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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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未来への上書き

さぁ、今夜が物語のハイライト。二人きりの瞑鬼とソラ。彼と彼女が思い描く未来とは。そして、その先に何が起こるのか。


くだらない会話。ようやくいつもの二人が戻って来た。そうしてまず始めに行ったのは、現在位置の確認だ。あの川からだから、そう長く流されたとは考えにくい。


言えるとしたら、河川から引かれた日本海の沿岸部ということ。ないしはどこかの島か。だが、海の向こう側に陸の影はない。


「……取り敢えず、見て回るか」


そう言って立ち上がったのは良いが、直ぐに瞑鬼の足は力が抜けたように倒れ落ちる。


「瞑鬼さんっ!」


【改上】で清算されるのはあくまで死ぬ直前の傷病のみ。海をどんぶらこで拾って来た、どことも知れぬウイルスたちは帰ってくれない。


感覚でわかる。多分、こんなに熱が上がったのは小学生の時以来だ。膝が笑って、目が霞む。だが、そんな壊れかけの身体であっても、瞑鬼は休んでるわけにはいかなかった。


「……あぁ〜、大丈夫だソラ。近く見てくるだけだから」


「それなら私が……」


「万一ここがあの森の近くだったらアレだしな。…………二人で行くか?」


こんな所でソラに拘っているわけにはいかない。回らぬ頭でそう考えた瞑鬼が、ぼんやりと提案。だが、その意見さえも即刻却下されてしまう。


「……その身体じゃ無理です……。動くともっと熱出るし、それに、瞑鬼さん、さっきまで……」


今日のソラは異常なまでに瞑鬼を心配していた。どこからソラが見ていたか分からないが、今の反応を見る限り、かなり前に瞑鬼は回収されたらしい。下手したら、まだ頭に風穴が空いているときの可能性も。


それにソラから漂う微かな魔力の残滓。確かに似ているが、本人のではない。この状態を瞑鬼は知っている。冷徹非情な目をした、切り離された殺人鬼。瞑鬼の腹を貫いた時に、カラの魔力を瞑鬼は吸っていたのだ。


カラになったという事は、それほど危険だったということ。だが戻ってくれたという事は、少なくともアヴリルは生きている。その可能性は高い。


袖を掴んで離さないソラを尻目に、瞑鬼は無理やり足を動かした。今この瞬間にも、瑞晴たちが瞑鬼を探しにあの森に入っているかも知れない。明華に見つかって、英雄もろとも殺される事だって。


「お願いですからっ!私が走って、あったかい物とか、食べれそうな草とか!民家があったら、何してでももらって来ますから……!」


普段は落ち着いたソラの雰囲気とは違った、感情むき出しの台詞の数々。その一つ一つが、瞑鬼の足を地面に縫い付ける。


背中が重くなる。こんな健気な少女の懇願を無視してまで、自分を削ろうとしている自分に嫌気がさしてくる。


「……約束しただろ?俺は死なん」


あぁ、心底自分がうざったい。こんな時まで適当にごまかす言葉を並べ、拙い英語で何を伝えようとしているのだろう。ソラが求めているのは何だ。自分を殺してまで無茶しやがるのは、ソラが願ってると思ってるだけだろう。


間違っているのはわかっている。だが、曲がり捻れた瞑鬼はこの解決法しか知らないのだ。瑞晴にも言われた。こういうのは無しで、と。だから瞑鬼は死ぬ決意なんてしていない。【改上】で事が進展するのなら、瞑鬼はそれを死と捉えない。


もっと言葉が欲しかった。この場に適した言葉が。今目の前にいる、月光に照らされた儚く可憐な少女が、心の底から願っている言葉が。


「……なんで……、瞑鬼さん、そこまで……」


握った手に力が込められる。痛いくらい。病人相手には、少しばかり魔女の握力は堪えるものがあった。


夜霧の露が森を包み、静寂が二人を包む。聞こえてくる波の音に耳をそばだてつつ、瞑鬼は初めて本心を言った。


「……俺さ、ずっと欲しいと思ってたんだよな。なんつーかその、日常系ってやつをさ。だから、そのためなら全部かけたっていい。帰って、飯食って、風呂入って、皆んなで無駄しかない話しして。俺が頑張って叶うんなら、他の何犠牲にしてもいい」


