表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
192/252

薬品と銃弾の中で


その言葉を口にした瞬間、陽一郎の魔力が爆発的に高まる。単純というか回路がないというか、とにかく陽一郎はそれが聞きたかった。今回の戦いは、半分これが目的であったりなかったり。


聞きなれないその単語を、頭の中で咀嚼する明華。帰って来た結論は、


「……さぁ?どうかしらね」


だった。言葉が耳をふるわした瞬間、それまで穏やかに流れていた陽一郎の血が爆発的に燃え滾る。


全身を魔力が覆う。瞑鬼よりも圧倒的に量は少ないはずなのに、見た目だけなら誰にも引けを取らないくらい。


酸素だらけの脳みそで、なんとか冷静な判断を。知っている?この反応だと、可能性は五分だろう。だったら、それに賭けるのが陽一郎流だ。


特殊鉱石が魔力を吸い上げ、黒い弾丸をはじき出す。火薬の力を借りたそれは、魔女の腕を貫いた。


一瞬痛がった明華だが、次の瞬間には筋力で陽一郎を圧倒。無理やり校舎の中まで振り飛ばす。ぶち壊された扉の破片。巨体に当たって砕ける壁。かつて通った校舎も、こうなってしまっては古臭さを感じるというもの。


口の中から血の味が。軽く切ったらしい。ガラ悪くもそこらに吐き捨てて、陽一郎は懐に手を伸ばした。


「……瑞晴が出来てから、やめてたんだけどな」


そう言って取り出したのは、簡素なパッケージの煙草だった。デザインは日の丸。中身はほんの十本だけ。極細フィルターのそれを口に加える。ご丁寧に、明華は一服を許してくれた。


明華が紫煙を吐くと同時に、陽一郎がフィルムの先っちょを撃ち抜く。摩擦熱で火がつく。それを肺いっぱいに吸い込んだ。


懐かしい味。むかしよく吸ったあの味だ。美味くも不味くもない、ただ、体にはかなり悪いやつ。これは傭兵が戦場に行く際に支給される、いわば日本からのプレゼントだった。


娘ができたと知ってから、和晴と二人できっぱりやめた。もう自分たちは兵士じゃないから。ここは戦場じゃないから。ストレスなら、別の何かで晴らせばいい。


だが、今は別。ここは戦場。硝煙の香りも泥のような飯もないが、確かに今この瞬間、天道高校は戦場と言って差し支えないだろう。だから陽一郎は思い出す。あのジャングルを。あの血の匂いを。


「……悪いな。再開しようか、姉ちゃんよ」


これ一本で、陽一郎は別の世界へ行ける。別に特段タールが多いわけでも、他の薬物が入っているわけでもない。だが、これは確かに陽一郎にとってはドラッグだ。


理性が飛び、原初の血が騒ぐ。気がつくと、両手のトカレフが火を吹いていた。全弾撃ち尽くす。


込め直す時間がもったいない。すぐ様それを投げ捨てて、近くのトランクから機関銃を。これまたフルオートでぶっこんだ。


魔力プラス素の威力。普通の人間なら蜂の巣確定だ。だが、流石は魔女明華。何発か食らったにしろ、致命的ではない。


「…………おっさんは趣味じゃないんです」


「俺ぁ若い子大好きだぜ。なんたってパパだからな」


久々の強敵。もっと滾りたい。あの血が沸き立って、全身が一つの兵器と化す感覚を、もっと。


常時魔法回路を展開。そして、ついでに魔法も使っておく。白い煙が赤く染まり、視界が血の色に。こうしていれば、思い出す。あの頃を。二人で死の山を駆け回った、あの時を。


今陽一郎の目に映っているのは、紛れも無い戦いの場だった。前を見れば敵がいて、振り向けば死神が鎌持って待ち構えている。そんな背水の状態が、堪らなく狂おしく心地よい。


