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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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華を散らすは陽の役目


何度引き金を引こうとも、もうあの頃は帰ってこない。帰宅したら嫁が笑顔で飯を作っているのも、3歳になったばかりの娘がお出迎えしてくれるのも。昨日のようでもあり、遠い過去のことのようでもある。


今からあれは、なん年前の事だろう。いつからだったか。年頃になる娘の顔が、出会った時の母に似て来たのは。娘の作る料理が、段々と嫁の味に似て来たのは。


瞑鬼ではないが、陽一郎も日常系が欲しかった。だから一縷の望みに賭ける。それが例え、死を代償にするものだとしても。


「……随分と峻峭じゃないか。えぇ?魔女よ」


陽一郎の眼前にいる、真っ赤なチャイナ服に身を包んだ魔女。齢二十と少しなのに、立派に村を任されている彼女ですら、歴戦の兵の前では赤子のようだ。


いくら魔女の魔法回路が人と違っても、いくら体が頑丈でも。魔王でも最強でもない彼女に、殺すのに特化した人間の兵器を完璧に無力化するだけの力はない。


どこの学校にもあるような、ちょっと外れにある一室。化学実験室とプレートが下げられたそこが、二人の戦闘の場だった。


白い煙が立ち込めて、副流煙が肺を焚く。どう考えても寿命を縮めるであろう激戦が繰り広げられていた。


常時魔法回路を開いた陽一郎。狙いはただ一つ、自分の間合いに明華を入れる事。それだけで決着はつく。超近距離型の魔法である以上、条件さえ満たせば陽一郎に負けはない。


だが、そう考えているのは明華も同じ。射程範囲は分かってないが、近づくとやばいという事だけはわかっていた。その証拠に、今も陽一郎の銃撃は明華の足元を狙い続けている。


普段からいくらでも学校に武器を仕込める陽一郎とは違い、明華は完全なアウェー。いくら魔法が強力だとは言え、既に準備している陽一郎とでは二手目三手目で遅れが出ていた。


「……その撃鉄で一体何人の同士を?」


ショットガンを糸で防ぎながら、ジリ貧になりながらも訊ねる明華。話してないと、どこかで隙を見つけないと勝ち目がない。


「……さぁな。花勘定は苦手だ」


右手で撃ちつつ、左手で弾を込める。魔改造してレバーアクションになったストライカーを片手に、ライオット弾が乱れまくる。


これで死ねば出来は上々。最悪弾が尽きても、ナイフと格闘だけで十分渡り合える。陽一郎だからこそできる戦闘スタイル。それは、これまで幾度となく戦場を駆けてきた明華ですら見たことがない方法だった。だったら、できることは一つ。


手当たり次第に糸に変え、全弾纏めて撃ち放つ。空中で炸裂した散弾がさらに細かく分断され、全ての運動エネルギーは空の彼方へ。戦況が長引くにつれ、陽一郎はどんどん不利になっていた。


考え無しに撃ちまくれば、当然それだけ早く弾は尽きる。普通の戦場なら、そこから武器を持ち変えて敵前突破といくところ。だが、これは一対一の正面バトルだ。それに相手は身体能力ではどうあがいても勝てない魔女。即ち一瞬の隙が、天秤を支配する。


そして何よりも最悪に。それはもう、不幸の神にでも愛されているかのように。勢いよく連射していたからなのか、突然がきんという衝撃とともに、陽一郎のショットガンが機能停止。


焦る頭で考える。点検は完璧だったはず。だったら考えられるのは一つ。薬莢のジャム。リロードしている暇などあるはずも無く、もう間合いのギリギリ前まで明華が迫っていた。


「……っ!!」


咄嗟に詰まった方を前に。だが、明華の魔法により、触れた瞬間それはばらばらと束ねられた糸の如く固形を失った。


刹那の瞬間、陽一郎の肩に衝撃が奔る。筋肉がぶちぶちと音を立てて、無理やり異物がねじ込まれる感覚がスローで再生された。


「あっ……!でぇぇ!!」


使い物にならない散弾銃。右肩は明華の左手と融合中だ。血の匂いと、ほのかな香水の香り。思い出せないが、記憶の底にあるような。どこかで嗅いだことがあるような感覚に、陽一郎は襲われた。


たが、これで勝負は決まった。陽一郎の魔法は間合い内の目を合わせた対象の身体に入り込むと言うもの。魔力では対抗しようのない事実としてそれはある。だから、ここで明華が顔をあげれば勝ちだ。確実に。


刺さった腕を無理やり引き抜く明華。ぽっかり空いた風穴を起点に、全身を裂くような痛みが襲う。これまでした一番大きな怪我よりも、痛覚だけなら越してそうだ。


一瞬にして戦略を判断。次の手を撃たれる前に、腰のハンドガンが火を吹いた。服が糸になり、全ての弾丸を弾き返す。しかし、衝撃で明華の顔がこっちを向いた。今しかない。ここぞとばかりに魔力を高め、いっそう瞳をギラつかせる。


