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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
191/252

天井人


その日は、朝から随分とみんなの気が乗らない日だった。それと言うのも、今日の夜から二日間にかけての祭りに参加できないからだ。


今頃、商店街と海岸一帯では着々と準備が進められているだろう。本来ならばチョコフルーツ屋を出すはずだった陽一郎も、店が全壊じゃ流石に出向けない。


熱気と湿気で蒸し殺されそうな体育館で、瑞晴たちはただジュースを乾杯するだけだった。


「……ほんとに来るの?これ」


「…………わかりませんけど、多分ソラが言ったのは正しいですわ。人の目も少なくて、警察も祭りで忙しい。機会としては絶好ですの」


気分だけを出すために、半ば無理やり会場から奪ってきたラムネの瓶。その中にあるビー玉を必死に取り出そうとからんからん音を鳴らしながら、アヴリルは答える。


三日間の修行を終えたのは良いものの、いつどのタイミングで来られるかが分からなければ、素人同然である瑞晴たちは圧倒的に不利だ。対応が一瞬でも遅れれば、それが即死に繋がる。


ここに来たのは朝の五時から。まだ涼しかった体育館の窓を全開にし、なるべく侵入者がいたらわかりやすく。この場にいるのは全部で九人。瑞晴、千紗、夜一に陽一郎。そしてアヴリル英雄と、なぜだかユーリと見知らぬ女の人が二人。何でも、英雄から今回のことを聞き自分も行くと志願した女子大生らしい。もちろん、ハーモニーのメンバーの。


そんな圧倒的に英雄陣営が多い布陣だからだろうか。なんだか、さっきからユーリと女子大生たちの間に見えない壁が。英雄の一挙手一投足を奪い合う。


そんなのは放っておいて、瑞晴の視線は二人の男に。いつも通りラフな格好をした陽一郎に、ご自慢の白道着な夜一。総合の試合があると嘘を言った結果、おじいちゃんが持ってきてくれたものだ。


だが、何度見つめても景色は変わらない。そこにあるはずのものが、あるべきものがなくとも、だ。


瑞晴が深くため息をつく。本当はここに、もう二人人員が加わるはずなのに。肝心のフレッシュリーダーである瞑鬼は、この場に居なかった。当然、同じ場所にいるソラの姿もない。


「…………瑞晴ぁ、神前たちにちゃんと言ったの?集合場所学校だって」


「今朝吉野家に電話でね。ソラちゃんがでて、んで伝えたんだけど……」


そう。確かに瑞晴は時間と場所を指定した。ちゃんと英語で。しかもメモまで取らせて。それなのに、瞑鬼たちが来る気配はない。魔力探知ならハーモニー最高クラスの英雄ですら、まだ掴めていないということはこの街にいないということ。


女の子三人の溜息が漏れる。朝から何回目だろう。瑞晴に至っては、あの時以来一日百回はカウントされる。そんなため息地獄に陥っているのも、全ては瞑鬼が原因だ。だから今度会った時は、絶対全部ぶちまけてやろう。そう決意したのに。


この三日間、瞑鬼からの連絡があったのは二回だけ。関羽がここにいると言うのと、魔女が来たら報せてくれとだけ。一方通行な魔法だったから、会話は一度として成り立っていなかった。


恋する乙女の思考というやつは、なかなかどうして複雑なようで。今肝心なのは魔女の討伐と分かっているのに、それを差し置いてまである人のことが気になってしまう。ちょっと以上の感覚が、全身の魔法回路を引き締めていた。


本当に明華たち魔女が、わざわざここに出向いてくれるのか。そこら辺は英雄の案だ。敵の目的がアヴリルだと分かっている以上、そこらに置いとくわけにはいかない。かと言って隠すにしても、神峰邸は壊されたくないし、他の場所だと護衛がつけない。さんざん議論された結果、出されたのは壁の壊された学校の体育館。最後まで校長が渋っていたが、なんとか了承はもらえている。