破壊された給水機から吹き出す水が糸になり、陽一郎を襲う。だが、またもやこれを空中で撃ち落とす。しかも今度は片手でだ。


フリーになった左手で、陽一郎は手榴弾を握っていた。安全ピンを引く。レバーを握る。


「……あぁ、そう言えば聞いたことが」


全身から魔力を吹き出す明華が、思い出したように言う。


「……あなたがマーシュリーの言っていたクレイジーソルジャーですね?赤眼の煤煙レッド・スモーキー


かつてのあだ名。あまり気に入ってない名だが、ここで呼ばれるのは悪くない。


ずっしりと手にある爆弾の重量を感じ、それを投げつける。レバーが外れ、ちょうど明華の体の裏に。


「くっ!」


急いで魔法回路を展開。だがもう遅い。焦る明華の表情を見て、陽一郎は口元に笑みを。そしてふっと紫煙を燻らせる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



適度なバイクの振動と、目の前にいる少女の最高な身体の感触。それだけで、瑞晴は天国気分だった。もちろんそんな呑気なことを思っている場合ではないのだが、それでもアヴリルの抱き心地は最高だ。


電動バイクに三人乗りなんて、警察に見つかったら即補導案件な事にまで、三人は手を伸ばしてしまっていた。だが、逃げきれなければ意味はない。命あるなら、まだ監獄の中の方がマシだから。


「……夜一さんと陽一郎さん、大丈夫かな……」


心配そうな表情で、学校の方を振り返るアヴリル。天井が崩れた時にはもう校舎から去っていた身としては、不安で不安でならないらしい。


相手は建物ごと壊しに来るほどアヴリルに執着している。それならば、行く手を遮る二人はさぞかし邪魔な事だろう。下手しなくても、殺して追って来る可能性は高い。


ハンドルを握る千紗の手に力が増す。今頃夜一は血を吐きながら殴り合っている。アヴリルのために、瑞晴のために、千紗のために。それが嬉しいのも事実。だが、残って一緒に反吐を吐けない自分が情けなくもあった。


しかし、今の千紗は優秀な工作員だ。そのイロハを、この三日間でユーリに叩き込まれている。


「…………大丈夫だよ。それに、きっと神前くんも……」


今朝電話で一方的に時間を伝えてから、瞑鬼からの返事はない。魔法を使ってすらいないと言うことは、それだけ魔力を温存しているのだろうか。そもそも、本当に彼は来るのだろうか。


ひょっとしたら、気が変わってソラと逃避行なんてのもあり得るかも。ソラが瞑鬼をなんとなく慕っていることは、鼻が効く女子高生ならすぐわかること。信用してないわけじゃないが、瑞晴はそれが唯一の懸念だった。


帰ってきたら伝えよう。次会った時は、必ず。そう思ってたのに、ソラと二人でランナウェイ。これまでの経験を考えれば、責めれはしない。


生ぬるい風がほおを撫でるたびに、瑞晴の心に不安が一つ。向かっている図書館に着くまでに、あと何回こんな想いになるのだろう。


こんな非常時に浮ついた考えもアレなので、頭を現実に引き戻す瑞晴。少しばかり細い路地に入ったせいか、スピードが落ちていた。


「……それに、今はこっちのが危ないかもだし……」


「……そうなんですの?」


「…………多分」


思い出す。あの瞬間を。ルドルフの笑い声が聞こえ天井が崩れ落ちたあの時、瑞晴が見たのは確かに二人ぶんの影だった。見間違いでも、勘違いでもない。確実に。


本人曰く、マーシュリーの狙いはアヴリルだ。あそこのシーンから鑑みるに、ハーモニーを襲撃したのはルドルフと明華。だから、マーシュリーは別の所にいる。


そして嫌な予感というやつは必ず当たるようで。まるで瞑鬼の呪いにでもかかったかのようで。その時はすぐに訪れた。


「……っ!!」


瑞晴が後方を警戒していると、不意にバイクが急停止。前輪に重心が傾き、三人の軽体がふわりと浮く。


ずしんと尻に衝撃が。千紗がハンドルを切ったと悟ったのは、事が起こってから約一秒後。そしてその原因が道端のど真ん中に立っている人だと気づいたのは、さらに少し後のこと。