腐った心が満たされる。こんなことを願ってもいいのだろうか。笑われないだろうか。そんなことを思っていた。


だがまだ足りない。言葉を尽くしても、まだ。思えば、瞑鬼はなぜここまで命を張っているのだろう。ロリコンだから。一理ある。日常が欲しい。それだって一理だ。


心が見えていて、もしそれが言葉なしで伝わるのなら。どれだけの苦労が減るだろうか。魔女たちとの抗争も避けられたかもしれないし、ひょっとしたら、魔王とだって和解できるかもしれない。そう考えれば、この世界は本当に残酷だ。


「……それにさ」


思いを、心を絞る。伝え方はこれしかない。最低だとか軽薄だとか。多分、元の世界だったら言われるだろうその言葉を。


真摯な目で自分を見つめる少女に対し、瞑鬼は告げた。心の底というやつを。


「俺、ソラが好きなんだよ」


一瞬、ほんの一瞬だけソラの瞳が潤んだ気がした。すぐに下を向いて、見られたくないのか顔を隠す。


そうして気を抜いた瞬間、顔を上げたソラと瞑鬼の顔がかちあった。狙いすましたかのような、唇へのダイレクトシュート。さっき味わった柔らかな膨らみが、今度はしっかりと脳に伝えられる。


一瞬のような、もっと長いような。不思議な時間が通り過ぎ、ソラが瞑鬼から離れる。湿った目、震える肩。何かを言おうと思ったが、それすらも許さぬように先手をソラが。


「瞑鬼さんの、みんなへの好きを全部集めて、それを百倍したのよりも、私は瞑鬼さんが好きです」


宵闇の中、はっきりと通った声。小さな魔女の、限りない本音が溢れ出す。


「ちょっと抜けてるところとか、みんなの事見てぼける所とか。あと、意外にコーンが嫌いなのも、瑞晴さんの手料理が大好きなのも。周りを見てれるのに、全然周りが見えてなかったり、そういうのも」


