偉人、変人、傍若無人
しばらくはフレッシュ(瞑鬼抜き)サイドの話が続きます。
英雄との訓練が続くのはいつまでだろうか。魔女が動き出すのは今から三日後説が濃厚だが、アヴリルが何も話さないまま寝てしまっているフレッシュにそれを知る術はない。
下手したら、空祭りの日まで夜一はここに居座るつもりなのだろう。そしてそれは、陽一郎も了承済みとのこと。
自分だってフレッシュの一人。その事を、この間の件で千紗も自覚した。これは瞑鬼とだけ関係がある事だなんて、家に忍び込んだ時から捨てている。
「……私もいいですか?おとうさん」
携帯を握りしめたまま訊ねる千紗。もう覚悟は決まっていた。
「……俺は構わんけど、あいつがなんて言うかだな……。知らねぇぞ?また怒られんの嫌だからな?」
同じ大人であるはずなのに、陽一郎はやけに千紗の親父さんを恐れている。昔の因縁なのか、それとも単純に怖いのか。本気で親父が起こった姿を見たことがない千紗からしたら、それは不思議な感情なのだ。
一応は了承をもらったと言うことで、遠慮なく自宅に電話を。出たのは母だった。
「今日からしばらく、瑞晴の家泊まっていい?……うん。許可は貰ってるよ」
どうやら中々に議論は白熱しているらしい。親父さんほどではないと言え、お母さんだって娘を持つ身。急に言われても、そう簡単に許可は出せない。
なんでなの、と千紗が言い、当たり前でしょ、と母が言う。とても緊迫した状況とは思えないほどに、普通の高校生な風景がそこにはあった。
千紗だって、フレッシュの一員。自分一人だけ、家でのうのうと寝ているわけにはいかないと主張。ハーモニーとフレッシュの話を知っている親父さんに電話が取り次がれる。だが、一瞬にしてまた母に奪われた。
『千紗〜、もう分かったから。いいよ。お父さんの説得は任して。なぁに、ちょいと今日のお酒の量を増やせば……』
これから作戦を行うであろう相手の前で、堂々とぶちまけるお袋さん。その直後に後ろで何か言っていたが、電話は切られてしまった。
少しばかり大声だっただけに、辺りにもダダ漏れ。これから一番最初に文句を言われるであろう陽一郎だけが、げんなりとした顔でお茶をすすっていた。
何はともあれ、無事に泊まれることになった千紗。着替えは黙って母が送ってくれるとメールが来た。
いよいよ動き始めた事態を前に、一同はもう一度だけ意思確認を。何せこれは、学生が部活で強化合宿をするのとは訳が違うのだから。今やっているのは、魔女という脅威を駆逐するためのものだ。
「……では、リーダー不在の今、私が代理をしたいと思います」
そう言って、わざわざ形だけのリーダーなんてのを買って出たのは瑞晴だった。自分一人だけ今日何もしてないのを、どうにも悔やんでいるらしい。
どうせ元々なんの意味もない称号。誰も文句を言うはずもない。どうせ瞑鬼は蘇るのだから、わざわざ変える意味もないが。
時刻は九時ちょっとすぎ。明日にはまた夜一が消え、残った三人の非戦闘員では何もできない。せめて早寝早起きだけして、健康を保ちたいと思ったのだろう。急に責任感を感じてか、瑞晴がアヴリルを起こす。
「…………何ですの?」
長ったるい金髪をさらさらと揺らしながら、目をこすって起き上がるアヴリル。晩御飯を食べてないのが災いしてか、腹の虫がなく。
「…………くぅ」
真っ白な肌を真っ赤に染め上げ、お腹を抑える。何故だか夜一が睨まれた。そして他の女の子二人にも。
何だか居たたまれなくなって、居場所をスマホに移行。も、すぐに電話がかかってきた。呼び出し画面に映る憎っくきその名前身を見て一つ舌打ちしたかと思うと、夜一は通話ボタンを押す。
「…………なんすか?」
『眠そうだね。ごめんごめん。……でまぁ、瞑鬼のことなんだけど』
「……なんか手がかりでも?」
夜一の英雄への態度は、瞑鬼のそれと似たり寄ったりなくらいひどい。先輩という名目上敬語は使っているが、それは師匠ポイントもプラスしたからだ。偶然学校ですれ違っても、一瞥もくれないだろう。
夜一が英雄を嫌っているのは、瞑鬼のように僻みからではない。彼が本物の英雄だからである。今はこんな地方の学校なんかにいるが、それすらも、夜一からすれば神が与えた試練に思えてくるから不思議だった。どんなに焦がれても、勝ち目の一つすら見えない相手を、ただの人である夜一が好くはずがない。
何を言っても、英雄の全てが夜一には交わらざるものとして映ってしまう。
『ユーリたちも一緒に探したんだけどね……。すまない』
何故彼は謝っているのだろう。誰に向けて謝罪しているのだろう。夜一だろうか。だとしたら何故?居なくなったのは瞑鬼で、迷惑をかけているのも瞑鬼。それを探しに行ったのに、見つけれなくて頭を下げるのはおかしかろう。
そういう自己犠牲を、多分英雄は誇らしくも疎ましくも思ってない。自分だけが気にしてしまう。こんな些細なことを。少し夜一の頭に血が上った。
「……そうですか。ならまた明日に。永遠にグッドナイトしててください」
最後の最後に文句をぶつけ、乱暴に電話を切る。幸いにも女の子たちは風呂に行っていた。見られたのが陽一郎だけなら、精神苦痛もまだ少ない。
「お前ら……、そんな英雄嫌い?」
「ええ。モテるやつ、それを鼻にかけないやつ。自分に自覚がない奴。どいつもこいつもつまんないっすよ」
「…………まぁ、そこら辺は知らんがな。同盟組んでる今は仲良くやれよ?あと、修行も」
「毎日殺すつもりでいきますよ。じゃないと、あいつも本気で俺を殺しにきますから」
実際、今日の訓練はいきなりの実戦からだった。基礎と体力が重視される格闘技界とは違い、英雄がこれまで積み重ねたのは一秒気を抜けば頭と体が離れている世界だ。高1からそんなバイオレンス環境だった英雄にとっては、基礎は意味を持たない。
グローブもつけず、審判もなし。狙いは夜一にだってわかる。祭りが終わるまでの約一週間。それで人を鍛えようとしても、付けれるのはせいぜい精神力のみ。だから実戦で、英雄にヘイトを向けさせている。
そんな心遣いがわかってもなお、夜一は英雄を好きになれない。これはもう、考えを改めるとかのレベルではなかった。
「…………ちょっと走ってきます」
自分の中にある邪念に気づいたのか、それを払拭するためランニングすることに。夜一一人で行くのは危険だが、行って止まるような良い子ちゃんはいるはずもないと悟る陽一郎。
そろそろこないだ出した短編《神殺しの勇者〜神器奪って異世界制覇〜》の連載ができそう。