じんじんと痺れるお尻をさすりながら、バイクを降りる三人。前を見る。その瞬間、アヴリルの顔が曇った。


田舎の町には無愛想な、白いドレスが黒く染まる。手につけた装飾可憐な鉄の塊は、一体何を粉砕してきたのかやけに傷が多い。まるでどこぞの王女様のような服装で、その女は佇んでいた。


「…………誕生日おめでとうアヴリル。命日と誕生日が同じって、運命だと思いませんこと?」


おしろいのように真っ白な顔。ただでさえ美少女なアヴリルを、ほんの十何年か成長させた姿。マーシュリーの笑顔は、日本の女子高生が嫉妬にかられるくらい綺麗だ。


当たり前のような顔で、あり得ないセリフを吐く。魔女のことを理解してきたつもりの瑞晴たちだったが、どうやらそれは思い違いだったらしい。


二人には、どう転んでもこれを運命だと思うメルヘンチックな頭は手に入れられそうにない。距離にしてほんの十メートルかそこら。魔女なら一歩で詰められるであろう距離で、二人は睨み合う。


太陽にきらめくアヴリルの肌は、熱気と体温でやけに紅潮していた。


「……全く、ですわ。それよりお母様、わたくしたち急いでるんですの。車道の真ん中なんて、日本じゃ怒られますわよ?」


「あらぁ……。ごめんなさいねぇ、慣れてないんですの」


「……なぜこの道を?」


「そうねぇ……。言ったでしょ?協力者がいるの」


流暢なフランス語での会話。当然、瑞晴たちはわからない。それに、さっきからやけに余裕顔をしているアヴリルだが、その実体は尋常じゃないほどに緊張しきっている。


汗っかきなのか、瑞晴があげたシャツから下着がくっきりと。それに、声を張っているがところどころ震えている。そして、それは瑞晴たちも同じだった。


目を逸らしたら死ぬ。話を遮ったら死ぬ。ありとあらゆる知識を総動員で、何とか全員生還のルートを計算。だが、劣勢とはいえカラと渡り合ったマーシュリーを退ける方法などない。


戦う場所は狭い路地。相手はプロの魔女。いくらユーリから戦い方を学んだとは言え、三日じゃ簡単な護身術程度しかマスターできてない。


「……そちらは……、あぁ。ルドルフちゃんが逃した商品じゃない。いいわ。お土産にしましょ」


いい加減立ち話も飽きたのか、いきなり瑞晴に照準が。嬉々とした表情で、人を売りさばくことを娘に報告するマーシュリー。きっと、他の魔女たちの間ではこれが普通なのだろう。異端なのは自分たちだとわかっている。


だから、アヴリルたち異端者組は誓う。たとえどれだけ異常だと言われようとも、自分たちの意志を貫くと。


「昔っから大っ嫌いでしたのよ!おかあさまっ!」


おしとやかなアヴリルからは想像できない、およそ最大限の大声。そのあまりの荒らげぶりに、マーシュリーの反応が一瞬遅れた。


「塞いでっ!」


魔法回路を展開し叫ぶ瑞晴。流れるような動作で指笛を用意。練習の成果を発揮するごとく、勢いよく空気を送る。特有の耳に痛い音が辺りに鳴り響く。それは神社まで届き、高周波は学校まで。


直後、三人の周りを大量の生物が取り囲むようにやってきた。昔からこつこつと瑞晴の魔法で友達になった、総勢百と少しの動物軍団。


猫が爪を立て、犬は犬歯をむき出しに。どこからか飛んできた鳶や鷲が空中を舞まわり、野生の血が騒ぎ出す。壮観とも取れる景色に、マーシュリーはただただ目を見張るだけだった。


動物を従える魔法使いなら、これまで何人も見てきた。だが、ここまで無差別、無階級なのは初めてだ。よほど魔力を消費したのだろう。肩で息をする瑞晴だが、作戦としてはこれ以上ないくらいに有効だ。


何せ、マーシュリーの魔法は人以外には効かないのだから。果たしてそれを知ってなのか、それともただの勘なのか。だが、そんなプラスを加えてもこの場での情勢は変わらない。


