さないおばか娘にデコピンをかましてやる。中国では残すのが礼儀なのに、最後の一つを食べた罰だ。


「……そんなんだからロリコンなんですよ?瞑鬼さん」


「……そんな日本語は覚えんでいい」


「朋花ちゃんが教えてくれたんです!」


「…………あのバカめ」


やっとこさ魔法回路を閉じて出てきたそいつ。ソラの姿に、瑞晴は面食らっていた。なにしろ、ソラが着ているのは瑞晴と全く同じ柄の浴衣。昔千紗とお揃いで買ったやつを、千紗のお母さんが貸したというところだろう。


そしてソラはアジア顔なだけあって、浴衣を着ても違和感がない。顔面偏差値だけならフレッシュ1であろう彼女の日本式和装は、なかなかに破壊力が高かった。そしてこれには流石の瞑鬼も、一瞬だけだが目を奪われる。


小さいけど品があって、一本一本の線が細い。本場中国の日差しがきつかったのか、髪の毛は少し茶色が混じっている。栗色をした大きな瞳。この子に告白されたとなると、瞑鬼もなかなか自信がつく。


何とかユーリに治してもらった左手をソラが取り、土下座して里見に完治してもらった右手を瑞晴が取る。両手に花という状況だった。


「……ソラ、それ……」


近くに寄り添ったからこそ気づけた。瞑鬼の左手をぎゅっと掴んだ彼女の髪。そこに、二本の紫苑が刺さっていた。ポニーテールを形作るようにして、結び目に添えられている。


いつの間にか、どこかで造花を買っていたらしい。それが意味するところも、なんでそんな事をするのかも。宗教的な理由かどうかは知らないが、瞑鬼は何となく察することができた。


「……あぁ。これは、そうですね。次会った時に、一目で私と分かるように」


彼女は信じている。魔女の、白十字教を。次があるということを。だからこうして、わざわざド派手な飾り物までつけてしまうのだ。


「……ちょっといいか?」


確認のつもりでそう告げて、瞑鬼はソラの手を取る。ちょいとばかり罪悪感があったが、心の中で瑞晴に謝っておく。


しかしそこは流石高校生。まさか中学生に負けるなんて微塵も思う余地はなく。だからあっさりと二人がいなくなる事を了承した。その時の瑞晴が見せた余裕の表情は、さぞソラの乙女心を刺激したことだろう。


瞑鬼と二人になれるのが嬉しいのか、ソラはやたらといい笑顔だ。自分ルートに入ったのを間違って確信しているせいで、後から若干の面倒が起こるだろうが、今はそんなの無視する瞑鬼。やるべきなのは確認。瑞晴を差し置いてまでソラと共に人目のつかない所へ行く。


さっきのとこから徒歩五分。神社の境内からすっかり出てしまったそこは、草と木だけが支配する空間だった。茂ってるせいで月が見難い。


周りに誰もいないことを確認し、ソラの手を離す。少しだけ躊躇ったが、彼女もすぐに察してくれた。


さらさらと風が吹き抜ける。コオロギの声と一緒に夏の匂いを運んできたそいつらは、止まることなく去って行く。まるで、一時だけの旅人のように。


浴衣のソラに、普段着の瞑鬼。沈黙が流れ、無駄に重たい空気だけが辺りに満ちて。言いたいことは決まっているはずなのに。何も瞑鬼だって、何の計画なしにソラをここまで連れ込んだのではない。ちゃんと明確な目的を持って、だから来たのに。


暑いですね。ソラが言う。確かに日本の夏は中国よりかは少し蒸し蒸ししているかもしれない。そうだな。適当に返す。


ソラだって、ここまでくれば何を聞かれるのかは大方わかっていた。二人も仲間を失って、自分が大丈夫なんて思えるほど強くないことは理解している。


でも、今ここで自分が折れたら。そうしたら、瞑鬼は守ってくれるだろうか。信じているし、何なら夜一や瑞晴だって十分信用足る人物だ。けれど、やはり魔女だから。


気持ちは知っている。間違いなくソラは瞑鬼に恋してる。けれど向こうはどうだろう。アレだけ勇気を振り絞ったのに、瞑鬼からの返事はまだない。このくらいなら、いっそ振られた方がマシと言うもの。


「……なぁソラ。今カラに変われる?」


ソラが一人頭を回転させていると、突如謎の瞑鬼からの質問が。意味もわからずに、え?とだけ反応したソラ。


「……嫌なのはわかってるが、頼む」


その瞑鬼の目があまりにも真剣だったから。そしてこう言う時に頼み込まれたら、ソラとて断るに断れるはずもなく。


一緒に過ごしてもう何週間になるだろうか。好きになって、修行もして。この何日か、一番瞑鬼に近かったのは自分だと言い張れる。けれど、結局ソラも、瞑鬼のことを理解しきれないでいた。