「……なっ!てめっ!」


それでもなお、明華は一足上をいっていた。確かに陽一郎の魔法には一つ決定的な弱点がある。だが、これまで二十近くの戦場で、そんな手を取ったやつはいない。だから陽一郎も油断していた。


問答無用な近接魔法、その致命的とも言える弱点。それは、目を見なければ発動しないということ。かと言って、瞑っていただけでは防げない。


だからこそ、この戦いにそれだけの価値があるからと判断したからこそ、明華はこの手を取った。


「まじかよ……」


最低限の視界のため、片方だけはいるだろう。だが、両方はいらない。陽一郎の視界に映った明華の顔は、右目だけが綺麗に失われていた。


そして視力がなければ、陽一郎の魔法は効かず。

対策をされたことはあっても、こんな捨て身をされてはやはり一瞬戸惑いができる。その瞬間を、明華の拳が捉えた。


右脇腹から上ってくる痛みとともに、化学室の壁ごと外に吹き飛ばされた陽一郎。四十過ぎのおっさんにしては、やけに酷いやられようだ。


すっかり消し炭になった煙草を吐き捨てる。さっきから魔力全開なせいで、もう回復に回せるだけの量は残ってなかった。


「……やっぱり、フォーチンと並んだだけあるわね……」


全身をばきばきと鳴らしながら、明華がゆっくりと近づいてくる。おっさんの身体は魔法回路開き過ぎのせいで筋肉痛だと言うのに、やはり向こうは鍛え方が段違いだ。


弾き飛ばされた銃を拾おうとするも、少しでも動けば首が飛ばされるだろう。どちらにしても死ぬなら、賭けてみるもの悪くない。だが、あいにく兵士には引き際というのが肝心なようで。


「……誰か知らねぇが、そりゃ光栄だ」


「久々にこんな楽しめたわ。やっぱり、相手してもらうなら歳上がいいかも」


「…………おっさんをからかわないでくれ。なんだって魔女はこうも……」


燦々と照りつける日差しがうざったい。エアコンの効いてない室外、蒸し暑い日本の気候。戦場に出た時に、とっくに人としての矜持なんて捨てたはずなのに。


何人も殺して、何人も殺されて。そんなんで麻痺していた感覚が、いつの間にか回復しやがっていたらしい。今はただ、このままデッドエンドなのが怖かった。


さっきから別棟で馬鹿騒ぎの音が聞こえるが、夜一は勝っているだろうか。どうでもいい。いま陽一郎がすべきなのは一つだけ。とっとと勝って、帰ってビールを仰ぐこと。


もう疲れた。戦うのは。歳をとるごとに、なんだって争うのか分からなくなる。


「……嫁でしたっけ?何かいうことあります?」


でも、それでもやらなきゃならないのが大人の辛いところ。子供達に任せているだけでは、面目丸つぶれだ。


明華との距離は目と鼻の先。さっき校舎にべたべた触れてたことを鑑みるに、もう仕掛けは完了、あとはどうやって最後を飾らせるか、なのだろう。


だったらまだ勝機はある。相手は冷徹な殺人鬼でも、本能に溺れる狂人でもない。明華は陽一郎と同じ、民族のために戦う兵士。だったら、とどめを刺す最後は自分の手でやる。それが流儀、それがルールなのだから。


残る魔力をかき集め、人生ラストの抵抗を。靴底に仕込んでおいたフラッシュボムを炸裂させる。瞑鬼の魔法なんかとは比べ物にならないくらいの、目を完全に潰す閃光が明華を貫いた。


悲鳴をあげると同時に、全魔法を一気に解除。そこにいるはずの陽一郎にぶちこむ明華。しかし感触はなし。そこで漸く、鼠二匹の存在を思い出す。


「……だまされーー」


「うぉるぁっ!!」


頭を振って視界を取り戻した明華を襲ったのは、他でもない陽一郎の鉄拳だ。だが気配も殺気もダダ漏れなその一撃をもらうほど感覚は無くしちゃいない。軽く受け流す。


も、目を開けたその世界は一面が白煙によって遮られていた。清田の魔法、汗を濃霧に変える魔法によって作り出された人工霧が覆っているのは、ほんの十メートルちょっと。それでも中にいる人間からしたら、もっと広くに見えても不思議じゃない。


ここに来て二人が参戦した理由は?今までだって、いくらでもチャンスはあった。陽一郎がやられる前に爆弾でも投げ込んでれば、もっと軽傷で済んだかもしれないのに。


これまで培ってきた、明華の戦士としての感覚を研ぎ澄ます。どこに誰がいて、何をしてくるか。相手はたかだか人間三人。武器があるといえ魔女の敵じゃない。


発砲音がなる。瞬間的に射出点を補足し、見事に糸でガード。次弾またその次弾も、明華の肌より前で力をなくす。


こんな事をしても無駄だと分かっているはずだ。それなのに、二人の女子大生は銃を撃つ。流石に陽一郎の様にショットガンを打つ力はない様で、飛んでくるのは小口径のみ。


「……滑稽だわ」


ここまで来れば、馬鹿でも結果は分かってしまう。簡単な話、彼らは英雄が帰ってくるのを待っているのだ。魔女界でも最重要危険人物として扱われているティルフィングなら、明華と同等かそれ以上の実力はあるとみていい。


