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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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寝るんなら、布団か木の上どっちがいい?

ソラの告白も終わり、さて今日は吉野家からの一話。


「三十九度ジャスト。普通なら動けないくらいだな」


ほのかに潮の風が漂う、町外れの海の家。つい先日までバイトしていたその店で、瞑鬼は横になっていた。頭にはきんきんに冷えたタオルが乗せられ、絶対安静と言わんばかりに布団に押し込まれている。


「……でも良かったですよ。たまたま流れ着いたのがここで……」


瞑鬼たちが漂着したあの森の中。周りの様子が伺えなかったから分からなかっただけで、あそこは吉野家近くの浜だった。どうも、不思議な潮流の動きで流されたらしい。


そして吉野の日課の海岸見回り。ハーモニーから依頼されているらしいそれのおかげで、瞑鬼たちは見つけられたということだ。少しばかりソラといい感じになっていただけに、安心と同時に一抹の不満が瞑鬼の中を渦巻いている。


ほとんど動けない状態だった瞑鬼を吉野のが担ぎ、ソラの三人で森を抜け。熱を測って布団を敷かれたというのが、これまで起こった詳細だ。


「陽一郎……つっーかハーモニーから大体の事は聞いてる。魔女がどうとかって事もな。連絡入れといたから、まぁ、そのうち迎えに来るだろ」


相変わらず仕事終わりのビールを仰ぎながら、ひどい訛りで喋る吉野。ソラが全く理解できてない事を気にしてか、ところどころだけ英語にチェンジ。


瞑鬼たちが魔女にやられてからはや七時間。夜も十時を過ぎてくると、眠気というのも生まれてくる。ぶっ倒れて気を失っていたとはいえ、二人とも満身創痍でここまで気を張っていたのだ。心置ける環境になれば、自然と瞼も下がってくる。


あの三人、フィーラを何の躊躇いもなく殺した魔女たちはどうやっても許せそうにない。だが今日改めて実感してしまった。今の瞑鬼やフレッシュでは、どう足掻いても龍に挑む小鳥にしかならないという事を。


明華との絶対的な、生物としての格の違い。ルドルフやマーシュリーだって、武器ありでも勝ち目がない。曰くカラだけは攻め手があるらしいが、彼女で三タテは不可能だ。


「…………どうすっかな……」


見慣れたはずの天井。聞きなれたはずの波の音。たった三日間だけなのに、随分とここが馴染んでしまっていた。


「……多分あの人たちは、私と瞑鬼さんが死んだと思ってます。特に瞑鬼さんは絶対。だから、次狙われるとしたらアヴリルが……」


理解していたはずの事をソラから言われ、心が痛くなる瞑鬼。彼女は無事に帰れただろうか。途中で捕まっている可能性も、ないとは言い切れない。


仮に逃げれたとして、次は三人で一気にアヴリルを狙うだろう。そしたらいくら英雄が付いているとはいえ、守りきるのは難しい。夜一の修行の優劣もわからない今では、瞑鬼は何もできなかった。


「多分、動き出すのは三日後です。その日がちょうどアヴリルの誕生日だから……。マーシュリーさんならきっと」


三日後と言えば、奇しくも空祭りの一日目だ。町中が浮かれきっている中に魔女の乱入なんてあった日には、無関係の人間まで巻き込まれる可能性が極端に高い。


回らない頭で考える。フレッシュのリーダーとして、自分が下すべき判断を。そして魔女を駆逐する算段を。


大人しく、プライドなんてゴミ箱に捨てればハーモニーの支援は得られる。陽一郎クラスが何人も、それも武装もありとなれば、かなり掃討作戦は楽になるだろう。だが、それはソラたちにとってリスクが高すぎる。


なんどもぶち当たった現実の壁。選択をしなければならない時はもうあと一歩先まで迫っている。


「……三日か」


瞑鬼とソラが二人して顔を見合わせていると、ふと吉野が会話に割り込む。グラスを傾けたまま天井のファンを見つめる吉野。その瞳に映っている何かを、少しだけ瞑鬼は察してしまっていた。


