俺たちの望むもの
これが瞑鬼が来てからのフレッシュ。これが彼らの決断です。どうぞ見届けてやってください。
ただでさえ熱いこの密室の中、二人は朝からもう一時間も殴り合い続けている。九時のチャイムが鳴り響く。英雄の合図で、ピタリと止まる夜一。
「だんだん殺る気の維持ができるようになってるね。あと二日だったっけ?まぁ、そん時までには覚悟決めときなよ」
「…………【永創劔】を使え。俺も魔法を使う」
夜一が出した挑発に、英雄の顔が一瞬ひきつる。今のままでも差は明らかなのに、異名持ちの英雄が魔法など使っては、勝負にならないのもいいとこだ。
だが、夜一の目は嘘を言ってない。自分は全力なのに、相手が手を抜いているのが気に食わないのだろう。限界の全開を駆け抜ける。それをしたいがための、この提案だった。
ユーリから渡された水を飲みながら、少し考える英雄。出した結論は、
「……里見先生、ユーリ、スタンバイお願い」
だった。なんだかんだ言って、英雄も全力を出したかったのは同じらしい。
こう決めてしまっては説得も意味ないと悟ってか、ため息をつきながら担架を用意するユーリ。
英雄が見たこれまでの夜一の全開魔法は、あの壁をぶち破った一撃だ。コンクリと鉄筋の塊を打ち砕いたのだから、相当に鍛え上げたのだろう。
だが、そんなものと英雄は次元が違う。生まれながらの英雄は、何を置いても英雄だった。
十分ほど休憩していたかと思うと、また立ち上がる二人。もう夜一は魔法回路を開いている。
「……先輩んとこの柏木さんも、なかなか譲らない人ですね」
入り口側から見ていたユーリが、わざわざ瑞晴たちの方に。
「……そうだねー。でも私的には、英雄さんがあんなんだったのも意外かも」
「英雄は昔からああなんなんです。中学校の時から、人に合わせて。人から頼られて。何でも自分でやっちゃうから、私なんて要らないって思ったこともあるくらいで」
瑞晴の隣で微笑む彼女。ユーリ・イルヘイムは神峰勢力の筆頭としてあげられる人物だ。ハーフ特有の金髪碧眼は可愛くて、アヴリルとはまた違った印象がある。
年は一つ下だが、基本的に本人は年齢差など考慮しない性格だ。何度か話したこともあるし、英雄のお付きというだけでちょっとだけ有名人でもあったりする。
そんな彼女の話を聞いて、思ったことが一つ。多分こう言ったら本人は怒るだろうが、不覚にも瑞晴は瞑鬼と英雄が似ていると思ってしまった。
悪い面で人から頼られて、悪循環を一人で作る。私いらないじゃんなんて、二ヶ月前からなんど思ったことだろう。だが、二人には決定的に違うところがある。片や英雄で、片や悪役で。それを決めているのは何だろうか。
「なんか……、私も神前くんの日常系至上主義に毒されてきたかも」
「神前……?あぁ、リーダーの。今はどちらに?」
「一人だけ別行動とってんの。ってか瑞晴、それまじ?」
「呑気なリーダーですね……」
「なんかさ、今この瞬間が楽しかったりする」
他愛ない日常とは少しばかり異なるが、瑞晴はこの空気が好きになっていた。きっとこれこそが、瞑鬼の望む日常「系」なのだろう。
壇上で呑気にお喋りをする女性陣。突然轟音が鳴り響いた。
見ると、そこにはばらばらに崩れ落ちた体育館の壁が。それもこのあいだの夜一が開けたのとは違い、今度はバスケのリングくらいの高さまでぶち抜かれている。
それをしてみせた張本人。多分、どうせ全部直すんだから程度にしか考えてないだろう。それなら、解体をやっておいたほうが安いと。
「……多少風通しは良くなったかな」
「…………チート野郎が」
こんなことが出来るのは他でもない。英雄以外にありえなかった。
崩壊した瓦礫の上。立っているのは、二本の刀を握った英雄だ。その下に、驚嘆で仰天な顔をした夜一もいる。
生徒会長自ら学校設備をぶっ壊すなんて異常事態、果たして誰が予想しただろう。それも、英雄の全力はこんなものじゃない。それをこの場にいる誰もがわかっていた。
立ちふさがる壁の大きさに、夜一の目は少年のそれと化す。いつも以上に魔力が溢れ、アドレナリンが騒ぎ出していた。
余すことなく全身を硬化。完全に気を抜いていた英雄の剣を握りつぶす。金属が砕ける音と、きらきらとした破片が宙を舞う。後から片付けに参加させられるであろうユーリは、何ともめんどくさそうな顔をしていた。
「……さって、それじゃ私たちもやりますか」
壇上から飛び降りて、瑞晴たちの方を向くユーリ。その目は付いて来いと言っているような。
「……私らも?」
「当たり前じゃないですか。戦えないのが戦わない理由にはなりませんよ」
もっともであるユーリの意見。それを聞くと、徐に瑞晴は腰をあげる。違ったことを思い出し、魔法回路を展開。戦闘経験が少ない瑞晴だが、魔力の操作は一丁前だ。全身を覆うことも、一点集中も即座にできる。
呼吸するだけで魔法が発動してしまうので、なるべくゆっくり息を吐く。それでも、少しだけユーリの目がとろんとした。
「ま、待ってください!違いますから!私らはそっちじゃないですから!」
なんとか理性を保つため、敢えて大声で叫ぶユーリ。幾度となく瑞晴の魔法にかかったことがある千紗にだけ、その気持ちは理解できた。
この場において、最も迂闊に魔法回路を展開してはいけないのは満場一致で瑞晴である。瑞晴の魔法が出すフェロモンは、濃度にもよるが大体射程が二十メートル弱。その範囲内の生物は、等しく瑞晴を好きになってしまうというもの。だから初めての魔力解放の儀式以来、瑞晴はあまり魔法回路を開かないでいた。
それが、今になってやれ訓練だやれ魔法を使えだ。そんな風になってしまった。だが、瑞晴は嫌いじゃない。使い勝手の悪い魔法を嫌っていた時期もあったが、この局面で求められるなら、そんなのチャラにできる。
「……瑞晴って意外と血の気多いよね。……やはり血か」
「あぁ……。桜隊長の娘さんでしたね。……なるほど」
妙に納得したような顔で頷く二人に、なんだか無性に恥ずかしさを覚えた瑞晴。ちょっとだけ顔を赤くして、魔法回路を閉じる。
「……とりあえず外出ましょ。ここだと、まあ多分英雄も夜一さんもヤバイですから」
修行そっちのけで女の子の方を見ていた野郎の視線に気づいたユーリが、二人を連れてそそくさと。向かった先は校庭だ。ここならば、フェロモンは風に流される。
必死に魔法を制御する瑞晴に、それをサポートする千紗。英雄との経験は、将来夜一の肥料となるだろう。瞑鬼にしてもそう。灼けるような砂浜と、ざわめく人の喧騒が心を鍛えてくれる。
真夏日が今日もまた更新された。照りつける太陽だけが、この物語の終幕を知っている。魔女も、人間も。それぞれがそれぞれの思惑で動く夏。
空祭りの日がやってくる。
いよいよ明日、魔女との決戦予定日。果たして彼女たちは来るのだろうか。