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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
196/252

鬼と魔女


ゆっくりと大きく肺に酸素を回す。ヘモグロビンに乗ったオキシダンが、全身の筋肉で解離され。滝のように流れ出る汗が、所構わず全身を伝う中、瞑鬼の顔は怒っていた。


「……久しぶりですわね。白馬に乗った王子にしては、やけに遅いんじゃありません?」


土埃を払いながら、ゆらりと立ち上がるマーシュリー。全身から歪な魔法回路が浮かぶ彼女の機嫌は、当たり前だが急斜面。


太陽からのいじめレベルな日射の元で、互いに睨み合う二人。その姿を側から眺めていた瑞晴。こちらの表情は、いたって安心したものだ。


ここ最近見てないから、少しばかり変わっただろうか。肌が若干浅黒くなったかもしれない。筋肉が少しついたかも。たった三日会えなかっただけなのに、瑞晴は今すぐ瞑鬼に抱きつきたい衝動に駆られていた。


だがそれを無理やり抑え込む。今じゃないと分かっているから。それをするのは、全てが終わって祭りの屋台を回ってる時でいい。


殴られた時の衝撃で折られた鼻を、力づくで押しもどすマーシュリー。いかにも痛い、鈍い音が耳を伝う。


「……今日は随分と無口ですのね?」


たった一人援軍が来たからとて、マーシュリーのやることに変わりはない。まだアヴリルはそこら辺で立ち尽くしている。だったら、この目の前に現れた新たな蚊を引っ叩き、本命に移ればいいだけのこと。


そう思って、最後に何か話して置こうと思ったのに。肝心の瞑鬼に関しては、来た時からずっと無視を決め込んでいた。ただ魔法回路を全身に浮かべて、眉間にしわを寄せているだけ。


その態度が、やけにマーシュリーの神経を逆撫でた。それに違和感を抱いたのは彼女だけじゃない。事前に来ることは知っていた筈の瑞晴や千紗でさえ、なぜ瞑鬼だけがと言う疑問が浮かんでいた。


最後に聞いた、動物たちからの情報。それによると、ここに向かったのは確かに瞑鬼とソラの二人だった。それなのに、ここにいるのは根暗が一人。意図が読めない。せっかく瞑鬼の考えの端を掴めたと思ったら、またすぐ離れていく。


アスファルトの熱を感じながら、頭を働かせる瑞晴。結論は出ない。そして一番瞑鬼をわかっているであろう女がこれならば、全く知らないマーシュリーが痺れを切らさぬはずがなく。


無言で拳を突きつけて、カモンポーズをとる瞑鬼。挑発が逆鱗を焚きつけ、マーシュリーの魔力が爆発した。


右手のナックルが黒く染まる。後ろの瑞晴を巻き込まぬよう、瞑鬼は自分から間合いに飛び込んだ。何をする。第一の魔法か。それとも匂いのやつ?明華やルドルフから聞いた瞑鬼の魔法は四つ。そのどれが来ても大丈夫なよう、マーシュリーは事前に策を練っていた。


漆黒の拳が、音速を超えて瞑鬼に迫る。当然瞑鬼の方はリーチも速さも足りてない。絶望の二文字が、痛覚だらけの瑞晴の頭に木霊した。


だから、最初は目を疑った。全部知っていたはずなのに。第四まで、聞いていたはずなのに。魔女たちは【改上】を知らない。だから、これを知っているのは瞑鬼だけ。


インパクトの一瞬前、瞑鬼の体に浮かんだ魔法回路が輝きを放った気がした。そして次の瞬間、煙と共にその姿は消えていた。確実に土手っ腹を打ち抜くはずだったマーシュリーの拳が、何もない宙を抜く。


驚くのもつかの間、彼女の視界の端に鳥が映った。煙の中から飛び出して来た、多分スズメのような小鳥。完全に予想外の出来事に、マーシュリーの思考が刹那停止する。そして同じ時、瑞晴は気づいていた。


これは【改上】じゃない、と。点と点が線になる。ここ最近見てなかったから。ちょっとだけチェルが寂しそうだったから。あそこを飛んでる小さな鳥。関羽の魔法は変身。だったら、それを利用しない瞑鬼じゃない。