「……にしても、こりゃちょっとヤバイっすね」


既に汗だくな英雄が、座っていた陽一郎に一言。暑さにやられかけていたおっさんは、クーラーボックスの中からノンアルコールを取り出しながら応える。


「……だな。ただでさえ三日も気ぃ張り詰めてたのに、この暑さじゃ集中削がれんな……」


本日の気温は、今夏最高の三十六度。それに蒸し暑さも加わって、室内の体感気温は40度近くになっていた。


「早く来て欲しいけど、来て欲しくないって。なんか変な感じですよ……」


このままだと、もってあと一時間と言ったところ。お昼ご飯もろくに食べられない状況下で、ちょっと訓練を積んだだけの高校生に耐えろというのは無茶な話だ。だが、その無茶を超えなければならないのもまた事実。


瞑鬼が言った、フレッシュ、ハーモニーから独立宣言。そしてこの件には構うな宣言。一応は引き分けという形になった以上、英雄はこれ以上手出しできない。が、それも英雄のシナリオではあるのだが……。


置いて来た朋花のことを考えつつ、新しいラムネに手を伸ばす瑞晴。その瞬間に、英雄の携帯に着信が。


急いで相手を確認。それは神峰勢力最後の一人、満堂からのものだった。使い古した英雄の携帯から、雑音とともに男の声。その内容を聞いた英雄が、急いでユーリを呼びつける。


「なんだ?誰からだ英雄!」


怒鳴る陽一郎。事態が急変したと察したのか、さっきまでの親父オーラが飛んでいた。


「満堂からです!神社近くで魔女の影を確認とのこと!」


言いながら、既に出て行く準備を完了させた英雄。手に握られているのは、自分とユーリのバイクのキー。


さっきまで瑞晴たちと一緒にお喋りしていたユーリだが、英雄の様子が変わった瞬間に壇上から飛び降りていた。


「行くぞっ!ユーリ!」


「了解っ!」


がやがやと喧しく、二人は学校の外へ。バイクのエンジン音が聞こえる。護衛のためにここにいたのに、どうやらそんな事は完全に頭から抜け落ちていたらしい。


取り残された瑞晴たち。一気に静まり返った体育館。蝉の声が無駄に響き渡る。


英雄たちが出向いて行けば、まず間違いなく魔女を捉えられる。それを知っているからこそ、夜一は飛び出さなかった。一応ここに瑞晴たちだけを残して行くのは危険だと、少なく残る理性で判断したもよう。


だが、陽一郎だけは違った。英雄たちが出て行ったのに、さっきよりもかなり焦ったような表情に。そして何かに気づいたのか、夜一を呼び寄せる。


「……やられたぜ」


「…………ん?」


ホルスターに手をかけて、セーフティを解除。その動作を見ていた夜一が目を丸くする。


しかし、その後すぐに夜一も気づいたらしい。誰も気づかなかった、あまりにも自然な不自然に。


「…………あ」


二人の様子を見ていた瑞晴が、驚いたように小さな声を。まだ何が起こっているかわからない千紗とアヴリルは、きょとんとした顔で辺りを見渡している。


「……清田ぁっ!」


名前を呼ばれた女子大生の一人が、有無を言わずに魔法回路を展開。即効魔法を発動させる。


彼女の体から溢れ出る湯気が濃度を増し、体育館を包み込む。人工的に作られた濃霧は、一メートル先も見えないほどだ。


なんだなんだとアヴリルが。日本語がわからないだけに、自分だけ状況が理解できてないと思ったらしい。だが、それは千紗とて同様な事。なんだかわからない展開の急さに、急いで瑞晴を確保する。


「なに?なんでみんな……」


そでを掴まれた瑞晴。その時彼女は、もう壇上から降りていた。手に握られているのは自転車の鍵。それはあくまでプランBのはず。そう千紗は考える。


だが、今は説明している一分一秒が惜しいらしい。あとで説明するとだけ言うと、強引に二人の手を取る瑞晴。そのまま急いで裏口から外へと出る。


その瞬間、千紗は確かに聞いていた。体育館に静かに響く、あのうざったい笑い声を。


「……最悪だぜ」


銃のホルスターに手をかけたまま、額に汗を垂らした陽一郎が天井を睨みつける。そう、夜一たちも聞いていたのだ。あの魔女の、ルドルフの笑い声を。


瞬間、天井の隙間を縫うように、漆黒の粒子が姿を現した。誰のだ。そう思う間も無く、体育館が音を立てて崩れ落ちる。


全ての光景が、夜一の目にはスローに映っていた。張り巡らされた糸のようなもの。その隙間から落ちてくる、当たったら死ぬような鉄筋とコンクリートの塊。反射的に魔法回路を展開、崩落に巻き込まれないように、必死に出口へと駆け抜ける。


