異世界労働、始めました③
階段を降りると、すでに店にはそこそこの人が来ていた。
土曜日といえど、社会人は休日でない人が多いらしい。出勤前にカットフルーツの詰め合わせを買ってゆく人が多い。
美人なOLが、会社のオフィスで昼飯時に漂わせる果物の香りはなかなかに刺激が強いことだろう。それだけで後輩の男子社員ならイチコロにできるかもしれない。
瑞晴とレジを交代し、流れてくる商品を無心で打ち込む。
それにしても、いくら朝が1番の稼ぎ時とはいえ、店内で賑わう人の量は瞑鬼の許容力を大きく超えている。ただでさえ人の多い空間はダメだという、根っからの内向的な気質だというのに、現在確認できるお客さんの数は目測でおよそ三十人。
一青果店の客の量としては、ひょっとしたら市内で一番かもしれない。
幸いなことに、瞑鬼は単純作業は苦手ではなかった。どちらかというと頭脳を使う方が得意なのだが、それだからと言って集中力が切れるのが早いということもない。流れ作業は流れ作業で、脳を休ませ働けるという十分な意味がある。
「親父さん!みかんって品切れですか!」
一人の客からの注文を聞き、瞑鬼は声を張り上げる。
「季節もんじゃねぇし、ある分だけだ。どうしてもってんならカットのやつを買ってってくれ」
奥から帰って来たのは、意外にも適切な陽一郎の指示だった。昨日からの様子を鑑みるに、てっきり仕事に関しては自分で覚えろ派の人間かと思っていた瞑鬼だったが、どうやら考えを改めなければならないらしい。
姿が見えない瑞晴も、しっかりと倉庫で品出しの仕事をしている模様。二人で店を切り盛りしていた時は、レジ打ちと品出しは瑞晴の仕事だったらしい。
人の波が店内を満たしてからおよそ一時間後。店の商品棚からは殆どの果物が消えていた。実質完売である。
流石の瞑鬼も、この光景には感心せざるを得ない。いかに社会について無知な瞑鬼であっても、午前中に全ての商品が売り切れたことのすごさくらいはわかる。
「……いつも、あんな感じ?」
人が消えた店内で、どっかりと椅子に腰を下ろした瞑鬼が訊ねる。その隣に座っている瑞晴からは、まあねという返事だけが返ってきた。
それほどまでに疲れたのだろう。午前中だというのに瑞晴の体は汗でしっとりと濡れている。
しかし、ここはナマモノを扱う食品屋さん。当然店内はクーラーが今もなお最高出力で動き続けている。業務用の大型クーラーで、オンとオフしかないのだとか。
一瞬にして汗が乾いていく。続けて何回も出したり消したりをしたら、いずれ脱水症的な何かにかかる可能性がある。しかし、そんな瞑鬼の心配を嘲笑うように、陽一郎が目一杯の果物をカゴに詰め、瞑鬼の目の前に置く。
ずっしりとした果物たちは、当分水分の補給において実に有益なことだろう。
「どうしたんすか?」
いきなり商品を目の前に置かれたのだ。それも食べろと言わんばかりに。これでは例え貰ったのが瞑鬼じゃなくても、首をかしげる光景だろう。
「……食え。午後からは外だからな」
理由も言わずに、陽一郎は店の奥へと返ってゆく。残された瞑鬼にできることは、目の前に積み上げられた大量の果物たちを見つめめることだけである。