そして、あれが関羽なら、瞑鬼とソラはーー

「おるぁぁっっっ!!」


「……っな!」


気づくわけがなかった。知る由も。


突然視界の外から顔面を殴られた感触。音がやって来て、遅れて痛みが伝わって来る。さっきとは比べ物にならないほどに、体重と魔力が込められた一撃。


何もわからないが、この拳は知っている。魔女の自分に一撃入れ、足を砕かれたあの少年のものだと。


脳が揺れて、視界が霞む。だが、マーシュリーは確かに見た。そこに立つ人物を。ボサボサの髪はいかにもな無造作といった感じで。そばに立つ少女はとても可愛くて。見覚えがあって。そして何より、彼の目は腐っていた。


「……悪いな。白馬じゃなくて鹿馬だ」


「……悪い魔女には鉄拳、です」


聞きなれた声、見慣れた顔、少し変わった魔力の質感。確信を持って言える。本物の瞑鬼が来た、と。


「……あぁ、確か日本では鹿と馬って呼ぶんでしたね。あなたみたいな人のこと」


逆の鼻っ柱を折られたマーシュリーが、また鈍い音を立てて起き上がる。立て続けに二回も顔面を殴られたのがお気に召さないのか、あたりの塀に八つ当たり。表面上は厚化粧に守られているが、その下は酷い有様だ。


ものの二秒で鼻血が完治。砂利やら小石を魔力で吹き飛ばし、すっかり綺麗な身体のマーシュリー。それと対比でもしているかのように、瞑鬼の格好は汚い限り。


出て来る直前まで海近くで鍛錬していたものだから、汗でべったりとした身体に、潮やら砂やらがぷつぷつと張り付いている。一体どんな事をしたかは知らないが、顔にはいくつかの傷もあった。


怒涛の展開の連続に、瑞晴の脳が処理を放棄しかける。だが、瞑鬼の存在がそれを一歩踏みとどまらせた。不器用に執拗に、いつもと変わらない瞑鬼の顔。ソラが手を繋いでいるのが気になるが、魔法のためだから仕方ない。


鳥になった関羽が戻ってくる。瞑鬼の肩に留まり、魔法回路を切る。ぽわんと煙を吐き出すと、見慣れた猫がそこにいた。


数えると実に三日ぶり。いつもならどうって事ない時間なのに、この時が待ち遠しかった。全然楽しい事じゃないのに、早く来て欲しいとさえ。だから瞑鬼は打ち込んだ。夜一も必死になった。全ては、またあの日常を取り戻すため。


「……詰みだぜ?黒魔女さん」


得意げに魔法回路を展開し、一つ忠告する瞑鬼。以前とは違って、その台詞に強がりはない。ホラを吹いているわけでも、戦意喪失のための交渉でもない。


力をつけた自信があるからこそ、こう言えるのだ。新生フレッシュの面々が、やっとこさ揃い踏みを。夜一がいないのは残念だが、同じ魔女と戦闘という点においては、六人は同じ状況下にいる。


「……アヴリルに、ソラに。これはいい収穫ですわね。明華ちゃんに報告でもしにいきますか」


不敵な笑みを顔に浮かべ、漆黒の拳を地面に振るう。爆音と衝撃とが反響し、一瞬だけ目が奪われた。しかし、魔女の視界はこの程度じゃ無くならない。水中でも難なく見える機能を総動員し、煙に紛れるドレスの女。


流石にこれは面倒だと判断したのか、マーシュリーは一旦頭を撤退にしていた。だが、それを許す瞑鬼じゃない。一人ならまだしも、ここで仲間を呼ばれたら逆に詰む。


「瑞晴!待ってろ!」


隣にいたソラを瑞晴に押し付けて、瞑鬼魔法回路を展開。第四の魔法、空中歩行を発動し、一気にマーシュリーとの距離を詰める。


瞑鬼の姿が視界の端に映った瞬間、マーシュリーは魔力を装填していた。ルドルフ曰く殺したはずなのに、ここで生きて立って、挙句には走っている。


そんな瞑鬼に恐怖を覚えないわけではないが、今は逃げるのが優先だ。帰って明華に報告すれば、ソラを持つ彼らは確実に殺される。面倒なのが亡くなってから、ゆっくりアヴリルを。