「……最悪ですわ。アヴリル以外はあまり……」


やれやれと嘆息しながら、ナックルに魔力を装填。醤油が染み込んだ布のように、拳が黒く染められる。


「……いける?」


「……多分ね。実戦初めてだし、しくっても文句言いっこなしで」


動物たちの背中に隠れながら、最後の楽しいひと時を。ここを出て戦闘体制にはいれば、間違いなくマーシュリーは瑞晴たちを殺しにくる。だからこっちも、殺意を持って相手しなければ。


こんな時に限って、瑞晴は思い出していた。ちょっと前の瞑鬼の姿を。毎回毎回戦う時は、何が何でも勝つつもりで。そのためなら、全力で頭を回転させて。


だから瑞晴もそれに習う。昔母から教えてもらった軍隊式格闘術と、ユーリの合気道的なやつ。それら二つを合わせた、差し詰め瑞晴オリジナルを以って、目の前の敵をエリミネイトすると。


もう一度指笛を吹く。動物たちにだけわかる、微妙な音階の違いを察知した。動物が一斉に散開。マーシュリーの間をすり抜けてゆく。


「……小娘がっ……!」


元から生き物が好きなのだろう。マーシュリーは横を過ぎる動物たちに一度たりとも拳を振るわない。


だから甘かった。視界を塞がれても、せいぜい逃げるのが関の山だと思っていたから。まさか、日本の一女子高生が、自分に向かって突っ込んでくるとは思っていなかったから。


「はぁっ!」


気づいた時には、既に腕を掴まれていた。振りほどこうと力を込めると、あっさりと身体が宙を舞う。東洋生まれの不思議な技術、それを体験したのは初めてだ。


なんとか受け身だけはとる。だが、まだ片手は掴まれたまま。瑞晴の全開魔力を振り絞って、そのまま強引に絞め技に。一歩間違えたら死んでしまうが、加減の仕方は習得済み。そして、何より今はそんなこと気にしている余裕はない。


過剰なアドレナリンが分泌され、全身の血管が湧き立つように血が巡る。沸騰した血液の流れを感じ、瑞晴は無我夢中にマーシュリーを抑え込んでいた。


本気で暴れれば、こんなのはいとも容易く振りほどける。そうでなくとも、マーシュリーの力なら片腕だけで瑞晴を振り回すことも可能だ。だが、マーシュリーは躊躇ってしまう。敵で人で殺しに来ているとはいえ、一応は商品だ。丁重に扱うに越したことはない。


だから決めた。身体は壊さないと。それに気づいたアヴリルが必死に叫ぶも、もう時は遅い。


「…………ば」


「瑞晴さんっ!」


「ん」


瞬間、瑞晴の胸に閃光が走る。暑いような、冷たいような。それも、一瞬で通り過ぎたかのようで、ずっと残っているようで。初めはなんだかわからなかった。ただ、自分の体から力が抜けたのだけはわかる。


ふと目を開けると、そこには青空が広がっていた。まさに、完璧な青天をしたのだ。


失われていたはずの感覚が、魔法のせいで戻ってくる。灼けている、溢れている、貫かれている。


流れ出る血が頭までかかり、生ぬるい血だまりを形成。だんだんと薄れていく感覚。事前に聞いていただけあって、これがマーシュリーの魔法ということは理解できた。見えないが、大方胸あたりにぽっかりと穴が開いているのだろう。アヴリルに勝つためにバストアップしていたのに、これでは無駄になってしまう。


幻覚だとは分かっている。こんなのがまやかしだとも。だが、込み上げてくる痛みだけは本物だ。


上手く回らない呼吸系。叫びたくても、肺が息をしていなかった。全身からフィブリンが抜けてゆく。どこからか、ソラの声が聞こえる。気を保て、と。


「…………やっぱ、普通の女の子ね」


太陽が暑い。なんでそんなところでぼーっと日を放っていやがるんだ。


意識が遠のいてゆく。このまま、気絶でもしてしまうのだろうか。そうなったらどうなる?千紗だって訓練を受けているとは言え、所詮は瑞晴と同じ付け焼き刃。アヴリルと二人で組んでも、間違いなくオーバーキルをくらうだろう。