分かってしまって、それを黙って待つほど明華の予定は空いてない様で。魔法回路を展開し、抜群の四肢の隙間から煙管キセルを取り出す。霧が立ち込めるなか、それを目一杯吸い込んで煙を排出。その粒子たちにそっと軌跡を乗せるよう辿る。


明華が肺で魔力を織り込んだ煙に触れると、それすらも鋭利なワイヤーに変わってしまうのだ。


これを多方面に向けて弾けば、どこにいようが斬り裂ける。防御不能の不可視の一閃。これこそが明華の隠し玉、必殺技というやつだった。


だから陽一郎はこれを狙っていた。絶対に出すはずだから。意味深に加えたパイプと、魔法の特性。そこから考えれば自ずと結論にはたどり着く。


まだ射撃は鳴り止まない。だから明華も注意をそっちに割いていた。風穴開けて魔力も尽きた陽一郎の事など、まるで忘れたかのように。


「甘いな」


気づいた時にはもう遅い。今度は光がある方から来られてしまった。


反射的に振り向いた明華の目が、ぎらりと光る陽一郎の視線とかち合った。瞬間、丸ごと意識が濁流に。眠るのとは少し違う感覚に襲われて、支配権が陽一郎に移る。


「……悪いな。俺ぁ戦士やめてパパやってんだ」


誰に詫びるわけでもなく、明華の声でそう呟く。


さすがは魔女の身体。憑依はいっただけで分かる。こんなので戦うのは狡いと。


最後に振り絞った魔力。限界はあと一分ほど。この相手に最大限の礼節を。そして戦士たる名誉の死を。


足元で転がっているおっさんの抜け殻に戻るのが惜しい。が、もう時間もなし。


「ありがとよ」


最後に心の中でそう言って、陽一郎は指を弾く。


瞬間、空中を漂っていた無数の糸が明華の体を切り刻んだ。うらわかき乙女の肌を、髪を、誇りを。


痛みと魔力の限界が少しすぎ、陽一郎は自分の身体に。明華も動けなくはなったが、意識だけは残る形で双方戻る。


出血多量な肩の傷の傷。心臓が踊る様に跳ねる感覚。肺を腐らせた煙草の味。どれもこれもが懐かしい。夢から覚めた様な、逆に夢を見ている様な。


「…………はぁ、結局こうなるのね……」


「全く、女ってのはどうも……。怖ぇよ。マジで」


最後にくらった陽一郎だから分かる。明華の身体は筋繊維はおろか神経までずたずたで、二度と立ち上がれる事はないと。それでも生きているのは、魔女特有のしぶとさだろう。


とどめを刺そうにも、こっちも大量出血のせいで頭がふらふらだ。なんとか今は意識を保っているが、里見が来てくれないと相打ちになる。


だが、だからと言って礼節を欠いていいわけじゃない。相手は侵略でも何でもなく、ただ愛のためにやってきた母。戦に敗れたとて、その事実は変わらない。


「……最後の一服。楽しめよ」


覚束ない足取りでパイプを拾い上げ、直接明華に咥えさす。にっと笑った気がした。


「……俺からも一つ。まぁ、嫁に言伝なんだが……。言っといてくれ。すぐ行くから、晩飯あっためといてくれ、って」


引き金を引く。外さない様に、苦しまないよう脳天に。反動が痛かった。


一体誰に向けてなのか、天を仰いでそう言った。


誰も聞いちゃいないのに、陽一郎は確かに言伝を頼んでいた。


いつの間にか霧は晴れ、そこにはまた照りつけやがる太陽が。汗と血と、よくわからない液体とでもうぐっしょりだ。帰って果物食べて、瑞晴の話を聞こう。ここ最近いなかった、あの不良腐敗目野郎は何を言ってくるだろうか。


あるかもわからない未来に耳を傾けて、陽一郎はバランスを崩す。だが、誰かがそれを抱きとめた。柔らかな二つの感触が頭を包み込む。


「……おつかれ」


まるで終戦直後のナイチンゲールの様に、里見先生は笑っていた。唇を噛み締めながら、魔法回路を開きながら。


「…………やれやれ。ナースってのはなんでこうもよ……」


気がつくと、その後ろには女子大生二人もいた。荒廃した校舎に後輩が。なんとも下らないオヤジギャクが頭をよぎる。


これで陽一郎の仕事は終わり。後は当人たち、とくにアヴリルやソラたちの戦うばん。そのはずなのに、世界はおっさんに厳しいらしい。


「GGGYYYAAAA!!!!」


どこからか聞こえてきた、耳をつんざく様な轟音。あれは確か、夜一とルドルフがばかすか殴り合っていた方だ。


里見と目を合わせる。どうやらこちらも同じ考えらしい。魔法回路を開いて準備万端な彼女の顔は、心なしか昔の和晴に似てないこともなく。


覚悟を決めた陽一郎は、もう一度だけ銃を取る。




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