しかしそれは、あくまでマーシュリーが逃げ延びれた時を想定しての作戦だ。それに何より、明華が生きていることが大前提となる。だからマーシュリーがこの後のことなど知るはずがなく。そしてまさか自分が、瞑鬼ごときに止められるとも思ってなく。


気合を入れた叫び声と共に、一匹の人間が拳を上げていた。集中された漆黒の粒子が対流し、体重の乗った一撃がガードに入ったナックルを砕く。


バラバラになって壊れ落ちる愛武器。自分の拳骨を確信するも、特に怪我はない。だが、向こうはそうもいかなかったらしい。


鉄以上の硬度を素手で砕いたフィードバックが、瞑鬼の右拳を破壊していた。だらだら血が流れ出し、折れた骨が激痛を伝えてくる。


「……あらあら。脆いんですね。クッキーかしら?」


くすくすと笑いながら、顔を上げるマーシュリー。さっきまで威勢を張っていたからあるいはと思ったが、どうやらそれは完全なる虚言だったらしい。女子の前で格好つけたいのは全国男子の共通認識。母であるマーシュリーはそのくらいの意地を理解できた。


そして礼節も何もなく、ただ瞑鬼を敵として拳を振るう。裸の左手が鳩尾に。間一髪で止められたが、衝撃は後ろに飛ばした。


「……流行ってるんだぜ。スイーツ男子」


傷口を魔力で覆い、痛みから強がる瞑鬼。後ろで瑞晴たちが見ている以上、無様な姿は見せたくない。


ふぅと一つ息を吐き、こっちも地獄を思い出す。吉野の訓練。それはただ厳しいというにはあまりにも優しすぎて、地獄というには遠すぎて。だから瞑鬼はあの訓練をこう呼ぶことにした。「海パンの地獄」と。


瞑鬼がこの三日で身につけた技術。それは、ついでに練習したソラと全く同じものだった。師曰く、瞑鬼に武の才能は皆無だそう。筋肉はつきにくく、格闘技のセンスもなし。使えるのは魔力量くらい。


そうだからこそ、吉野は瞑鬼に課したのだ。本来ならあり得ない、前に出るサポート役というやつを。


音速を超えるマーシュリーの拳は、拳圧だけでも人を殺す。ましてやクリーンヒットなどしては、鍛えたとは言え瞑鬼の肉なら抉られるだろう。


黒く染まったいびつな拳が、瞑鬼の顔を捕捉する。だがその力は、誰に届くこともなく霧散して。マーシュリーの一撃が宙を切ったやった基本を思い出す。来る力を力点に、支点を入れ作用点をはじき出す。合気道と柔道の合わせ技、いなしの技術を、瞑鬼は習得していた。


だがそれでも、魔女と一対一では分が悪く。徐々にだが、瞑鬼はダメージを負っていた。肩にかすれば激痛が。集中だけでも意識が飛びそうになる。


それでも諦めずに足止めしたのは、絶対にあると思ったから。マーシュリーが生き物な以上、必ず隙が生じる瞬間がある。それを狙うため、瞑鬼は必死になってまで特攻をかましていた。


そして以外にも、その瞬間は早く来た。たった一度、気を抜いたジャブを打ってしまった。何百発も打ち込んで、たった一発だけ。


そして互いが強者な戦いとなれば、その一瞬はあまりにも大きくて。獲物を見つけた虎のように、瞑鬼の目が一瞬光る。そして次の瞬間には腕を掴んでいた。


「……っく!」


「燃えろっ!」


全魔力を腕に込めて、絶対逃さないように。折れた方の手を構え、勢いよく指をこすり合せる。すると、まるでどこぞの錬金術師のように、瞑鬼の手から炎が発生した。


爆炎に眼を焼かれ絶叫するマーシュリー。こんな魔法は調べにない。そしてこいつは間違いなく本物だ。なのになぜ。無駄によく回転する頭が、秒速三個でアイデアを叩き出す。だがわかるはずがない。同じ人間の瑞晴たちにすら、一瞬何が起こったのか理解できなかったのだから。


肉が焦げる嫌な臭いとぱちぱちと燃える音がおさまると、そこには腕を焦がした瞑鬼に、視力を失ったマーシュリーがいた。


これこそが、自殺までして瞑鬼が手に入れた力。第五の魔法、爆炎の錬成である。癖である指パッチンを練習中に、たまたま魔法回路を開いた状態でやったらできてしまった。


だがもちろんデメリットもある。強くこすれば擦るほど威力が高くなるこの魔法だが、一定を超えると瞑鬼の腕も焼けてしまうのだ。しかし、今更火傷ごときでビビるはずもなく。