自分はどうなるか。次起きたら、どっかのおっさんの元にでも運ばれているのだろうか。魔女の協力者だから、ひょっとしたらおばさんということも。出来るならどっちもご遠慮願いたい。せっかく自分の気持ちに気づけたのに。


いつになったら、瞑鬼は来てくれるだろう。それとも前みたいに夜一が?それは無い。


死の直前というのは本当に頭が良く回るようで、たった数秒の間に瑞晴は考えていた。そして出した結論は一つ。こんなの、和晴からの教えにすがるまでもない。


アヴリルが可愛い。恋する千紗が可愛い。憎ったらしくてもちょっと頭がアレでも、瞑鬼が愛おしい。だったら、取るべき行動は一つ。


「…………ええぃ」


嗄れるような声で唸り、無理やり魔法回路を展開。ぷるぷると震える手を口まで持ってくる。


全てのステップは完了。後は脳内ホルモンに任せ、力を込めて噛みしめるだけ。


「アヴリル!私の後ろに!」


「千紗さんっ!あぶなっ!」


必死にアヴリルを庇った千紗の身体が、マーシュリーの一撃によりコンクリに叩きつけられる。


肺から空気が漏れ落ちて、その場にうずくまる千紗。やはり女の子三人では、魔女に勝ち目などあるはずもなく。だから、守るなんて言ったのに、それを実行できない。


「……全く。でも、なかなかいいお友達じゃない、アヴリル」


「えぇ……、そうですわよ。子供が遊んでいる最中で割り込むなんて、嫌われましてよ?おかあさま」


「大丈夫よ。あなただって、お人形さんになるのは夢でしょう?」


魔法を食らって動けない瑞晴。なんとか起き上がるも、背中の激痛でとても戦える状態じゃない千紗。


こんな二人を見ていたら、いっそ自分が死のうかと思ってしまう。だがアヴリルは知っていた。彼女たちは普通の女子高生じゃないということを。

恋の炎で燃え盛る乙女たちは、そう簡単にゃ死にやしない。


「っせぇい!!」


瞬間、マーシュリーの頭に衝撃が響く。全体重を込めて打ち出された、渾身の掌底。それが見事に、彼女の脇腹を捉えていたのだ。


内臓が揺れ、吐き気と鈍い痛みが上ってくる。思わずよろめくマーシュリー。目に映ったのは、そこに立っていてはいけない人物だった。


「知ってる?お母さんはいつだって敵役が適役だって」


拙い英語で伝えられた、その言葉。ぎりっと奥歯を鳴らしながら、マーシュリーは異常な光景に頭を悩ませていた。


太陽纏った日輪天使。桜瑞晴の姿が陽光に照らされて、そこに不思議な輪ができる。


唾を吐く。考える。マーシュリーの魔法は、距離が近ければ近いほどより鮮明でリアルな痛みを送ることができる。ほぼゼロ距離でのアレならば、立つことはおろか呼吸をするのも辛いはず。それなのに、今目の前に立つ瑞晴の姿は、一点のふらつきもない。


「……瑞晴さん」


「……あぁ、超痛い。泣きそう」


だったら、あり得るのは一つだけ。動物で防ぐ他に、マーシュリーの魔法を解除する方法。


瑞晴の左手親指から、真っ赤な血が流れ出ている。それに気づいたのか、一瞬目を丸くするアヴリル。だが、当の本人はあまり気にしていない。


マーシュリーの魔法はあくまでイメージを飛ばし脳を錯覚させるだけ。だから他の、例えば本物のダメージがあれば、すぐに解除されてしまうのだ。だが、誰もそのことは知らない。一度食らった瞑鬼でさえも、謎のままにしていた。


それこそが、瑞晴が受け継いだ直感というやつなのだろう。陽一郎から恵体を。和晴からは頭と魔法を。


「……ほんっと、めんどいですわ」


だが、戻ってこれたからと言って瑞晴一人で勝てるわけじゃない。寧ろ、これでは戻ってこなかった方が良かったかもしれない。なにせ、相手は手加減のできない怪物なのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