「……えっと、カラはその……、私が危ない時だけですから、普段は……」


瞑鬼の意図はわからない。だが、出してあげたくてもカラはオートでしか出て来てくれないのだ。


心臓が跳ねる。シチュエーション自体はかなり稀だが、それでも今はソラと瞑鬼しかいない。こんな森の中で、好きな人から呼び出しが。普通の女子中学生なら歓喜ものだ。だからソラも素直に喜ぼうかと思った。けれど、瞑鬼の顔がその可能性を叩き潰す。


ソラが困った顔をしていると、いつの間にか瞑鬼の顔がすぐそこまで迫っていた。吐息がかかるくらいまで。反射的に目を瞑る。瞑鬼も瞑っていた。


「…………すまん」


そんな声が聞こえた直後だろうか。ソラの唇ぎりぎりのところに、何やら生暖かい感触が。一瞬で悟って、一瞬で赤くなった。


そしてまた気づくと、今度はなぜだか浴衣にまで手を伸ばされていた。帯が少し緩む。なんで瞑鬼がこんなことをするのかは知らないが、僅かばかりの不安がソラを襲った。展開の急激さに、脳の処理が追いつかない。


だんだんと遠のいて行く意識。完全に途切れる前にやっと気づく。瞑鬼がこれをした理由に。そして自分と入れ替わりで出ていったであろうその人に。


「…………何の用?」


ほっぺと唇の間、そこに長々とキスをかましていた瞑鬼の耳に、聞き慣れた冷たい声が響く。これ以上はまずいと思い、さっと撤退。


姿は同じはずなのに、漂う雰囲気はまるで別人。栗色の瞳からはハイライトが消えており、裂くような殺気が全身を貫く。久々のカラの登場に、瞑鬼の頭が警報を鳴らしていた。


「……お前と話したくてな」


カラが出てくるのは、ソラが危険を感じた時。そして経験上、出て来たら間違いなく一度は誰かを殺す。そんな命をかけてまででも、瞑鬼がカラを呼び出したかった理由。それは。


カラの目が、隙間だらけの瞑鬼の心に。相変わらずの死を連想させる息遣いに、ぴんと張り詰めた気合い。今日も彼女は好調らしい。


「……ソラには言えないこと?」


「……話が早くて助かる」


「……あなたは遅いみたい。早くしないと、もう寝る時間なの」


わかっていたが、カラの目は瞑鬼を見ちゃいない。ソラの心を手に入れても、肝心のカラは他人に無関心だ。だから思った。それこそが、ソラの足かせになっているのではないか、と。


ソラのメンタルの大部分を握っているのは、間違いなくカラと言っていい。そして今、こんな状況において彼女が常時出て来てないと言うことは、ソラはそれなりに心を落ち着かせていると言うこと。


普通ならそんなことできるわけがない。ずっと一緒だった、親友を越した存在を二人も失って。いくらソラが強い子だとしても、そんなのは不可能だろうに。だから瞑鬼は考えた。ひょっとしたら、カラが裏から支えてくれているのではないかと。


「……ソラが好きか?」


当たり前すぎる愚問。けれど、聞かずにはいられない。


「……当然よ。空っぽな私を埋めるのが彼女なんだもの」


こうしてただ話しているだけでも、瞑鬼は精神を持っていかれそうだった。カラの放つ歪な質の魔力が体にまとわりついて、呼吸だけで疲労を起こす。


しかし、いつもならこの時点で魔法を使っていてもおかしくないカラが、大人しく瞑鬼とお喋りに勤しんでくれる。それがあったからこそ、瞑鬼もカラが察していることを知ることができた。


心臓が張り裂けそうな緊張が奔る。次にだす言葉を間違えたら。事実、瞑鬼は一度カラに殺されている。ソラを通じて【改上】は知っているだろうが、逆にそれを利用してこの殺人鬼は瞑鬼をいい練習台にするかもしれない。


だから。カラがそうする事で、ソラが少しでも楽になれるのなら。自分の命の一つや二つ、投げ出さない瞑鬼じゃない。


「……もしも今後、それはいつでも良いけど、ソラがさ、耐えられなくなってお前が出て来た時は……」


わかっている。ソラがそんな事望んじゃいないことくらい。彼女の愛を受けて来た瞑鬼だからこそ分かる。ソラは決して、弱い人間じゃないと。


でも、それでも辛い時があるだろう。一番好きだった二人が消えて、周りは人間だらけで。魔女だからって、この後いろいろ悩む時期があるかもしれない。そうして極まって、カラが出てくることも。


「……そん時は、まずはじめに俺を殺れ」


なんの解決にもなってない。その場しのぎで、結局最後には無意味になるのかもしれない。でも、たった何日かだけでも良い。ソラがちゃんと人でいれて、他の誰も傷つけないのなら。