陽一郎は言っていた。吉野とは同じ高校だと。そして陽一郎が通っていたのは、普通科の真面目高校じゃない。あの当時、戦乱の世にあったのは、軍事学校か傭兵育成かの二つ。当然後者であるならば、吉野もそれなりに実力はあるということに。


「……なあ瞑鬼」


「…………はい?」


「お前はどっちだ?果物屋になりたいのか、陽一郎になりたいのか」


開けきってしまったボトルを空にするように、ぐいぐいコップを口に持っていく吉野。だが、言葉ははっきりしていた。そして、それが意味するであろうところも。


ぐったりと、寝転んだまんまで考える。天井のシミが、今日はいやにはっきり見えた。自分は、一体どっちを目指すべきなのか。


近所のおっさんルートを選べば、名誉と引き換えに安住を得ることが出来る。面倒なことは全部面倒係に割り当てて、自分は望んでいた日常系を手に入れるだろう。


きっと、今までなら選んでいた。自分の気持ちを押し殺して、一見最適っぽいのを。でも、なぜか今日の瞑鬼は違っていた。何でもかんでも、自分たちの力で解決したかった。それは、瑞晴や夜一を信頼してのこと。


「……できるんなら、俺は俺になりたいです」


「…………そうか」


黙って何かを計算している吉野。瞑鬼たちはその後ろ姿を見つめていた。


「……俺は陽一郎と所属していた部隊は違うが、一応は最前線組だ。あの地獄を生き抜くために費やした訓練期間はわずか一週間」


「……はい」


「……明日までに治せるか?」


その時の吉野の顔は、もう飲んだくれのチャラ親父のそれではなかった。幾千の戦場を生き抜いた事を連想させる、歴戦の兵の顔。最前線を離れているとは言え、彼はこの港を一人で管理しているのだ。考えてみれば、相当にハーモニーから信頼されているという事になる。


風邪を治せるか。そんなのは瞑鬼の知った事じゃない。だが、気合いで病気が治るというのは知っている。この場合、何に怒りを向けるのが正解なのか。


ルドルフの顔を思い出す。マーシュリーの恍惚な表情も浮かんできた。当たり前で、習慣で。それに従っているだけの魔女三人。それと相容れない瞑鬼。殺られるのなら、殺りかえす。それが瞑鬼流だ。


ソラと二人、目を合わせる。どうやらこっちもやる気満々の様だ。


もうあと少しで、この短い様で長かった道も終わりを迎える。魔女を倒して、フレッシュの六人で祭りに行く。初めから瞑鬼の目的はそれ一つだけなのだから、叶えないなんて選択肢はなかった。


覚悟を決めた、そんな顔。もう答えなんて決まっている。目の前が地獄なら、それを踏み越えて天国を目指してやろうじゃないか。


「「はい」」


二人の声が重なった。後ろ姿に、吉野の顔がにやりと笑う。ただの海の男に、一体どれだけ強くしてもらえるのだろうか。瞑鬼はそれが楽しみでならなかった。


「んじゃ、今日はとりあえず身体徹底的に休めとけよ。俺は帰るけど、二人だからって変なことすんなよな?マジ熱ぶり返すからな」


やっぱり戦場帰りの兵士はこうなのか。吉野もまた陽一郎のような事を言い、店を去っていった。今から家で準備でもするのだろう。


瞑鬼は店のスペースで、ソラは二階のロッジで寝る。一応はそういう取り決めになっているが、あんな話の後ではそう簡単におやすみなんて言えるわけがなく。だから吉野が帰っても、しばらく二人は黙って薄暗い部屋の中をぼんやりと眺めていた。


たまに咳払いが木霊して、瞑鬼が鼻をすすったりして。そんな時間が何分か続いた後だろうか、横になっていた瞑鬼が、


「……悪いな。しばらくみんなに会えそうにない」


「……私は全然平気ですけどね。クラキストですし」


「……そりゃどうも」


なけなしの元気も、全て無駄話に費やす。それが楽しいのだから、もう仕方ない。瞑鬼が欲しいのは、このくだらない日常なのだから。


傭兵と兵士の違いってなんでしょう。

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