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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
195/252

魔法使いの英雄剣舞

「……ふざけろクソが」


嗄れる様な小さい声で、夜一は空を見上げていた。


もう視線をこっちに戻したくない。できるなら、このまま天空を羽ばたきたいと思ってしまうほどに。先の戦いのせいで、夜一の魔力はほとんど尽きていた。今出しても、出涸らし以下のうっすいのが精々だろう。


目の前で猛り狂う原初の化け物。男子なら一度は憧れも持つティラノサウルスを見れたのだけが、今生唯一の救い。


ルドルフに貫かれた腹を何とか魔法で止血しているが、それも持ってあと二、三分といったところ。今はまだ生まれたばかりで眼が見えてないのか、明後日の方向をぶっ壊している恐竜だが、血の匂いに気づくのも時間の問題だ。


最悪の強敵が残していった最低な贈り物。立つ鳥跡を濁しまくりなそれを見て、夜一はため息をつくことしかできなかった。


ここまで規模がでかくなったなら、警察とんで自衛隊が来てもおかしくない。どこぞの怪獣映画の様に、戦車やらが登場するのだろうか。


周りの住民たちは?恐らくは事前にハーモニーから何か聞かされてはいるだろうが、それでも避難できているのだろうか。夜一たちの勝手でこうなってしまったのに、巻き込まれる人が出たら死んでも死に切れない。


血反吐を吐きつつも、何とか腹筋を括約させ上体を起こす。せめて一秒でも時間稼ぎを。そう思っていたら、巨大トカゲの顔がこっちを向いた。


地鳴りと共に近づく巨躯。爬虫類は爬虫類だが、こんなのは反則だ。自殺しなければできない技とは言え、誰が勝てるのか。


真白な大牙が光を帯びる。推定8トンの顎力は、夜一の硬化など容易く噛み砕くだろう。絶望が頭をよぎる。真の生態系の頂点を前に、雄としての血が服従を示した。


「こっちだデカブツ!!」


完全に諦めていた夜一の脳をよぎったその声。幻聴とも聞きまごうそれは、化学実験室のある三年棟から聞こえていた。


直後、火薬の炸裂する音が周囲に反響する。それが銃声だと分かったのは、そこに陽一郎がいたから。


「……マジか。いけるか?里見」


お得意のショットガンを片手でぶっ放しつつ、左手で手榴弾を投げつける。肩の傷はすっかり治っていた。


散弾を受けた恐竜が、ぎろりと視線を大人たちに。どうやら死にかけのボロ雑巾よりも、腐りかけの半老体の方が好みらしい。


「……無理でしょ、これ。銃効いてないし」


こちらはこちらでライフルを放ちつつ答える里見。だが、その顔にはあからさまな焦りが生じていた。


後ろからついて来た女子大生の一人が夜一の存在に気づく。里見と陽一郎に報告するも、二人とて恐竜の気を引きつけるのが精一杯だ。


魔力で作られた人工生命のそれは、撃ち抜かれた側から再生を繰り返している。それにもともとかなり硬いのか、当たりどころによっては皮膚を貫いてすらいない。


ヤツが吠える。何発もぷちぷちと当てられたのが機嫌に触ったのか、身体を無茶苦茶に動かしてあたりに怒りを撒き散らす。尻尾がせっかく植えられた木をなぎ倒し、頭が渡り廊下を破壊する。見慣れたはずの校舎が次々と壊されていく光景を、夜一は黙って眺めることしかできなかった。


「里見ぃっ!夜一を頼む!」


暴れているすきに奪還計画を陽一郎が支持。腹から見ていても死にかけなのが明白だ。出血量で考えれば、もう死んでいてもおかしくない。


しかし、陽一郎だって怪我をふさいだだけに過ぎない。血が足りてなければ魔力もなし。一発でも触れられれば死ぬのは確定。


里見が一瞬だけ躊躇いを見せる。それを一喝した陽一郎。その激に当てられたのが、やっと里見が銃を投げ出し夜一の元へ。


走り寄ってくるや否や魔法回路を展開。寸分違わずルドルフと同じ角度で腹に手を突っ込んで傷を塞ぐ。


「まだ動かないこと。あと、魔法回路もできれば閉じてなさい。いい?」


「……ふざけるな。俺だって、まだ……」


「根性見せんなら、時と場合を選びなさい。あと、逆らったら退学だからね?」


「…………くそ」


絶対安静を促して、里見は懐から水を取り出した。それを夜一に与えつつ、栄養剤を投与する。かつて幾度となくやった応急処置。鈍っていたかと思われた腕も、まだまだ信用できる。