瞑鬼は思う。自分のこの能力ちからは、このためにあるのだと。随分と後ろ向きで、決して威張って言える魔法じゃない。けれど、瞑鬼が望む世界には最も必要なそれ。


普段じゃ考えられないくらいに真面目な顔して、怖くてもカラの肩を抱く。次の瞬間に頭と身体がグッバイしてても文句は言わない。そのために、瞑鬼はカラを呼んだのだから。


「…………真的ほんと?」


「……あぁ」


「……なら、現在馬上いますぐにでも……」


折れるのは自分だけで良いから。そう願って、瞑鬼は魔法回路を開く。


カラの細腕が、瞑鬼の腹にぴったり張り付く。魔法回路を開いて、漆黒の粒子が漏れ出した。魔法を使うだろうか。着物を着ているから、多分直接はない。痛いのは勘弁。多少耐性があるとはいえ、それでも避けれるなら一瞬がいい。


死の間際に走馬灯。何度目かわからない感覚が脳天を走り抜ける。


カラの手に力が込められた。ゆっくりと瞑鬼の腹が裂けて、ひんやりとした指の感触が伝わった。肉に爪が食い込んで、うっすらと血が出始める。


「…………馬鹿ね」


だが、何を思ったのかカラの手はすっと離された。魔法回路から出てきた魔力が、ほんのり傷ついた肌を癒す。


完全に覚悟をしていただけあって、彼女の行動は瞑鬼の計算外だ。よく言葉も聞き取れずにカラの顔を見る。じっと瞑鬼を見つめるその瞳は、正真正銘大馬鹿を見るそれだった。


まるで瞑鬼に飽きたかのように、カラは視線をそらす。殺されなかった安堵感と、あまりにも意外な事で拍子抜けなんて二つの感情が芽生えた。


「……ソラの気持ちを知っての提案?」


樹齢百年はあるのでは、という木に背中を預け、こちらも見ずにカラが訊く。


「……あぁ」


「…………やっぱりお馬鹿さんね」


こうも完璧に自分を否定されると、流石の瞑鬼も気分を落とす。けどまさか反論するわけにもいかず、湧き出る怒りは蓋の中に。彼女を信じて魔法回路を閉じる。


いつも意味がわからないカラの言動と行動だが、今日はより一層わからなかった。いや、ひょっとしたら、わかっているけど認めたくなかっただけなのかもしれない。格好つけて死ぬかを見せたまではいいが、それが空回りだったなんて。メンタルが強いとはいえ、一男子高校生にそれは酷というもの。


なぜかいじらしく木の皮を何枚か剥いて、カラが振り返る。視線が合う。その時、瞑鬼は初めて彼女の笑った顔を見た。


「……クラキが思ってるほど、この子は簡単じゃないわよ?」


その姿があまりにもソラに似ていたから?それとも、単に容姿端麗なだけ?どちらか分からないが、その一瞬だけ、瞑鬼は確実にカラに目を奪われていた。


そうして言いたいこともあらかた言い終えたのか、そっと目を瞑るカラ。ふっと空気が軽くなって、彼女の身体がふらついた。持ち前の鈍い反射神経をフルに使い、なんとか地面直前でそれを支える瞑鬼。


間近で見るのは初めてだが、陽一郎と作りが似ているからわかる。今の刹那に、カラからソラに入れ替わったのだと。


機器でもないのに無理やり起こしてしまっただけに、アレが本物のカラなのかはわからない。が、しかし彼女の言ってた事は信用に足る。


「……まぁ、そりゃ難しいわな」


誰ともなく呟いて、瞑鬼は一つ空を見た。真っ黒が一面に広がって、砂つぶ程度の星がある。これが正しい世界のあり方。元の世界となんら変わりない、この魔法世界の夜空。


花火が上がる。今度は二尺玉が。腹の底に響くド派手な爆発音と、目がくらむほどの光の輪。当初異世界に来た時は、まさかこんなものを見れるなんて思わなかった。けれど今、全てが終わって、満身創痍で、でもこれが見れる。


ここ最近はいろいろありすぎて、自分のことなんて考えてる余裕もなかった。だが、花火を見ていると自然に思い浮かべてしまう。十年後だとか、もっと後でもいい。その時もこうして、自分は呑気に花火を見ていられるだろうかと。


知らぬ未来を想像するのも、またこれが楽しかったり。趣味なんて趣味がない瞑鬼は、よく平和で安定な将来を考えてしまうのだ。


森の中で野郎と二人きりなんて、超絶危険な状況なのにも関わらず、まだソラは寝息を立てている。なんだろうか。カラの嫌がらせだろうか。


このまま放って置くわけにもいかないので、罪悪感を抱きつつソラをおんぶ。ほのかな二つのふくらみを背中に感じながら草木をかき分ける。そうしてさっきの場所まで戻ってくると、そこには何故だか皆んなが揃っていた。


