ガールズのトーク
なかなか戦闘にならないのも、この作品ならでは。
「……いいけど、二十分だけな。それ過ぎたら明日のお前の晩飯は果実鍋だ」
「……千紗の手料理かは美味そうです」
後で聞いたら怒られるようなことを言い残し、夜一は一人夜の街へとランニング。残った陽一郎と言えば、あの楽園に入っていきたいというありえない煩悩を捨て去って、ひたすら武器の手入れに耽ることに。
それぞれが戦いに向けて牙を研ぐ。ある者は全ての技術を。そしてある者は己の身体を。またある者は、亡き妻への冥福を祈り。
もちろん、それには戦わない人たちも含まれるわけで。だからと言って、彼女たちとて遊んでるわけにはいかなかった。
「……こ、これが人種の差……!」
ちょいとばかり広い桜家の風呂。新婚だった陽一郎が、全員で入りたいからと無理言ってかなり大きな面積をとったそこは、女子高生三人くらいなら余裕で湯船に浸ることができる。
湯気と熱気と女の子の香り。瞑鬼なら一瞬ノックアウトな空間で、千紗が戦慄していた。原因はいうまでもない。平均越えの体型な瑞晴ですら驚いた、圧倒的なまでのアヴリルの身体である。
「……そんなマジマジと見られますと、さすがに照れてきますの……」
熱いからなのか、それとも同性とは言え身体を見られるのが恥ずかしいのか。アヴリルは赤面している。肌が白いだけあって、それがなんともわかりやすい。
だが、その態度がかえって千紗の何かを刺激したようで、次の瞬間には胸に手が。瑞晴には自慢げに見せびらかしていたのに、千紗はどうも相性が悪いらしく。
肢体から溢れ出る童貞殺しの過剰な色気は、見る者の目を奪う。その圧倒的なサイズの山二つも、平均以下の千紗にダメージを与えるには少しばかり豪華すぎて。
「こらこら……。アレだよ?夜一がでっかいの好きとは限らないよ?」
「は、はぁっ!?べ、別に夜一がどうとか……、そう言うんじゃないし!」
「わ、わかりやすいですわね……。純粋さならソラといい勝負ですわ」
まるで修学旅行の温泉のようなテンションで、女の子たちは現実逃避に全力だ。こんなもの、真面目に考えてられるのは瞑鬼か夜一くらいのもの。ちょっと前まで普通だった彼女たちには、こうして休息が必要なのだ。
「……瑞晴こそアレじゃん?ほら、なんか神前ってさ、女の子に興味なくない?瑞晴と毎日一緒の家なのに、一度も襲ってこないんでしょ?」
「あ、そこら辺は私も興味ばりばりだったんですの。高校生で一つ屋根の下。昔読んだ恋愛小説にそっくりですわ」
「う、えぇー……」
いきなり矛先が自分に向いたことにより、明らかに動揺を隠せない瑞晴。若干千紗の恋愛観には偏りがある気もするが、気になっているのは瑞晴だって同じだ。
これまで瞑鬼が瑞晴に興味を示したことあっただろうか。強いて挙げるのならば、あのベランダ事件くらい。あの時、抱き返してくれなかったのは、もしかして瞑鬼がそういうのだから……。
本人に聞けないだけに、瑞晴の考えは曲線を描きながらぐるぐると。そして決まって、女子のみの会話というのは悪い方向へと向けられる。
「……やっぱ、そうなんじゃ……」
「い、いや、ないと思うよ。うん。……うん」
「でも、ひょっとしたら今頃ソラと……」
瞑鬼薔薇説が出ていたところに、アヴリルが新たな爆弾を投下。またもや瑞晴の顔が曇る。
「いないといないでアレだよね。神前くんって」
生きていたら今頃くしゃみでもしている頃合だろうか。良いように言われても怒りそうにない瞑鬼だけに、反応を予想するのが案外楽しかったりした。
「……思えば、全部あの人から始まったんでしたね……」
束ねた髪を湯船につけないように、ぐぐっと身体を伸ばすアヴリル。そんな体制になっただけに、ただでさえ抜群のスタイルがより強調される。
そうだね、と返す瑞晴。事実、ここ最近の出来事全ては瞑鬼が原因で起こったものだ。一ヶ月前にふらりとやって来て、ここまでかき乱して。それなのに、誰一人として出て行けだとか、何もするなとか。そんなことを瞑鬼に求めちゃいない。
あの日あの時、関羽が瑞晴に懐かなかったら。そういう未来もあったかもしれない。瞑鬼は二人で街を練り歩き、適当に別の人を見つけたかもしれないし、あの性格上、生きるためなら遠慮なく犯罪に走っていた気もする。だが、現実として今、瞑鬼も瑞晴も、ソラもアヴリルも。全員がここにいる。
拒もうと思えば拒めたはずなのに。一体何故だろう。降ってくるシャワーの水滴一つ一つが、これまでのことを映し出す。
これまでも瞑鬼がいない夜はあった。夜一の家に泊まりに行ったり、瑞晴が千紗の家に泊まったり。今は違う。どこにいるかも、無事かどうかさえわからない。
「……まったく、しょうがないなぁ」
その言葉は、瑞晴が自分に向けたものだった。いつまでかかって、なんでここまで手こずってしまったのか。
居なくなって初めて気づいたというやつだろうか。それとも、ずっと前からそうだった?どっちでもいい。いずれにせよ、瑞晴は気づいていた。
「……ソラちゃんとヒロイン争奪戦か……」
ぽろりと漏れたその言葉。うっかり、今みんなで風呂に入っていることなど忘れてしまっていた。
人の恋を糧として生きる女子高生が、刹那の速さで超反応。音が耳に届くや否や、千紗の顔はこっちを向いていた。
「…………出遅れてるよ。がんば」
だが、ここで無粋に質問ぜめなんて事をするのは千紗流じゃない。女子高生には女子高生なりの気遣いというやつが存在する。
逆上せたのか頭を冷やそうとしたのか、瑞晴が湯船から上がる。かぽんと風呂桶をひっくり返し、水を張る。水面に映る自分の顔。そこには、ひどく赤面した人物がいた。
親父がアレなだけに、瑞晴はこれまで恋という恋をしたことがなかったのである。そもそも、関わりが少なかったからかもしれない。唯一喋る夜一には既に正妻が。それに惚れるほど大人じゃない。
「……私、どっちに付けばいいんでしょう……?」
本気で悩むように天井を見つめるアヴリル。ソラがそんなだと言うのは、何となく分かっていた。
不気味にも静かになる風呂場。穏やかにだが、乙女の開戦の狼煙が上げられた。誰も、本人たちも知らないところで。
「……とりあえず、あがったら電ーー」
『あー、聞こえるか?瑞晴?』
いい加減夏場の風呂に辟易とした瑞晴が、一旦上がろうとタオルを掴む。その瞬間だ。両の耳から、直接瞑鬼の声が聞こえて来た。
「ふぇっ!?」
あまりにも完璧すぎるタイミングに、思わず悲鳴をあげる瑞晴。瞑鬼のことを考えていただけに、一瞬幻聴かと思ったほどだ。
だが、少し経った後にこれは魔法だと理解。二番目の、音を届けるやつだとの判断が下される。何事かと心配した二人にも一応説明を。にやにやした千紗の顔は、多分しばらく忘れられそうにない。
ガールズでもないしトークもあまりしない僕にとって、これは劇薬となりうるでしょう。