ほんのコンマ後、体育館はもう原形をとどめていなかった。天井は見事に青空と直結し、バスケのゴールも壇も何も、判別できる状態じゃない。


まるで爆弾でも落とされた後のような、散雑な光景。舞い上がる埃と土煙。光がさすその中央に、立っていたのは二人の女。一度見たら、忘れようと思っても記憶にこべりつく。そんな顔をした、人間ではない女がいた。


「……ご機嫌麗しゅう。ハーモニーのみなさん」


その内の一人、チャイナ服を着てパイプを加えた女が言う。ひらひらとした足元も、覗く胸元も、今は全てが恐怖に映る。


本校舎との間の渡り廊下。そこを目掛けて飛び込んだ夜一たちは、なんとか全員ほぼ無傷。だが、もうここは使えそうにない。先の明華の魔法によって、体育館は全壊していた。


「……あぁ、こりゃジジイが見たら泣くぞ」


怒られるのは誰だろうか。恐らくは、ここにいて一番年上な陽一郎だろう。学生時代を思い出し、思わず気分が悪くなる。だが、今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。


命が燃える。血がたぎる。全身が沸騰したように熱くなり、脳が秒速30回転を叩き出している。


未だ治らない土煙のせいで、清田の魔法はどこかへ散ってしまっていた。


考えてみれば、単純な罠だったのだ。あくまで魔女の目的はアヴリル一人。だったら、わざわざ神社なんかで出てくる意味がない。ルドルフ程の探知魔法使いがいながら、二人が見つかった理由。


一番邪魔な英雄をどかすためだと考えたら、ごく自然に映る。大方、協力者というのがやったのだろう。


冷徹な仮面の上に、熱して溶けたプラの面。笑顔で頬えむ明華の顔が、今はひどく醜悪なものに見えた。


「…………まじ最悪だぜ」


ぼそりと呟く陽一郎。彼がこの作戦に於いて考えた可能性は三つ。全員で夜来るか、一人ずつのところを狙って来るか。分断させられるか。そして魔女がとったのは、一番人間側に悪い選択肢。すなわち、分断だった。


一歩、また一歩と距離を詰める魔女二人。魔法回路が展開され、互いの漆黒の粒子が空を黒く染める。


だが、ここにアヴリルはいない。そんなの見ればわかるだろうに、二人の足は確実にこちらを向いていた。


戸惑うも、来てくれるなら好都合だ。それに何より、ルドルフの顔を見てしまったら、もう夜一の中の理性は働かない。


「っきっさまぁぁぁ!!!!」


いきなり魔力全開の夜一が、壊れるほどの勢いで地面を蹴る。おかげで木製だった廊下は剥がれ、鉄骨がむき出しになってしまった。


一歩にして、およそ10メートル強。瞬間的に間合いを詰める。全魔力を右腕に込め、渾身のストレートを。しかし、絶対的な魔力量の差が、ダメージを極端に減らす。


右手を掴まれたまま、ルドルフが卑しく嗤った。


「明華ちゃぁん。こいつ、もらって良いっすかぁ?」


「……えぇ。お好きにどうぞ」


まるで夜一のことなど、単なる遊び道具としてしか見てないような会話。その瞬間、夜一の目が黒く濁る。


「んぬぉぉおっ!!」


掴まれたまま、右手を強引にぶん回す。咄嗟に握ったまま離さなかったルドルフの身体は、一瞬にして宙を舞っていた。


魔力で強化されたベンチプレス百二十キロ強の健腕が、ルドルフの身体を体育館外までふっとばす。


その様子を側から見ていたはずの明華。だが、手出しは一つもしなかった。


相見あいまみえる夜一と明華。会うのはこれで二度目だった。すきあらばルドルフと同じ運命を辿らせようと出方を探るも、明華は微動だにしない。完全な降着というやつが、ほんの何秒か続いた後、それは突如割って入った。