大食漢を地で行くような量の袋を携えた夜一に、女子アピールでもしたいのかやたら甘いものばかりを食う千紗。陽一郎から買ってもらったベビーカステラを満足げに頬張る瑞晴。それに、生意気にも浴衣を着てかき氷を飲む朋花。気が抜けているわけではないが、程よく緊張を解いたフレッシュの姿がそこにあった。


「む?どこへ消えていた瞑鬼。貴様がおらんせいで、大食い勝負ができんではないか」


「…………俺は少食だぞ」


「げぇっ……、ロリコンがロリコンしてる……」


「うるっせぇ頭痛くなってろバーカ」


「……叫ぶよ?」


「……叫べよ」


「おまわりさーん!ここに中学生を背中に乗っけてその発展途上の肢体を舐るように全神経を集中させる変態がっーー!いたっ!うわぁ、小学生に頭突きまで……!」


「やかましいっ!」


いつも通りの、馬鹿みたいな時間。誰か誰かとバカをやり、また誰かがそれにつられる。無くしたと思っていた日常系が、まだここに残っていた。


「……ん?あれ?私、なんで瞑鬼さんの背中に……?」


最悪のタイミングで起きてしまったソラ。朋花に余計なデマを吹き込まれる前に、さっとおろしておく。若干背中に視線が刺さる気もするが、それをガン無視。


まだ花火は終わらない。なにせ年に一度の県最大の祭りだ。曰く、毎年万発は上がっているらしい。そんな予算があるのなら、もっと施設に回して欲しい気もするが。


座る間も無く、瞑鬼には次々に人が寄っていた。どれもこれもくだらない内容で、英雄なら3分で済ませそうなもの。だが、瞑鬼は敢えて無駄に時間をかける。いつ袂を別つとも限らないこのメンバーと、1秒でも長く時を過ごすため。馴れ合いと言われようが、意識が低いと言われようが、瞑鬼は自分を突き通す。


けれど少しばかり疲れたようで。人に囲まれるのは嫌いじゃないが、キャパシティは限りなく小さい。だから瞑鬼は人ごみを離れ、屋台から遠ざかった。たどり着いたのは、少し開けた山の中腹だった。まさに穴場というような、そんな場所。


蛍の光がちらついて、小川の音がやけに響いていて。でも静かだった。老後を謳歌する蝉の命の合唱を聴きながら、瞑鬼は黙って街を眺めていた。ここからなら、ちょうど全体を見渡せる。


「……食べる?」


ちょいと人だかりから離れたら、待っていたのは瑞晴からの施し。出来立てで熱々のベビーカステラ。匂いにつられて手を伸ばす。


「……うまいな」


「……お気にの店なんだ」


やはり、何故だろうか。瑞晴といるとやけに心が落ち着いた。特段何かをしているわけじゃないのに。ただ、話して食べてるだけなのに。


彼女の持つ魔法だろうか。初めはそうも考えた。だが、それは無粋というもの。これに名前をつけるなんて、そんなのは経験豊富なやつだけでいい。瞑鬼はただ、この感覚に浸っていたかった。


「……思ったんだけどさ、ハーモニーの語源って……」


「あぁ……。なんか、私も初めて聞いた時気付いたんだよ。ほんとだよ?」


「……やっぱすげえな。陽一郎さん」


「……愛がね。すごいね」


こんな愛だとか恋だとかの重ったるい話、普通の高校生はしないだろう。きっと、クラスの誰々がどうこう程度のことしかない。


一番身近に、一番愛に溢れた人物がいる。それだけでも二人はラッキーだったと言えるだろう。


だがこの先、瞑鬼が気づいてしまったら。きっと戦争が起こる。下らない、愛の合戦が。


「……今夜は、月が綺麗だな」


自分の中を総動員し、何とか言葉をひねり出す。勇気も気概も何もなく、またロマンもシチュもない。本から借りた、その一言。推理小説しか読まない瑞晴も、その言葉は知っていた。


だから応える。今度は自分の気持ちを乗せて。


「……ずっと前から、私は綺麗だと思ってるよ」


その言葉が真に意味するところ。そんなの確認するほど信頼がないわけない。言ってしまったのだ。そりゃ顔も赤くなる。お互いに。


今夜は満月。一体真意は何なのか。瞑鬼は知ってのことなのか。瑞晴の返事は?それを知るのは二人じゃない。


お盆も近く待っている。その時にはまた二人に会えるだろうか。紫苑の花を用意しておかなければ。


あと何日こうしてれるか。それを知るのは神のみぞ。あるいは、瞑鬼なら神だって殴るかもしれない。


夏の夜空に花が咲く。枯れ雄花、二人の顔が胸中に。全部終わった後、完と言うために。


長い長い夏休みが、本格的に動き出す。


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