あの場所へ
する事のない夏休みなんて、一体誰が求めるんでしょう。
何かを思いついたのだろう。ふと瞑鬼は膝をつき、急いで地図を眺め渡す。
目に止まった場所が一つ。それはここの近くにある森の中。ちょうどギャップになった場所。
「……あのペンションハウスじゃね?」
これぞまさに原点回帰。いや、灯台下暗しと言った所だろう。瞑鬼たちは見落としていたのだ。襲撃を受けたから、すっかりその場所を候補に入れるのを忘れていた。
犯人を言い当てたような瞑鬼の言い方に、推理小説オタクの瑞晴が反応。顎に手を当て、なるほど、などど呟いていてる。
頭にこべりついていた焦げが取れたような気分になる瞑鬼。考えたら、あそこは理想的な土地だったはずだ。海に近く、人も来ず、だが電気もガスもある。今まで忘れていたのが不思議なくらい。
「……忘れてた」
「……ある、かもしれません。結構確率高いかも」
「冴えてますわね」
一つ謎が解けたら、連鎖的に解放されていくのが世界というもの。次々と滞っていた情報の交換が行われる。
夜一が確認したルドルフの魔法は、血を爬虫類に変えると言うもの。これに関しては、夜一一人で対策が取れる。そしてマーシュリー。これは瞑鬼の体験と推理で、幻覚を見せる魔法だと判明した。最後になったのが、ソラの育ての親である劉明華だ。これだけはソラが知っていたらしく、曰く「なぞった軌跡を糸にする」のだそう。
だが、居場所の見当がつき魔法が割れたところで、瞑鬼たちの不利に変わりはなかった。メンバーで最高戦力の夜一がルドルフとほぼ互角な実力で、瞑鬼に至ってはマーシュリーにぼろ負け。
そして、最も警戒すべき明華に関しては、手の打ちようがない。陽一郎のダブルショットガンでも殆どダメージなしの相手に、瞑鬼と言えど勝てる気がしない。
折角ここまで来たと言うのに、肝心なところが穴だらけ。不甲斐なさと理不尽さに、思わず嘆息する夜一と瞑鬼。
「……今はとりあえず、敵情視察だけしてくるか」
「それ、私も行きたいですわ」
ふと提案した瞑鬼の案に、すっと横乗りするアヴリル。初めは、またソラと張り合ってるのかと辟易とした瞑鬼だったが、アヴリルの目は本気だった。きっと聞くのだろう。なぜこんな事をしたのか、と。
アヴリルが乗って来たからなのか、それに迎合するようにソラも名乗り出る。ソラの魔法は手離したくないので、仕方ないが三人でいくことにした瞑鬼。先の不安が頭を横切った。
計画もたちいざ実行。そうみんなが思った瞬間、突然インターホンが鳴った。見ると、そこには英雄と一行の姿。勝手に学校側で場所を調べて、わざわざ来てくれたようだ。
「いやぁ、暑いね」
「……そうっすね」
「……別に僕は、君たちやそっちのちびっ子たちについてはなにも聞かないよ?」
汗をかいているのにやけに爽やかな態度の英雄。こう言うところが、瞑鬼は大嫌いだった。何故かはわからないが、とにかく嫌いなのだ。
全身から警戒を発しつつ、英雄を招く。一応同盟は組んでいるとは言え、英雄だってこの状況を打開する鍵がソラたちだと言うことは分かっている。
クーラーの効いた部屋に足を踏み入れる英雄。その瞬間、視界に誰かの影が映る。
飛びかかってきたそれを反射的に抑えつけ、躊躇わずに魔法回路を開く英雄。だがその目が襲撃者を捉えた瞬間に、右手の力が緩められた。
「……どうしたんだい?柏木くん」
英雄を襲ったのは他でもない。体力とストレスを有り余らせた夜一だった。瞑鬼を殴れなった分よほど溜まっているのか、先の一撃に容赦は感じられない。
そしてそんな夜一の一撃を、何の苦労もなく受け流した英雄。だからなのだろう。夜一がらこんな提案をしたのは。
「……俺は二日であんたを超える。だから二日だけ相手してくれ」
どう考えてもものを頼む側じゃない態度。だが夜一の顔は真剣そのものだ。
英雄の実力はこの街の折り紙つき。それは瞑鬼たちだって認めている。わざと引き分けにするような戦い方をできる人間など、英雄を除いては考えられない。
そんな英雄に夜一が稽古をつけて貰えば、より一層の力が手に入るのは明白だった。あれだけ英雄を毛嫌いしていた夜一も、今回は柔和を選ぶらしい。いや、嫌いだからこそ、超えるために教えを請うのかもしれない。
そんな突然の提案に、英雄はあっさりと承諾を。お付きのユーリが一瞬驚いたような顔をするも、慣れたことだと簡単に処理。
「……それじゃ、早速だけど柏木は貰ってくね。せっかちとか言わないでよ。僕だって余裕ないんだから」
また嘘か真かわからない捨て台詞を残し、場を後にした英雄。残された瞑鬼達は、ポカンとした顔で空っぽになった玄関を眺めていた。
「……どうする?神前くん」
呆けていた瞑鬼に、リュックを差し出しながら訊ねた瑞晴。半ば言いたいことを身体で表しているように感じられるが、確かにここは行くべきだと自己解決。
「……俺らは見てくるよ。あの小屋にいるって分かったら、それだけで儲もんだし」
まるで出勤前の親父のように瑞晴からリュックを受け取る瞑鬼。ズシッとした重さが、弱い肩を痛めつける。
ソラとアヴリルに手荷物は無し。瞑鬼が行こうといえば、直ぐにでも出発できる。だが、肝心の瞑鬼は中々その言葉を言えなかった。
それは瑞晴が黙ってこちらを見ていたからだろうか。晩御飯は夜六時だからね。一分遅刻するごとに、おかずが一品減ってくよ。今にもそんな台詞が飛んできそうだった。だが、現実は何も言わなかった。
「……今日のおかずは?」
「そうだね……、アヴリルちゃん直伝のフランス料理にでも挑戦かな。満漢全席でも可」
「……腹空かして帰ってくるからな?」
「それ、フラグだよ?」
ははっ、と鼻で笑う二人。なぜ素直に直に、絶対帰ってくるぜの一言が言えないのだろうか。そんな自分の勇気のなさに、思わずヘイトが溜まりそうになる瞑鬼。だが、最高の状態で飯を食うためにストレスは一旦置いておくことに。
そうして留守番組に出立を告げ、瞑鬼以下三人は森への道を歩き出した。神社を抜けて、ちょっとの近道。相変わらず寂れて閑散とした境内は、どうやらマーシュリーの幻覚ではなかったらしい。
蝉やら謎のカエルやらが喧しい森林の中を行く事二十分と少し。地図通りならば、もう小屋が見えてもおかしくない位置だ。だが、無駄に繁殖しまくった雑木のおかげで、未だあの家は見えてない。
ここからなら大丈夫だろうと、離れた場所から敵情視察。背中に背負ったリュックサックから、安っぽい双眼鏡を取り出す。昨日明華の襲撃後に、陽一郎から貰ったものだった。
喧嘩の後はやっぱり話が進みますな。