「いってぇなぁ!」


背後から聞こえた、怒号混じりの破壊音。驚いて後ろを振り向くと、そこには頭から血を流し、猛り狂うルドルフが。全身から魔力が吹き出して、床板を踏み抜いて近づいて来る。


と、一瞬の油断。それを見逃してくれるほど、明華は敵に優しくない。ルドルフの獲物を横取りするのも構わずに、鋭い回し蹴りが夜一の脇腹を襲う。咄嗟に腕でガードしたものの、身体は浮いて吹っ飛んだ。


「明華ぁ!私のもん盗んじゃねぇよ!クソが!!」


相変わらずブチ切れたら口調が変わるのは健在なようで。流れ出る血は爬虫類に。数メートル先にいた夜一の身体を、一瞬にして蠢き尽くす。


だが、それで倒れるほど夜一もやわじゃない。ゆるりと立ち上がったかと思うと、全気功から魔力を噴出。一気に邪魔者を消しとばす。


両者ともに、野獣のごとく血走った目。まるで前世からの因縁でもあるような、異常な怒り具合だった。


夜一が拳を繰り出す。それに合わせるように、ルドルフの足も動く。防御など考えもしない二人の殴り合いは、一撃入るたびに周りの建物を崩壊させてゆく。


夜一の右ストレートが、ルドルフを職員室まで救急搬送。だが、次の瞬間には夜一は保健室まで壁を抜けていた。


理性のない獣二匹が消えたところで、体育館組はひらすら静かに。と言うのも、明華が三人を牽制して、陽一郎が明華を牽制してで、どちらも動けないでいるのだ。


明華の目が、陽一郎を通り越して清田を睨む。その隣にいたもう一人も、明華の視線によって動けないでいた。向こうと違って、こっちは大気が震えている。傭兵上がりの陽一郎と、魔女村最強格である明華。先に動いたのはチャイナ娘だ。


「……ホラ、何してるのアヴリル?マーシュリーが待っているわよ」


明華の発言に、陽一郎の眉が一瞬だけ上がる。ここにアヴリルなどいないのに。


これこそが、陽一郎が残していた本当に最後の手段、入れ替わりだ。清田の隣の女子大生。彼女の魔法は、対象の認識を他人に移し替えると言うもの。平たく言えば、自分を誰かに見せることができる魔法である。


だからこそ、あの濃霧が必要だった。ここの情報が漏れていることは予測していた。だから来るということも。そしてここにアヴリルがいなければ、彼女たちが逃げるということも。


瑞晴たちが裏口から逃げる瞬間に、彼女はアヴリルになっていたのだ。自分が殺されるかもしれないリスクを取ってまで、魔女討伐のために。


「…………ざ、残念ですわね。帰りませんわ」


完璧までのアヴリルのモノマネ。一日きりの付け焼き刃にしては、まだバレる要素はない。


そんなアヴリルの態度に腹を曲げたのか、明華の目が鋭く光る。瞬間、陽一郎の薄皮を糸がさらっていった。


ダブルガバメントを装備し、二人に撤退を促す陽一郎。校舎の中に消えていったことを確認し、明華に向けて引き金を引く。


「若い子の前じゃ、怖がられんの嫌だしな」


下足箱に隠しておいた装備パックを開封。無数の銃火器で埋め尽くされたスーツケースが三つばかり。陽一郎の前に並べられる。


お互いの実力を読み合い、機を伺う。下手に動けば、装填前に首が飛んでいてもおかしくない状況だ。1発たりとて、無駄うちはできない。


肉体的に有利な明華が魔法を発動。そこらにある瓦礫片を糸に変え、指パッチンで射出。25本の鋭利な刃物が、多方面から陽一郎を襲う。


一瞬で全ての弾道を補足し、重心を撃ち抜く陽一郎。真っ二つに割れた糸は、力なく地に舞い落ちる。


だが、その刹那すらも明華にとっては絶好の隙だ。目の前に来ていた明華を、なんとか銃身で受け止める。マーシュリーのナックルと同じ、魔力を吸収する鉱石で作られた特殊拳銃は、ちょっとやそっとじゃ切れはしない。


「……一つ聞いていいか?」


ぎりぎりと死が迫る中、死神様に質問を。帰って来たのは意外にもイエスだった。


「……何かしら?」


「桜和晴を知っているか?」


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