次に里見が戦局に目を傾けた時、その顔は歪んでしまった。


わずか二十メートルほど先。丁度正面玄関のドアあたりの位置で、陽一郎が膝をついていた。やはりまだ動くには早過ぎたらしく、ぜんぜん頭も回ってない。


必死に女子大生二人が引きずろうとしているが、一歩が車二台分ほどある恐竜に敵うはずもなく。だからすぐに追いつかれて。


「清田!煙幕は?!」


「無理!さっき使い過ぎたし!」


二人して眼前に迫る絶望に目を見合わせながら、口々に選択肢を模索する。けれども出てくるのはどれも机上の空論。


そんな事をしている間にも、ティラノは距離を詰めて。里見が腰から拳銃を引き抜く。フルオートで撃ったのに、全くのノーダメージだ。


腰が引けて、足がすくんで。彼女たちは兵士でもなければ、経験あるおっさんおばさんでもない。この恐怖に耐えうるだけの精神力があるはずもなく。


滴る涎。見開かれた眼。純粋な恐怖がシナプスを脅かす。獲物の逃げる気が無くなったことを悟ったのか、ゆっくりと口を開くティラノ。最大限の絶望を味わわせるあたりが、ルドルフとそっくりだ。


「まじまじまじまじ!?!?」


「……逃げろ、お前ら」


「えっ!?ちょっ!?でも……っ!」


動け。今一瞬でいい。あとひと蹴りでいい。それだけで、救えるかもしれないのに。


ぴくりとも動かない身体がもどかしかった。せっかく英雄の地獄を乗り越えたのに。肝心なところで、また。


フィーラの時を思い出せ。自分が遅かったから間に合わなかった。あと一分早ければ。あと少し力があれば。何度も布団で思った。もっと力がいると。


脳の神経が切れるなんて上等。ここでやらなきゃ漢じゃない。


「GRRR……」


「っづぁぁぁっ!!」


喉が壊れるほどに。懇願するように。誰でもいいから、助けれくれ。そう願う。


だから現れた。そいつは。格好良くて、最高のタイミングで。まるで、自分が主人公だとでも言わんばかりに。


「【永創劔はてなきやいば】!!」


ほんとうに刹那の時間、突然現れた英雄の存在に、夜一は目を奪われた。


魔女でも霞むくらいの魔力を放出し、視界の外で拳を握る。そこに生まれた剣を持ち、それを脳天向けて振り下ろす。紫色の血が吹き出し、初めてティラノが悲鳴をあげた。


「……遅かったな。英雄」


ふらつく頭を抑えつつ、英雄の登場にほほえむ陽一郎。その顔は勝利を確信していた。


「……すいません。ちょっと手間取っちゃいまして。でも、ちゃんと協力者はやってきましたよ」


得意げな顔でそう告げ、英雄は視線を恐竜に。史上稀に見る奇跡の体験。相手の強さは全人類の折り紙つき。だったら、そんなのに燃えない英雄じゃない。


よろめきながらも何とか倒れるのだけは踏みとどまった恐竜に、もう一度【永創劔】をお見舞いする。二本の刀が喉笛を搔き切った。


怒り狂った死の顎が、英雄を喰おうと牙を剥く。だがそれは失敗だった。英雄の前で自分の武器を見せびらかすこと。それは即ち、死に直結する。


魔法で造られた白銀の刃が、化け物トカゲの牙を切る。上段下段綺麗さっぱり断ち切ったかと思うと、その剣を喉の奥へ。口腔を突き破って頭蓋の外に。


「ユーリ!マシュ!人どかせ!」


お付きの仲間に叫びつつ、英雄は構えをとっていた。最大限に魔力を放出。全身を一つの刃と化す。


殺気とその凶暴性をむき出しにした英雄の顔は、例え恐竜であっても恐怖を感じるらしく。だから足がすくんで、人をどかすだけの時間を与えてしまった。