頼っていただけなのかもしれない。逃げてきて居場所がない彼女たちなら、自分のことを受け入れてくれると。


しかし、現実に頼っていたのは瞑鬼の方。そして、助けられたのも瞑鬼の方。彼女たち無くしては、瞑鬼は愛を知らなかった。


「おじいちゃんになっても、ちょっと遠いとこいっちゃっても」


ソラの言葉が湿気を孕む。たどたどしい英単語、間違っている文法。でもわかる。彼女が何を言いたいのか。


「例え他の誰に気を許してても、瑞晴さんが好きでも」


月が光る。星が騒ぐ。それはまるで、この地上に降り立った、空の使いに祝福を注ぐように。


「……全部、全部。瞑鬼さんのどれもこれも、良いとこも悪いとこも。全部含めて、私は瞑鬼さんが大好きです」


こっちが泣きたくなるくらい、美しい笑顔。一筋の涙は月下に仰がれ、一つの光の道へと。震えていた。頭も身体も。慣れない日本語で、拙くも伝わったその心。


淀んだ目をした瞑鬼でも、ここまで来れた。


「……ありがとな、ソラ」


本能が蠢く。体が勝手に動き出す。ここまでしてくれた女の子を、黙って見ていることなんて出来るはずがなかった。


勢いよく、しかし優しく包み込むように。気がつくと、瞑鬼はソラの体を引き寄せていた。鼓動が伝わってくる。多分、自分のも。


静寂を絵に描いたような夜の海。聞こえるのはお互いの息遣いだけ。


「……このまま、逃げちゃったらダメですか?」


ほのかに暖かいソラの体温を感じていると、ふとそんな提案が。目を丸くするも、瞑鬼は黙って聞いていた。


「……瞑鬼さんは怒るかもだけど、私憧れてるんです。二人きりの逃避行ってやつに」


「………………」


「そうですね……。よくわかんないけど、アオモリとかホッカイドウとか。そういう、誰も知らないところで、二人きりで。畑耕すのは得意です。日本語だって覚えます」


ソラの口から出る言葉は、どれもこれも紛れない真実だ。彼女は手を伸ばしたら届くような日常を捨て去って、瞑鬼と二人なんて罰ゲームもどきの選択肢を視野に入れてくれている。


恥ずかしくなったのか、少し手を下げるソラ。今度は海沿いに体を向け、水面に映った月を見る。


「魔女と人と、子供ってできますかね?もしハーフとかだったら、どんなんなるんだろう」


一歩間違えればメルヘンチックな彼女に思えるかもしれない。だが、ソラが見ているのは未来。瞑鬼が選択したら、そうなるという未来なのである。


ざっぱんと岸辺に打ち上げる波。少し飛沫がかかる。手を伸ばすソラ。それは、瞑鬼の未来を示していた。


「……これまでの、辛いこと全部上書きして。そんな人生嫌ですか?」


また月が光る。もっとソラが愛おしくなる。


あぁ、嫌なんかじゃないさ。そんな魅力的な世界、断る方がどうかしている。


だが、瞑鬼の中で既に答えは決まっていた。誰がなんと言おうと、どうにも変えられない。それが瞑鬼である以上、唯一絶対の契りなのだから。


「嫌じゃねぇ。嫌なわけねぇよ。……けど」


たった一人の女の子の、小さな願いも聞いてやれない。そんな自分に嫌気がさしてくる。


「……全部終わって、そん時まだ気持ちが変わってなかったら、一緒に考えようぜ」


ここで逃げては男がすたる。もとからそんな一丁前の矜持など持ち合わせてない瞑鬼だが、今ソラと二人で逃亡したらいずれ自責の念に潰される。陽一郎に、瑞晴に、誰にも何も言わずに去るというのは、不遜な高校生にはハードボイルドが過ぎる。


ソラもどうやら瞑鬼の答えをわかっていたようで、ただ一言「はい」とだけ言って、海を眺めていた。


「……ふぅ」


やっとこれからの目処がついたところで、ひと段落の瞑鬼。忘れていた風邪の症状が全身を蝕んでくる。がんがん痛い頭に、だらだら流れ出る汗。急いでソラが服を脱ぎ海に浸し、おでこに乗っけるができるのはそれだけだ。


人がいるかもわからない。ましてこの夜中に食べ物を探すとなると条件は厳しい。慌てながらも応急手当をするソラと、情けなくも気力を搾り尽くした瞑鬼。月の位置から鑑みて、まだ朝までは程遠い。


なんとか瞑鬼が魔法回路を展開。【改上】によって魔力自体は戻っているので、第二の魔法で救援要請。が、場所が分からなければ意味がない。


あまりソラを不安にさせてはいけない。本能的にそう悟った瞑鬼が手を伸ばす。何度か頭をぽんぽんと。出来うる最大の落ち着きを保つ方法だった。


「……え、えっと、私探してーー」


「あれ?なんで瞑鬼とソラちゃんがこんなとこいんの?」


まさにソラが立ち上がった瞬間、茂みの中から飛び出してきたのは見覚えのある顔だった。


今はそのおっさんの存在が、ただただ嬉しかった。バイトの時にこき使われたのも、瞑鬼一人だけちょいとばかり給料が少なかったのも、今なら全部赦してやれそうだ。


「……それはこっちのセリフですよ。吉野さん」


「我愛你、瞑鬼」


震えるような声で、愛しいくらいに綺麗な顔で、ソラは言った。自分の中を、魂を、全部そこにのせて。



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