不穏な影
さてさて、前回やっとこさ魔女の探索に向かった瞑鬼たち。
当初の予想通り、果たしてそこに彼女たちの影はあるのか。
「……【改上】があるつったって、みんなで行けばそんだけリスクも高まる。今回は最悪俺が引き付けるから、その間にお前らは絶対逃げ切れ」
「……でも、それだと瞑鬼さんが……」
「……言ったろ?俺は死なん」
リスクの殆どが瞑鬼に向くこの作戦。瑞晴と一緒だったら、確実に反対されただろう。下手したら説教をかまされるかもしれない。
だから瞑鬼にとって、この編成はちょうど良かった。瞑鬼の事をただの路傍の石程度にしか思ってない千紗に、最悪自分一人でも逃げきれる可能性が高いソラ。それに、この二人の魔法は隠密任務としては最適とまで言える。
あんまりこの炎天下で駄弁っているわけにも行かないので、さっさと状況開始を選ぶ瞑鬼。千紗に目を瞑らせ、ソラと手を繋がせる。その逆の手を瞑鬼が。察したのか、ソラが魔法回路を展開。すると、三人の姿は完全に周囲と同化した。
「……魔法の持続は一時間くらい。それまでに調べをつける」
「了解です」
「うぃーっす」
意外にもやる気満々なソラに、怠さ全開の千紗。対照的すぎる二人に若干の不安を感じるも、瞑鬼はリーダーとしての振る舞いをせざるを得ない。
まるでどこかの親子のように、三人で手を繋いで街を歩く。神前邸に着いた頃には、三人とも汗でぐっしょりだった。
透明になっているとはいえ、恐る恐る家を見る。駐車場に車の影は無し。どうやら出掛けているらしい。
しかし、車がないからと言って安心できるかといえばそうでもない。あの家に住んでいるのはもう一人いる。異世界の瞑鬼、即ち神前瞑深である。
夏休みかつ在宅部な彼女が、平日の午後に家にいる可能性は限りなく高い。それに予想が当たって、あの家に三人の魔女がいたら確実にゲームセットだ。
無防備にも胸元をぱたぱたと仰ぐ千紗。そんな千紗に一つ、瞑鬼から指令が出される。
「……なぁ千紗。お前の魔法って、どんくらい透過できんの?」
千紗の魔法は物体の透視。それが壁何枚も突き抜けれるほどならば、この作戦は簡単に実行される。
「……そうだね、こんくらいのコンクリなら5、6枚は確実にいける。地面の中とかだと厳しいね。全然見えない」
「……いや、それで上等だ。んじゃ早速頼むな」
千紗曰く、魔法を使って他人の私生活を覗くのは強力避けたい事らしい。だが、今はそんな甘っちょろい自分ルールなんて守っている場合でない。
そうと千紗もわかっているのだろう。大人しく魔法回路を展開。
ここに魔女がいるのなら、午後に英雄が来るのを待ち、ハーモニーの人に土下座の一つでもして協力を請えばすぐ終わる。だが、ここに居ないとなると、面倒さは倍増だろう。
何回も首を上下に動かす千紗。目を見開いて家を眺めるその姿は不審者そのものだが、命令した本人が顔を背けるわけには行かない。
じりじりとした熱帯が、瞑鬼たちの体力をごりごり削ってゆく。持っているのは水と甘いものだけ。だんだんと頭がぼーっとなって。
「……いないねぇ」
千紗から報告が来たのは、瞑鬼が高温多湿な外気にさんざ振り回された後だった。
「……部屋とか全部見た?」
「一応はね。見える範囲にはいない」
千紗の報告を聞き、即座に次の案を練る瞑鬼。いないとなれば、次に取るべきは他の場所の探査だろう。しかし、瞑鬼としてはここが最大にヤマを張った場所だったので、次と言われてもパッと思いつかない。
私怨が無いかと言われれば、確実に無いとは言い切れない。この班分け探索自体、瞑鬼が無理に押したこともある。だから二人を無関係なことに巻き込むわけにはいかなかった。
「……瞑鬼さん、そろそろ……」
この暑さにやられたのか、真ん中に立っていたソラが弱音を吐く。ただでさえ体力を奪われる気温なのに、ずっと魔法を使いっぱなしでは無理もない。
こんなところにいても仕方ないので、三人は一旦公園へと行くことに。瞑鬼が一番最初に死んだ、あの憎っくき場所へ足を向ける。
木漏れ日が差すベンチに腰掛け、ぼんやりと空を眺める瞑鬼。まさかたった三人の人間を探すのがこんなに難しいとは、考えていなかった。
まだ一軒宛が外れただけ。そう言って自分を慰めるのは簡単だろう。だが、警察と違って瞑鬼たちは資金がないし時間もない。バイクのバッテリーだって、タダじゃないのだ。
ソラが魔力切れを起こしているので、暫くは復帰するのは無理。瞑鬼と千紗では、見つけたとしても何もできない。
無力感を感じていた三人。そんな折、ふと瞑鬼の携帯が鳴った。
「……そっちはどうだ?」
画面に表示された柏木夜一の名前を見るなり、すぐにそう聞いた瞑鬼。返ってきたのは、何故だか瑞晴の声だった。
『全然だねー。唯一の発見は運転してる夜一がいつもより二割り増しでイケメンだってことくらい。神前くんの方は?』
ちょくちょく入る夜一推しには耳を傾けず、少し拗ねたような口調で報告を。当然ながら、伝えたのは結果不全の四字熟語だ。
それから少しだけ無駄話をし、電話を切る。夜一たちはもう少し海側を見て回るらしい。目ぼしい建物も無いが、じっとしているのが苦手な性分なようだ。
じめじめとした日本の夏、新進気鋭のフレッシュメンバーはついぞ何も得られなかった。午前中を全て費やして、手に入れたのは無力感と疲労だけ。
逐一携帯で連絡を取り合い、五人はマンションに戻ってきていた。陽一郎の手伝いから解放されたアヴリルも、お昼ご飯の材料を持ってリビングにいる。
まるで工事現場のおっちゃんのような格好をした陽一郎と、下を向いて黙りこくる高校生組。折角それらしく組織が動いてきたというのに、何もできてない自分たちにイラついているのだ。
「……やはり俺たちだけでは厳しいか」
「……すまん夜一。黙ってたが、午後から英雄さんらが来る。昨日協力頼んどいた」
瞑鬼がさらりと言った瞬間、それまで机を見ていた夜一の目が上がった。指すような視線が、瞑鬼の眉間に寄せられる。
「……なぜだ?俺らだけでやると言ったのはお前だろ?それに、ハーモニーを招いたら……」
夜一がちらりとソラたちを見る。彼女たちの正体を知っているのはこの場では夜一と瞑鬼と陽一郎の三人のみ。夜一だってバカじゃない。仮にハーモニーのエース様に協力を持ちかけたなら付いて回るリスクも、すでに織り込み済みなのだろう。
瞑鬼はそれを見るのは初めてだった。いつもは変人だが余程じゃないと手を出してこない夜一。その夜一が、今は瞑鬼の胸ぐらを掴んでいる。
「わかっているのか?お前のプライドどうこうの問題じゃないんだぞ!」
勝手に一人で行動を起こした瞑鬼を攻め立てるように吼える夜一。そのあまりの猛々しさに、台所で昼飯を作っていた瑞晴たちまでもが何事かと飛んできた。
上手くいかないことが重なって、疲労からかストレスも溜まってきて。ですからだんだん皆んながイライラするのも分かる気がする。