英雄の声に反応した二人の高校生が、それぞれ陽一郎と夜一を回収。無くなった血を補いつつ、魔法を使って陽一郎を回復させるユーリ。どこか勝ち誇ったような顔で夜一に肩を貸したのは、神峰勢力最後の一人、満堂秀作ことマシュ。


「……無様だな、柏木」


「…………しばくぞ」


いつも格闘技で面識があっただけに、二人の仲はすこぶる悪い。夜一と違って総合じゃないのに、どれをとっても夜一と同じくらいの強さ。


だからマシュがハーモニーだと分かった瞬間、夜一の中では妙に納得がいっていた。あの英雄さま直属の部隊なら、強いのも理解できる。だからと言って、突然仲が良くなるわけもなく。


憎まれ口を叩くもふらふらな夜一を背負うマシュ。本来ならばここで決着の一つでも付けておきたい所だが、今優先すべきは英雄の命令。守らなければ自分が死ぬ。


猛るティラノに哀別の念を送っておき、二人はその場を後にした。残ったのは、全身から漆黒の粒子を吹き出す英雄と、全身がその魔力で構成されたティラノのみ。


最初の一撃で英雄から本能的な恐怖を感じたのか、やつはやけに引き足気味だ。


「ルドルフ・シンパトラ……だったっけ?随分とまぁ、変わっちゃったね……」


残念だ。誰も聞いていないのに、一人呟く英雄。相手がどれだけ大きかろうと、どれだけ異形の怪物だろうと、する事は一つだけ。本能に従う。人を助けるとか、誰かのためだとか。初めはそんなんだったかもしれないが、一度戦闘になればそんなのは頭にない。


英雄はただ、強敵を求めていた。生まれながらに恩恵を受けていた自分と、対等に戦えるような相手を。最近だと瞑鬼がそう。肯定しかされなかった自分が、初めてあれだけ敵意を剥き出しにされた。それが何だか、英雄は心地よかった。


そして目の前にいるこれ。生物学者や考古学者お墨付きの化け物トカゲは、英雄と戦えるくらいの力を有している。


低く唸る。英雄の出方を伺っているのか、やけに眼がギラついていた。切ったはずの歯も元どおり。


「……魔女の、白十字教の教義はたしか、十三転生だったっけ?」


ぶつぶつと独り言に耽る英雄に、むき出しの白牙が突き迫る。


だが、それはいとも容易く断ち切られ。今度は4本の【永創劔】が両目と顎に突き立てられる。


「……次はせめて、人の姿で殺り合おう」


祈りを終える。これから散る命に。これまで散らしてきた命に。


瞑鬼と比べても遜色ないくらいの魔力量。そんな英雄が手を握る。視界の外で握られた拳の中には、空気中の鉄分と魔力が合わさった特殊金属が。取っ手と柄と、そして鋼の刃が錬成される。


恐竜がその姿を回復するまでに、十五本の剣が体を貫いた。目にも留まらぬ英雄の剣さばきが、つぎつぎと肉をそぎ落とす。


いくら純粋な魔力でできた怪物と言えど、限界はある。体を飛ばせば魔力を減らし、血を吐けば体積もしぼむ。だから英雄は決めた。治すよりも早く、全てを剣の丘に埋めると。


ぎらぎらと反射する鱗に一本突き立て、その間に逆の手がまた新しいのを創る。一度切った剣は二度と手に取らない。相手の体に残したまま、次の剣を別の場所に。【永創劔】が織り成す鋼鉄のメロディーが、湿った夏の空に響き渡った。


そうして英雄の魔力が減った頃には、もうそこに見慣れた図鑑上の生物の姿はなく。四肢を切られ、ご自慢の牙も削がれ。全身から突き出した白銀の劔が、その威力を思い知らせる。


