コルト・ガバメント
開幕一番腕をぶった切られるという地獄。
万一のために合流地点は決めてある。だが、それはあくまでみんなが逃げ切れた際の場所だ。こんな事態では、そこに行くことすら難しい。
フィールドワーク初心者の瞑鬼。逃げるうちに、気づかないほど生傷が増えていた。ほおは裂け、足には何本か小枝が刺さっている。
そうして2人が行き着いた先は、深い峡谷の手前だった。所謂絶壁という奴である。この川を昇ってゆけば街の橋にさしかかり、降って行けば海に出る。
向こう側に飛ぶのはほぼ不可能だろう。第四の魔法を使っても、一呼吸で跳べる距離じゃない。
「……あぁ、やっぱこっちはハズレだったっすねー。マーシュリーさんに譲るんじゃなかった」
ぶつぶつと文句を言いながら、茂みをかき分け出てくるルドルフ。瞑鬼は頭を働かせていた。どうやってこの窮地を脱し、ソラたちを助けに行くかと。
走って良くなった血流で、失った左手からはどんどん血が溢れていっている。魔力全開で痛覚と出血を抑えているが、この分だとあの二十分も持たない。
聞き的な状況こそ、人の頭が働くんだ。そんな陽一郎から言われた半ば信用し難い事を、瞑鬼は実感していた。少し血が減って冷静になったのか、瞑鬼はリュックをおろしていた。
「……あんたがルドルフか。……ウチの夜一はどうだった?」
言葉を紡ぎ、時間を稼ぐ。せめて、瞑鬼があれを取り出すまでは。
「……そうっすねぇー。ありゃ逸材っすよ。あんたらにゃ勿体無いくらい。だから、君が終わったらスカウトにでも行くつもりっす」
思ったよりも簡単に、ルドルフは乗ってくれた。その話し方も、鈍った英語も、肌も髪も目も。全てがフィーラを想起させていた。きっと、大人になって積極的になったらこんなのだろう。そう考えてしまうほどに。
既に目は濁っていた。頭は淀んでいた。ただでさえ黒い魔力の粒子が、より一層その色を闇に染める。
手に触れた鉄の冷たさを感じ、瞑鬼はそれを握りしめる。もうどうでも良くなったリュックをそこら辺に投げ捨てて、手に持ったそれを構える瞑鬼。
純黒で全鉄製な、少しだけ時代遅れの武器。西武のガンマンなら、鉛玉ぶち込んでやろうという台詞が似合う一丁。ガバメントと呼ばれる自動拳銃が、瞑鬼の手には握られていた。
「……てめぇ、んなもんどこで」
妖しく光るそれを見た瞬間、明らかにルドルフの警戒度合いが上がった。
魔女の皮膚は特殊構造。死細胞と生細胞が入り混じった、防弾繊維のような組織だ。だが、それでも防げるのは超小口径の一発程度。45口径なんて馬鹿みたいな威力の銃を止めれるほど、無駄に硬くはない。
昨日の襲撃の後、瞑鬼がもらったグッズの中にはこれが含まれていた。最悪の場合、火力不足な瞑鬼が1人で戦うために。
「ちょっと……ウチの店長にな」
牽制はできると言っても、装填数はたったの八発のみ。確実に当てれるわけでもないのに無駄撃ちすれば、一瞬で戦況は終わりに近づいてしまう。
そのことを知ってか知らでか、ルドルフの目が嗤う。魔法回路が展開されていることに瞑鬼が気づいたのは、ほんのコンマ後だった。
茂みの中から、勢いよく飛び出してきたワニ。ルドルフの魔法で作られた、真紅のアリゲーターだ。噛まれたら死ぬ。ここで死んだら、それこそ最悪だ。
咄嗟に頭を反転、どこぞのガンマンよろしく、勢いよく体をひねる。狙いを定める間も捨てて、瞑鬼は引き金を引いた。ずどんずどんと森にこだました二発の銃弾。木に留まっていた鳥達が、反射的に飛び出した。
「……っだ!」
大口径特有の、異常なまでの反動が瞑鬼の筋肉を引き剥がす。魔力で筋肉を強化しているものの、それでも連射は腕が攣ってしまった。
バランスの取れない身体で、ふらふらと数歩ずり下がる。ワニは見事に脳天を撃ち抜かれていた。ピクピクと動く肢体が、ルドルフの魔法の精密さを物語る。
たったこれだけの戦闘で、瞑鬼の息は既に上がってしまっていた。一方ルドルフは多少血を流したのみ。形勢は最悪、希望もなし。
「……聞きたいんすけど、あんたら、何でアレ匿ってんすか?そんな使い勝手いいんすか?まだガキなのに……」
どうやらルドルフの頭の中には、子供は利用するという概念しかないらしい。愛はあるし、情もある。だからこそ、魔女は普通とは違った。
あまりにも下種いルドルフの考え。魔女特区でソラ達がどんな事を教えられたのか、瞑鬼は考えたくなかった。だが、考えないのは逃げでしかない。
はっと息を一つ吐き、呼吸を調整。もう何を聞いても彼女達とは分かり合えない。それが生物として違うという事なのだ。別世界の別種族と友好関係を築けるなんて、どこぞのファンタジーでしかありえない事なのだから。
「……お前らにとって子供がどういう存在なんかは知らねぇよ」
だからせめて、瞑鬼は言ってやりたかった。目の前の女に。たかが十七年しか生きてないクソガキの、守る者も殆どな無責任な言葉を。
「言ってんだろ!俺はあいつらが好きなんだよ!」
叫んで喚いて、ルドルフに一瞬だけ隙を作る。そのためなら、どんな恥でも気にしないつもりだった。
青臭い一言に当てられたのか、ルドルフが一歩引き下がった。その瞬間を見逃すほど、瞑鬼に余裕はない。
痺れる手を無理やり用いて、馬鹿でかい音を鳴らしながら弾丸が飛んだ。一発ははるか明後日に。もう一発はルドルフの肩をかすめていった。
「…………ったく、なんでこっち側はこんなめんど臭いんすかねぇ……。教えてくださいよっ!」
怒りで魔法回路をかっ開いたルドルフが、鬼の形相で瞑鬼を睨みつけた。肩から垂れる血を無造作に右手で抑え、そのまま液体を投げつける。魔力を帯びたそれは、空中で数匹のトカゲに変容、瞑鬼のほおを切り裂き過ぎる。
じりじりと詰められる2人の距離。まだどこに蛇やらワニが潜んでいるか分からない。残り弾数も数も半分になった瞑鬼は、どうしても警戒せざるをえなかった。
一滴の汗が滴り落ちる。その瞬間、森の向こう側から爆音が上がった。反射的に2人とも振り向く。そこにあったのは、轟々と風を纏う竜巻だった。
「カラ……!?」
直感的にそう感じた瞑鬼。あんな竜巻を起こせる魔法など、カラ以外に考えられない。という事は、向こうでも戦闘が始まったという事。
アヴリル曰く、カラの戦力は明華じゃない二人と同じくらい。マーシュリーが相手なら、多分逃げきれるだろう。そう信じたい。
ちびっ子二人が取り敢えずは殺されてない事を安堵し、瞑鬼は意識をこっちに戻す。まだルドルフからの攻撃はない。あっちだって、瞑鬼のガバメントを警戒しての距離だろう。
「……あーぁ」
やっぱどの戦いにおいても、相性って大事ですよね。
瞑鬼とルドルフのジャンケンは、果たしてどちらが有利なのか。