「……人間風情が、やってくれましたわね……!」


「……チェックメイトだ。マーシュリー」


ぐっ、と苦悶の声を漏らし、片膝をつく。目が見えなくては流石の彼女も為す術ないらしく、魔法回路も閉じた。


しかし、だから見逃すかと言われれば違う。瞑鬼が英雄から任されたのは、あくまで魔女の討伐だ。今頃学校では、ハーモニーと夜一が必死になって死闘を繰り広げている。瞑鬼たちだけ、おいそれと魔女を逃すわけにはいかなかった。


そしてもう、瞑鬼に敵を殺すのに躊躇うだけの余裕は残ってない。ここに来るまでにずいぶんと体力と魔力を使ってしまった。


眼前の女に警戒しつつ、そっと後ろを振り返る瞑鬼。アヴリルと目があった。


「……いいか?」


大嫌いで、考え方が合わなくて。それでも、アヴリルはこの女の実の娘だ。目の前で母が殺されるとなれば、それ相応にショックもある。だから確認を取った。


泣きそうな顔したアヴリルが、黙ってこくんと頷いた。瑞晴に頼んで抱きしめてもらう。ついでにソラも。中学生にこんな光景を見せるのは、瞑鬼のプライドが許さないから。


そして気づかなかった。瑞晴たちを見ていたから。最初に気づいた瑞晴が顔色を変え、急いで瞑鬼に怒鳴る。


「うしろっ!」


「ばんっ!!」


間一髪、というのは正にこの事。瞑鬼の頭すれすれを、魔力の球が掠め飛んだ。瑞晴の咄嗟な叫びがなかったら、今頃瞑鬼は痛覚の地獄の中だろう。


もう目が見えないから。痛くてそれどころじゃないから。てっきり、あきらめたものだと思っていた。だが現実、マーシュリーは瞑鬼を攻撃したのだ。その後ろのアヴリルを殺すために。


種族が違って、ここまであからさまじゃなかったとはいえ、瞑鬼も毒親を持っていた身。だから親子に、家族に関する話題は敏感で。きっと、彼女たちはこれで大切にしているつもりなのだろう。


わかっている。相異なる種族間で、価値観が合うはずがないと。瞑鬼だって、アフリカ奥地から見れば異常かもしれない。高校生なりに、そんなことはわかっている。……が。


「……そこまでして……そこまでして自分てめぇの子供をっっ……!」


言葉にならない怒りが頭を埋める。義鬼の顔が浮かんだ。最悪な過去が脳を反響する。目が淀んだ。思考が腐った。


気がつくと、瞑鬼はマーシュリーを殴り飛ばしていた。衝撃が左手を伝って、ひとを殴った感触を運んでくる。


魔力全開、一切手加減なしの一撃。見事に顔に入ったそれは、マーシュリーをコンクリの壁まで吹き飛ばした。口から血を吐いて、その場で黙るマーシュリー。


「…………死に急ぎやがって……!クソが!」


血が出るくらいに拳を握りしめ、一歩一歩距離を詰める瞑鬼。早く終わらせたい。こんな下らない争いは。なぜ。何のために。


いろんな疑問が渦巻いて、それを全部最悪な記憶が奪い去る。どうしたらこれが解消されるのだろう。やはり、誰かを仕留めるしかないのだろうか。


「……りんごも食べない姫なんて、魔女としてはつまらなかったですわ……」


しゃがれた声でそう言って、ふっと笑うマーシュリー。もうその声は瞑鬼に届かなく、瞑鬼の姿も彼女には届かなく。


焦げた右手なんて捨て置いて、左手に魔力を集中。《なにか》にとどめを刺した時のように、明確な殺意と冷静さを混濁させて。


手を引く。筋肉に力を。はち切れんばかりの魔力を。そして解放。……するだけだったのに。


「…………瑞晴?」


とどめを刺す一瞬前、瑞晴の手が瞑鬼の左手を掴んでいた。なぜだか魔法回路まで展開して、動かないようがっちりと。




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