もう声を出すこともなく、ただティラノサウルスは横たわっていた。圧倒的なまでの差を、自分と目の前にいる生き物との格の違いを、その巨躯に刻みつけて。


決着は早々。満堂たちにこの姿を見られなければ、後は何でもいい。ユーリもマシュも、知っているのは英雄のほんの一面だけ。だから自分に枷をつけた。二人が見ている前では、全力を出さないと。


そうしなければ、また一人に戻ってしまう。両親を戦争で失って、ただ一人泣いていたあの頃に。


ぱくぱくと口を動かして、まるで何かを求めるように低く唸るティラノ。何を願っているのだろう。相手は魔女だ。考えなどわかりたくない。


だが、それは戦士だから分かってしまった。何となくだが、多分、英雄も同じ状況なら同じことを願うだろう。戦場に於いて、最後になった者が願うこと。それももう目的がないとなれば、残るのは一つだけ。


「……百万年の、未来を歩め」


別れの言葉を一つ告げ、鋼の刃を振り下ろす。肉が切れる感触、人が事切れる感触が英雄の手に伝わった。


過去に一度だけ聞いたことがあった。ある魔女から教えてもらった、送る言葉。次の世界では、せめて。


他人の宗教など知ったこっちゃない英雄だが、戦士の最後ならこれくらいは礼節が必要だ。剣を収め、魔法回路を閉じる。突き刺さっていた全ての白刃が、音もなく姿を消した。


ふぅ、と一つ息を吐き、英雄は空を仰ぐ。ここまでして何を得たかったのか。ここまでしてなぜ娘を殺すのか。何もわからない。どれだけ魔力が多くても、二つ名などあったとしても。まだ若干十八歳で、高校生で。特別な経験などほとんどした事がない英雄には分からない。


「……瞑鬼なら、わかったのかな?」


情けないリーダーの独り言。戻ってきたユーリがそれを聞いてしまった。


「……いいんだよ。英雄はそれで。ただ、私が好きな英雄でいてくれれば」


「……そうか。マシュはどう?目的も目標もない僕を、ただ戦うだけの僕を、軽蔑する?」


「自分は英雄さんを否定できるだけの大義がない。だがまぁ、悪くないんじゃないか?それがあんただろ」


「…………後輩に聞くなんて、僕も随分甘えちゃったね」


付き人二人の肩に手を乗せ、そのままがっちり肘まで回す。少しだけとは言え、英雄も疲れていた。体力的にじゃなくて、多分、精神的に。


何度やっても、誰かの最後を見届けるのは性に合わなかった。それをわかっているからこそ、ユーリもマシュも文句を言わない。例え英雄の右手が胸を触っていようとも、左手が首に食い込んでいたとしても。


昔馴染みと言うほど長い付き合いじゃない。たった二年ちょっと。それでも、三人の間の信頼やら友情やらは、瞑鬼たちのそれと劣らぬレベル。


満身創痍な英雄たちが向かったのは、負傷者を置いてきた校長室だ。寝転んでぴくりとも動かない夜一とマシュの視線がかち合う。一触即発な雰囲気を醸すも、里見とユーリにより阻止。


やっとこさ自分たちの仕事が終わったのを確認して、夜一が大きなため息を吐く。だがまだ気は緩めていなかった。自分たちは確かに魔女に勝った。後腐れもなく、完璧に。


「……勝てよ」


たった一言だけ。どこかに繋がる空の向こう、恐らく今必死に戦っているであろう瞑鬼に、激励の言葉を送る。


あいつはもう着いただろうか。生きてるなら連絡しろ。こないだの喧嘩、決着をつけるぞ。言いたいことは沢山ある。だから、夜一は思った。一秒でも早く帰って来いと。


また帰ってきて、フレッシュの六人で馬鹿をしよう。今なら明日の空祭りに十分間に合う。だから、早く。


痛みも薄れてはっきりとした意識の中、夜一が思うのはそれだけだった。


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